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エモい中国発のテキストADV『シャンハイサマー』が「泣きゲー」かもしれない。中国が舞台なのにどこか日本的で、オタクのツボを“分かりすぎている” 【ネタバレなしレビュー】

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寒さに震える2月。今日もどこかでインディーゲームが生まれている。

今回紹介するタイトルは中国に拠点を置くFUTU Studioが開発するアドベンチャーゲーム、『シャンハイサマー』だ。タイトルにサマーとある通り夏を舞台にしたゲームである(それを冬に遊ぶというのもまた乙なものだ)。

本作はテキスト主体のアドベンチャーゲームである。「夏」と「テキストアドベンチャー」の親和性がどれほどの「エモ」を生み出すのかについては、多くのアドベンチャーゲームを有する我が国のゲーマー諸賢にとってはほとんど自明のことだろう(上に掲げたタイトル画面からして既にエモい)。

もっとも、本作のエモはただのエモではない。「中国のエモ」である。同じアジア圏の舞台としてどこか似ていながらどこか違う、そんな私たちから見れば特殊な舞台で繰り広げられるドラマは、異なる文化圏の物語として非常に興味深いものだ。

と同時に、このゲームは普遍的な側面も持っている。より詳しく述べれば、ある種のオタク的「文脈」の上に作られている。それは作品に出てくるクーデレヒロインの造形であるとか、青春への回帰とミステリーを合わせたシナリオ展開などがそうだが、これらの要素に詰まった情感は私たちが日本のアニメやゲーム作品から接種するものと非常に似ている。

つまり簡単に言ってしまえばこの作品は、「中国産泣きゲー」たるポテンシャルを持ち合わせているのだ。「シャンハイサマー」は確かに、私たちのオタク的エートスの琴線に触れるエッセンスを備えているのである。

本稿では、そんな『シャンハイサマー』が紡ぐ物語のテーマ性やゲームプレイの「質感」について、ネタバレなしでお伝えしよう。

文/植田亮平


■移動とクリック、あとは選択

本作の物語について語る前に、まずはシステム面について紹介しよう。
『シャンハイサマー』のシステム非常にシンプルだ(テキスト主体のアドベンチャーゲームはほとんどがそうだが)。

プレイヤーは主人公である「屠百川(とびゃくせん)」となり様々な登場人物との会話をかわしながら、物語の本筋となる謎を推理していく。
しかし、本作は純粋なノベルゲーというわけではなく、横に広がるマップを探索しながら、キャラクターやオブジェクトにインタラクションしていくポイントアンドクリック型のシステムが基本となっている。これはいわゆる探索パートでもあり、なおかつゲームプレイのほとんど全てを構成するパートでもある。

これらのゲームプレイに使うのはマウスの左クリックと画面内を横に移動するAキーとDキーのみで、操作面で特筆するような面は特に見当たらない。誰でも気軽に遊べる王道なものと言えるだろう。

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アドベンチャーゲームには「選択」がつきものだが、本作の選択・分岐システムも非常に堅実なものにまとまっている。

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基本的なフローチャートは一本だけとなっており、選択肢によってはバッドエンドが訪れる。「あの時の選択肢がこんな影響を……!」というような近年のアドベンチャーゲームに見られるシナリオ分岐こそないものの、選択肢への即時巻き戻しや見やすいシナリオマップなどが用意されている。

ちなみに本作のバッドエンドは比較的短い展開で幕を閉じる。ツッコミどころのある、バッドというよりちょっとファニーなものもあり、バッドエンドを全コンプしてみるという遊び方もできそうだ。

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■丁寧な翻訳とパロディ人形

海外のアドベンチャーゲームはローカライズにそのクオリティを左右される運命にあるが、その点で本作のクオリティはどうだろうか。私から言わせてもらえれば、『シャンハイサマー』のローカライズはバッチリである。会話やUI含め、言語的な部分がプレイの没入感を損ねることはほとんどないといってよいだろう。

中でも特筆すべきはキャラクターなどの情報が記された「メモ帳」機能だ。これを参照すれば登場人物の生い立ちや主人公との関係が分かるほか、ゲーム中に登場するキーワードが逐次登録され、物語の内容がすんなりと理解できる。

セリフの翻訳は上手くいっても、こういったチップスまで丁寧な翻訳が行き届いているゲームはあまりない。その点、本作のメモ帳は非常に役に立つものとなっている。中国のキャラクターは漢字の読み方が若干日本と異なるが、それを配慮して全てのキャラクターに読み方のルビが振られているのもありがたい仕様だろう。こうした諸々の細かい配慮が行き届いていることが本作の親しみやすさに繋がっている。

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また、システム面とは関係ないが本作のコレクション要素についても少し紹介しよう。
本作にはタコのぬいぐるみシリーズというゲーム内収集アイテムが用意されているが、これが開発者の趣味丸出しで面白い。

あらゆる漫画やアニメ、ゲーム作品のパロディ(と呼ぶにはあまりに露骨な)で溢れ、ひとつ集める度に「あ、そういうのもお好きなのね」という驚きと共感が待っている。色々なものが用意されているので気になる方はチェックしてみるべし。

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■失われた記憶を巡る旅

さて、いよいよ本題となる物語の紹介を始めよう。

『シャンハイサマー』は主人公の「屠百川」を中心とした群像ミステリーである。
屠百川は、人の言葉を喋る奇妙な黒猫と出会ったことをきっかけに身に覚えのない記憶を視始める。黒猫曰く、それは現在屠百川がいる世界とはまた別の世界の記憶らしく、屠百川のいる世界もまたそんな数ある世界(黒猫は夢と呼んでいる)のひとつに過ぎないらしい。

