斜に構えないロールプレイ
「接客系イベント」とは、音楽やスポーツと異なり、会話でのコミュニケーションそのものがメインコンテンツのユーザー主体イベントだ。
こうしたイベントにおいて、客をもてなす側のプレイヤーは「キャスト」と呼ばれる。
そして、キャストになるユーザーは、人間的な魅力がかなり高いプレイヤーが多い。声が可愛い・カッコいい人だったり、使用しているアバターがめちゃくちゃ美少女・イケメンだったり、あるいはトーク力が高かったり、その特徴は人によって千差万別だが、とにかく接客するイベントのキャストになるぐらいだから、人から喜ばれる才能に溢れている。
そしてこれも当然だが、そういったプレイヤーには一定のファンや常連客、ガチ恋プレイヤーが存在する。雑に一言で括ってしまえば、キャストはVRChat内での人気プレイヤーである確率が高い。
実を言うと、接客系イベントに初めて乗り込んだ私も、半ば期待、半ば冷笑というスタンスだった。VRChatを遊んだことのない人間と同じように、「どうせ馴れ合いだろう」と高を括っていたのだ。
しかしそこで私は、このスタンスが重大な間違いだということに気づいた。
冷笑していては、人とコミュニケーションが取れないのである。
例えば、向こうが何か食べ物を口に「あーん」としてくれたとき(メイドカフェでよく見るヤツ)、変にスかさずに安直に乗っかっていった方が、その後の会話がスムーズに弾むのである。
もちろん現実には食べ物なんて存在しないので、これはごっこ遊びに過ぎないのだが、「ごっこ遊びだろ」と斜に構えていては、その後のコミュニケーションが一切成り立たない。
成り立たないどころか、そこで一気に接客は崩壊し、VRChatプレイヤーを駆動するエネルギーは減退し、私はただの嫌なヤツに堕してしまう。
確かに、冷笑することで私の体面は守られるし、ゲーム内の人気者の仮面を剥ぐという捻じれた欲求も満たせるだろう。しかし、目の前にいる相手とコミュニケーションが不能になることは、そうした欲求を満たすのとは比較にならないぐらい辛いことであることを、私はこのとき悟ったのである。
そこで、私は心を入れ替え、むしろ全力でこのロールプレイに乗っかっていくことにした。
自分をイケメンアバターだと自認し、恥ずかしいセリフもバンバン言った。振り返って見れば相当に恥ずかしい。シンプルな馴れ合いである。しかし、その時私を嗤う者は、その場にはいなかった。
冷笑をやめた瞬間、目の前にいる人の「やさしさ」が初めて見えた気がした。
私の中で、何か呪いのようなものが解けた。
初めて声を聴いたフレンド
特に接客系イベントで私が触れた「冷笑なきインターネット」の文化は、間違いなく私に大きな変化をもたらした。最後にそれを象徴するエピソードを一つ紹介しよう。
ある程度のコミュニケーション能力とフレンドを得た私は、ある日JPTで一人の初心者ユーザーと出会うことになった。VRChatを始めて最初に選択される初期アバターを着た、マジの初心者である。
とりあえずそのユーザーに「初心者ですか?」と声をかけた。すると、テキストチャットで「昨日始めました」と返答があった。そのユーザーはまだボイスチャットで会話するのが恥ずかしいらしい。
とりあえず何か別のアバターでも着た方が良いということで、その初心者をアバターがたくさん並べられたアバターワールドに案内し、フレンドにもなった。私が最初にメンターにしてもらったことをそのまま初心者にも行ったのだ。
その初心者は、可愛い自分の顔を鏡で何度も確認していた。
それからも毎日その初心者ユーザーと交流をした。
VR内のゲームで遊んだり、綺麗なワールドに連れていったり、アバターの着せ替え方法を教えたり、色んなイベントを紹介したり。
そうしてある日、その初心者ユーザーがアバターを改変(Unityなどのソフトで外見をカスタム)して私の前に現れた。テキストチャットで「どうですか」と尋ねられた私は、素直に「可愛い」と返答した。
すると、相手の初心者ユーザーがその時初めて、テキストではなくボイスチャットで私に感謝を伝えてきた。聴こえてきたのは若い男性の声だった。初めてボイスチャットをONにしたフレンドの声は、恥ずかしがりながらも、どこか嬉しそうだった。
“呪い”の解き方
このゲームは、誰もがなりたい自分になれる。それは単に見た目だけの話ではない。
美少女みたいに振る舞いたいヤツ、無口なイケメンになりたいヤツ、可愛いアイドルになってチヤホヤされたいヤツ、面白い三枚目になりたいヤツ──誰もが、自分が最も輝ける場所を探している。
今日も「FUJIYAMA」には様々な人間がいる。美少女になって互いに撫で合う人、イベントキャストをやっている超人気プレイヤー、フレンドに失恋した恋する乙女、そして私のように黙々と一人で作業をしているライター……。
ここにいるプレイヤーたちには、エネルギーとやさしさがある。誰もが誰かの「なりたい自分」を肯定し、後押しする力を持ち合わせている。
そのやさしさこそが、コミュ障の私がVRChatで人間関係を形成できた理由なのだ。その顛末がこの記事で少しでも伝わったのなら幸いだ。
あなたにはあなたの、人間関係と物語が待っている。そうした体験を味わってみたいなら、ぜひともこの「冷笑なきインターネットの世界」へ飛び込んでみてほしい。





