ノンバーバル形式の課題は物語がわからなくなってしまうところ
ノンバーバル形式で最大の課題となるのが、物語がよくわからなくなってしまうことだ。ストーリーを言葉で語らない分、大事なシーンはダンスのみで表現したいと考えているが、複雑になりがちである。
そこで、感情曲線がピークを迎える場面では、小道具・映像・ナレーション・文字などの要素は入れず、キャラクターそのものを見届けられるような作りにしている。
とはいえ、ただ感じろというのは投げやりだ。最低限の物語を伝える努力は、制作者側で行わなければならない。
「ego:pression」でよく行っているのは、情報①〜④というように情報ポイントを設けることだ。参加者と演者の全員が集まる場面で共通の情報を出すことで、会場内の異なる場所でそれぞれのキャラクターを追いかけていたとしても、必要な情報は全員が得られるようにしている。
たとえば参加者の1/3だけが先に情報を得て、残りの人はまだ知らない状況があったとする。残りの人たちは「この先どうなっていくんだろう?」と思うかもしれないが、情報を得る時間軸の早い・遅いよりも、最終的に補完してあげることが重要だと考えている。
ラストの全体シーンで情報を補完することで、必ずしも同じ情報を同じ軸で見せきらなくても物語は伝わるのだ。
イマーシブシアターにおける回遊型と誘導型の違いについて、参加者から見ると視点を自分で決められるのが回遊型で、必ず特等席に座らせてもらえるのが誘導型だと秋吉氏は考えている。
「ego:pression」で誘導型を制作する際には参加者ひとりひとりに特等席を用意するような設計を意識しており、美しい誘導型の作品として定義している。その体験を得たのが、ニューヨークで上演されていた『Then She Fell』だったという。
回遊型は、自分が選んだ物語を見届けられること自体が満足感につながる。また、参加者同士で後から感想を話し合ったときの情報格差も含めて楽しめるのだ。
ただし裏を返せば、「自分が追いかけているキャラクターは物語の主軸ではないのでは?」という不安感が生まれやすい。参加者に委ねている分、迷子になってしまうこともある。そうした不安感は必ず生じるため、拭い去る工夫が必要だと秋吉氏はいう。
一方、誘導型では案内が作業的になり、隣の人と同じものを見ているだけの演劇のようになってしまうことがある。それを避けるために、なぜ自分はこのポジションに誘導されているのかを参加者が感じ取れるよう追求することが、誘導型を面白くする鍵だと秋吉氏は語る。
回遊型と誘導型では、作り始める起点もまったく異なる。回遊型では、会場に合った物語とキャラクターを設定するところからプロットを作り始める。
誘導型ではバラバラに誘導されても作業的に感じさせないために、この先に何を見るのかという部分を意識して作ったとのことだ。なぜ別ルートに誘導されるのかという意味づけが重要であり、それを盛り込んだ物語を作ることに苦戦したという。
逆に、誘導型を作った後に回遊型を作るのは圧倒的に楽だと秋吉氏はいう。見るものを参加者に委ねられるため、80人が参加しても設計が可能だからだ。また、楽なだけでなく遊びの幅もある。一方で誘導型の魅力は、演出側が最も見せたいものを提示できることである。
たとえば部屋の中に4人いたとすると、この人にはこの角度を見せたい、この人にはこのときの表情を見せたい、といったようにガチガチに中身を決めていくことができる。一方で、参加者がひとりのときもあれば20人のときもある。
それによってパフォーマンスも変わるため、演者側も踊る向きや見せ方を変えるなど、遊びながら演じているところもある。その分、演じている側も楽しめる自由度の高い形式だといえる。
日本のイマーシブシアターの課題としては、イマーシブ・エクスペリエンスやイマーシブミュージアムなど「イマーシブ」という言葉が爆発的に使われるようになり、乱立してわかりにくくなっていることがある。
そのため、発信する側が作品の内容とどんな体験を提供しているのかを丁寧にコミュニケーションしていくことが大事だという。
