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登場人物の一人として物語に介入できるインタラクティブ演劇『SECRET CASINO』は第四の壁の概念を変え、第五の壁を壊す【きださおり×イシイジロウ】

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登場人物の一人として物語に介入できるインタラクティブ演劇『SECRET CASINO』は第四の壁の概念を変え、第五の壁を壊す【きださおり×イシイジロウ】_001

 ゲームと物語の関わりは深く、例えばRPGやADVならば、決して切り離せない重要な関係と言える。

 コンピュータRPGの原点とも言えるテーブルトークRPG(TRPG)は、ウォーシミュレーションなどのボードゲームに「役割を演じる」という要素が加わったことで生まれ、プレイヤーが物語に直接影響を与える遊びへと発展した。

 その流れは、ゲーム方面から物語にアクセスする動きとも言えるだろう。一方で、演劇が物語に新たなアクセスを試みる体験も生まれている。近年では、没入型演劇巻き込まれ型演劇などと称される「イマーシブシアター」という体験が、じわじわと話題になりつつある。

 舞台上で物語を展開させる演者と、座席に座って観覧する観客といった従来の演劇ではなく、観客との新たな接点を生み出す「イマーシブシアター」は、観客も演者のひとりとなり、その世界にいる人物として物語に没入できる。これまでの演劇にはなかった、新たな体験だ。

 そしてリアル脱出ゲームを手掛けてきたSCRAPが、ついにこのイマーシブシアター型の新たなコンテンツ「インサイドシアター」を発表した。オンライン上で展開されるインタラクティブな演劇となっており、参加者が「物語の中」に入っていくかのような体験ができる、新しい演劇スタイルのホームエンターテインメントだ。

 その第一弾『SECRET CASINO(シークレットカジノ)』が、7月17日~8月9日まで開催中(チケットは完売)だ。

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 本作は様々なリアル脱出ゲームを手がけたSCRAPのきださおり氏と、ADVを中心とする代表作を多数持つゲームクリエイター・イシイジロウ氏が初めてコラボレーションした作品だ。

 イシイ氏によると、本作は第四の壁の概念を変え、実は第五の壁を壊す全く新しい概念の作品として作っており、氏の新作ADVと捉えられても構わない自信作だとの事。また、デジタルゲームでは実現不可能なまったく新しい体験を描いているとのことだ。

 詳しいことはネタバレになるため書けないのだが、参加者は物語の登場人物の一人となり、ある依頼の達成を目指すことになる。

 その依頼とは、「誰も死なせないこと」。

 本作の舞台は限られた人間しかアクセスできないオンラインナイトパーティとなっており、参加者はZoomを利用することで文字通り参加することができる。

 会場は「カジノルーム」「BARルーム」「LIVEルーム」「MAGICルーム」という5つのルームに分かれており、好きに行き来することはもちろんのこと、物語の登場人物と直接会話をすることも可能だ。実際にはこれ以上にさまざまな仕掛けが施されており、今までに体験したことのないコンテンツに仕上がっている。

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 とはいっても、多くの方が未体験であろうイマーシブシアターというコンテンツで、しかもZoomを使ったリモート公演ともなれば、説明を読んだだけではその魅力や可能性の全容を把握することは難しいだろう。全てを理解するには、参加するのが最も近い道のりだが、知らない世界に飛び込むのは少なからず勇気が求められる。

 リアル脱出ゲームとは異なるの新たな方向性を打ち出したきだ氏と、デジタルゲームで長年活躍を続けているイシイ氏という組み合わせが、一体どのような化学反応を起こしたのか。今回、当事者たちへのインタビューを通じて、『SECRET CASINO』が持つ魅力や実体に迫ってみたいと思う。

文/臥待弦
取材/臥待弦クリモトコウダイ


日常の“ちょっと隣りにあるようなストーリー”を物語背景に落とし込んでいく

――イシイさんときださんがタッグを組んでイマーシブシアターのようなコンテンツを作るというのは、個人的には非常に熱い話なのですが、きださんは電ファミに初登場ですので、まずはきださんがどういう方なのかを伺っていければと思います。

イシイ氏:
 僕が最初にきださんを意識したのは、SCRAPさんの存在がきっかけでしたね。たまたま見た『片想いからの脱出』というリアル脱出ゲームに惹かれて参加したところ、大きな衝撃を受けました。

