ゲームのみならず、仮想通貨やAIなど高性能計算が必要な分野におけるGPUのニーズの高まりに合わせて、世界有数の企業へと成長を遂げたNVIDIA。
1993年に産声を上げた同社だが、一時は風前の灯火ともいえる状態に陥っていた。じつは、そうした状況を救ったのがセガだった。
その恩義を今も忘れていない人物が、NVIDIAの創業者兼CEOであるジェンスン・フアン氏である。そのNVIDIAとセガの歴史を、日本のゲーマーたちとともに祝うための招待制イベントが、7月15日に東京・秋葉原にあるGiGO秋葉原3号館で開催された。
当日は、事前にSNSで募集したファン約70名が会場に集結。それと同じぐらいの人数のメディアも取材に訪れた。じつはこの中に入れたメディアはごく一部で、会場に入れなかった大勢の報道関係者も、ジェンスン氏の到着を外で待ち構えていたのである。
関係者に話を聞いたところ、ジェンスン氏が会場に訪れたときには一般のファンも含めて、多くの人々が集まっていたという。「革ジャン」という愛称もすっかりと定着してきたジェンスン氏だが、それほどまでに、多くの人を惹きつける人物なのだろう。
今回のイベントでは、ジェンスン氏にくわえて株式会社セガ 代表取締役会長 CEOの里見治紀氏と代表取締役 社長執行役員 COOの内海州史氏、そして元セガ・エンタープライゼス代表取締役社長・副会長で、現在は有限会社入交昭一郎の代表取締役を務める入交昭一郎氏、同じく元セガで株式会社YS NET 代表取締役 鈴木裕氏が駆けつけ、両社の絆の深さを示すにふさわしいイベントとなった。本稿では、その模様をレポートする。
ジェンスン氏がついに登場。入交氏と鈴木氏の両名と熱い抱擁を交わす
ジェンスン氏が到着するのを待つ間も、会場内に設置されていたゲームが無料で遊べるようになっていたほか、MCがファンにNVIDIAやセガとの思い出を質問するなど、和やかなムードでイベントは進行。
会場の入り口にジェンスン氏が到着したという連絡を受けて、カウントダウンが開始。カウントダウンが終わるとともに、登壇者たちが入場し、会場内からは大きな歓声が湧き起こった。最初に入ってきたのは、ジェンスン氏と里見治紀氏、そして内海州史氏の3名だ。

ジェンスン氏のあとには、入交昭一郎氏と鈴木裕氏が登壇。その間もジェンスン氏は、ファンが持参したグラフィックカードやドリームキャストにサインをするというファンサービスを行っていた。


到着したばかりの入交氏と鈴木氏に対して、「何してたの?」「新しいバーチャファイターは見た?」と、矢継ぎ早に質問するジェンスン氏。久しぶりの再会が嬉しかったこともあってか、マイクを持つ前にいろいろと話しかけていたところが印象的であった。