もうひとつ重要なのが、上演できる会場が少ないことだと秋吉氏はいう。毎回会場探しで苦戦しているが、これは必ずしも日本に限った話ではなく、LAでイマーシブシアターを作っている人も同様の悩みを抱えていたというエピソードも披露された。会場探しは業界全体の課題となっている。
ホテルの閑散期を乗り越える課題解決のために『泊まれる演劇』をスタート
続いて講演2として、水星 『泊まれる演劇』クリエイティブディレクターの花岡直弥氏より、「『泊まれる演劇』はなぜ成功したのか」というテーマでプレゼンテーションが行われた。この『泊まれる演劇』とは、ホテルで上演される一泊二日のイマーシブシアターだ。
水星が運営するホテルには「HOTEL SHE, KYOTO」と「HOTEL SHE, OSAKA」があるが、それぞれ年に1回、2〜3ヵ月の期間ホテルの通常営業を停止して実施している。その期間、ホテル丸ごとに舞台美術などを仕込んで上演するというプロジェクトである。

そもそも水星自体は、エンターテイメントをメインで制作している会社ではない。全国4店舗で観光型のホテルを運営している企業だ。花岡氏自身も、元々演劇をやっていたわけではなく、ホテルという業態に可能性を感じ入社している。
一般的なホテルには稼働の下がる閑散期がある。京都なら梅雨の時期、大阪なら寒い時期に宿泊者が減ってしまうのだ。
そこで当時配属されていたホテルの支配人から閑散期を乗り越えるためのアイデアを出すよう言われ、始まったのがこのイマーシブシアター『泊まれる演劇』であった。
『泊まれる演劇』の一番の強みとしているのが、ホテルならではの運営スタッフのホスピタリティだ。現場はホテル・ショー運営の両方に長けた同社のステージマネージャーが仕切っており、出演者・運営スタッフの技術力も高い。そしてホスピタリティが高いことで、体験の自由度を高く設定することができるのである。
一般的なイマーシブシアターの場合、自由度を上げると、例えば参加者はなにを話してもどこへ行ってもいいため、その分トラブルも発生しやすくなる。それを解消するために、参加者の会話を制限したり移動ルートを一方通行にする団体も多いが、泊まれる演劇はそうではない。ゲスト一人一人に対して個別サポートすることで課題を解決し、細かいルールを気にすることなく自然に物語に没入できる仕組みを担保している。
具体的には、たとえば参加者ひとりひとりの名前や服装、過去の泊まれる演劇参加歴などを、できるだけチェックイン時に把握するようにしている。参加者それぞれに適した体験ができるよう、運営スタッフが裏で工夫しているのだ。
1回限りの『泊まれる演劇』はなぜ続いているのか
ホテル側がイマーシブシアターを運営するというのは珍しいスタイルだが、どのようなメリットやデメリットがあるのだろうか。この問いに対して花岡氏は、大きなメリットは先ほどの秋吉氏が語っていたこととは逆に「場所がある」ことだという。
デメリットは、チケット料金が高くなってしまうことだ。当然ながらホテルの宿泊料も掛かるため、一般的なイマーシブシアターよりも1~2万円ほど高くなってしまう。だが、それ以外にデメリットは感じたことがないという。
強いて挙げれば、水星自体がホテルを運営している会社であるため、イマーシブシアターについては、わからないことも多い。先輩がいるわけでもなく全て独学で作っていかなくてはならなかったので、特に演劇業界の独特なカルチャーに慣れるのには苦労した。
水星が運営する「HOTEL SHE, KYOTO」や「HOTEL SHE, OSAKA」には、1階に共有スペースがある。あとは小さな個室があるホテルだ。導線としても横移動だけでなく縦移動もあるため、そこもイマーシブシアターと相性がいい点となっている。
『泊まれる演劇』の進化というテーマでは、特別なことはやっておらず、一番気をつけているのが参加者のアンケートやSNSのエゴサーチだと花岡氏はいう。アンケート項目も定期的にアップデートし、週に1度チーム全員で集まって改善点などを徹底的に話し合う。
また、公演を作るときに参照している200以上のチェック項目があり、最終リハーサルまでに重要ポイントはすべてクリアできるようチェックを欠かさないようにしている。参加者から良かった・楽しかったと評価されたポイントは、できるだけ次回の公演でも再現できるようにしている。