※片想いからの脱出
2014年に初公演したイベント。幾度も再演されるほどの人気を博す。2016年にはゲームブックとしても出版された。

 『片想いからの脱出』は、これまでとは全然違うものが発生したな、と感じていました。そしたら、プロデューサーさんらしい女性の方がいましたので、「この人が作ったのか!」と驚きつつ、きださんの存在を認識しました。

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イシイジロウ氏

──それが出会いというか、意識されたきっかけだったんですね。

イシイ氏:
 個人的に最近「ヤバイ」と思った三大体験は、『ラブプラス』『サマーレッスン』のデモ版、そして『片想いからの脱出』です。いずれも人の心の、触れてはいけないところに触れてくる、狂気のエンターテインメントですね(笑)。

きだ氏:
 自分は、日常の“ちょっと隣りにあるようなストーリー”を物語背景に落とし込んでいくのが好きなんです。『片想いからの脱出』はまさにそのテイストで、会社として「気が狂ってるの?」「やってもいいけど、責任はとらないよ」みたいな感じでした(笑)。

 当時の私は、道玄坂で「企画の実験室」と銘打った箱(「ヒミツキチラボ」)を自分でプロデュース・運営していたので、そこで「全責任をとります」みたいな形で挑戦的なタイトルを出していました。その中でも、『片想いからの脱出』は一番挑戦したタイトルとか言われましたね。

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きださおり氏

──きださんがそういった作風に至ったのは、リアル脱出ゲームを作り出してから生まれたんですか。それとも、日常のストーリーを描きたいという想いが先でしたか?

きだ氏:
 日常のストーリーを描きたい、という気持ちの方がずっと前からありました。そういったもの作りを(以前から)コツコツやっていたんですが、リアル脱出ゲームを作るようになった時、スランプというか悩みを抱えた時期があったんです。

──悩みというのは、どのような?

きだ氏:
 これは自分の話になるんですが、「殺人現場で現場検証してください」「爆弾を解除してください」とだけ言われても、テンションがあがらないんです。同じシチュエーションでも、自分じゃない誰かが扉の先にいて、その人を助けるために爆弾を解除する!とかだと気持ちがあがるのですが……。

 で、自分のテンションが上がらないシチュエーションや空間を作るのは、「果たして誠実なのか?」と悩んだことがありまして。その時に、「自分のテンションがガン上がりする設定(のリアル脱出ゲーム)をやったらどうだろう」と思い、実際にやってみたところ、それがお客さんにも結構受け入れてもらえたんです。

 前々から好きだった少女漫画の世界観やSNSを使ったちょっとしたサプライズのようなものと、ゲーム性がパチンとリンクした時から、そういったものが作れるようになっていきましたね。

『SECRET CASINO』はリモートだから意味がある

――そして、そんなきださんの新作が『SECRET CASINO』であると。今回ゲネプロを拝見させていただいて面白いなと思ったのが、リモート公演であることがマイナスになっておらず、むしろリモートだからこその体験になっているじゃないですか。そこが本当にすごいなと。

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イシイ氏:
 リモートを介すると、デジタルゲームと近くなるんですよね。“画面の向こうの世界”になるので、本当か嘘か分からない。僕らは今まで、画面の向こうの世界をプログラムで作っていましたが、Zoomの向こうの世界だって、本当かどうか分からないじゃないですか

 人が直接行っているものではありますが、“生”とはちょっと違うので、そこで何が起こるのか。この構造は、すごく想像が湧いたというか、広がった感覚がありましたね。

──画面越しになることで、そこに“想像する余地”が生まれるんですね。

イシイ氏:
 デジタルゲームでは“カットシーンか、インタラクティブか”といった議論がありましたよね。技術が進んで、インタラクティブでありながらカットシーンが表現できるようにあったので、今では随分落ち着きましたが。

 『SECRET CASINO』に関してその話をすると、ライブでありながら「ここはカットシーンなんだ」「ここはインタラクティブ」といった構造があるんですよ。

 そういう意味ではすごく難易度が高いものに挑戦しています。

 インタラクティブって本来、1対1のものじゃないですか、厳密にいうと。それを膨らませるのは大変ですよね。例えば、『片想いからの脱出』は6人がチームを組むので、6人でひとりの人格を形成しているんですよ。

