イシイジロウ氏が総監督、 脚本を北島行徳氏が手掛ける渋谷実写アドベンチャープロジェクトの『シブヤスクランブルストーリーズ』。名作アドベンチャーゲーム『428 〜封鎖された渋谷で〜』などを手がけた両氏による新作となる本プロジェクトはクラウドファンディングの達成率が1000%を突破するなど、大きな期待と注目を集めている。
そんな本作のオフラインイベントである「シブヤスクランブルストーリーズ スペシャルファンミーテイング(お茶会)」が、10月13日にココロゴトカフェ渋谷青山で開催された。
今回イベントが行われた会場は、トーク専用のスペースというわけではなく一般の来店者もいる普通のカフェだ。
ここはイシイジロウ氏の知り合いのお店ということで選ばれたそうだが、なかなかアットホームな雰囲気を持つ店舗となっていた。また、テーブルにはお菓子が用意されていたほか、店内に設置されたドリンクも自由に飲めるようになっており、まさに「お茶会」という名にふさわしいイベントだ。
ちなみに、この日イベントに参加したのは事前に選ばれた30名のファンだ。登壇者はイシイジロウ氏と北島行徳氏に加えて、俳優のあらい正和さん(『街 ~運命の交差点~』雨宮桂馬役)、松田優さん(同・牛尾政美・馬部甚太郎役)の4名に加えて、事前に予告がなかった伊藤さおりさん(同・細井美子役)がサプライズゲストとして登場。新たな出演者であることも発表され、会場内から大きなどよめきが起こっていた。


今回のイベントは、これまでの『シブヤスクランブルストーリーズ』の振り返りに加えて、登壇者たちのトークセッションや、来場者からの質疑応答コーナーなど、盛りだくさんの内容だ。特にトークセッションは、当時の出演者による『街 ~運命の交差点~』に出演した面々による当時の思い出が語られるという、ファンにはたまらないひとときとなっていた。
こちらの記事では、その模様を一部抜粋してご紹介していく。
クラファン開始わずか1時間7分1秒で100パーセントの目標を達成!注目のプロジェクトのこれまで
イベントの冒頭に紹介されたのが、プロジェクトのこれまでの流れだ。
今回のプロジェクトの始まりは、今年の4月28日だった。ここで「渋谷実写ADVプロジェクト」を発表し、総監督をイシイジロウ氏、脚本を北島行徳氏が担当することに加えて、メインビジュアルにも登場したあらい正和さんと北上史欧さん(『428 ~封鎖された渋谷で~』御法川実役)の出演を発表。
イシイ氏は、このあらいさんと北上さんが出ないとプロジェクトがうまくいかないと考え、まずはこのふたりを口説きに行くところから始めたという。しかし、この時点では内容は未定で、クラウドファンディングをやることだけが決まっていたという状態であった。
ちなみに最初に公開されたメインビジュアルの写真は、イシイ氏がカメラマンになって撮影したものだ。渋谷の交差点あたりで撮られたものだが、信号の合間に撮影されというわけでなく工事中で車が通らない場所があり、そこを活用して撮影したものだという。
ここで撮られたツーショットの写真が、「まさに僕らが見たかったものだ」ということで、メインビジュアルに選ばれている。その後5月28日に「うぶごえ」にてクラウドファンディングがスタート。わずか1時間7分1秒で目標の100パーセントを達成している。
このクラウドファンディングで資金を集めるということに関しては、単純にお金以外の狙いもあったとのこと。
今回のプロジェクトはドラクエやポケモンといったビッグタイトルとは異なり、『街 ~運命の交差点~』(以下、『街』)や『428 ~封鎖された渋谷で~』(以下、『428』)を遊んだファン向けのものだ。
そのため、「本当に売れるのか?」という疑問を払拭するためにクラウドファンディングでしっかりと結果を出して、お客さまがいることを証明することで、人気があることがわかってもらえると考えたのである。
このクラウドファンディングを達成した後の6月28日に、緊急記者会見を実施。合わせて目標が650パーセントを達成したことと、新たに天野浩成さん(『428』加納慎也役)と中村悠斗さん(『428』遠藤亜智役)、上木彩矢さん(『428』テーマ曲を担当)が本プロジェクトに参加することが発表された。
また、合わせて正式タイトルが『シブヤスクランブルストーリーズ』になったことも公開されている。このタイトルもファンからの公募から生まれたものだが、「シブヤ」や「スクランブル」など様々な言葉の組み合わせの提案があるなかで、この組み合わせが素敵だからという理由で選ばれたとのことだ。
