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『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』の「トーレルーフ」はどうやって生まれたのか? 実はまったく無関係だった3つの取り組みが一役買っていた!【CEDEC2024】

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大切なクオリティを守りつつ挑んだ「制作の効率化」

3つ目の取り組みとして語られたのが、本作の地形に関する「制作の効率化」について。演壇に登ったのは、今作で地形全般の監修を行う地形リードアーティストを務めた竹原学氏だ。竹原氏が挑んだのは、前作を上回る規模のフィールドを持つことになった『ティアーズ オブ ザ キングダム』において、制作をどのように効率化するか、という問題だった。

『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』トーレルーフ開発秘話【CEDEC2024】_018

というのも、今作では空島や地底などのエリアが増えたこともあり、前作『ブレス オブ ザ ワイルド』に比べて床面積が2.5倍となっているなど、単純な物量だけ考えても制作にはかなりの困難が予想されていた。人手はそう簡単に増やせず、増やせたとしても、今度は多くのスタッフを取りまとめてクオリティをコントロールすることが難しくなる。

アート表現はゲーム体験を大きく左右し、クオリティにも直結する非常に大切なものだ。一方で、そうした大切なことは人の手で行わなければならないものも多く、どうしても手間がかかってしまう。効率化できるに越したことはないが、間違ったやり方をすればゲーム体験を損なうものになりかねない。

そこで竹原氏が向き合ったのが、絶対に人の手が必要な「大切なこと」をしっかり切り分けた上で、それ以外の部分を自動化させて、全体の作業を効率化させることだった。

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その代表例として紹介されたのが、地形制作の効率化において顕著な成果をだすことができたという「洞窟」の制作だ。その中で生み出されたのが、プロシージャルモデリングによってアーティストの制作した絵が洞窟内に自動生成されていくという「洞窟システム」と呼ばれるものだ。

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ゲーム内世界に200箇所以上存在する洞窟は、本作における遊びの重要なウェイトを占める新要素だ。各洞窟にはそれぞれ独自の遊びの要素があり、その遊びを作るためのレベルデザイン作業、レベルデザイン作業に応じたアセットの配置作業、そして洞窟に関するアートの検討とコントロールといった作業を通して、ひとつひとつの洞窟が生み出されていく。

しかしながら「洞窟システム」が生まれる以前のフローでは、どのような遊びが発生するのかを検討・実装するレベルデザインの作業が終了するまで、その場所にどのようなアートを配置するのかを定める作業が進められず、さらに言えば一度アートデザインが定まってしまえば、後から遊びの内容を調整することも難しい、という問題が存在していた。

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このような状態を改善したのが前述した「洞窟システム」で、制作フローの一部を自動化したことで、洞窟にどのような遊びが実装されるのかが決定される前から、アートの検討を独立して進められるようになった。これは「検討・制作・体験」といったゲームをブラッシュアップしていくためのサイクルをより効率的に回すことにも繋がり、結果として洞窟という要素に多様な遊び方をもたらす要因にもなったという。

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このように、クオリティを維持するために絶対に人の手を外すことができない作業はしっかり残しつつ、それ以外の箇所については自動化していくことで、本作の地形開発は進められていった。

同様に進められたのが、地形デバッグの作業に関してだ。人による目視での確認作業、という点はクオリティ維持のためにどうしても外すことのできないが、それ以外の部分は徹底して自動化し、人の手が必要な作業がスムーズに進行するようなツールや体制づくりが進められたのだ。

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例えば、確認のためにわざわざゲーム内で現地に移動するのに時間がかかるのであれば、実際に移動しなくてもチェックができるようなシステムを組んだり、「地形コリジョンの穴」を埋める作業であれば、広大なフィールドから人海戦術でそうした穴を見つけるのではなく、穴のありそうなおおよその位置を調べる「穴探しツール」を導入した。

人の手が必要な作業自体はしっかり残しつつも、可能な限り少ない労力でチェックができる体制が推し進められていったのだ。

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こうした様々な問題がスムーズに解決に進んだ背景として、チーム内に情報の透明性があったことが重要だったと、竹原氏は語る。それによって必要な情報、技能を持ったメンバー同士が、互いに協力しやすい環境にあったというのだ。