これはイマーシブシアターだけに限らず、飲食や物販といったホスピタリティの部分も含めて行われている。
コロナ禍の影響でオンラインでの開催になったこともある『泊まれる演劇』。そもそも、ここまで長く続けるつもりはなく、1回限りの企画として考えていた。
最初に『MIDNIGHT MOTEL』という作品を作ろうと思い、2019年の夏にオーディションを開催している。キャストやスタッフも集めたがあくまで一時的なチームを想定し、翌年はイマーシブシアター以外の方法で閑散期を乗り越えようと考えていた。
そして諸々の準備が2020年2月に終わったところで、やってきたのがコロナ禍である。会社的にも1回限りのプロジェクトだったため、「これは無理だね」という雰囲気になった。しかし花岡氏個人としては、どうしてもやりたいという気持ちがあった。
キャストやクリエイティブ陣が揃ったのに、コロナ禍を理由にプロジェクトを解散してしまえば永遠に実現できないと考えたのだ。そこで苦肉の策として行われたのが、オンライン会議ツールの『zoom』を使用したオンラインイマーシブシアターだった。参加者は自宅にいながら、安心して参加型演劇を楽しむことができる。
苦肉の策ではあったが、想定外の反響でこれがきっかけで『泊まれる演劇』の存在を多くの人に知ってもらうことができた。
『泊まれる演劇』専用劇場を建てる野望も!?
イマーシブシアターを継続的に行っていくための課題は、大きく分けてふたつあると花岡氏はいう。ひとつは資金面だ。イマーシブシアターはどうしても制作にお金が掛かってしまう。初期費用は、公演を3日やっても半年やっても変わらない。
そしてこれは場所の課題にも繋がっている。半年や1年通して上演できる環境が日本にあれば、ブレイクスルーが起きると思っているものの、なかなかそうした場所は存在しないからだ。
もうひとつの課題は、属人化してしまいがちなところである。これはイマーシブシアターだけでなく、演劇やエンターテイメントのビジネスモデルに共通する話だ。映画などのエンタメでは出演者を広告塔にした集客になりがちという問題がある。
たとえば、そのキャストが出しなくなれば集客力も落ちてしまう。作家やクリエイターもライフスタイルの変化や体調不良などによって離脱するポイントが出てくる。ものづくりが属人化すればするほど、団体として継続できないリスクも高まるのだ。
そこで『泊まれる演劇』では継続することを最優先に考え、特定の業務を他のメンバーも実行可能なようにナレッジ化を進めている。また『泊まれる演劇』に個人の印象がつきすぎてしまわないように、作品ごとに脚本や演出、出演キャストもあえて変更するようにしている。
日本のイマーシブシアターの今後については、イマーシブシアターとイマーシブ体験とでは行く先が異なると花岡氏はいう。イマーシブ体験は、広告代理店がブランドとのコラボを提案してくるなど、すでに一定の地位を確立しており、今後爆発的に伸びていく。イマーシブシアターも伸びるとは思っているものの、こちらは緩やかな成長になると考えている。
『泊まれる演劇』としての今後の展望としては、専用の劇場を建てたいと花岡氏はいう。これにはさまざまなメリットがある。たとえば、最近作では3ヵ月間のために一時的にエレベーターをタイムマシンのように改装しているが、専用劇場であればより大きな投資のもとで1年・2年と継続して設置できるようになる。
もちろん、収益構造が変われば、プロジェクトに関わるクリエイターや出演者へのギャランティーの水準も変わってくる。実はこうした動きは2年ほど前からあり、『泊まれる演劇』のためだけのホテルを建てようという構想が進んでいる。
ただしホテル×イマーシブシアターという新領域での挑戦のためクリアしなければいけない障壁は多い。
しかしこれは花岡氏ひとりの夢ではなく、会社が描くビジョンとも一致しており、まさに土地や建物を探し続けている最中だと語り、本セッションを締めくくった。
作り手たちの試行錯誤と率直な課題が語られた今回のセミナー。登壇者たちの言葉には、まだ答えの出ていない問いが多く残っていた──それ自体が、この表現形式のまだ見ぬ可能性を示しているようでもあった。










