「はい、それではここからは購入商品をごゆっくりお選びください、“60秒間で”」。なぜか白衣を着た店員さんがドヤ顔で言った。
こっちはもう全力ツッコミである──
いや、時間が短すぎるって!
これは、実在する店舗で買い物をした時の一幕。

池袋PARCO本館B2Fで開催中の「店員に話しかけられたら即退店」しなければいけないアパレルショップ「esc(エスケープ)」では、これが“普通”なのだ。
アパレルショップの店員さんに話しかけられるのは、確かに筆者も苦手だ。「店員を避ける」という状況には大いに共感するところがある。だけど、なぜ「話しかけられたら退店」しなければならないのか……。昭和の頑固親父の店すら凌駕する理不尽っぷりだ。
だからこのお店の存在を知った筆者の頭の中は、疑問とツッコミと好奇心が同時に渦巻いて、めまいのするような気分だった。

そんな折「気になるなら澤田さん行ってみれば?」と、電ファミの編集さんから取材の提案をいただいた。
ふたつ返事で引き受けた筆者が目にしたのは、はたしてこれまでの人生で培った語彙を総動員しても、まったく説明しきれないであろう「ヘンなお店」だった。
“なぜか買い物がステージ制”
“仕掛けられたモーションセンサーで、お客が自由に動けない”
“店員さんの動きがまるでお掃除ロボット”
“ゆっくり商品を選べるのは60秒間だけ、それなのに商品が豊富すぎる”
そんなひどすぎるホスピタリティにもかかわらず、なぜかたくさんの商品を購入した挙句、一様に笑顔で退店していく参加者たち。
筆者はその笑顔の秘密を身をもって体験することになる。このお店は「ヘンだからまた行きたくなる」わくわくするような、まったく新しい買い物体験に満ち溢れていたのだ。

客に商品を買わせる気のないお店なの!?
「esc(エスケープ)」は、謎を解かないと商品が買えない不思議なアパレルブランド「トキキル」と「PARCO GAMES」が共同で仕掛ける、体験型のポップアップショップだ。池袋PARCO本館B2Fで、9月7日まで期間限定でオープンする。

その特徴は「客に商品を購入してもらいたくない」かのようなトラップの数々。
5分間の買い物時間で、客たちはミッションをクリアしつつステージを進めていく。ステージ2になると店員さんが放出されて接客を開始。参加者のうち1人でも話しかけられると即ゲームオーバーとなる。ステージ3を乗り越えれば晴れてクリアとなり、様々な購入特典が受けられる、というルールだ。
書いているだけで十分ヘンなお店だ。短い説明のなかに溢れんばかりのツッコミどころがある。世界中を探したってお店にツッコミどころを求めているお客なんていないと思う、はずなのだが──
今回の案内人を務めて頂いたトキキルの常春さんは「このゲームはマジで難易度が高くて、最後まで買い物ができる参加者は50分の1程度です」と、ダメ押しのツッコミどころを満面の笑顔でかましてくる。

いやいや、強化すべきはそこじゃないでしょ。あれ、なんかこっちの方が間違ったこと言ってます?
そうか、お客に商品を買わせる気がないのか。それなら納得できる。そうだ、そうに決まってる。でしょ?
「まさか。販売店なので“全力”で購入してもらいにいってますよ」
いや「まさか」はこちらの台詞である。
なに、この店には商品を選ばせる”隙”がないだとっ!?
「買い物時間は5分しかないので、このお店では予習がかなり重要です」と常春さんは説明する。
そう、このお店では、買い物に挑む前にまず注意深くじっくりと店内の様子を観察しなければならない。店員さんの動き、店内に仕掛けられた罠、前の参加者の様子などチェックすべき点は多い。
そこから得た情報を踏まえて、試着室に参加者が集まって3分間で作戦を練る。これも必須。同時に入店できる3人が闇雲に動いていては、攻略もままならないからだ。しかし当日、筆者は安定のボッチ。そこで常春さんと一緒に挑戦することにした。

さあ、「運命の5分」が開始!
運命って大げさな。ただ買い物するだけだ。
ステージ1では、店員さんはボックスに閉じ込められている。もはや疑問に思ったら負けだ。充電中かなにかなのだろう。その間にステージのクリアを目指す。
筆者:えっ、残り時間がどんどん減ってる。どうすればいいの、常春さん。
常春さん:時間がありません。まずはケーブルを繋いでモニターを復旧させましょう。
筆者:うおおおッ。店内ディスプレイの電源を入れるのは、店員さんの朝のルーティンでしょ!?
などとボヤキながら電源投入。モニターに映し出された絵の商品を店内のカートに入れるらしい。
店内のモーションセンサーには要注意。作動中は「だるまさんがころんだ」の要領でぴたりと動きを止めないと即ゲームオーバーだ。

常春さん:澤田さん商品があった!これをカートに入れて。
筆者:入れました。その後は……「買いたいものを全てカートに入れろ」だって。は?あと数十秒しかないんですけど。
常春さん:急ぎましょう。欲しいもの全部カートにぶち込んでください。
なんじゃそりゃ!?近所のスーパーのタイムセールだって100倍余裕があるわ。そうか、このお店は、お客に商品を買わせる気がないだけでなく、選ばせる気もないみたいだ。

想像以上に店員さんな店員さんに、超緊張
お店のルールは、1100円以上の商品を必ず購入すること。だから参加者は商品をじっくり吟味したいのだ。でもお店はその隙を与えてくれない。待って、事前にネットでチェックしておいた欲しい商品。せめてあれだけでも──
って、どこにあるの!?

