本稿には『白昼夢の青写真』シリーズの一部ネタバレが含まれます。気になる方は、先に小説を読んでから記事に戻ってきてください!
昨年12月、私は“ある小説に脳を灼かれる”という体験をしました。
今度は、脳をメチャクチャに破壊されています。
小説のタイトルは、『白昼夢の青写真』。その第2巻です。前作では近未来を舞台に、へっぽこ教育実習生と引きこもり男子高校生による青春模様が描かれましたが、本作では時計の針が一気に過去へと戻り、16世紀のロンドンが舞台となります。【※】

そんな本作は、あの世界的な劇作家ウィリアム・シェイクスピアを主人公に据え、弱小劇団とともに成り上がっていく痛快歴史ファンタジー小説であり、同時にヒロインとの甘く悲しい恋愛でこちらの脳を丹念に破壊してくる悲劇でもあります。
おまけに幕間ではゴリゴリのSF展開が進行していくという、何も知らない状態で要素だけ聴いたら「どんな小説だよ」とツッコミが飛んでくること間違いなしのぶっ飛んだ本なのです。
16世紀ロンドンを舞台に繰り広げられる才能あふれる劇作家と美しいヒロインによる恋愛劇、宗教や演劇界が絡む仄暗く壮大な設定、そしてそれらすべてが実は一つの巨大なSFワールドに内包されていてさらに驚き——という、そんな盛りだくさん過ぎる体験が味わえるのがこの『白昼夢の青写真』第2巻です。
特に本作のメインヒロインである「オリヴィア」は、勝ち気で高飛車な女優という非常に魅力的なキャラクター造形となっており、彼女の存在そのものが本書のストーリー性、そしてテーマ性を飛躍的に高めていることは間違いないでしょう。
本稿では、時代の苦しみに捕えられながら、それでもみずからの夢と愛する人を決して諦めない強い女性——だけどその裏には、主人公と読者しか知らない繊細な部分も持ち合わせている——そんな愛らしいオリヴィアの魅力と、その魅力を見事に描き切り、ゆえにこそ私の脳を破壊してしまった、この恐るべき小説の面白さについて、お伝えしたいと思います。
※この記事は『白昼夢の青写真』をもっと知ってもらいたいKADOKAWAさんと電ファミ編集部のタイアップ企画です。
16世紀ロンドンを舞台に繰り広げられる、歴史ファンタジー×悲恋ドラマ
私を魅了し、脳を破壊してしまったオリヴィアの“良さ”を語っていきたいのは山々なのですが、まずは本作自体の面白味から見ていく必要があるでしょう。上質な喜びもこの上ない悲しみも、丹念な下準備によってもたらされるものなのです。
改めてになりますが、『白昼夢の青写真』は複数の物語がオムニバス形式で語られる作品です。1巻で描かれたのはゲームで言うところの第3章にあたる物語でしたが、第2巻で展開される物語はゲーム内での第2章にあたるストーリーであり、前作とは時代も、国も、そして物語全体のテイストも全く異なるお話となっています。
つまり、今回は前作主人公のカンナくんも、ヒロインのすももちゃんも出てきません。これだけでも、なんだかちょっぴりワクワクしてきます。
第2章の物語の舞台となるのは、前作とは打って変わって16世紀のロンドン。ちょうど中世から近世へと移り変わっていくような、激動の時期にあたります。
そしてなんと主人公は、あの歴史に名を遺す偉大な詩人にして劇作家、ウィリアム・シェイクスピアです。
いきなり歴史上の実在人物が主人公かよ! と私も驚きましたが、そう、なんとこの第2章、シェイクスピアの半生を題材に、さまざまな作品が生まれるまでの過程を大胆に再解釈しラブストーリーに仕立て直すという、いわゆる歴史ファンタジーの構造を取っているのです(まあフィクション成分はかなり多いので、正確な歴史モノではないのですが)。
もちろん、今作にも目玉となる可愛らしいヒロインが登場します。彼女の名はオリヴィア。主人公がシェイクスピアということもあり、本作の物語はこのオリヴィアが座長を務める劇団と、劇団を取り巻くロンドン演劇界を中心に展開されていきます。
中世ロンドンの社会、ウィル(シェイクスピア)と16世紀の演劇事情、そしてオリヴィアとの恋模様……これらが密接に混ざり合って、前回よりもスケールの大きい、非常に壮大なストーリーとなっているのが、この第2巻の一番大きな特徴です。
身分の苦しみに脳が破壊され、純愛で脳が回復し、かと思ったら……オリヴィアが愛おしすぎる!
