『高い城の男』“IFの第二次世界大戦後”を描く歴史改変の名作SF
『高い城の男』は、SFの名手フィリップ・K・ディックによる、“もしも第二次世界大戦で日本・ドイツの枢軸国側が勝っていたら”を描く歴史改変SFだ。今時分のアニメファンであれば『ガンダム ジークアクス』を連想するような設定だが、もちろん書かれたのは本作の方が半世紀ほど前だ。
アジアを大日本帝国が、ヨーロッパをナチス・ドイツが支配しており、アメリカは両者によって東西に分断されている……というのが本作世界の大きな特徴。戦勝国となった日・独の細やかな違いや水面下での緊張など、歴史IFとしても読みごたえがある一方、“正しい歴史”を描いた謎の書籍「イナゴ身重く横たわる」を巡るミステリー風味な面白さもある。
著者ディックの小説は早川書房からは多数刊行されており、名作映画の原作にもなった『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を始め、『流れよわが涙、と警官は言った』『火星のタイム・スリップ』『ユービック』ほか、タイトルもカッコよければ表紙も中身もキマっている名作が揃っている。
『1984年』今なお圧倒的な存在感を放つディストピアSFの金字塔。《ビッグ・ブラザーがあなたを見ている》
「SF」と言えばアンドロイドやらワープ装置やらビーム兵器やら、そういったものを連想する人も多いかもしれないが、科学の発展した世界を描くだけがSFではない。その代表作ともいえるタイトルのひとつが『1984年』だ。同作はジョージ・オーウェルによって1949年に書かれた小説で、今なおディストピアSFの金字塔として名高い。
作品の舞台は第三次世界大戦による核戦争後、全体主義の超大国によって分割・支配された世界。徹底した監視・統制が布かれた社会では、日々歴史が改竄され、言語が破壊され、自由な思考が犯罪となる。反体制分子の対処を行う《愛情省》や、政権の頂点に立つという《ビッグ・ブラザー》など、今日でも「ディストピア」という言葉に連想される世界は、多分に本作の影響を受け続けている。
同じくディストピア的な社会を描いたSFの有名どころは『華氏451』などもそうだろう。「紙の焼ける温度」華氏451度をタイトルとした本書は、「本」が燃やされる世界を描いた名作SFだ。
こうした社会体制などをSFとして描いた小説作品も、実はかなり数が多い。たとえば前述した『高い城の男』や、この後に紹介するアーシュラ・K・ル・グィンの作品なども、SF的なギミックを用いつつ、その本質は“現実とは全く異なる社会を描く”ということにあるのだ。
『そして誰もいなくなった』孤島、わらべ歌、見立て殺人……現代ミステリーに多大な影響を与えた傑作
『そして誰もいなくなった』はミステリーの女王アガサ・クリスティーの代表作のひとつ。絶海の孤島を舞台に、マザーグースのわらべ歌の歌詞に見立てた殺人が行われていく、というのが物語の筋書き。「どこかのミステリーで見たような設定だなあ」と思った方もいるかもしれないが、こちらがその本家にあたる作品だ。
後続の作品にも多大な影響を与えたミステリー史の傑作のひとつながら、本書は2010年の新訳版であり、文章は大人から子供まで読みやすくなっているのも嬉しいポイント。今なお色あせない、鮮烈なサスペンス体験が楽しめる小説だ。
同著者の作品は早川書房ではクリスティ―文庫としてまとめられており、そのうちの多数が今回のセール対象となっている。代表的なところでいえば、名作『アクロイド殺し』から『ABC殺人事件』『オリエント急行の殺人』など、灰色の脳細胞ことエルキュール・ポアロの活躍するシリーズだろうか。どれをとってもはずれのない作家であるので、タイトルで惹かれたものから手に取ってみることをおすすめしたい。
『ストーンサークルの殺人』タフなデカ&インテリ変人ガールの凸凹バディによる、ドはまりできるミステリーシリーズ
『ストーンサークルの殺人』は近年ハイペースで執筆が進むM・W・クレイヴンのシリーズ小説。現在6冊が刊行されており、本作はその1作目にあたる。名探偵が鮮やかな推理で十重二十重に張り巡らされたトリックを見破ってゆく本格推理小説とは異なり、本作はどちらかと言えば“刑事モノ”というほうが適切かもしれない。
本シリーズの中心となるのは、タフな肉体と燃えるような正義感を持った“ローテク”な刑事ワシントン・ポーと、高い知性を持つインテリで変人の“ハイテク”分析官ティリー・ブラッドショー。どう見たって凸凹コンビなのだが、不思議とウマの合う二人の掛け合いはユーモラスでもあり、ときに驚くほどハートフルでもある。
同作は英国カンブリア州を舞台に、ストーンサークル(ストーンヘンジに代表される古代の遺跡)上で次々に発生する連続殺人を巡る物語。刑事ドラマのような緊迫感と、キャラの立った登場人物たちが生き生きと動くさまがページを繰る手を止めさせない。
最近のミステリー作品としては本作の続巻もおすすめしたいところだが、早川書房からは近年非常に高い評価を受けた『ザリガニの鳴くところ』や『われら闇より天を見る』なども刊行されており、同じミステリーといっても全く手触りの異なる面白さを見せてくれる。個人的にはミステリーとSFを融合させた『書架の探偵』などもおすすめしたいところだ。