──映画「インサイド・ヘッド」みたいな感じですよね。

イシイ氏:
 そうそう。6人が頭の中で議論しながら、その結論を片想いの相手に投げかけるわけです。こういったインタラクティブ性は、それまでの僕にはなかった感覚だったんです。

 RPGのパーティの行動について、ひとつのコントローラを使い、複数の人数があれこれ言って遊ぶといったことはありました。みんなが口頭で指示を出し、代表者が入力する、みたいな。そういう時代を通ってきましたが、ひとりの人格をみんなで話して決めるというのはなくて、なかなか面白いなと思いました。なので、そういうデジタルゲームとは本質的に違いますよね。

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──しかも今回の『SECRET CASINO』は、100人によるインタラクティブですもんね。

きだ氏:
 はい、無料版Zoomの最大人数がそのぐらいで、今回Zoomの部屋をいくつも作っているので100人のパーティにしました。こういった形式のものとしては、かなり大人数ですね。

──少人数のほうが体験としては濃いものになると思うんですが、一体感という意味では大人数のほうがいいような気もします。参加人数の設定はとても難しそうですね。

きだ氏:
 確かに、そこは繊細なところですね。この『SECRET CASINO』に関して、自分は“ゲーム”だと思ってはいないんです。どちらかといえば、サッカーの試合を応援する感じに近いのかなと。

 自分が感情移入する登場人物に対して自分が知っている情報を教えたり、「がんばれ!」と声援を送るなど、“みんなでアクションすることで、得られる喜びがある”といった部分を目指しました。

 新型コロナウイルスの影響で予定していたインサイドシアターが出来なくなったので、以前開催した『のぞきみカフェ』という体験型イベントを、「のぞきみzoom」という形に作り変えて、YouTube Liveで行ったんです。


 これは、Zoomを使っている男女を覗き見し、状況や関係性を好転させるアクションが起こせるといったもので。この時に1,000人くらいが同時接続し、登場人物へのLINEも900件くらい来ましたね。

 でもこれって、視聴者側が主役となって物語に影響を与えているわけではないんです。2人の存在を知り、その空間にいることで、気持ちが乗っかって行動してしちゃう、みたいな。で、その経過によって、一回一回ごとにお客さんの行動によって変化したエンディングがあるような形だったんですが、「これはこれで面白いな」と可能性を感じました。

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 リアル脱出ゲームのような「お客さんが主役になる」体験型イベントも作っているんですが、同じ時間の中で大勢の方々が展開を共有するものをweb上で作れたら、新しくて面白いものを作れるんじゃないかなと思ったのがスタート地点で、今回はZoomの最大人数である“100人”に挑戦してみました。

──だから『SECRET CASINO』には謎や暗号がないんですね。

きだ氏:
 そうです! 最初はあったんですが、丁寧に排除しました。人間ってどうしても、目の前に解き明かされていないパズルがあると、そっちに頭脳を持っていかれてしまうんですよね。そして、「あれ、自分は何がしたかったんだっけ?」みたいになることも(笑)。

──つまり『SECRET CASINO』は、ゲームではなく舞台寄りの体験ということですね。

きだ氏:
 まだうまく言語化できていないんですが、“みんなで物語を作っていく”、という感じですね。

イシイ氏:
 僕らの世代で言えば、『仮面ライダー』のショーみたいな。“何かを応援することで、変わったように見えるもの”ですよね。

 すごく古い体験なんですけど、『突撃! ヒューマン!!』という番組がありまして。簡単に言えば仮面ライダーのようなヒーローものなんですが、その番組は毎回舞台を中継しているんです。

※突撃! ヒューマン!!
1972年に日本テレビ系列で放送された番組。いわゆる変身ヒーローもので、舞台の上で演じる様子を収める「公開録画」の形を取っていた。舞台という制約上、爆発といった特撮の定番演出は使えなかったため、舞台装置や証明を駆使する「舞台劇」でもあった。

 悪者が舞台に出て悪事を働くので、ヒーローを呼ぼうとなるんですが、ヒーローは「ヒューマン・サイン」がないと変身できない。そのサインを、視聴者や会場の子供達が送ることで、ヒーローが登場できるんです。当時の僕も、TVの前でサインを送ってましたね。

 こういう体験って、確かにあるんですけど、あまり突き詰められていないなと。で、きださんが作られているものは、こういう体験に近いように思います。

 プレイヤーがひとりの「インタラクティブシネマ」のような体験は、現状存在するパターンにハマりやすい気がするんですが、プレイヤーが群になったものは新しい可能性があるように感じますね。

──『SECRET CASINO』ではいくつかの部屋を自由に行き来できますよね。その部屋の役割も、インタラクティブ性を考慮された結果ですか?