さて、ここからはヒロインたるオリヴィアがいかに魅力的な人物であり、そしてなにゆえに私の脳が破壊されてしまったのかを書き記していきましょう。
まず、オリヴィアとウィルの出会いからして、彼女の魅力は光りまくっていました。主人公ウィルことウィリアム・シェイクスピアは、街の片隅にある酒場の店主として毎日を過ごしながら、時折友人であるテッドに自分の書いた脚本を売って生活していたのですが、ある日、オリヴィアという名の女性がウィルの元を訪れます。
彼女は、ウィルの書いた脚本を自分の言うように書き直すことを命じます。オリヴィアはある経路で入手したウィルの脚本を読み、その有り余る才能に心底ほれ込んでいたのでした。
ここの出会いの描写を読んで、私はオリヴィアの性格にグッと引き込まれました。ここまで掲げられたオリヴィアのイラストを見れば皆さんある程度想像はつくかと思いますが、オリヴィアは「ツンデレ」とは言わないまでも、かなり気の強い女性です。ウィルのことを奴隷のように扱ってきます。
気の強そうな女性キャラに、私は目がありません。こういうヒロインは往々にして後に凄いギャップを見せてくるのです。気の強さと、ギャップ。その取り合わせが個人的にはメチャクチャ好きです。
一方、ウィルの方も気の弱い男ではなくしっかりと自分の意志を持った男なので(作家なんだから当然ですね)、オリヴィアに半ば喧嘩腰で応対します。気の強い女と気の強い男が出会って生まれる、最悪のファーストインプレッション。たまらないですよね。
なにせ、本作はロマンスです。メインキャラが最悪な出会い方をするというのは、後にその最悪を吹き飛ばし、塗り替えて余りあるほどの最高のイベントが来ることが約束されているようなものです。ちょっとした障壁なんて、むしろスパイスですよ。
かたや豪奢な衣装に身を包み劇団で座長を務める貴族、かたやうらぶれた飲み屋で食うや食わずの生活を送る貧民。立場の差は明らかですが、ウィルは貴族の鼻を明かすためなら生活苦すら受け入れてしまえる意地っ張りであり、「自分の劇団で演じる劇の脚本を書け」というオリヴィアの依頼を頑として受け入れません。
そんな意固地なウィルと、ウィルの才能を信じる親友テッドとの、映画『グッド・ウィル・ハンティング』を思わせるような熱いやりとり(あれも才能あふれる“ウィル”の物語でしたね)が、当時の欧州で吹き荒れていた宗教改革の旋風も交えながらおこなわれたりして、ここも読んでいてものすごく楽しかったのですが、この記事では置いておきます。ぜひ、本作を手に取って読んでみてください。
さて、初めの頃は高飛車に振る舞うオリヴィアに難色を示していたウィルですが、その後様々な事件があり、紆余曲折を経て、結局ウィルはオリヴィアの劇団の座付き作家となることを決めます。
こうしてウィルが脚本を書き、座長兼主演俳優であるオリヴィアが演じるというタッグが誕生し、二人はロンドン演劇界で最高の栄誉、「宮廷演目に選ばれること」を目指し奮闘していきます。
「貴族のように」と書きましたが、オリヴィア自身は貴族の生まれではありません。彼女にはスペンサーという貴族の婚約者がおり、やがて「貴族の妻」になるからこそ、彼女は貴族然としていられるにすぎないのです。彼女が劇団を運営できているのも、このスペンサーがパトロンとなって資金を援助しているからに他なりません。
史実における欧州がそうだったように、本作の舞台であるロンドンにも強烈な男女差別が存在し、オリヴィアは本来、「女性である」という理由だけで、舞台に立つことすら許されない立場です。その壁を乗り越えるため、彼女は男装をして、低く声色を作り、観客を偽って舞台にあがっているのです。
