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『鬼滅の刃』大ヒットの背景には、既存のアニメ業界の常識を覆す「視聴の最大化」という流通戦略があった! 1兆円規模の「鬼滅経済圏」が成立した要因を、データから分析する

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 興行収入400億円超えと、空前の大ヒットとなった『鬼滅の刃』の劇場版『無限列車編』や、リリースから3か月で約300億円の売上をあげた『ウマ娘 プリティーダービー』。栄枯盛衰の激しいコンテンツ業界の中にあって、なぜこれらのタイトルが爆発的なヒットを成し得たのか?

 2021年10月14日に発売された『推しエコノミー 「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』は、そうした疑問を考えていくうえで非常に参考になる一冊である。
 本著は、バンダイナムコにてコンテンツビジネスに実際に従事した経験を持ち、現在でもブシロードの顧問などを務める中山淳雄氏が、実務で得た経験をベースにしつつも、半ばライフワークとして調べ上げた詳細な分析内容を、まとめ上げたものだ。

『鬼滅の刃』大ヒットの背景には、既存のアニメ業界の常識を覆す「視聴の最大化」という流通戦略があった! 1兆円規模の「鬼滅経済圏」が成立した要因を、データから分析する_001
(画像は推しエコノミー 「仮想一等地」が変えるエンタメの未来 | Amazonより)

 その中では、鬼滅、ウマ娘、Fortnite、荒野行動、半沢直樹など、近年エンタメ業界を揺るがせたヒットコンテンツで起こった“現象”を多角的な視点、データで分析しており、「萌え」から「推し」へと変化するファンのありようや、さらには“ユーザーはもはや行動特性的に、消費者ではなく表現者である”ことなど、ここ数年に渡るエンターテイメント産業の地殻変動を解説。最後には、現在巻き起こっている米中エンタメ覇権競争などにも触れつつ、「日本のエンタメは誰が救うのか?」と投げかける。

 ──さて。そんな本書なわけだが、筆者(TAITAI)も業界人の端くれとして、さっそく目を通してみたわけだけれど、これがかなり面白い! そして勉強になる……!

 「これは業界人は必読なのでは……」と思いつつ、せっかくなので何か記事などで紹介をしたいと、著書である中山氏にコンタクトを取ったところ、今回は特別に、本書から『鬼滅の刃』にまつわる部分を抜粋し、そのまま掲載させて頂けることになった。いや、太っ腹である。ありがとうございます。

 『鬼滅』が「日本の時代錯誤」に突きつけた刃──というタイトルで始まるこの一節は、鬼滅の刃の大ヒットの背景には、これまでの日本のアニメ業界の常識を打ち破るチャレンジがあったのだと喝破するもの。さまざまなデータがグラフ化されており、アニメ業界の変化などもとても分かりやすい内容になっているので、ゲーム業界のみにならず、コンテンツ業界で働くさまざまな人に読んでもらえればと思う次第だ。(編集長・TAITAI)


※以下、『推しエコノミー 「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』より第1章「メガヒットの裏側で進む地殻変動」、 節1-1 「『鬼滅』が「日本の時代錯誤」に突きつけた刃」の内容を抜粋し、Web向けに体裁を整えたものとなります。

日本アニメを仕切る製作委員会の複雑怪奇

 キャラクターが生み出すエンタメ経済圏の地殻変動をつまびらかにするには、ひとまずアニメ製作委員会の話からはじめる必要がある。

 なぜならこの50年、鉄腕アトムのチョコレート菓子からユニバーサルスタジオジャパンのマリオカートに至るまで、エンタメ産業を牽引してきた基軸にあるものは「キャラクター」だからだ。ドラえもんからドラゴンボール孫悟空から鬼滅の刃竈門炭治郎まで、そのキャラクターが人気化するメディア戦略の源泉となってきたのが「テレビアニメ」であった。そのテレビアニメを大量に生み出したのはアニメ製作委員会という仕組みのお陰だったのだ。