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きだ氏:
 部屋に関しては、「自由に情報収集できる」とか「自分が見たいものを見られる」といった、リアルイベントなら必然的にセットになってくる要素をオンラインで表現する手段として考慮しました。部屋移動をすることにより「その人だけが見ていたシーン」「その人しか得ていないかもしれない情報」が100通り生まれます。それが、のちの展開にとても重要になることもあります。

──カメラの扱い方も、リモートならではの臨場感や没入感があり素晴らしかったです。

イシイ氏:
 そこはすごくやりたかった部分です。「Zoomだから、動かないんでしょ?」みたいに言われがちですが、あそこで一気に繋がっていく感じが出るかなと。僕の代表作である群像劇ADVファンにも喜んでいただける仕掛けではないかと。

 あと言える範囲だと……参加者がそれぞれ自宅にいるので、その家のモノを使う仕掛けも入れました。

 知り合いの「Zoom人狼」を見ていた時、「自分が人狼じゃない根拠を、家の中のもので表してしてください」と言い出した人がいて、その反応を元にグループ分けしたんです。これを見て、「家の中のものを使うのは、Zoomならではだな」と思いましたね。

──参加概要に「バーチャル背景は切った方がいい」とあったのは、それが理由だったんですか。バーチャル背景を使っていると、モノが見せにくいんですよね。

きだ氏:
 そうなんですよ! お客さんに負担をかけてしまうんですが、バーチャル背景を使うと、(位置によっては)見えなくなっちゃうんですよね。

 ただ、バーチャル背景を切るのはあくまで推奨で、実際は設定して参加いただいても大丈夫です。

イシイ氏:
 自分の体に重ねれば見えるんですが、このノウハウを伝えるのも難しいです。

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──その点も含めて、新しい遊びですよね。

きだ氏:
 そうですね。だから、どのように受け止めてもらえるのかドキドキしてます。ちょっと音楽のライブにも似ていて、演者とお客さんの間にズレがあると、そのズレがどんどん広がっていっちゃうんですよね。なので、「いかに格好良くて気持ちのいいライブをするか」が重要だなと思っています。

最初はイカサマを見抜く「カイジ」のような物語だった

──先ほど謎を排除したという話がありましたが、物語面もいろいろとトライアンドエラーがあったのではないでしょうか。

きだ氏:
 そうですね、実は、当初は結構制作に困っていて……本当は5月中旬に開催する予定だったんです。当時は、今のものとはまったく違うストーリーを考えていました。

 “オンラインに実際に存在していてもおかしくない”“自分だけのカジノ結果が得られる”という点でカジノをテーマにしたんですけど、最初のストーリーは『カイジ』みたいな、イカサマを見抜くようなものでした。「りつ」という女の子を助けるため、イカサマを見破る手助けをして、カジノのオーナーに勝つ! みたいな話でした。オーナーがお父さんの仇だったりとか(笑)。

 ただ、当初は「カジノらしいストーリー」を入れ込んでしまったんですよ。カジノらしい話にするんだったら、それこそ思いっきりゲーム性を強めて、自分たちで頭を使ってオーナーを倒す方が面白いと思うんですよね。それでテスト公演も行いましたが、自分がリアル脱出ゲーム製作時に悩んでいた疑問と同じ印象を受けまして。「あれ? 私、カイジみたいな話を作りたかったんだっけ?」みたいな。そして、リアルイベントでやった方が面白い可能性もあるので、そのストーリーは捨てました。

※カイジ
「賭博黙示録カイジ」から始まる、一連の漫画シリーズ。主人公の「カイジ」がギャンブルに挑み、時に命を賭す危険な局面をかいくぐる展開で注目を集める。

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──なるほど、かつて感じたものと同じ悩みに直面してしまったんですね。

きだ氏:
 新型コロナウイルス対策の影響で、予定していたイマーシブルシアターのリアル公演が5つほど飛んでしまったんです。「東京ミステリーサーカス」の総支配人を今年の3月末で退任し、こっちに全振りするつもりだったのに、従来の対面型では何も作れなくなってしまいまして。「じゃあ、オンラインで作ろう」となったんですが、この「オンラインで作る」が目的化してしまったんですね。

