「開発者コミュニティ」が招いた違い
一方で、プロジェクトを進める中で、ゲームという「アートとテクノロジーが融合したプロダクト」においては、テクノロジーの問題は避けて通れない。
ゲームのテクノロジーというと、「きれいな絵を描くための技術」を思い浮かべる人も多いだろう。
それは重要なことであり、大きなパートではあるが、そこだけに着目するのは間違いだ。欧米に比して「きれいな絵を描くための技術」の進化が日本で停滞しているのは、かつてパワーの小さい携帯ゲーム機に特化したからだと言われることもある。
それも要素としてはあるが、いわゆる「ゲームハード的な視点」に囚われることは、全体を見通す上では邪魔でしかない。
むしろ、筆者が注目するのは「生産性」だ。同じクオリティのゲームを作るために、どれだけ効率良く作れるか、という点も「技術」そのものである。アクションやエフェクトの生成など基礎の部分で、アーティストの負担を軽減し、演算生成によってカバーすることも、もちろん技術の一環である。
年表の中で注目して欲しいのは、大体2000年から2005年の間に、ゲームにおいて「ミドルウェア」の活用が広がり始めている点だ。
ミドルウェアとは、アプリケーションの下で動作する層を受け持つソフトウェアであり、ゲームにおいては、基本的な画像やUIの処理、物理演算やエフェクトの生成など、汎用的な仕組みを特定の企業が手がけたソフトを使うことで、擬似的な分業体制を敷き、開発効率を高めるものである。
特にPlayStation 2世代は、ハードウェア構造も難解であり、ミドルウェアの活用が必要と考える企業が増えた。
この頃からゲームプラットフォーマーは、ゲームメーカー向けにミドルウェアを紹介するセミナーなどを開催することも増え、「開発の難易度が上がった」というゲームメーカーからの不安に解消に務めていた。
だがここで、日本と海外のゲーム作りにおいて、一線を隔てる事象が存在した。それが「PCゲーム市場」の存在だ。
日本では、PCゲームの市場が1990年代までに「辺境」となっていた。これは家庭用ゲーム機を製造するプラットフォーマーが日本に集中していたことと無縁ではあるまい。
PCはハードウェア環境が一定ではない。だから最適化という点では、家庭用ゲーム機に比べ不利である。一方、開発のトライアンドエラーはしやすいし、ミドルウェア活用も容易だ。PC・ゲーム機間での移植も容易になる。
また、海外が早くからPCをベースとして開発していたことは、開発情報の、ときにはメーカーを跨いでの共有が早期から進められたことと無関係ではない。
家庭用ゲーム機ビジネスは、つい最近まで非常に閉鎖的だった。開発機材の供給を受けるには、ゲーム機メーカーとの間で守秘義務契約を交わす必要がある。
過去に比べればオープンになりつつあるとはいえ、今でも家庭用ゲーム機向けの技術は企業毎の守秘義務契約に縛られ、すべての技術情報を自由に議論できる状況ではなく、他社の技術者と交わってオープンな場で情報交換するのはなかなかハードルが高い。また特に過去において、ゲームメーカー側は、優秀な開発者が流出するのを防ぐために、彼らを外に出したがらなかった。
ソフトウェアは知見の積み上げだ。ネットワークを支えているのはオープンソース【※1】によって作られたソフトウェア群であり、一般には閉鎖的と思われているマイクロソフトやアップルのソフトも、開発者コミュニティの中で情報共有が進むことで成長してきた。
PCをベースとする開発が早期から進んだ海外のゲーム開発コミュニティが、積極的な情報交換を軸に進んだのは当然と言える。
日本においても、1999年からゲーム開発者会議「CEDEC」【※2】が開催されるようになり、情報共有はされるようになってきたものの、本当の意味でオープンな議論が行えるようになったのは、ごく最近になってからである。
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※1 オープンソース
「オープンソースソフトウェア」ともいわれる。厳密な定義もあるが、広義ではプログラミングコードをはじめとするソフトウェアのデータが公開されており、著作権保持者ではない第三者でも自由に再編集できるというものを指す。
※2 CEDEC
Computer Entertainment Developers Conferenceの略称。ゲーム会社からなる一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会 (CESA)が主催する、日本国内最大のゲーム開発者向け技術交流会のこと。1999年に第一回が開催されて以降、毎年夏に開催されている。
ゲームプラットフォーム開発における閉鎖性は、欧米においても存在した。ゲームプラットフォームだけでなく、初期のミドルウェアは守秘義務の壁が厚く、開発者が十分に知見を交換できる状況にはなかった。
だが、特に規模が大きくなった2008年以降、そうしたやり方はうまく行かなくなった。開発機材もPCそのものとなり、知見を共有し開発効率を高めていくことが、ゲームそのもののクオリティアップに重要なことになっていった。
技術力の有無よりも、技術に対する取り組み方の違いが、数年間の間に大きな差となり、さらに海外と日本の間での嗜好の違いが積み重なって、「日本のゲームが海外では通用しづらい」、「海外で大規模に売れるゲームにならない」状況を生み出したのでは……という結論に至る。
すなわち「求められる産業構造の変化に対する対応が遅れた」ことが、日本のゲームビジネスが世界での競争力を失った理由だ、と筆者は考えている。
では、このまま負けて、弱いまま終わるのか。
それも違うのでは……と思うのだ。
日本の得意技と新しい技術の先にあるもの
E3などの海外イベントに行くと、日本のゲームが本当に強くリスペクトされているのを感じる。
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例えば、携帯電話の着信音として、マリオのコイン音やソニックのリング音、メタルギアの「!」音など、日本のゲームの音を耳にすることは非常に多い。