 1990年代半ばにテレビ東京を中心に深夜アニメ放送が一般化していくなかで、それ以前はテレビ局・広告代理店が買い上げるばかりであったアニメを、玩具メーカーやゲーム会社などが出資して共同権利保有することで、アニメ作品で得られた人気を全員でシェアしようという仕組みが一般化した【※】

  ※1960-80年代のアニメはテレビ番組の1つのジャンルとして、番組制作の一環でテレビ局や広告代理店が1社で買い上げる仕組みが一般的であった。だが徐々にアニメのユーザーは子供から青年となり、深夜枠で視聴するようになると、青年向けのビデオやコレクショングッズといった異業種のメーカーがアニメ製作委員会に出資し、人気が出たアニメ作品の周辺で儲けようという形になっていく。

 具体的には『エヴァンゲリオン』の1994年から急激に普及してくるが、このアニメ製作委員会という異業界を飲み込む仕組みによって、アニメ業界だけにとらわれず、玩具や音楽、コンサートに至るまで「メディアミックス」を使ってアニメ産業が複合エンタメ産業に羽を広げていくことを可能にした【※】

『鬼滅の刃』大ヒットの背景には、既存のアニメ業界の常識を覆す「視聴の最大化」という流通戦略があった! 1兆円規模の「鬼滅経済圏」が成立した要因を、データから分析する_002
(画像はAmazon | 新世紀エヴァンゲリオン Volume 1 [DVD] | アニメより)

※メディアミックスとは1970年代後半に角川書店の角川春樹が小説と映画を同一作品をベースに複合的に展開することで、どちらも大きく拡販する宣伝効果を狙ったマーケティング手法であり、1980年代後半にその弟の角川歴彦が「メディアミックス室」を作ったところから一般的に使われ始める。

 最も成功したアニメ製作委員会といえば、「ポケモン」だろう。ライセンス管理の小学館プロダクション(現:小学館集英社プロダクション)、広告代理店のJR企画、テレビ局のテレビ東京の3社が共同出資して作った1997年のテレビ東京放送のテレビアニメである。

 そのアニメの元になっているのは1996年にゲームボーイで任天堂からリリースされた「ポケットモンスター」であり、現在に至るまで新しいモンスターづくりから商品化の監修に至るまで「原作」として、世界観の基軸を握っているのはゲーム開発会社のゲームフリーク、パブリッシャーである任天堂、そこからブランチアウトしてゲームフリークをサポートした石原恒和(現クリーチャー代表取締役会長、(株)ポケモン代表取締役社長)のクリーチャーの3社である。

 年間10億円はくだらない毎週放映される毎年約50話のアニメを作り続ける「アニメ製作委員会3社」は、この「原作3社」から許諾を受けてアニメを作り、そのアニメの映像や音楽やタレントの声を通じて、それ以外の商品化展開へと広がっていっている【※】

※ポケモンの創設ストーリーについては『オタク経済圏創世記』日経BP2019で詳述している。テレビアニメは『ポケットモンスター(1997~2002)』『ポケットモンスターアドバンスジェネレーション(緑無印、2002~2006)』『ポケットモンスター ダイヤモンド&パール(2006~2010)』『ポケットモンスター ベストウィッシュ(2010~2012)』『ポケットモンスター XY(2013~2016)』『ポケットモンスター サン&ムーン(2016~2019)』『ポケットモンスター(青無印、2019~現在)』で25年間休まず約1200話作り続けられている。

 25年間続いている『ポケモン』はあまりに例外的としても、通常のアニメ製作委員会は週1回放送で3か月かけて放送される12~13話を作り(売れればしばらくたってから2期目、もしくはポケモンのように長寿化するケースもある)、そこから派生する著作権をもって収益化を試みる。

