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【約1万字】早川書房・Kindle特大セールで“沼るべき13冊+α”を全力でまとめてみた。3000点以上のSF・ミステリー・人文書などが最大50%オフに。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』から『高い城の男』まで。おいでよハヤカワの沼

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『三体』……だけじゃない!重厚な歴史と文化から生み出される壮大な中華SFの煌びやかさを見よ!

現代のSFを語るうえで、中国SFの傑作『三体』はもはや欠かすことのできない存在感を放つ小説だ。筆舌に尽くしがたい同作の面白さについては、筆舌に尽くせないので語らない……というか、有名過ぎていまさらここで語る必要もないだろう。長大な作品ゆえに怯む人もいるかもしれないが、そんなことは全く気にならないほど面白い作品なので、安心して沼に沈んで欲しい。ここは温かいよ。

一方で、中華SFというのは何も『三体』だけではない。筆者も浅学のため幅広く紹介できないことが心苦しいが、ケン・リュウ編による『折りたたみ北京』は、中華SFの懐の深さを知るとりあえずの一冊目としておすすめできる面白さだ。同書は現代中国のSF作家らを多数集めたアンソロジー短編集で、『三体』劉慈欣による同作の雰囲気を感じさせる短編『円』なども収録されている。

選者のケン・リュウも中国ルーツをもつ人物で、オリエンタル風味の独特な面白さを放つ作家。短編集『母の記憶に』など一部の著書が今回のセール対象だ。また表題作の『折りたたみ北京』を寄せた郝景芳の大作『流浪蒼穹』や、“マジックリアリズム医療SF”と称されるダークな作風の韓松『無限病院』など、早川書房からは近年も多数の中国SFが刊行されている。

中国にルーツを持つ作家としてはシーラン・ジェイ・ジャオの『鋼鉄紅女』もおすすめしたい一作。古代中国風のファンタジー世界を舞台に、主人公の少女が超巨大ロボットに乗って異星の怪物と戦うメカアクションもの、というあまりにも異色すぎる作風が特徴。そのうえ虐げられた少女がシステムに立ち向かうというフェミニズム的な文脈を持つ作品でもあり、ともかくいろいろと規格外ながら、その迫力と面白さは本物だ。

『これからの「正義」の話をしよう』——「1人を殺せば5人が助かる。あなたはその1人を殺すべきか?

『これからの「正義」の話をしよう』は、米国の思想家マイケル・サンデル教授が「正義の答え」を巡る問いを発していく書籍だ。筆者と同世代を大学で過ごした(あるいは現在でも?)人たちなら「大学生協によく積んである本」といったイメージを持っているかもしれない。

「1人を殺せば5人が助かる。あなたはその1人を殺すべきか?」。本書は古今のさまざまな思想家を紹介しつつ、ときに非常に具体的な例をも示しながら、こうした“答えのない”とされる問いに挑んでゆく。思想・哲学のジャンルに属する本ながら、軽やかな語り口と端的な比喩、そして現代におけるさまざまな例などから、その内容は非常に理解しやすい。

他方、本書は上記のようなキャッチーな道徳的ジレンマを弄ぶだけの書籍ではない。本書の根底にあるのは何が「正義」であるのかを考えることの重要さであり、社会に善をもたらす可能性を探ることだ。サンデル教授本人の思想などについては『それをお金で買いますか』『実力も運のうち 能力主義は正義か?』などに詳しく、本書が気に入ったならぜひそちらも手に取ってみることをおすすめしたい。

早川書房では人文系の書籍も多く取り扱っており、直近では都市伝説系ホラーの系譜を学術的に研究することを目指した『ネット怪談の民俗学』や、ノーベル経済学賞受賞者による国家論『国家はなぜ衰退するのか』、宇宙という思想を目指した『闇の精神史』ほか、興味深いトピックを扱う書籍が多数揃っている。

『闇の左手』史上類を見ない“両性具有人”の社会を描いた傑作SF。世界を超え、生き方を超え、性別を超えて、ヒトは理解し合えるか

『闇の左手』というタイトルから、一部には荻原紀子の名作ファンタジーを思い浮かべる方もいるかもしれないが、ここで取り上げるのはアーシュラ・K・ル・グィンの作品だ。この名前にピンとこないという方でも、『ゲド戦記』の著者だと言えば伝わるだろうか。

本書は遠い未来、宇宙の果てにある“男女の区別がないヒトの文明”を描いた物語だ。物語の舞台となるのは両性具有人の惑星・ゲセン。主人公である地球人のゲンリー・アイは星間連盟の使者としてその惑星を訪れ、(彼の目からすれば)奇異で驚異に満ちた社会を目撃することになる。

日本では『ゲド戦記』が有名な著者ル・グィンだが、本国アメリカでは優れたSFの書き手として知られており、本作もヒューゴー賞/ネビュラ賞という伝統ある文学賞を受賞するなど、高い評価を得ている。その特徴として、作品の多くが文化人類学的な視座を持っていることがあげられるだろう。

本作で異星文明の使節であるゲンリーは、ゲセンの宮廷における陰謀に巻き込まれ、現地人のエストラーベンとともに長い逃避行をすることになる。物語にはそうしたサスペンス的な面白さもある一方、その過程で地球とは全く異なる環境で発展した社会や文明、神話や風俗なども(主人公の驚きを伴って)描かれるなど、どっしりと地に足の着いた異世界・異文明に対するまなざしも、本書を大きく特徴づけている。

