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『龍が如く』シリーズの超ハイペースなリリースに隠された秘密とは? 「ゲームの作り方は自由でいい」との考えから効率と働きやすい環境を追い求めた常識にとらわれない開発現場を制作者が語る【CEDEC+KYUSHU 2025】

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とにかく効率がいい自家製ゲームエンジン「ドラゴンエンジン」

ここで講演は、常識にとらわれない効率化から、龍が如くスタジオ自家製のゲームエンジンである「ドラゴンエンジン」についての話に移り、話者も伊東氏から同エンジンの開発者である厚氏にチェンジした。

厚氏によると、「ドラゴンエンジン」は、『龍が如く』シリーズが10年を迎えた2016年に、今までバラバラに作っていた仕組みを整理して、今後10年戦う下地作りのために開発されたとのこと。

また、「ドラゴンエンジン」は当初、PS4専用のエンジンとして開発されていたが、2020年頃から急速にゲームのマルチプラットフォーム化が進んだため、現在はほぼすべての現行プラットフォームに対応している。

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近年ではリリースサイクルの速さが最も注目されている「ドラゴンエンジン」の効率化における特徴のひとつが、スケーラブルなマルチスレッドジョブ実行フレームワークだと厚氏はいう。

これは、複数のワーカースレッドに登録されたジョブを並列して実行するという仕組みで、非常に柔軟性があり、世代が変わってCPUのスペックが上がったら、それに応じてワーカースレッドを増やすだけで処理速度をあげることができるとのこと。

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そして、「ドラゴンエンジン」では、ロジックだけでなく描画コマンド生成もすべて同じワーカースレッド上で分割して動いており、並列して描画コマンドを生成しているのが特徴だ。

「ドラゴンエンジン」におけるCPUの最適化の作業は、ほぼほぼジョブを効率的に詰めていくことになる。上記のスライドで細かく色分けされている四角がそれぞれのジョブの実行時間を表しており、これらをなるべく隙間がないように並べることで、パフォーマンスをあげているそうだ。

厚氏によれば並列で動かすことに不慣れだった導入当初はトラブルも頻発したそうだが、それから10年経って様々な仕組みがこのシステムを前提に作られるようになり、かなり効率的になったとのことだ。

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また、「ドラゴンエンジン」には自動化サイクルがあり、開発初期からこのサイクルをまわすことが大切だと厚氏はいう。

ゲーム開発においては、既成のロジックだけでは作業が完了せず、新たに作った仕組みが随時入ってくることが普通であり、それらの仕組みがしっかりと問題なく動いているのかどうかをこのサイクルで確認し、問題があった場合は早期に発見して解決しているとのこと。

そして、データエラーが出たり意図しない値が入ったりした場合は、そのままの状態で動かすよりも、一度止めて問題を早期解決した方が明らかによいため、このサイクルの運用においては、何かが起きた時にはアサート(思い通りに動いているかどうかのチェック)にかけることを徹底している。

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また、「ドラゴンエンジン」は作業の効率化のために、レベルエディタやイベントシーンを作るためのシーケンサーツール、パーティクルのエフェクトエディターなどといった内製ツール群を搭載している。

これらのツールもジョブフレームワークで動かすように最適化されているということが「ドラゴンエンジン」のメリットであるそうだ。

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そんな「ドラゴンエンジン」が、どのように開発速度の高さに寄与しているのかというと、高い互換性と継続性という点が挙げられる。

データの互換性については、デザイナーやアーティストが作ったデータはPS3時代に作られたものも読み込むことができ、「ドラゴンエンジン」を使う以前の20年間分の互換性を保っているとのこと。クオリティの面から当時のモデルをそのまま使うことはほぼないものの、「このモデル昔に作ってなかったっけ?」という時に掘り出して再利用することもでき、いつ出力したのか分からないようなデータも使っているとのこと。

プログラマーからの観点では、ソースコードの互換性も重視しており、プラットフォームの世代が変わるとどうしても起こってしまう、コンパイル【※】が通らなくなってしまう事態をエンジン上で吸収している。

厚氏によれば、突然エラーが出ることがあるSTLのようなテンプレートライブラリや、微妙な誤差が生まれやすい算術関数や標準関数はそのままの状態では使わず、ライブラリ上に相当品を構築して管理下に置き、誤差やエラーを未然に防ぐことができるというのは大きなメリットであり、短期間でものを作るときに非常に役立っているという。