つづく7月13日に緊急記者会見2を実施。ここで、工藤俊作さん(『428』杖の男役)と右手愛美さん(『428』磯千晶役)、松田優さんの出演が発表。また、東急不動産・Game Creator Findingの支援で開発が正式決定されたことも発表された。さらに、7月18日に行われた「BitSummit the 13th」のステージでは、小山卓治さん(『428』大沢賢治役)が出演予定であることも発表されている。
クラウドファンディングは7月25日に終了したが、最終的に目標の1095パーセントを達成。その総額は5475万4878円であった。その後、今回のファンミーティングが開催され、伊藤さおりさんが新たな出演者として発表されたというのが大まかな流れである。
ちなみに伊藤さんは、このクラウドファンディングが終わった後に本プロジェクトが実施されていることを知ったという。そのことをマネージャーに相談したもののすでに終了していたため、何もすることはできなかったのだ。
だが、その直後にクラウドファンディング成功に対してのコメントがほしいという連絡があったことから、「おっ、繋がった!」と喜んでいたというエピソードを披露していた。
ひと通り、これまでのプロジェクトの流れが紹介された後で、伊藤さんの出演予定に続きもうひとつのサプライズとして草野康太さん(『街』篠田正志役)が出演予定であることも紹介された。
残念ながらこの会場には来ることはできなかったが、その代わりに草野さんから「出演に関してはすぐにお答えすることができませんが、街で共演した皆様ともう一度渋谷でお会いしたと思っていますので、もう少々お待ちください」といった内容のビデオメッセージが流された。
出演に関しては今ひとつハッキリしていない内容ではあったが、実は草野さんは事前スケジュールが合わずイシイ氏とはまだ直接会っていないという状況であるとのこと。そのため、最終的な出演依頼などの決定が行われておらず、こうした内容のビデオメッセージとなったようだ。

伊藤さんの決め手は「寄り目」あらいさんは「コーヒー牛乳」。貴重な『街』の思い出話
続いて行われたのが、今回の登壇者たちによるフリートークだ。こちらは、主にあらい正和さんがMC役となってその場を仕切り、トークが繰り広げられていった。最初に取り上げられた話題が、今回サプライズで登場することになった伊藤さんについてだ。
そもそも伊藤さんが『街』に出演することになったきっかけは、マネージャーからオーディションに行ってみないかと言われたことだった。伊藤さん自身は、その後「北陽」というお笑いコンビでも大活躍することになるのだが、この時点ではお金もなく仕事もなく、風呂無しのアパートで暮らしているような状況であった。
オーディション自体も初めての経験で何もわからない状態だったが、記憶に残っているのは「寄り目をしてください」といわれたことだったという。そのため、その寄り目で出演が決まったと思っていると、当時を振り返っていた。
ゲームではふんどし姿になるなど、かなり挑戦していた伊藤さんだったが、それよりもウェディングドレスを着るシーンなのにリアルでファスナーが閉まらず、スタッフに背中をガムテープで留めてもらったことのほうが印象に残っていると思い出を語っていた。
いっぽう、当時の撮影は楽しかったかと聞かれた松田さんは「撮影自体は楽しかったものの、普段自分が演じている役者との手法の違いに戸惑っていた」と語った。
『街』で使われるのは動画ではなく静止画である。そのため、演じているときも止まっていなければいけない。だが、役を演じているうちに熱も入ってくるため、芝居もしたくなってしまう。しかし、こうした手法自体が当時は新しい試みでもあったため、やる以上はすごいものをやるという心意気がずっとあったという胸の内を明かしてくれた。
また、あらいさんが『街』の思い出として語ったのは、やはりオーディションのエピソードだ。なぜかそのときに「コーヒー牛乳好きですか?」と聞かれ、「毎日飲めますよ」と答えたことで役が決まったという。しかし、コーヒー牛乳は毎日飲むものではないなと後悔したそうだ。
気になるシナリオの進捗状況だが、北島氏によると今の予定では年内にプロットを仕上げて、来年1年をかけてすべて完成させるという。選択肢自体はこれからになるものの、プロットとしては5人目が書き終わったぐらいで、厳密にいうとクライマックスの部分は途中までの状態だそうだ。
「『428』が好きな人も『街』が好きな人も、どちらも納得できるものを」ファンからの率直な質問に登壇者たちが直接回答!
トークショーのセッションが終わった後、せっかくの「お茶会」の場ということもあり、5分ほどの休憩時間が取られた。この間、来場者たちが登壇者にサインをお願いするといった場面もいくつか見られた。

そして、この休憩をはさんで行われたのが、来場者による質疑応答のコーナーだ。以下、その模様をお伝えする。
──ゲームが終わった後、自分が演じたキャラクターがその後どうなったのかイメージはありますか?