また「両性具有人」の惑星という舞台設定の通り、この小説は性差・ジェンダーギャップに対する視点を持ち、フェミニズムの文脈で読むこともできるなど、異星の文明を通して我々自身の社会を考える契機を与えてくれている。そうした前提を置きつつも、旅の中で描かれてゆく、友情とも愛情とも呼び得るゲンリーとエストラーベンの関係性の変化も本作の大きな見どころ。読後に本書の表紙を見返せば、読了前とはまったく異なる感慨が得られるだろう。

なおル・グウィンは他にも多数のSF作品を執筆しており、個々の物語は完全に独立している一方で、背景にある文明や科学技術など一定の世界観を共有しており、それらは“ハイニッシュ・ユニバース”と呼ばれることもある。どれか一冊に興味を持てば、ぜひ他作品にも挑戦してみて欲しい。

有名どころでは、とある無政府主義者の遍歴を描いた『所有せざる人々』や名作短編『オメラスから歩み去る人々』を含む『風の十二方位』など。また電子版では、現在は刊行されておらず古本でしか入手できない初期作品『ロカノンの世界』なども入手できる。こちらは円熟期作品のような重厚さはそこまで見られないものの、みずみずしい物語と未知の世界への憧憬が詰まったタイトルとなっている。

なおもう1点付記させていただくと、「子供の頃に『ゲド戦記』を読んだけど合わなかった」という方で、「でもファンタジーは好き」なら、ぜひ『西の果て年代記』を読んでみることをおすすめしたい。鮮やかで生への希望に満ちた筆致はそのまま、重厚な大人向けファンタジーが展開されてゆく。ただしこちらは河出書房からの刊行であるため、セールからは対象外である点にはご留意いただきたい。

『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影 クトゥルー・ケースブック』刺さる人にはめちゃくちゃ刺さるはず!頼むから刺さってくれ!

名探偵「シャーロック・ホームズ」が活躍する小説は面白い、一方で「クトゥルフ神話」も面白い。ならば、そのふたつを合体させればものすごく面白くなるのでは……?

まさかそんな発想だったわけではないだろうが、このふたつを本当に混ぜてしまったのがこの『クトゥルー・ケースブック』シリーズだ。本書は“ホームズが本当に戦っていたのは古の邪神たちだった”という設定で、おなじみの名探偵とその助手がロンドンにはびこる神話的怪異に挑んでゆくことになる。

混ぜるな危険!かと思いきや、想像を超えてしっかり「ホームズ」「クトゥルフ」両方の味がするというのがまた面白いところ。クトゥルフTRPGをプレイしたことがある人なら、“探索者”としての立ち回りがうますぎるホームズにニヤリとするかもしれない。全3巻で完結しており、読みやすいボリュームになっているのも嬉しいポイントだ。

刺さる人には刺さるはず!(と筆者が勝手に思っている)小説として、他には真っ赤な表紙が異様な雰囲気を放つ『異常【アノマリー】』も非常にシニカルかつ不気味な物語が抜群に面白い。こちらもネタバレがかなり重いため、詳細をご紹介できないのが残念で仕方がない。『十五少年漂流記』の最悪バージョンこと『蝿の王』も、人は選ぶが手に汗握る物語と、じんわりと悪い後味が尾を引く名作小説だ。


率直に言えば、紹介したい本はまだまだある。筆者に無限の時間があれば……と思うこともあるのだが、残念ながらない。かなしい。

新作はもちろん名作系だってとても全然紹介しきれてない。あんなに話題になってる『フォース・ウィング』も入れ忘れてしまったし、そういえば『ソース焼きそばの謎』もちゃんと紹介したかった(タイトルからは想像もつかない壮大な話なのだ)。編集部の人には「なんで『鋼鉄都市』が入っていないんだ!」って怒られた(未読)。

冒頭でもご紹介した通り、今回のセール対象となっている書籍は3000点以上。とても紹介しきれる量ではないうえ、ここで紹介した内容も筆者の好みに大きく偏っている。読者諸氏におかれては、ぜひまわりの本好きにもどんどん意見を求めたりしてみて欲しい。みなさまの読書ライフが豊かなものになることを、改めてお祈りする。

本の世界はあまりに広い。まるで宇宙である。そんなわけで、さいごに宇宙の本を一冊ご紹介する。

『ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで』は2018年に亡くなった世界最高の理論物理学者、スティーブン・ホーキング博士が、一般読者に向けて物理学や宇宙の話を語ってくれるという書籍。

おそらくものすごく頑張って分かりやすく解説してくれているのだとは思うのだが、物理学には全く門外漢な筆者には内容の半分も理解できたかどうかあやしい。なのだが、それでもなんとなく「宇宙スゲー!」という気分になれた一冊だ。宇宙、すごいのである。

なお本書はセールの対象に入っていないどころか、そもそも電子化すらされていない書籍である点、お詫び申し上げる。さいごなのでご寛恕頂ければ幸いである。

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ライター
ル・グィンの小説とホラー映画を愛する半人前ライター。「ジルオール」に性癖を破壊され、「CivilizationⅥ」に生活を破壊されて育つ。熱いパッションの創作物を吸って生きながらえています。正気です。

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