また、長期間使ってきたことで利用者にも経験が蓄積しているため、上手く運用ができているのではないかと厚氏はコメントした。

※コンパイル
ソースコードをコンピューターが実行可能な形式に変換する作業のこと。よく「機械語への翻訳」と説明される。

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そして、改めて内製のゲームエンジンを使うことのメリットについて話は進む。

まず大きなメリットとして、ジョブ実行フレームワークに合わせて最適化された内製のソースコードを構築しているため、すべてのソースコードがデバッグ可能であるという点が挙げられた。

多くの場合はソースコードの作成者がスタジオに在籍しているため、問題があった際にすぐにその人に聞きに行くことができるという点も大きなメリットであるとのこと。

また、商用エンジンでどうしても発生してしまうバージョンアップなどといった外部からの影響を受けにくいことも内製で固めたエンジンのメリットであり、問題が発生した場合の解決も素早く行え、ソフトウェア開発キット(SDK:Software Development Kit)の更新のタイミングもスタジオの都合で決める事ができる。

さらに、内製エンジンは新規技術も取り入れやすく、エンジンコードの部分にデバッグコードを仕込むことも簡単であるなど、非常にメリットが多いものであると説明された。

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この講演にあたって、厚氏が改めて龍が如くスタジオの環境を考えてみたところ、開発でよく使われるビルドはローカルPCのみで5分強でフルビルドすることができるそうで、比較的一般的なPCを使用して分散ビルドに頼らずにこの速度は速いのではないかとのこと。

そして、インクリメンタルリンクやエディットコンティニューなどによって、高速なイテレーション【※】が実現できていること、エンジン部分にデバッグコードを仕込んでフルビルドをしてもそこまで長時間にはならないことも「ドラゴンエンジン」のメリットであると続けた。

※イテレーション
短い期間で設計・開発・テストといった一連の工程を繰り返し行うサイクルのこと

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厚氏によれば、最終的にタイトルがリリースされる際に一番重要なのは、しっかりとメモリが収まっているかどうかであり、「ドラゴンエンジン」では、デザイナーが作るステージやキャラクターのモデルやテクスチャーといった描画リソースをカテゴリ単位で管理しているとのこと。

これによって、メモリに収まっていない箇所の検出と責任の所在を明確化することができ、問題が発生したときに誰に解決を頼めばいいのかが分かりやすく効率化につながっているという。

また、デバッグ機能が解放済みメモリの履歴を持っていることも「ドラゴンエンジン」の特徴的な点だ。これにより、メモリを破壊された時に以前の所有者まで追って犯人が特定できるそうだ。さらに、メモリがふんだんにある環境では、遅延開放チェックが簡単にできるため、これも「ドラゴンエンジン」のメリットだと厚氏はいう。

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本項の結論として、エンジン側に開発速度をあげるような特別な仕組みはなく、細かいことを積み重ねた熟練のスタッフの力によって現在の開発ペースが実現できていると厚氏は知見を述べた。

深夜勤務や休日出勤は禁止。エンジニアに最適化した組織運営

ここで再び話者が厚氏から伊東氏に替わり、講演の最後として語られたのが、エンジニアに最適化した組織運営についてだ。その具体例として、まずは龍が如くスタジオの組織構成が紹介された。

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龍が如くスタジオには、事業部の中に職種別の部が7つあり、課のレベルではなく、部のレベルで職種を分けると自由度が高く、エンジニアに特化した組織が非常に作りやすくなると伊東氏は説明した。

たとえば、エンジニアとは頭を使う仕事であり、伊東氏の実体験として、疲れた状態で働き続けるよりも休んでリフレッシュをすることによって新しいことをひらめくことの方が多くあったことから、龍が如くスタジオのプログラマー部では、部として深夜勤務や休日出勤が禁止されているとのこと。

このルールを導入した当初は、ただ「休め」と言われても、周囲に気を遣って休みを取りづらいという意見も出てきたため、休みを取りにくくなる原因となりやすい「休日に挟まれた定例会議」をすべてキャンセルしたところ、休暇取得率が上がったという。

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また、龍が如くスタジオでは有志による技術研究チームを設立しており、AIやネットワークなどの新技術に対して興味を持った人たちが、週に1時間業務としてミーティングを行い、半年に1度のペースでそれらのミーティングから得た知見の発表会をスタジオ全体に向けて実施しているとのこと。