あらい正和さん:
たぶん、桂馬は現場が好きだから出世はしてない。しおりさんに、結婚しろと脅される感じがします。世話好きなので。……だったらいいなってだけです(笑)。
伊藤さおりさん:
幸せな結婚をして子供が4人くらいいて。出産で増えた体重が落ちずまた太るという、イメージです。
松田優さん:
馬部は、役者の世界は結構厳しいですから。食えないで細々と芝居やっていると思います。若いときは思いっきり芝居をしていたので、満足しながらやっているんじゃないかな。
牛尾のほうは、自分の腕と心義で食べていく世界なので、引退していいおじいちゃんになっているんじゃないですかね。いろんなアウトロー作品を見ますけど、若い時や中年に思いっきりやんちゃした晩年は、細々とうらぶれるか、白髪になって海を眺めながら孫を可愛がっているパターンが多いので、牛尾はそうなっていますかね。
──『忌火起草』のような怖いシナリオは入りますか?
北島行徳氏(以下、北島氏):
また答えにくいところを(笑)。5本あるうちの1本はそれっぽい、怖くてミステリーっぽいのがあるのかなぁって感じですかね。それ以上は喋りすぎると怒られるので(笑)。
──『428』みたいな、という言われ方をすることに対してはどう思いますか?
イシイジロウ氏(以下、イシイ氏):
そういう「みたいな」というものが出ていないということにも答えないといけないですし、まんま劣化コピーだと皆さんも満足しません。
ですから、出る前は「みたいな」と言われても構わないけど、『街』をもう1度作るなら『428』は作る必要はなかったし、結果的に20年経って『街』と『428』のファンが『シブヤスクランブルストーリーズ』を生んでいるわけじゃないですか。そういう形でいろんな可能性を広げていくみたいなことがいいのかなと思っています。
これは『街2』の否定ではなく、それはそれであって欲しいと思っていたんですけど、物理的に難しいところもあると思います。そう考えると、全く新しいものを提供していきたいなと。だから、発売されてから、それっぽいって言われたら負けかもしれないですね。
北島氏:
『428』が好きな人も『街』が好きな人も、どちらも納得できるものを今書いています。どちらか片側が好きな人でも多分楽しめるような感じに……これが何を意味するかは、ゲームが発売されてからわかると思うので、そこは期待してほしいですね。
──『街』を10回以上プレイしていますが、皆さんの役が頭の中に入ってしまっています。それが、『シブヤスクランブルストーリーズ』でどんなキャラクターになるのか怖いのですが、役柄が近いのか教えていただけますか?
北島氏:
近いです。ただ、20年経っていることを、頭の中に入れていただければと。
イシイ氏:
『街』そのまま、『428』そのままということに対しては、私どもの立場として答えられないです。そのままのものを作る流れや、移植などについてはスパイク・チュンソフトさんに働きかけてはいきますが、そこはご了承ください。『街』と『428』については尊重して、違うものを作りますというのはクリエイターとして当たり前のこととしてご理解いただければと思います。
──『428』には『ツインピークス』などのオマージュシーンがありましました。これは誰がやろうと言い出したのでしょうか。また、『シブヤスクランブルストーリーズ』でも、そうしたシーンは入ってきますか?
イシイ氏:
『ツインピークス』に関しては、伊東幸一郎【※】が好きなんですよね。僕も好きなんですけど、僕がツタヤ時代に持っていた業界向け資料を伊藤さんに「欲しい?」と聞いたら即答で「欲しい」だったのであげました。基本的に映画パロディネタは、『タイムトラベラーズ』【※】にも案外入っていますが、僕らも好きなので怒られない範囲で入れていこうと思います。
※伊東幸一郎氏:
『428』でシナリオディレクターを務めたゲームデザイナー/シナリオライター。そのほかの作品に『春ゆきてレトロチカ』(ディレクター)などがある
※タイムトラベラーズ:
2012年にレベルファイブより発売されたゲームソフト。ディレクターをイシイ氏が、シナリオを北島氏が手掛けている。
──『428』と『街』、それぞれを遊んだ人向けにオススメの映画はございますか?
イシイ氏:
『街』は、『彼女を見ればわかること』です。あとカエルが降ってくる『マグノリア』です。『街』は交わらないタイプなので、その2本が僕としては好きですね。『428』は洋画でいうと、『バンテージ・ポイント』です。映画は『428』を作ってから見ましたが、やられたなと思いました。
あと、『428』みたいなものを映画にするなら内田けんじ監督。ハリウッドに探しに行ってでも作ってほしいぐらいです。特に『運命じゃない人』という作品が僕は大好きで、サイバーコネクトツー社長の松山洋さんにも絶対見るべきっていって勧めたぐらい、いろんな方に勧めています。
北島氏:
『運命じゃない人』は、僕がイシイさんにお勧めしたんですよ。
イシイ氏:
あ、そうそう(笑)。
北島氏:
渋谷の小さい映画館に観に行きました。なぜ観に行ったかというと、内田監督が一番初めのインタビューで『街』の話をしていたんですよ。だから、明らかに『街』があっての『運命じゃない人』なんですよね。
イシイ氏:
初めて聞きました。
──『428』や『街』を知らない人に『シブヤスクランブルストーリーズ』をオススメするポイントはございますか?
