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イシイジロウ氏の体験型演劇『アウフヘーベンの牢獄』はどのような作品なのか。「脱出ゲーム」が融合した新感覚イマーシブ・シアター

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 12月4日(土)、12月11日(土)に2公演のみ行われる体験型謎解き演劇『アウフヘーベンの牢獄』。本作はZoomで俳優の北川尚弥さんが演じる「記憶喪失になっている謎の人物」とやり取りしながら、他の参加者とLINEのオープンチャットで物語を進める新感覚のオンライン型イマーシブ・シアターだ。

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 『428 ~封鎖された渋谷で~』イシイジロウ氏が原作・総合監修を務めており、演出・脚本を『朗読劇 私の頭の中の消しゴム』岡本貴也氏が担当。またゲーム制作を「よだかのレコード」が務めている。主演の北川尚弥さんのほかに、声優・エッセイストで一般社団法人 日本SF作家クラブ会長の池澤春菜さんが案内役として出演をしている。

 この度はゲネプロでそんな新感覚の体験を味わうことができたので、イシイジロウ氏と北川尚弥さんのインタビューとともにそのレポートをお届けしよう。

取材・文/福山幸司


最低「3窓」を使う作品なので自分にあった環境の事前準備が大事

 まず本作は、従来のイマーシブ・シアターとはアプローチがかなり違う作品になっている。その意味では新しい可能性を開拓しており、発明と言ってもいいのだが、従来のイマーシブ・シアターのイメージを期待していては齟齬が生まれてしまうかもしれない。いったん従来のイマーシブ・シアターは忘れてもらい、頭を真っ白にして「新感覚の謎解き演劇」として望むのがいいだろう。

 事前準備として重要なのは、本作がZoom、LINE、さらにWebブラウザという最低「3窓」を使う作品ということだ。情報がとてもめまぐるしく、この「3窓」から情報を円滑に得ることが本作の唯一無二の体験に関わってくる。ここで躓かないように、しっかりと環境を構築しておこう。

 何がベストな環境なのかは一概に言いにくいが、筆者の場合、ディスプレイをふたつ繋いでいだPCで視聴したので、快適に観劇することができた。

 なお具体的な3窓の用途として、Zoomは基本的に視聴するだけとなる。そしてLINEやWebブラウザでは文字を打つほうが、より作品を楽しめるものとなっている。タブレットを持っている人はタブレットにZoom、PCにてLINEとWebブラウザでもアリだろう。そうでない人はスマートフォンでLINE、PCでZoomとWebブラウザを使うのも選択肢のひとつといえる。

 なおLINEは大多数が参加するオープンチャットを用いることになるのだが、このオープンチャットへの入場は開始前にQRコードから入る形となるので、格安SIMを使っているなどLINEの年齢確認が済んでいない人でも、問題なく入場はできるので安心して欲しい。他のオンライン型のイマーシブ・シアターと違い、Webカメラは必要がない。

不穏な開幕からいきなり「脱出ゲーム」の様相に

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 さて、いよいよ本編がはじまると池澤春菜さんが演じるウエイトレス姿の案内人がゲームの始まりを告げる。池澤さんが口にする作品のタイトルは、なぜか『アウフヘーベンの牢獄』ではない。どうやら我々は他のイマーシブ・シアター作品をプレイする参加者だったようだ

 とはいえ、すぐに映像にノイズが走り、牢獄のような場所の映像に切り替わる。急転直下だが、ここからが本当のはじまりだ。

 映し出されたのは奇妙な牢獄。そこでは北川尚弥さんが演じる記憶喪失の謎の人物(以下、青年とする)が囚われており、こちらに向かって「僕を助けて欲しいんです」と懇願する。どうやら牢獄にあるノートPCと我々のLINEが不意に繋がったようなのだ。

 そして青年は、我々の指示があれば、その牢獄に置いてあるものを調査していくという。もともと謎解きゲームに参加している我々だからこそ、きっと謎が解けるというのだ。そして部屋には数々の思わせぶりなものがたくさん存在している。

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(画像はSteam:Zero Escape: The Nonary Gamesより)

 ここでゲーマーならすぐに気づくだろう。本作はイシイジロウ氏がプロデュースし、打越鋼太朗氏がシナリオを務めた『極限脱出 9時間9人9の扉』のような「脱出ゲーム」なのだと。ただし決定的に違うのは、ゲームのキャラクターを操作するのではなく、本物の人間に指示・命令を出して、間接的にそれを実行してもらうことだ。

 そこで青年の言うとおり、LINEのオープンチャットを用いて、青年に「あれを調べてみたら?」と指示をだしていこう。そこで見つかった謎を青年と参加者がともに解いていくのが基本的な流れだ。

 とくに「間接的に青年に実行してもらう」というのはひとつの肝だろう。その意味では、音声入力で間接的に指示を出していく『オペレーターズサイド』や、古くは『ポートピア連続殺人事件』における「ヤス」に近いとさえいえる。つまり本作は実在の人間を「ヤス」として見立て、脱出ゲームを代わりに解いてもらう作品である、と要約することができる。

従来のイマーシブ・シアターの美学では測れない意欲作

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 前述したように、このような仕組みはこれまでのイマーシブ・シアターとはかなり異なるアプローチなのだ。

 一般的なイマーシブ・シアターは、さまざまな登場人物が同時多発的に行動するのが特徴だ。あるホテルなどの広い場所で、多くの登場人物たちがそれぞれ違う行動を取るので、それを見守ったりコミュニケーションを取ったりする。だが肝心なのは全員を見守ることはできないということだ。つまり本質的に観測できる範囲に限りがある群像劇なのである。