ここからジェンスン氏による両社の歴史が紹介されていく。
1994年に日本にやってきたジェンスン氏だったが、その目的は入交氏と鈴木氏に会うことだった。当時のNVIDIAは、ゲーム向けチップの開発を始めたばかりだった。まだPCゲームも含めて誰も3Dゲームは作っていなかった時代である。そして、この1994年に3Dゲームが存在していたのはアーケードゲームだけだったのだ。
ジェンスン氏によれば、当時世界で唯一3Dゲームを作っていたのは、鈴木裕氏率いるセガのAM2研であった。そこから生まれたのが、『バーチャファイター』や『デイトナUSA』、『バーチャレーシング』などの名作ゲームたちである。そして、『デイトナUSA』が初めて北米で稼働したのも、1994年だ。
NVIDIAをスタートしたばかりのジェンスン氏は、新しいチップを作り始める予定だったのだが、毎日ゲームセンターで『デイトナUSA』を遊んでしまっていたというエピソードを披露。美しい映像と迫力あるサウンドに触れ、信じられない思いだったという。完全に3Dで作られていることにくわえて、テクスチャーマッピングを含め、あまりにも完成度が高かったため、「これは本当に3Dなのか?」と思ったのだ。
また、ゲームの歴史の中で、初めて60FPSで動いていた作品でもあったとジェンスン氏は振り返る。そこで、何をしてでも日本に行き、セガにサポートしてもらえるように頼みたいと考えたのである。
それと同時に、NVIDIAでは新しい3Dの技術の開発を行っていた。それは高いフレームレートを実現しながら、価格を抑えられるというものだった。そこで、入交氏と鈴木氏に頼んで、一緒に新しい家庭用ゲーム機を作りたいと話した。それが、後にセガサターンの後継機・ドリームキャストとなる家庭用ゲーム機だった。
しかし、開発開始から9ヵ月後、開発中の3D技術ではうまくいかないことに気付いた。試行錯誤を重ねたものの、アプローチそのものが誤っていたことを悟り、プロジェクトは失敗に終わったのだ。
ジェンスン氏はその状況を説明するために日本を訪れ、入交氏に助けを求めたのである。
NVIDIAのプロジェクトはうまくいかなかったのだが、それでもお金は必要だった。そして、入交氏は約30年前のNVIDIAに約5億円の資金支援を決断したのだ。
セガとNVIDIAの物語は約30年前、新しい3Dグラフィックス技術の開発から始まりました。開発は中止となりましたが、NVIDIAの高い技術力とジェンスン氏の優れた先見性や誠実な人柄に心動かされた元セガ社長の入交さんは、苦境にあったNVIDIAを支援するため、約500万ドル(約5億円)の資金支援を決断します… pic.twitter.com/A8Reuc7y2Q
— セガ公式アカウント🦔 (@SEGA_OFFICIAL) July 15, 2026
ジェンスン氏は、ビジネスだけが大事なのではないと振り返る。友情やパートナーシップも大事なのだ。そして、セガと入交氏のおかげで、NVIDIAは生き残ることができたと振り返る。
RTX Sparkで動く『VIRTUA FIGHTER CROSSROADS』のデモも披露
ここでジェンスン氏が特別に見せたいものがあると語り、披露したのが、N1Xと呼ばれる新たなチップについてだ。長い間開発が行われてきたN1Xだが、こちらはマイクロソフトとのパートナーシップで作られたものである。パーソナルコンピューターは、このN1Xを搭載することで、パーソナルAIへと進化するのだ。
このN1X、すなわち製品名「RTX Spark」を搭載した新しいPCと新しいWindowsは、この秋から発売される予定だ。もちろん、NVIDIAが作るものは、3D性能が良くなければならない。1994年から研究と開発を続け、GPUを作り上げてきた。
プログラマブルシェーディングやリアルタイムレイトレーシングも作ってきた。現在は、リアルタイムパストレーシングも可能になった。本来、リアルタイムでパストレーシングを実現するのは難しいのだが、AIを活用することで可能となった。
ここでサプライズとして、ジェンスン氏もまだ見たことがないという、RTX Spark(N1X)を搭載したPC上で動いている『VIRTUA FIGHTER CROSSROADS』がデモとして披露された。
RTX 5090とRTX Sparkを2台ずつプレゼントする大盤振る舞い!
RTX Sparkと『VIRTUA FIGHTER CROSSROADS』のデモが終わったのち、なんと「GeForce RTX 5090」が2台プレゼントされた。しかもただのGPUというだけではなく、ジェンスン氏、入交氏、鈴木氏の3名が、その場で直筆サインを入れた特別仕様だ。

さらに、なんとまだ発売されていない「RTX Spark」も2台プレゼントするという大盤振る舞いに、会場は大きく沸いた。なお、発売前ということもあってかこの場には現物が用意されていなかったため、当選者には引き換え用のカードが渡され、そこにサインが入れられた。

イベントの最後にジェンスン氏は、「入交さんのサポートと友情がなければ、今日のことはありませんでした。日本もセガも、私の心の中に一生残ります」と語り、イベントを締めくくった。

ジェンスン氏が会場を去った後には、Tシャツなどのプレゼント企画も行われ、すべてのプログラムは、大盛況のうちに終了した。