 図表2のように、ゲーム会社A社、放送・配信のB社、商品化のC社に、その他D・E・Fといった会社が全部で6社で例えば2.5億円のアニメ製作を決定する。

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図表2

 結果としてその出資に対してRY(ロイヤリティ)が合計1.5億円しか儲からず、アニメ製作委員会としてはマイナス1億円となるが、それでもA社、B社、C社は構わない。それぞれがゲーム、放送権利販売、商品化で自社がやっているビジネスのなかで粗利を受け取っており、実はそこでの収支を入れるとプラスになっていたりするからである。

 合計2兆円の市場を形成するアニメは、ほぼすべて「アニメ委員会」という共同出資によって作り上げられている。この12話で3か月ごとの放送枠に、毎回70~80本のアニメが殺到する。
 年間になおすと、毎年300本のアニメ作品が作られているのだ。この300本分、それぞれの「アニメ製作委員会」があり、1本あたり2億~3億円(30分枠の1話あたりでいうと1500万~2500万)を、それぞれ数社から船頭の多い委員会では10社近くで出資している。年間300作品に対して延べ1500社が約750億の製作資金を投じている、というのが市場全体像となる。

 実際には各社それぞれ年間何本もアニメ出資しているので、約250社がそれぞれ年間3億円ずつかけて5~10本に出資し、そのうち1本でも当たれば御の字、という規模感である。
アニメ委員会の仕組はなかなか複雑で、1作品あたりの「経済圏」を図にすると図表3のようになる。これが本書のテーマとなる「経済圏」を一覧化したものである。

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図表3

 出資によって期待される収益は、大きくは

①アニメ委員会権利収入
②印税収入
③窓口手数料・各種印税
④各派生ビジネス

 の4パターンに分かれる。

 一般的に理解しやすいのはで、アニメの映像・音声などが権利となって、それを使った派生ビジネスが展開されていくなかで「著作権料」としてアニメ委員会にロイヤリティ収入を戻してもらう権利収入である。このアニメ製作委員会としての全収入が図1の恒星(太陽)のポジションにある内円であり、約3000億円になる。この時点で制作費用の約4倍の収益になる、なかなかのビジネスである。

 だが、「本当のアニメ市場」はその外円であるなのである。アニメの映像・音楽を使ってグッズをつくったり、パチンコを開発したり、ゲームに転用したりといった派生ビジネスがあり、この全収入が年間約2兆円となる。初期制作費の約20倍という規模になる。
 ただもちろんこれらが制作費用750億円ポッキリでできるわけではなく、別途ゲーム開発に1本あたり5~20億円といった金額が投じられたり、ブルーレイの映像パッケージづくりに5000万かけたり、と派生ビジネスごとの開発投資があって投資者が利益を得られる前提で進められ、その一部がアニメ委員会に戻されるという構造になっている。

 そこの間のポジショニングを担うが複雑で、ひとまず出資割合に応じて各社がその派生ビジネスを「窓口担当」として占有する権利を有するのがである。MDはA社を通さねばならず、ゲームはB社をとおさねば作れない、といった具合である。この「窓口」はアニメ委員会に戻されるロイヤリティから、一般的に2割を窓口手数料として引き、残りの金額を比率に応じて配分する。

 ただここに加えて点線で示されているように②「原作印税」「局印税」「脚本印税」という、アニメの「原作」というコアに近い素材をつくっている会社には特別にプラスアルファの著作権も発生するアニメ委員会は「著作権をもつ会社群」ではあるが、そもそもアニメにする前にキャラクターや世界観がつくられたマンガやノベルなどをつくった「原作者」がおり、またそれをアニメの脚本として書き上げた「脚本家」がおり、さらにそのアニメを放送することで人気を高めた「放送局」がそれぞれ原作者として印税ロイヤリティを引いていく。

 誰がこの作品を人気にして全員を儲けさせてくれるようになった功労者かははっきりわからないケースも多い。そのため、このように「フォーマット化した4段階の収入形式、それぞれごとの印税比率の相場観」に従って、アニメ製作委員会は産業化し、毎年300本に向けた出資を集める形でシステム化していった。