 テスト公演バージョンでも面白いと言ってくれる人はいるけど、本当に面白いんだろうかと無茶苦茶悩みまして、自分なりの「オンラインだからこそ、リアルより面白くなるかも」というストーリーの糸口は見えていたんだけど、出口が見えない。そんな時「イシイさんに相談しよう!」と思いました。

 イシイさんは明確に分析してくれるので、「お忙しい中申し訳ないんですが、お時間をいただけないでしょうか」とご相談させていただいたのが、関わっていただいた最初でしたね。

──「イカサマを見抜く」といった原案を聞いた時、イシイさんはどう思いましたか?

イシイ氏:
 きださんが本当にやりたいことはなんだろう、みたいな相談だったので、今あるもの(テスト公演バージョン)は違う気がしましたね。なので、「こういう読後感を求めているんですよね?」といくつかの映画を例に出しながら話したところ、きださんのやりたいことが見えてきたので、「じゃあ、これじゃないですよね」と。

 そこから、「この仕組みで出来る感動って、どんなものがありますかね」と、話が徐々に具体的になっていきました。その場で、新しいものが出来上がり始めましたね。

きだ氏:
 そうですね。それで「オンラインで展開して面白い物語ってなんだろう」と改めて考え、画面の中にある世界が本当にあるかもしれない、といったストーリーが良いと辿り着きました。そこから更にイシイさんと一緒にブラッシュアップを重ね、“画面の先の世界”を今回用意させていただきました。

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──そのやりとりがきっかけで、イシイさんもスタッフに加わってください、となったわけですか?

イシイ氏:
 話が具体的になっていくと、実際に書いた方が早いんですよね。「あれのあれです」とか説明しても通じないことがありますし、だったら書いた方が分かりやすいし、早い。

 あと、新しいことに挑戦する時って、出来る人が出来ることをやるのが一番早くて。で、僕も経験則からやれることが多いので、自然と担当する部分が増えていって、思ったよりも色んなものに手を出す結果に(笑)。

「インサイドシアター」とふたりのクリエイターの今後 ─ 広い意味でゲーム業界を盛り上げる、イシイ氏の新たな野心

──自分が物語の一員となるアナログな遊びとして、例えばTRPGやマーダーミステリー、ARG(代替現実ゲーム)、Live Action Role-Playing Game(LARP)などがありますよね。そういった遊びと、イマーシブシアターや「インサイドシアター」の違いを言語化したいと思っていて。具体的な定義や明確に違う点などがあれば教えてください。

きだ氏:
 そこは難しいと思っている部分でして、今回“イマーシブシアター”ではなく「インサイドシアター」としているのは、そこの悩み故なんです。

 個人的には、「TRPGはこういうもの」「マーダーミステリーはこうだから」、といったジャンルで区切ってしまうのが好きじゃないんです。しかもイマーシブシアターは、色んな流派がありまして。「Sleep No More」の参加者はいわゆるモブに近いんですが、自分が演者になれるようなタイプが好きな方もいます。

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 自分がやりたいのは、“劇の内側に入るような体験”なんです。それは、演者さんを追いかけるとか、自分を演じるといった言い方ではなく、あくまで自分が“この物語の一員”となり、自由な行動をすることが物語の一要素になる──そういった体験を表現したくて「インサイド」という言葉を選びました。

 本当は「インサイドストーリー」が良かったんですけど、実は“暴露話”という意味もある言葉なので、使えなかったんです(笑)。「演劇」についてもすごく尊敬しているので、シアターという言葉も「大丈夫かな?」と思いながら使ってます。

 なので、明確な違いとしては、「インサイドシアターは“劇の内側”に入れる体験を目指しています」という答えになります。

──その違いは、まさに体験してこそ実感できる部分ですよね。

きだ氏:
 そうなんです、PR担当が泣いてると思いますよ。PRしにくい、って(笑)。

イシイ氏:
 でも、“シアター”の部分はちゃん言わないと、というのはありますね。リアル脱出ゲームや謎解きゲームの感覚で入ってくると、違うイメージになってしまうので。新しい体験に触れる、と思って来て欲しいですね。