泣かせるじゃありませんか。極めて高い演劇の才を持ちながら、オリヴィアが板の上に立つためにつかなければならない嘘は、役ひとつでは足りないというのですから。そんな状況でも泣き言ひとつ漏らさず、目的のために猛然と為すべきことをやり通す。その強い意志の力こそが、オリヴィアの魅力を不動のものとしています。
しかし、彼女に降り注ぐ運命はどこまでも無情です。オリヴィアの劇団はかなりの弱小であり、自力で運営を回していくだけの体力もなく、その資金源のほとんどをスペンサーに依存しているという状況にあります。オリヴィアがスペンサーの婚約者となったのも、スペンサーを愛しているからではなくもっぱら資金援助を受けるための形式的なものです。
挙句の果てにこのスペンサーという貴族の男、かなりの変態であり、人の命を何とも思わないサディストでもあります。

毎夜性別を問わず姦淫に耽り、自らの利益と欲望を満たすためには他者を平気で踏みにじる、倫理観皆無のやべーやつ。
そんなスペンサーですが婚約者に対しては非常に紳士……ということも当然なく、オリヴィアに対してもその不道徳さを存分に発揮してきます。
……嫌な予感が、してきましたか? 筆者は本作を読みながら、ビシビシと“そういう空気”を感じました。「どうか、気のせいであってくれ」と願いながら、先を読み進め——そして、脳を破壊されるに至りました。
そうなのです。オリヴィアは、スペンサーの婚約者です。そして、オリヴィアは自身が座長を務める劇団の存続に必要な金を、スペンサーに頼っています。その見返りとして、オリヴィアはスペンサーに自らの体を捧げているのです。あろうことか、作中では舞台が成功を遂げたその夜に、舞台袖で男装の彼女を犯すという行為にまで及びます。
オ、オリヴィアーーーーーッッ!!
物語中盤、オリヴィアと良い感じの関係になっていたウィルは、オリヴィアを探して舞台に赴き、事後のふたりに遭遇することで初めてそのことを知り大変ショックを受けるのですが、この時ウィルと同じように私の脳も破壊されてしまったのでした。
「ちょっとした障壁はスパイス」とは確かに言いましたが、これは……はらわたにガツンと来ましたね……。
これほどの屈辱を受けながらも、オリヴィアが演劇を続ける理由はなんなのでしょうか? その答えが、作中においてロンドン演劇界最高の栄誉である「宮廷演目」にあります。ロンドンで最も評判のよかった演目が宮廷に呼ばれ、エリザベス女王の前でその芝居を披露することができるというものです。
オリヴィアはこの宮廷演目に選ばれることで女王との謁見を果たし「女でも舞台に立てるようにしてほしい」という直談判をおこなう腹積もりだったのです。
こ……高潔すぎる……!! オリヴィア、あなたのその生き様は、あまりにも美しすぎる……!!
こんな女性を、いや人間を、好きにならずにいられるでしょうか!? 私には不可能です。そして、本作の主人公であるウィルにも不可能だったようです。出会いこそ最悪だったものの、ウィルはどんどんオリヴィアに惹かれ、やがて彼女をスペンサーから身請けするまでになります。とは言え、スペンサーが求める金額は膨大で、とても貧乏酒場の息子が出せる金額ではありません。
そんな絶望的なギャップに対してウィルが突きつけたのは、彼の持つ劇作家としての才能、その結実たる「新作の脚本」でした。あのウィルが! 「オリヴィアの言いなりになって脚本を直すぐらいなら死んだ方がマシ」とまで言い放ったウィルが! 自分の脚本で、オリヴィアを救おうとするのです!
最高かよこの小説!!