そうこうしているとステージ1が終了。すかさずステージ2が始まる。遂にボックスが解放されて店員さんが接客を始める。店員さんが接客するなんて当たり前のことなのに、なんだこの意味不明な緊張感は。
店員さん:いらっしゃいませー。
筆者:き、キター!どこか見覚えのあるハンターみたいだ。
店員さんは想像以上に店員さんしている。書いている筆者もカオスな文章だと自覚しているが、これ以上の言葉が見当たらない。

店内の照明は青・緑・赤の三種類があって、どうやら色が店員さんの行動と連動する仕組みのようだ。青と緑は巡回モード。お掃除ロボットそっくりの動きで店内をぐるぐる。
照明の切り替え時に店員さんがフリーズするのも確認。参加者が行動する絶好のタイミングだ。

ヤバいのは赤の“積極接客モード”。事務所で「あの人買いそうだから声かけしてきて」と店長から頼まれたヤツの動きになる。
店員さん:多数商品を取り揃えております。どうぞごゆっくりご覧くださいませー。
筆者:なにあれ、時間くれる気なんて1ミリもないのに、めっちゃ煽ってきてますよ。
常春さん:(笑)。危険な場所にとどまらないように注意しましょう。

ステージ2のミッションは、モニターに表示されたアイコンのアイテムをカゴに入れるというもの。これがスライドパズルのように常に動いていて、瞬時にアイテムを判別できなくてもどかしい。
店員さんに話しかけられても、モーションセンサーに引っかかってもゲームオーバー。しかもミッションのアイコンすら視認性ゼロ。
常春さんの言っていたことがだんだん疑わしくなってきた。やっぱり買わせる気ないでしょ!?
苦労して手に入れたものは、商品以上の“なにか”
ステージ3も驚きの展開が待っているのだが、残念ながらネタバレ禁止のためお伝えすることができない。ここから先はアナタの曇りなき眼で見定めてほしい。まあ、絶対に満足すると思うから、安心して参加して大丈夫です。
ゲームが終了すると、ステージ1でカートに入れた商品の中から好きなものを購入できる。
なぜか白衣を着た別の店員さんが入ってきて──
「はい、それではここからは購入商品をごゆっくりお選びください、60秒間で」
と冒頭の台詞に繋がる。
ね、ツッコミしたくなる気持ちもわかるでしょ?
はい、みなさんご一緒に。
だから、時間が短すぎるって!

筆者が事前に購入したいと思っていた商品だが、実は常春さんがちゃんとカートに入れてくれていた。今回ゲームをクリア出来たのも200%、常春さんというチートキャラのおかげだ。
「esc(エスケープ)」で扱う商品は、アパレルからボードゲームまで200種類以上。なかにはここでしか購入できないレアなものもあって実に多彩だ。

筆者が購入したのは『ザ・ゲーム』というカードゲーム。これは一般的な流通品なので、ここで購入しなくても買えてしまう。でもなんだろう、筆者の手元にある商品はどこか違うのだ。
“欲しかった商品+それ以上のなにか=手元にある商品”
この「それ以上のなにか」が、想像以上に重いのだ。というより、その得体のしれない“なにか”に重みがあるなんて、このお店を体験するまで想像すらしていなかった。
そう、この重みはこのお店での体験そのものなのだ。挑戦したのはたった5分間。でもこれはここでしか体験できない5分なのである。

そう考えた途端、常春さんの「全力で購入してもらいにいってる」に合点がいった。
そうか、このお店に来る前から筆者の頭に渦巻いていた「ツッコミどころ」のすべてが、得体のしれない“なにか”の正体だったんだ。だって、欲しかった商品を1つ購入するために、明らかに商品が持っている魅力以上のツッコミを筆者は入れまくっているもの。
ツッコミを入れた分だけ買い物が魅力的になる──
いや、やっぱりヘンな店だな!
そうツッコミを入れながら、筆者は満面の笑みで退店した。
ヘンだから、また行きたくなるお店
「オープン初日の客単価を計算したら6000円くらいあってびっくりしたんです。商品を選ぶ時間は60秒しかないのに」と常春さん。
某有名ファストファッションの客単価が4000円前後といわれているので、筆者もこの数字には驚いた。
ネット販売は確かに楽ちん。でもリアル店舗でなければ味わえない体験って、確かにある。ひょっとしたら筆者が体験したのは、リアル店舗の新しい“カタチ”なのかもしれない。

簡単ではない難易度。もっとやりたいのに、やらせてくれないジレンマ。筆者には心残りがいっぱいだ。また行って体験したい──
「esc(エスケープ)」は、「ヘンだからこそ、また行きたくなるお店」なのだ。
ぜひ体験してありったけのツッコミを入れまくったら、きっと幸せになれると、筆者は思う。
「esc(エスケープ)」は、池袋PARCO本館B2Fイベントスペースにて9月7日まで開催中だ。
開催概要
「esc(エスケープ)」
会期:2025年8月22日(金)~9月7日(日)11:00-21:00
※最終日は18時閉場場所:池袋PARCO本館B2Fイベントスペース
入店料:1枠あたり平日3,300円/土日祝5,500円(税込)
※1枠3名まで※各時間帯貸し切り(相席はございません)入店チケットはESCAPE.IDで販売中