クオリティに直結する「大切なこと」を行うためには手間がかかる。その手間を省くのではなく、そのために必要な手間をいかに減らすか、ということを考え、実行するのが、面白いゲームを作るための効率化なのだという。

「トーレルーフ」の裏側にあったもの

ここまでの内容を踏まえたうえで、いよいよ本講演のメインテーマである「トーレルーフ」の誕生の話になる。冒頭で述べた通り、「トーレルーフ」という機能は、制作初期の段階では予定されていたものではなかった。

初めてそのアイデアが生まれたのは、洞窟の遊びができてきた頃に行われたテストプレイの中だったという。洞窟を奥まで探索した後に、入口まで引き返す道がかなり面倒に感じてしまったというのだ。そうなると、プレイヤーは洞窟を見つけても探索をためらうようになってしまい、期待した方法で遊んでもらえない。

ここで目をつけられたのが、デバッグツールだ。デバッグツールには壁なども貫通して3次元空間を自由に移動できるという機能も用意されており、洞窟からも簡単に脱出することができたからだ。これをそのままゲーム内でも実際に遊べるようにすれば、洞窟の帰り道の問題は解消される。

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そうして始まった「トーレルーフ」実装への道のりだが、最も困難が予想されたのは「トーレルーフ」した後に「どこに出るのか?」という判定処理の問題だった。天井を貫通した先のプレイヤーが到達可能な床はどこにあるのかという情報が、どんな地形でも事前に判定できる必要があるからだ。

ここで登場するのが「ボクセル情報」だ。ボクセル情報はそもそもがプレイヤーが到達可能な地表面を網羅しているので、「トーレルーフ」した後の「プレイヤーが到達可能な床」の情報もすべて含まれている。そのため、「トーレルーフ」した天井から上方向のボクセル情報を調べるだけという、非常に簡単な実装で実現できそうだった。

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しかし、この方法にも弱点はある。ボクセル情報に高い精度が必要になることだ。地形にコリジョンの穴などがあった場合、それがプレイヤーが通れないほど小さなものであったとしても、地形レイキャストが入り込んで、地形の裏側にもボクセル情報が生成されてしまうからだ。そうすると、「トーレルーフ」した際にゲームが破綻してしまう。

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ここで思い出したいのが、地形制作の効率化の際に、「穴探しツール」を使って穴の大まかな位置を自動で割り出せるようにしていたことだ。つまり、そのツールを使用した作業の延長上で、穴を埋めることは可能なのだ。

ただし「トーレルーフ」が使えるようにするには、本来であれば無視しても良かった程度の軽微なコリジョンの穴まで、すべてを埋める必要がある。そうすると数千もの作業が必要になるうえ、ツールを正しく使うには、地形コリジョンの知識やHoudiniの技能が必要になる。

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こうした条件を備えた人手を増やすのは、当然ながら難しい問題だ。本来であれば

そう、QAエンジニアが行っていた取り組みによって、多くのテスターに知識やツールが行き渡っていたのだ。テスターはゲームの地形コリジョンについての知識を得ており、またHoudini提供のための土台もできた状態だったのである。

これによって人手の問題も解消され、穴探しツールによって大まかに判明した穴の正確な位置や原因をテスターが確認・報告し、それを地形アーティストが修復するという工程が全て可能になった。世界の穴は、ついに塞がったのだ。

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以上が、「トーレルーフ」が誕生するまでの物語だ。まったく無関係に進められていた3つの取組みが組み合わさることで、「トーレルーフ」はスムーズに実現することになったことがお分かりいただけただろうか。

いずれの取り組みも特定のアプローチに特化したものではなく、汎用的で堅牢な仕組みやワークフローの改善を目指していたことも、これらがうまく噛み合ったひとつの要因だったと考えられる。

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『ティアーズ オブ ザ キングダム』の開発において、ここで紹介した事例のような別々の取り組みが成果に繋がるという事例はいくつもあったのだという。「トーレルーフ」の裏側にあったのは、チーム内の情報の透明性や、それによって形成されていった制作文化が生んだ、当初意図されていなかった数々の連携だったのである。

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ライター
ル・グィンの小説とホラー映画を愛する半人前ライター。「ジルオール」に性癖を破壊され、「CivilizationⅥ」に生活を破壊されて育つ。熱いパッションの創作物を吸って生きながらえています。正気です。

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