決して失敗できぬウィルの新作脚本、決して知られてはならぬオリヴィアの素性……はたして「宮廷演目」に選ばれるのはどの劇団なのか?
こうして、ウィルはオリヴィアに自由をもたらし、ともに互いの愛を確かめながら、「宮廷演目」に選ばれるための傑作を生み出すべく奮闘します。もちろん、一度でもつまらない芝居をしてしまえばスペンサーとの約束はパァ。担保としてウィルは女装姿でスペンサーに抱かれることになります。オリヴィアだって、どうなるかわかったものではありません。
さらに、問題はスペンサーだけではないのです。オリヴィアが男装して舞台に立っていることは、誰にも知られてはならない絶対の秘密。本作の社会において女が舞台に立つことを容認できるのは、倫理も常識もかなぐり捨てたスペンサーぐらいだというのが、実に皮肉ですね。
そしてもちろん、物語ではまずいことが起きるのが世の常。こうした時代の逆境に晒され、恋仲となったオリヴィアとウィルは何度もピンチに陥ります。そしてそのたびに、オリヴィアは愛するウィルのため、そして自分の劇団のため、その正義感と責任感から自分が犠牲になろうとするのです。
普段は着丈に振る舞い、誰よりも上から目線なお嬢様気質。だけどもその内には皆を守ろうとする母性と繊細さをもったか弱い女性の顔をのぞかせる。
オリヴィアアッ!! お前ってやつは本当に……気高すぎる……。
個人的な感想ですが、この「実は立場的には弱い」という側面がオリヴィアの魅力の”本質”なんだと私は思います。作中でずっと強かな女性として振る舞うオリヴィアですが、それはあくまでオリヴィアが選択した仮面であって、オリヴィアの素顔ではない。舞台上でも舞台下でも、彼女は一人の役を演じているわけです。
だけど、読者にはそのことが明かされる。いわば「俺だけがオリヴィアのことを分かってあげている」ことになる。だからこそ、私は彼女がスペンサーと身体を重ねることに対しショックを受け、彼女が本当の素顔を一瞬だけのぞかせるとき(例えば団員達と中を深めていく過程)、とてつもない嬉しさで満たされるのです。
作中終盤ではふたりの関係性と脚本の執筆が濃密に絡み合い、そのなかでオリヴィアの気高さや美しさがさらに高まっていきます。スペンサーに破壊された私の脳も、物語の進展とともにみるみる回復していきました。
さて、脳が灼かれたり破壊されたり回復したりとほんとに忙しい小説ですが、さまざまな苦難がありつつも、最強の劇作家と最高の舞台役者が手を取り合うに至り、いよいよ物語はクライマックスへと向かっていきます。はたして「宮廷演目」に選ばれるのはどの劇団なのか? オリヴィアの願いは叶うのか?
本作は、純愛ハッピーエンドで終わるのか、それとも失意のNTR脳破壊エンドで終わるのか——。
その結末については、明らかにネタバレになるので絶対に言えませんが、ただ一つだけ、私から言えることがあります。
私はこういう終わり方、好きです——。
甘く切ない恋愛模様…だけじゃない! 成り上がり、宗教、フェミニズム、SF……さまざまな“軸”が楽しめる物語
ここまでヒロインであるオリヴィアと、彼女とウィルの恋愛模様についての話をしてきました。
しかし、本作の物語はそれだけではありません。
前作の第一巻が青春のラブストーリー描写を前面に押し出していたのに対し、第2巻はオリヴィアとの恋愛描写だけではない、物語を面白くする様々な軸が存在しています。どの軸で見るかによって色々な楽しみ方ができる物語になっているので、恋愛以外の部分について、それぞれすこし解説をしましょう。
まず一つ目の軸が、劇団が成り上がっていくまでのサクセスストーリーとしての軸です。
ウィルが来るまでの劇団と言うのは、はっきりいってパッとしない、寂れた小さな劇団として描かれています。所属する劇団員たちはオリヴィアによって救われた町のゴロツキや前科者などで構成されているのですが、物語序盤における彼らは、まったくやる気のないグータラたちです。
しかし、ウィルが座付き作家として優れた脚本を書き、オリヴィアが彼らと本当の意味で心を通わせていく中で、劇団員たちの闘志にも火が付き、弱小劇団は少しずつ街で評判を集めていくことになります。この成長過程が王道の成り上がりモノとして非常に良い。見方によっちゃウィルのなろう系みたいで、これだけでも面白い作品として見れるのではないかと思います。
そしてもう一つが、歴史背景を内包した作品としての軸。