北島氏:
まず、実写である。アドベンチャーゲームである。群像劇であるという、このうちのどれかが引っかかれば、ぜひやってほしいです。文章が読むことが好き。パズル的なアドベンチャーゲームが好き。出ている役者さんが好き。そういう人にはぜひお勧めしたいですね。
イシイ氏:
これ中村光一【※】さんの話ですが、なぜ『弟切草』を作ったのかというと、「ドラクエが難しくてできない人がいるんですよ」って話をしていたんですね。そうした中で、『弟切草』はボタンを押すだけで進んでいきます。選択肢があって中で物語が見える。そういう誰でもできるゲームがサウンドドベルの始まりだと思っています。
確かにパズル的なところもありますが、サウンドノベルは誰でも面白いところまで行けるのがポイントかなと思っています。たとえばフルプライスだとなかなか人に勧めにくいですが、Steamだと少し安くなるときもあります。そうしたときに、いろいろな方々を巻き込んでいくと新しい楽しみをわかってもらえるかなと思っています。
※中村光一氏:
チュンソフトの創業者であるゲームクリエイター・実業家。『かまいたちの夜』『街』『428』などのサウンドノベル作品や『不思議のダンジョン』シリーズ作品のプロデューサーとして知られる。2012年から2020年の間はスパイク・チュンソフトの会長を務めた。
──海外向けの展開は予定されていますか?
イシイ氏:
英語圏と中国語圏のほうからは問い合わせは来ています。ファンの方々もいらっしゃるし、企業から移植しませんか? というお話はきています。ただ、まだ体制ができていないので対応ができないというのと、文字数がすごく多いんですね。
『428』は70万文字とかありますが、これが100万文字になると1言語翻訳するだけで1000万円を超える費用が掛かります。ですから、英語圏の方々に翻訳版のクラファンをするかもしれません。あと海外に向けてエンタメの補助金や翻訳の予算とかをサポートしてくれるシステムもあるので、できるだけやっていこうと思います。
──最近のアドベンチャーゲームはキャラクターのボイスが入っていますが、『シブヤスクランブルストーリーズ』では入りますか?
イシイ氏:
もう、即答で入りません(笑)。ボリュームが大量ということと、後でチューニングをしたいというのが理由です。セリフを撮ってしまうと、そこのセリフは変えられません。でもゲームだから、後でいろいろ変化します。ただ、お約束のような「メイキング」は絶対入れます。そこで皆さんの声が少しでも聞けるようにします。
声を入れないのは、クオリティアップをしてより良いものを作るためということでご理解いただき、そこで頑張ろうと思っています。
──『シブヤスクランブルストーリーズ』はいい名前ですが、Xでつぶやこうとすると文字数が多くなるので、「SSS」といったり「シブスク」といったりいろいろとあります。そこで、イシイ監督に略称を決めていただきたいです。
イシイ氏:
どうしよう。「SSS」と「シブスク」ですごく悩んでいて。SSSだと「Shibuya Sakura Stage」とも掛けることができるので、東京不動産さんも「SSSっていいですね」って(笑)。
「SSS」と「シブスク」は、みなさんどちらでいってもらってもいいですよ。『Ingress』ではないけど、陣地争いをしてもらっていいかなと思っています。僕らも喋っているときにどっちかに傾いてくるだろうなと。無責任ですみません(笑)。
ということで、あっという間に楽しい時間は過ぎ去り、お開きの時間に。最後は今回の登壇者と来場者と一緒に記念撮影してイベントが締めくくられた。
実際にゲームが完成するのはまだまだ先の話だが、アドベンチャーゲームの第一人者ともいえるイシイ氏、北島氏の新作というだけあって、すでに大きな期待が集まっていることが感じられるお茶会となった。
印象的だったのは、質疑応答の際に語られたイシイ氏の「全く新しいものを提供していきたい」そして北島氏の「『428』が好きな人も『街』が好きな人も、どちらも納得できるものを」という言葉だ。『街』『428』という名作たちの系譜を継ぐ今回のプロジェクトだが、その期待とプレッシャーに全力で答えようとする両氏のクリエイターとしての熱意が現れているように感じた。
『シブヤスクランブルストーリーズ』は現在、2028年の発売を目指して開発中だ。今後の展開にも注目していきたい。