そして、龍が如くスタジオではリモートワークはせずに、全員出社して業務を進めている。このルールは、コロナ禍が明けたときに実施したアンケートで、リモートワークよりも出社の方が作業効率がいいという意見が過半数を占めていたことがキッカケで生まれたもので、特に若手プログラマーのあいだでは、分からないところをすぐに聞くことができるので出社をしたいという意見がとても多かったそうだ。

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また、龍が如くスタジオでは、入社から1年間の研修期間を設けているとのこと。

自分で企画を考え、プログラムしてゲームを作り、発表会を開催するというサイクルを年に3回行い、ドラゴンエンジン・Unity・Unreal Engineの3つのゲームエンジンすべてでゲームを作ることができるようにする研修を行っている。

伊東氏によれば、このような研修をしている大きな理由は、仕事が楽しいと感じてもらうためであり、希望を持って入社してきた1年目から大きなプロジェクトの端っこの小さな作業を担ってもらうよりも、自分で企画して制作して発表する方が、仕事の楽しさを感じてもらいやすいのではないかという考えがあるそうだ。

この1年間の研修を経験することで、ゲームを作ったことがない学生でも研修が終わるころには立派なゲームクリエイター・プログラマーになれるため、龍が如くスタジオではスキルよりも将来性を重視しており、中途採用の人にも同様の研修を適宜受けてもらうため、ゲーム業界以外のプログラマーも積極的に採用しているとのこと。

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そして、エンジニアはチーム全体で結果を出す仕事であり、縁の下の力持ちがいるからこそ成立する業務であることから、龍が如くスタジオでは、目立つパートだけを評価しすぎることがないように心がけているという。

さらに、組織の理想ではなくメンバー個々の理想を把握し、安心して働ける環境を作ることが、チーム全体のパフォーマンスの最大化につながるという考えから、リーダーになりたい人にはリーダーを任せ、リーダーになりたくない人にはリーダー以外の仕事ができる環境を整えるといった、個人の目標を尊重する形で組織運営をしていると伊東氏は語る。

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本セッションの結論として、伊東氏は「ゲームというものは、その内容だけでなく、作り方や考え方も自由でいい」と意見を述べた。

行動力があって天才的で、自分で企画を立ち上げることができる人はとても素晴らしい。しかし、世の中の全員がそういったタイプではないので、自分たちのチームに合った方法を見つけることこそが、素敵な未来につながるのではないか、と伊東氏は続ける。

また、龍が如くスタジオで進めている属人化を維持して継続していくためには、そもそもメンバーが辞めてしまうことがない環境を作ることが非常に大事であり、普段からどのような考えを持つ人でも居心地がいいと感じてもらえるような組織づくりを目指しているとのこと。

「かなり常識はずれなことを申し上げましたが、こういう形で成功しているチームもあるんだと参考にしていただければと思います」と、伊東氏は講演を締めくくった。

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さて、本講演では、年に1本以上というハイペースでシリーズタイトルをリリースし続けている『龍が如く』シリーズに隠された秘密について語られた。

そこには、常識をあえて無視して効率を求めた手法や、パフォーマンスの最大化につなげるための働きやすい環境づくりといった細かい積み重ねがあり、ハイペースなタイトルリリースだけではなく、長期でシリーズを続けていくための工夫も感じられる非常に有意義なものとなった。

登場する個性的なキャラクターたちや重厚で壮大なストーリーを気軽に楽しむことができる『龍が如く』シリーズは、今後もこの超ハイペースを維持したまま長く愛されていくことだろう。

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ライター
レトロゲームから最新ゲームまで、面白そうだと感じた家庭用ゲームを後先考えず手当たり次第に買い漁る男。500を越えてから、積み上げたゲームを数えるのは止めました。 ディズニーアニメ・お笑い・音楽・漫画などにも広く浅く手を伸ばし、動画投稿者としても蠢いています。
Twitter:@DuckheadW
編集・ライター
『The Elder Scrolls』や『Dragon Age』などの海外RPGをやり込むことで英語力を身に付ける。個人的ゲーム史上ナンバーワンヒロインは『Mass Effect』のタリゾラ。 面白そうなものには何でも興味を抱くやっかいな性分のため、日々重量を増す欲しいものリストの圧力に苦しんでいる。

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