 観客はさまざまに推移するドラマを断片的にしか把握できないが、だからこそ瞬間、瞬間に立ち合い「目撃者」となる時事性がある。これが基本的なイマーシブ・シアターの醍醐味だ。

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 本作の醍醐味のひとつに、まず青年とテキストを介してコミュニケーションを取りながら一緒に謎解きゲームをすることが挙げられるだろう。

 本作は演劇を見ているはずなのに、同じくらい「ビデオゲームをプレイしている」という感覚が強い作品だ。「参加者も謎解きをする必要がある」というだけでなく、さらに「青年に指示・命令を出す」という行為がとてもビデオゲームに近いものがあるからだ

 イシイジロウ氏が総監督したアドベンチャーゲーム『タイムトラベラーズ』では、クリア後に『TTフォン』というおまけゲームがプレイできるようになる。女の子のキャラクターとある種のテレビ電話を通じてコミュニケーションを取るゲームで、おまけの枠にとどまらない秀逸な物語、仕掛けがあるゲームだ。

 こうしたAIのキャラクターと直接的にコミュニケーションを楽しむ作品は90年代や80年代から多くあるが、根本的な考え方としては1950年の「チューリング・テスト」まで遡れる。AIとの密接なコミュニケーションは人類の夢といえるだろう。こうしたAIキャラクターとの対話を楽しむビデオゲームは今後も登場するはずだ。

 だが、そうしたAIのキャラクターとのコミュニケーションは現状の技術ではどうしても限界性がある。だが本作においては、「ビデオゲームをプレイしている」という感覚を保ちつつ、実在の人間に置き換える。つまりこのことで疑似的にAIの限界性を突破している。ある意味、ビデオゲームが未来で実現できるかもしれない感覚を先取りしているとさえ言えるだろう。

もうひとつの物語の主人公の存在「プレイヤーたち」

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 さてもうひとつの本作の醍醐味、それはLINEのオープンチャットにある

 物語が本格的に動き出したとき、LINEのオープンチャットはにわかにざわめき始める。その反応はまさに多種多様だ。「〇〇を調べて」、「〇〇には何がある?」、「答えは〇〇」、「ここに答えを書いていいですかね?」、「う~ん……」。多くのプレイヤーたちと青年は、牢獄から脱出するためにともに謎を解き明かそうと考えるわけだ。

 さまざまなプレイヤーによるLINEの書き込みは見ているだけでも興味深く、公演ごとに内容や青年の反応は、まったく違う光景が広がっていることだろう。見事だったのは、北川尚弥さんがそうした書き込みに対して、とても自然に人間らしく反応をしていたことだ。

 たとえばプレイヤーの中には「答えだけ」を書き込み人が多くいた。しかし青年は「れはいったい何のことなんですか?」と聞き返してくる。これは至極、当然のことで、さまざまな謎が錯綜しているなかで答えだけを唐突に教えられても何を言わんとしているのかがわからない。こうした細かいリアクションが本当に何も知らない人と対話している感覚を呼び起こしている。

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 また青年があるところを調べているとき、筆者はその謎解きばかりをしていていいのだろうかと気になった。今はその謎は放置しておいて、まずは別のところを調べたほうがいいのではないだろうか、と。

 参加者の書き込みは数多くあり、青年はそれをピックアップして拾うことになる。指示・命令の方向性が自分と合致していれば、青年を導いている気持ちになれるが、他の方向性の書き込みをピックアップされてしまうと、少々歯がゆい気持ちになり、それもまた他人とのコミュニケーションが一筋縄ではいかない面白さがある。

 一方で謎解きがわからないときは他のプレイヤーにヒントを求めれば教えてくれるし、実際に筆者はそれでヒントをもらったことがある。自分で解ける謎があれば、他の人によってどんどんと謎が解き明かされていく様は、いわゆる考察などをして謎を長期的に解いていくARGの謎解きをギュと凝縮して経験しているかのようだった。

 本作は登場人物の「青年」と同じくらい大多数の「プレイヤー」の存在なしに成り立たない作品だ。まさにもうひとつの主人公といえるだろう。

『アウフヘーベンの牢獄』は「コロンブスの卵」的作品

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 さてここまで見てきたように、『アウフヘーベンの牢獄』は従来のイマーシブ・シアターにはない魅力にあふれた作品だ。特に北川尚弥さんによる演技は素晴らしく、さまざまなことがありながらも長丁場を演じ切った胆力は驚嘆に値する。

 とはいえ、本作は新しいがゆえに仕組みが噛み合っていないところや至らないところが垣間見えたのも事実だ。具体的な言及は避けておくが、けっして完璧な作品ではない。しかしここまで述べてきたとおり、「コロンブスの卵」のような新しいフォーマットを作り出した、一見の価値ある作品になっているのは間違いない

 本作はストーリーやエンディングの分岐を予感させる仕組みがある。またプレイヤーの書き込みによって青年がどのように謎に挑むのかも変わってくるだろう。今後、この新しいどのように発展していくのか気になるところだ。

 明日、12月11日(土)20時開演の最終公演のチケットは購入が可能で当日券もあるようだ。気になった人は観劇を検討してみてはいかがだろうか。

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ライター
85年生まれ。大阪芸術大学映像学科で映画史を学ぶ。幼少期に『ドラゴンクエストV』に衝撃を受けて、ストーリーメディアとしてのゲームに興味を持つ。その後アドベンチャーゲームに熱中し、『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』がオールタイムベスト。最近ではアドベンチャーゲームの歴史を掘り下げること、映画論とビデオゲームを繋ぐことが使命なのでは、と思い始めてる今日この頃。
Twitter:@fukuyaman

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