きだ氏:
 劇場での「応援上映」や、発声OKの「2.5次元舞台」の応援に、自分たちの行動が重要になる、インタラクティブ性が加わったような感覚かもしれません。

──確かに今回の「インサイドシアター」も、参加者の応援が物語に影響を与えますし。主役にならない遊びや体験、というのもユニークな部分ですよね。

きだ氏:
 皆さんも面白いと思ってくれるといいんですけどね(笑)。これまで、参加者が主役になるゲームばかり作ってきたので、ドキドキしています。

イシイ氏:
 リアル脱出ゲームは、お客さんが主役になることを徹底したことで、僕らがやっているデジタルゲームや演劇、映画などとは全く違う価値を生み出した遊びですが、(「インサイドシアター」は)更に違う価値を作り出していると思います。

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きだ氏:
 本当にライブですね、そういう意味では。

──お二人は、どういった方に『SECRET CASINO』を体験して欲しいとお考えですか?

きだ氏:
 ものすごくターゲティングができている、というわけではないんですが、舞台がカジノなのでドレスアップしたり仮面をつけたりといった好きな装いで、部屋を少し暗くして、お酒を飲みながら気軽に参加して欲しいですね。

 ちょっと自分の話になってしまうんですが、施設プロデュースをしていた時は、夜はずっと何らかのイベントをやっていまして。なんとかナイトみたいな。ほぼ毎晩そんな感じだったんですが、そこに毎晩のように来て下さる方々がいたんです。でも今は、(新型コロナウイルスの影響で)そういったイベントを開催できない状況になりまして。

 なので、夜に「このまま寝るのはちょっと惜しいな」と思った時の新しい受け皿になれたら嬉しいですね。家にいてそういった思いを抱えている人がいたら、ぜひ体験して欲しいなと。「面白いことあるから、おいでよ!」って、友達を誘うみたいな感じです(笑)。

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イシイ氏:
 初物が好きな方、ですね。こういうメディアでこういった体験を味わえるのは、おそらく初めてだと思います。本当に新しい試みなので、誰に合っていて、誰に合ってないのかも分かりませんね(笑)。合ってたら、無茶苦茶喜べると思います。

 だからこそ、“初めて”を体験したい方は、一度覗きに来て欲しいですね。誰もが、まだこういう思いになったことはないのでは──というものに挑戦したつもりなので、“初めての感動”を知りたい方はぜひ。

きだ氏:
 合ってなかったら、むしろ聞きたいですね。どこを直せば面白くなりますか、って(笑)。

イシイ氏:
 新しい可能性なので、意見をいただければ、より良いものになると思います。

──新しい体験を知りたい方に向けた体験なんですね。少し気の早い話ですが、そんな「インサイドシアター」の次回以降について、展望や構想などがあれば教えてください。

きだ氏:
 今後は、1時間なり90分なりで終わらなくてもいいのかなと思っています。また、舞台は問いません。例えばオンラインだとしても、Zoom以外でもチャレンジしたいですね。webはwebで、オンラインの面白い方向を探っていきたいですし、もちろんリアルイベントもやりたいと思っています。

 あとはやっぱり、“自分が誰かの人生に影響を与える動きができる”という体験を作り続けていきたいですね。

──誰かの人生に影響を与えるというのは大きな出来事ですが、その一方で、きださんが大事にしている“日常”のあらゆる場所で頻繁に行われていますよね。

きだ氏:
 そうですよね。Twitterで悩み相談とか、リプがついていく感じとか。インターネットの世界のそういうところって面白いので、『SECRET CASINO』のようなネットを介した演目は、その面白さを可視化できたらなと思っています。

 今回の『SECRET CASINO』で検索という要素を入れ込んでいるのも、「ネット上にはこの世界が存在する」という点を大事にしたいからなんですよ。

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イシイ氏:
 きださんの発想はリアリティがあるから、実写と合うんですよね。そこに現実が“ある”感じを作るのがすごくうまいので、本当にその人(=登場人物)がいるんじゃないかと思わせる説得力を、ネット上でも作れるんです。

──なるほどです。最後にイシイさんにお伺いできればと思うのですが、これまで演劇なども手がけられていますが、今後もこういったデジタルゲーム以外での活躍は増えていくのでしょうか。