『ゼルダの伝説』の新作【※1】が発表された時や『Final Fantasy VII』のリメイク【※2】が発表された時の会場の爆発するような盛り上がりは、ちょっと信じられないほどの熱気を伴っていた。
なにしろ、筆者の後ろにいた女性は、プレゼンが始まってから『Final Fantasy VII』のリメイクが発表されるまでの数分間、ずっと「Oh My God !」と言い続けていたのだ。それだけ彼らにとって、こうしたIPの存在が「神」なのだ。
※動画は『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のトレイラーをみた海外ゲーマーのリアクションをマッシュアップしたビデオ。
※1 『ゼルダの伝説』の新作
2017年に任天堂が発売した「ゼルダの伝説」シリーズの最新作、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のこと。Nintendo Switchのローンチタイトルのひとつとして話題を集めた。従来のダンジョン型の設定を換骨奪胎し、シリーズ初のオープンエアー(オープンワールド)システムを採用。ほかにもさまざまな新設定が導入され、その完成度の高さから国内外で絶賛された。本作がオープンワールドを導入するに至る経緯は、電ファミが掲載した青沼英二氏と藤澤仁氏の対談に詳しい。
※2 『Final Fantasy VII』のリメイク
傑作として名高く、いまもファンから高い支持を受けているPlayStation版 『FINAL FANTASY VII』(1997年発売)の完全リメイク作品。スクウェア・エニックスよりPlayStation 4向けソフトとして発売予定であることがアナウンスされている。
2000年代以降の新しいIP【※】については、日本よりも海外から生まれることが多くなった。一方で、そうしたゲームの中から「長くアイコンとなるような音やキャラクター」は、そこまで多く生まれていない、とも感じる。
※IP
Intellectual Property。知的創作物のこと。ゲームの文脈では、作品とそこから派生するシリーズや関連商品など、作品ブランド的な意味合いで使われることも多い。
日本のゲームクリエイターが、絵・音・動きといった部分でアイコニックなものを作り、それが圧倒的にファンの心を掴んでいるのも事実だと思うのだ。新しいゲームを作る上で、そうした強みを活かすことはできるはずだ。
手をかければ売れる、天才がいれば売れる、というのはもはや間違いだが、日本のゲーム開発から生まれるある種の繊細さがひとつのカルチャーとして強くリスペクトされており、そこに特殊性があると思うのだ。
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』や『ペルソナ5』【※】は、非常に日本的なテイストと制作体制でありつつ、大きなヒットにつながっている。海外の人々がそうしたゲームを望んでいる、ともいえる。
とはいえ、Blizzard【※】などは日本的な文法を採り入れつつあるようにも思えるので、これが「日本だけの武器」とはいえなくなってきている、とは感じる。
海外の効率的かつ大資本を生かした制作体制の中で「日本のクリエイターに頼らず日本的なテイストを出す」作品は、ゲームに限らず、アニメや映画でも見られるようになってきており、ここには危機感を感じるべきだ、と思っている。
別な言い方をするならば、これらは1970年代以降の30年で形作られた「少年漫画的文化」の拡散、ともいえる。
日本では現在も継続的に「少年漫画的方法論」で大量のコンテンツが作られ、その厚みが価値を構築しているが、その価値には他国のクリエイターも、もう気づいている。彼らも日本の少年漫画的文化で育ったのだから当然なのだが。
※Blizzard
米カリフォルニア州に本社を置くゲーム会社。ゲーム業界3位の売り上げを誇るアクティビジョン・ブリザード社の子会社に当たる。「 Warcraft」、「World of Warcraft」シリーズをはじめとして、その姉妹作に当たる「StarCraft」シリーズや、「Diablo」シリーズを発表している。同社初のFPSである『Overwatch』や、デジタルTCGの『Hearthstone』も大ヒットを記録している。
他にもアメリカ的なアプローチをそのまま真似するのではなく、新しいアプローチがないものか。筆者が注目しているのは、『The Witcher 3: Wild Hunt』【※1】で大ヒットを飛ばしたポーランドの「CD Projekt RED」【※2】の存在である。
彼らは決して小さなチームではないが、1000人ものチームを率いているわけではない。AIや演算生成の技術をうまく使い、作り込みのコントロールを行い、そこにアーティスティックなこだわりを入れている。
開発の中心はワルシャワで、あくまで「彼ら流」の作り方を貫いている。彼らが本当の意味でなにをしてきたのかは、ぜひじっくりと取材してみたいと思っている。
※2 CD Projekt RED
ポーランドのゲーム開発会社「CD Projekt」が2002年に設立したゲーム開発スタジオ。世界中でヒットを記録した「ウィッチャー」3部作の生みの親として知られる。The Game Awards 2015で「最優秀ゲーム開発企業賞」受賞。現在、オープンワールド型RPG『Cyberpunk 2077』の開発プロジェクトが進行中。
ここまで展開した論は、あくまで「推論」だ。自分でも疑問が多々ある。年表についても曖昧な部分がある。要素も足りないだろう。
これから筆者は連載で、この年表のすき間を埋め、内容を確認するインタビューを行っていこう、と考えている。シンプルな「昔話」(これはこれで大切で、私も読みたい)は、他の連載に任せたい。
2018年から時を遡る形で、ゲーム業界関係者に取材を重ね、「どこで分かれたのか」を紐解いていきたい。そしてその過程で、これからやってくるゲーム産業の姿が見つかると面白いのだが。(了)
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