その日から、屠百川の生活は大きく変化する。かつての恋人であった「季秋雨(きしゅうう)」との再開、百川の周りで起きる様々な異変、そしてかつて秋雨と交わしたはずの「思い出せない記憶」……。

一体なぜそのような記憶を見るようになったのか、今とは違う選択をした世界の自分はどのような結末を迎えたのか、それらの答えを知っているのは黒猫だけである……。

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というのが本作の簡単なあらすじなわけだが、この物語は私たちにかなり馴染みのある設定が随所に見られる。

主人公の屠百川は大学を卒業して以来うだつが上がらない毎日を過ごしており、大学時代の後輩である「蘇静嫺(そせいかん)」の書店の手伝いをして過ごしている。そんな彼にとって高校時代の恋人である季秋雨は青春時代を象徴する存在だが、月日が経って再開した二人の会話はどこかぎこちなく、諦観にも似た冷めたトーンが続いていく。

しかし、屠百川の見る「別の世界の記憶」はそのようなトーンと打って変わって、高校時代の爽やかで初々しい二人の恋模様が描かれる。かけがえない青春のなか、二人は大切な約束を果たすまでに発展する(その約束が何なのかはここでは明かさない)。

現実の世界と、記憶の世界の二人。この物語上の対比は『STEINS;GATE』『Life is Strange』などのタイムリープ系作品を思わせる。また、成長した主人公が過去を回想しつつ旧友との約束を思い出すという展開は『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』などのプロットと詳細は違えどどこか似ている。

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『シャンハイサマー』を語る上で、ことさらにこれら作品との類似点を強調するのは意味のないことではある。しかしあえて主語をでかくして言わせてもらうならば、私たちオタクはこういったテーマの物語が大好きだ。実際、FUTU Studioの開発者たちがこういった「オタクのツボ」をかなり深いレベルで理解していることは間違いないと思われる。

例えば、先ほど紹介した主人公の後輩ちゃんこと蘇静嫺はかなり「萌え」なクーデレキャラとして造形されている。主人公に気があるのは確かなのだが奥手ゆえにつんけんした態度をとってしまう彼女だが、主人公の元カノこと季秋雨が現れたとたん、露骨に探りを入れてくるあたりもいじらしくて可愛いのだ。

あるいは、主人公の「親友ポジ」である「若奉一(じゃくほういつ)」も魅力的なキャラクターだ。というか、この手の作品で魅力的でない親友キャラがいただろうか。いや、いない。

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彼は現実の世界と記憶の世界で大きく役割の変動するキャラクターではあるが、どのような世界であっても屠百川へのフレンドリーな対応を崩さないナイスなガイである。美形キャラで売れないシンガーソングライターである彼は、主人公に「やれやれ」と言われるような天真爛漫さとカリスマ性(?)を持ち合わせており、本作の重要なキーパーソンでもある。

■猫の質問と穴埋めクイズ

物語のテーマはゲームプレイの中でも表現されている。
ひとつは黒猫からの質問に答えつつ物語の真相に迫るゲームパートだ。

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これは黒猫の質問に画面上に映るキーワードを選んで適切な答えを与えるというパートなのだが、このパートは物語の新たな真相を掴んだり、あるいは記憶の世界で起きた事件などを理解するのにうってつけだ。

実際には謎解きというよりも物語の場面整理としての側面が強く、本作のユーザーフレンドリーさが伺える部分である(余談だが、画面が『逆転裁判』シリーズのサイコロックっぽいレイアウトなのが私的にはかなり好きだ)。

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もうひとつは季秋雨が残した不思議なノートを紐解いていくゲームパートだ。これはいわゆる穴埋めクイズであり、右側の文の整合性が取れるように左の単語を選んで当てはめていくゲームとなっている。本作の中で最もアドベンチャーゲームらしいパートと言えるだろう。

しかし、このゲームパートは本編をしっかりと鑑賞していれば簡単に解けるものとなっており、骨太推理ゲーのようなやりごたえは特段用意されていないように見受けられた。もっとも、そもそもこのゲームはどちらかと言うとテキストアドベンチャーの側面が強いので、このゲームパートだけやたらと難しくされるとそれはそれで違和感を感じただろう。

■オタクカルチャーに馴染んだ「親しみやすさ」を持つ良作ADV

総評として、やはり特段言及すべきは本作の「親しみやすさ」だろう。

ただ単にローカライズが優れているという話ではない。本作は間違いなく、日本を含めたアジア圏のオタクカルチャーの空気を作品の全体に纏っている。キャラクターの造形、物語のテーマ、あるいはコレクション要素に見られる小ネタ等を眺めれば、この作品が私たちにとってどれほど親しみやすいゲームであるのかが分かるだろう。これほど肌になじむ中国産アドベンチャーゲームを私は寡聞にして知らない。
最後に、本作がアドベンチャーゲームであるがゆえに、その物語の全貌を語れないことは本当に惜しいが、間違いなく本作が「泣きゲー」のポテンシャルを持っていることだけはお伝えしておきたい。「こういうのが好き(陳腐だがベストな表現だろう)」な人間は、間違いなくチェックしておくべき作品だ。

『シャンハイサマー』は2024年2月8日より発売中。プラットフォームはPC(Steam)、PS5、PS4、Nintendo Switchに対応。価格は1980円(税込)となり、体験版も配信されている。

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編集者
3D酔いに全敗の神奈川生まれ99’s。好きなゲームは『ベヨネッタ』『ロリポップチェーンソー』『RUINER』。好きな酔い止めはアネロンニスキャップとNAVAMET。
Twitter:@d0ntcry4nym0re

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