イシイ氏:
 そうですね。何よりきださんとは話が合うので、今後も一緒にやっていきたいですね。

きだ氏:
 嬉しいです! 多分私は、ディレクターに徹することが出来た方がいいので(笑)。

イシイ氏:
 僕は、それまで積み上がったものがあっても、「こっちの方が面白いんじゃない?」って遠慮なく言うタイプなんですよ。積み上げたものを大事にする方法論ももちろん大事なのですが、きださんは「潰しても、面白くなるんだったらいいです」「そっちの方が面白いですね!」と言ってくれる人なので。そこの感性が合っているので、お互いやりやすいですね。

 あともうひとつ、きださんの才能をデジタルゲームの世界にも引き込みたいなと思っているんですよ。といっても、SCRAPさんの役員なので、それは出来るのかどうか(笑)。

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きだ氏:
 OKです、大丈夫ですよ(笑)。

イシイ氏:
 僕がアナログゲームを手伝いながら、きださんをデジタルに連れてきて、広い意味でゲーム業界を盛り上げたいですね。

きだ氏:
 期待に応えられるかどうか、自信はないんですが(笑)。

──それが実現した暁には、またインタビューをさせてください。

きだ氏:
 その時は、ぜひお願いします!(了)

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 きだ氏とイシイ氏が生み出した『SECRET CASINO』は、イマーシブシアターの魅力を内包させただけでなく、Zoomという舞台を活かした物語も織り込まれており、これまでにない体験と新たな可能性を感じさせる演目である。インタビューを通して魅力の一端が言語化され、実際に体験した一人の参加者として、その言葉は実に的確だったように思う。

 少なくとも『SECRET CASINO』の参加者は、決して物語の主人公ではない。それを物足りないと感じる人もいるだろうが、参加者同士の発言が波紋となり、それが広がって画面越しの世界に影響を与える感覚は、当事者ではないからこそ味わえる想像と読後感が潜んでいる。

 エンターテインメントの多くは、参加者が主役となるケースが大半だ。ボードゲームやカードゲームなら当事者となり、コンピュータゲームも自分がコントローラを握り、操作する。リアル脱出ゲームの多くも、自身が脱出する遊びだ。

 しかし、『SECRET CASINO』にあるのは、“主役にならなくてもいいエンターテインメント”だ。物語への関与の仕方やタイミングは、(場を混乱させないためのルールこそあれ)自分次第だ。極論、物語に関与しなくてもいい。他の参加者が関わる様子を、ワインを片手に眺める。そんな楽しみ方も、『SECRET CASINO』の許容範囲だ。

 主役になる遊びも、もちろん悪くない。主役にならなくていい遊びが、もっと広まってもいい。全てはまだ未知数の新体験だが、だからこそ『SECRET CASINO』は、あなたを待っている。

【Inside Theater Vol.1 「SECRET CASINO(シークレットカジノ)」】
・開催期間:2020年7月17日(金)~8月9日(日)(月曜日、木曜日は休演)
・時間:21:00 スタート
・所要時間:70分~90分程度(展開によって変動)
・定員数:各回100名
・チケット金額:前売り券 3,000円/当日券 3,500円(当日券は公演当日の18:00まで販売)
・公式サイト:https://mysterycircus.jp/secretcasino/
※「リアル脱出ゲーム」はSCRAPの商標登録です。

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インタビュアー
登場人物の一人として物語に介入できるインタラクティブ演劇『SECRET CASINO』は第四の壁の概念を変え、第五の壁を壊す【きださおり×イシイジロウ】_021
新聞配達中にトラックに跳ね飛ばされたことがきっかけで編集者になる。過去に「ロックマンエグゼ 15周年特別スタッフ座談会」「マフィア梶田がフリーライターになるまでの軌跡」などを担当し、2017年4月より電ファミニコゲーマー編集部のメンバーに。ゲームと同じぐらいアニメや漫画も好き。
Twitter:@ed_koudai
ライター
登場人物の一人として物語に介入できるインタラクティブ演劇『SECRET CASINO』は第四の壁の概念を変え、第五の壁を壊す【きださおり×イシイジロウ】_024
学生時代にTRPGにハマり、「プロのゲームマスターになりたい!」と思うも、そんな仕事はなく、役者とシナリオライターの双方を経験。その後、ゲーム好きが高じてゲーム関連のフリーライターとしてINSIDEなどで現在活動中。コンピュータゲームを好む一方で、ゲームブックなども楽しむ雑食派。プロのゲームマスターへの道はいまだ遠し。

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