本作は16世紀のロンドンを舞台にしているということで、当時の社会情勢が設定としてところどころに、それもフレーバーとしてではなくしっかりと物語の舞台装置として顔を出します。例えば、カトリックの迫害がその一つです。
イギリスの宗教改革と言えばみなさん歴史の教科書で習ったと思いますが、本作ではそうした中世ヨーロッパの社会事情が物語にがっつり関わってくることになります。
特にある人物の殉教と、それを目撃したウィルが「脚本」を書くことによって社会に復讐するという展開は、まさにこの物語がシンプルなラブストーリーだけではない、もっと深いテーマをも持った作品であることを裏付けています。
物語を書くことの意義、それについての緒乃ワサビ氏のメッセージとも取れる記述もあるので、重いテーマを扱う分、ここについては作者としてもかなり気合が入っているのでしょう。
さらに言えば、そもそもオリヴィアという存在自体が、フェミニズム的テーマを抱えたキャラクターとして見ることもできるでしょう。当時のロンドンでは演劇における女役も男性が演じていたわけですから、作中のオリヴィアの場合、女が男装して女を演じるという一種の転倒を起こしていることになります。
これに対し、なぜ女が女として舞台に立つことができないのかというオリヴィアの問い(あるいは何故オリヴィアがそのことについてこれほど憤るのか)について考えることは、この物語をグッと深いものにすることに繋がるでしょう。
とまあ、色々と堅いことを書きましたが、作品の文章自体はどれも非常に軽い文体で書かれているので、あまり気負わずに楽しむことが出来ます。あくまでそういう軸もあるよというだけです。
そして最後に(これが一番大事)、壮大なSFの一ピースとしての軸があります。
本作のゲームをプレイされた方や、小説の1巻を読んだ方であればお判りでしょうが、ここまで語った物語は全て、作品全体を通して中心となる真の主人公&ヒロイン「海斗と世凪」の夢であるという設定になっています。
前作、つまり第一巻は夏の爽快さの裏にとんでもないSF設定が幕間で展開され、最後には私の度肝を抜くこれまたとんでもない終わり方をした作品でもあります。
この設定については第一巻のころから明かされていましたが、第2巻ではこの幕間で展開される海斗と世凪の物語についても進展を見せます。まだ完全に物語のすべてが明かされたわけではありませんが、それでも第一巻に比べれば、かなりこの世界観のヒントが読者に提示されます。(その内容についてはあまりにもネタバレなので、この場での言及は差し控えさせていただきます)
第一巻での衝撃を受けて以来、私は早く続きが読みたいと待ち続けて原作ゲームを遊ぼうかと何度も逡巡していました。
ただやはり小説から入った以上初見の感動は小説で味わいたい、そう思い続けてこの数か月を過ごしておりましたが、今回のSFパートもやはりワクワク感は健在で、メインの物語の休憩として、あるいは全てが繋がるまでの伏線として、非常に重要な役割を果たしています。
それにしても、この作品は本当に「ヒキが上手い」なとつくづく思わせてくれます。その巻で中心となるエピソードが終わり、海斗と世凪が次の夢(エピソード)へと入っていくまでの終盤の描写は、マジでいいところでエンディングが流れる深夜アニメのようなワクワク感があり、「はやく続きが読みたい!!」という思いで、一心不乱にページをめくることになりました。
以上、初見オタクの早口感想という形で、『白昼夢の青写真』2巻の魅力について書かせていただきました。
この本を読み終わったあとの感想は色々とあったのですが、まず発する第一声は「3巻はよ!!」であったことは間違いありません。おそらく物語の分量的にあと1巻か2巻で完結してしまうんだろうなというのを私もひしひしと感じています。寂しいけどそれ以上に楽しみすぎる。
エピソード単体としての面白さもありながら、そんな超壮大なSFストーリーとしての軸も持っている。それがやはりこの作品の一番大きな魅力といっていいでしょう。
と、このように様々な軸で楽しめる『白昼夢の青写真』第2巻。
ウィルとオリヴィアの怒涛の恋愛物語に一喜一憂するもよし、ロンドンに交錯する種々のテーマに唸るもよし、海斗と世凪の展開を見ながら次巻を全裸待機するもよし。
第一巻よりもより楽しめる作品となっているので、ゲーム版を遊んだことのある人もそうでない人も、いっぺん読んでみることをおススメします。小説シリーズ、どうやらめちゃくちゃ売れてるらしいので、そういう意味でもいまのうちにチェックしておいて損はないんじゃないでしょうか!