 実際のお金の流れはこのようになる。

 キャラクターのイメージを使って外部のMD会社が100万円分のグッズと作りますといって、5万円の「著作権」をアニメ委員会に収めるものの、そこからアニメ委員会の「窓口」会社が1万円「原作・放送・脚本」印税が1万円で、「アニメ委員会」自体に最後戻ってくるのは3万円だけになり、その3万円を10社が3000円ずつ分ける、ということになる。

 ただし、この「MD製作」の事業をやっている会社自体がアニメ委員会10社のうちの1社ということも多く、「窓口」もその会社がやっている前提においては、①3000円、②はなかったとしても、③1万円と委員会に戻した中でも収入がありながら、本業の④では残りの95万円のうち原価(製造費用)30万円と自社マージン含めて卸・小売には55万円で売るので、自社はマージン分の25万円が儲けになる、といった4軸の合計での儲けを画策していくことになる。

年間300作品の8〜9割は赤字

 複雑怪奇なアニメ委員会ビジネスだが、実際は年間300作品の8-9割が「損失」に終わる。制作費の3倍の期待値売上とはいいながらも、数少ない人気作品が寡占している市場環境ではあるため、大半の新作は失敗するのだ。
 1社単位でみれば3000万ずつ10本に投資して年間3億円、このほとんどのタイトルは人気がでなかったので④の派生ビジネスをやるリスクが大きくて何も動かさず、当然①②③も3000万の回収には至らない、という結末になる。

 シリーズものを除いて毎年200本もの新規アニメ作品がリリースされるが、読者がいま思い出せるアニメ作品はなんだろう?『涼宮ハルヒの憂鬱』『けいおん!』『まどか☆マギカ』『鬼滅の刃』、こういったアニメ業界の一世を風靡したタイトルはもちろん委員会全体が潤った人気作だが、数年に1回の大ヒットタイトル達である。

大事なのは大ヒットの1本ではなく、当たらなかった199本がどうやってその後ビジネスを続け、継続的に出資とユーザーを集めていくかの産業としてのサステイナビリティである。そうはいっても9割の「損失」を癒すのは、1割の「成功」以外にない1本が10倍、20倍にもなって跳ね返ってくるお陰で、各社はその次も毎年10本に投資することを決断できるのである。

 アニメビジネスは「狭義のアニメ市場」として約3000億円、「広義のアニメ市場」として約2.5兆円でざっくり分類されている。本当のアニメビジネスはもちろん④が全体像なのだが、この恒星・惑星・衛星のように「系」でビジネスが構成されているため、アニメ1本あたりの正確な収支も実は委員会のなかでもファジーなケースも多く、まして業界全体の「本当の数字」となると、ことさら把握することが難しい。

 これは北米の映画業界でも傾向は顕著で、内円も外円も正確な数字は会社の限られた上層部に秘匿されている【※】。不透明ななかでも様々なものが経費としてカウントされており、その分ロイヤリティとしての配分は抑えられつつ、合理的に自社内の収益を最大化するという作用も担っている。
 エンタメ経済圏の考え方は、この④の外円=キャラクター経済圏を可能な限り明らかにしつつ、そこのキャラクター経済圏のなかでどのくらいのボリュームのファンが浮遊したり、流入・離反したりしていくのかについて分析を深めることにある。

 本書はキャラクターごとにその経済規模をつまびらかに分析することを目的とした書ではないが(1作品ごとに委員会構成から各商流の推定売上、取引比率、ファンのTweet数などかなり体系的に分析するため、作品ごとに章が必要になるボリュームである)、著者が研究者としてそれらを分析したものから得られた知見を抽出して今後のトレンドを語るものである。

※ミドリ・モール『ハリウッド・ビジネス』文藝春秋 2001

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