『ポケットモンスター』シリーズに登場する伝説的人物、オーキド博士をほうふつとさせる白髪のマット・サイエンティストが、科学の発展がどうだとか、これは何万匹目のクローン猫だ、すごいと思わんかねなどと、わけのわからないことをまくしたてたのち、あなたに三匹の猫のうちから二匹を選ぶよう迫る。
それが、本作『Mewgenics』の始まりである。
それらの猫は、それぞれに固有の色と形と鳴き声と名前をもっているが、まあ、いずれもただの猫である。ほかにどんな、ゲーム的な情報が出るわけでもない。みずタイプとか、ほのおタイプとか、わかるわけでもない。だから、あなたとなんの関わりもないそれらの猫について、あなたはまったく判断基準をもたない。
しかし、まあ、ゲームがそう要求しているし、なにせこれは猫のことなのだから、言われたとおり二匹を、直感で選んでしまおう。この色、かわいいな。こっちの子は、名前がいいな、よし……。
そうしてあなたがクリックした二匹の猫は、かわいい動作で、ぴょんと台座から飛び降りる。すると博士は選ばれなかった一匹を指さし、つぶやく。
「この子のどこがいけないのかね? まあいい……」
そして博士はリモコンのボタンを押す。残された猫が乗っていた台座がするりと開き、あなたの選ばなかった猫が台座の底へと吸いこまれる。ギロチンやチェーンソーのおそろしい切断音が聞こえたあと、博士はにっこりとわらって言う。
「さあ、冒険の時間だ。行きなさい」
猫は戦い、交尾し、より強い猫を産む。極端な形で混ざりあう、ゲームと生命のサイクル
そして画面は転換し、アイソメトリック・ビューのタクティクス・ゲームの盤面に、さきほどあなたが選んだ二匹の猫があらわれる。敵の駒としては、ネズミなどがいる。
なるほどと、プレイしようとした矢先、舞踏会の目隠しマスクをつけたあやしい男が登場し、粗野な口調とは裏腹に、なかなか細心なチュートリアルを与えてくれる。それぞれの猫にターンが回るたび、移動と通常攻撃とマナ使用ができ、それらをもちいてねずみを倒すようだ。
もちろんねずみにもターンがある。動いたり攻撃してきたりする。じつにシンプルである。このジャンルに不慣れでも、言うことをよく聞いてプレイすればすぐにゲームシステムを覚えられるし、べつに失敗したところで、まあ、これは猫のことだ。
さらに画面が転換し、どこにでもありそうな一軒家の断面が表示される。見ると、さきほどチュートリアルの冒険を終えたばかりの二匹の猫が、その家のなかにいる。「ここがおまえの家だ」とさきほどの目隠しマスク男が言う、「一日を終えろ」。
あなたは「一日を終える」のボタンを押す。すると画面が転換し、衝撃的なシーンがアニメイトされる。交尾である。
まあ、これは猫のことだから、べつにかまわないが、なかなか、あけすけだ。手書きのグラフィックで、ぜんたいにかなりスタイライズド(デフォルメ〈デフォルマシオン〉)されているので、生々しさもそんなにはないが、とはいえ交尾だ。セックスだ。まぐわいだ。
という感想を抱くまえに、終わるやいなや、雌の股ぐらから子猫がぽーんと産まれる。着床してから三秒もかかっていない。
まあ、これはゲームなのだし、ええと、そう、コミカルな表現というものだろう。
さて、ここからが本番である。
おとといの夜中に産まれたばかりなのに、一日が過ぎただけでもう大人の猫になった猫と、どういうわけか一日おきに家の庭にやってくる野良猫たちをあわせて、あなたは四匹をドラッグ・ドロップし、「ひろってください」、ちがう、「冒険にでかける」と書かれた段ボール箱にぶちこむ。
画面上部にあらわれた「出発!」のボタンを押して、さあ出かけよう。ひときれのパン、ナイフ、洋灯かばんにつめこんで。なんのために、どこへ行くのかは知らないが、まあ、猫のことだ、近所の寄り合いにでも行くのだろう。
クラス選択画面があらわれる。つまり、古いMMOとか、ボードゲームなどでよくある、「戦士」「魔法使い」「弓師」「盾師」などを、それぞれ四匹の猫に割り当てる。『ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ』方式だ。
九つのパラメーターの数値が猫たちそれぞれに固有であり、その個性の長所をみきわめてクラスを選択するらしい。なるほど、おもしろそうだ。
そして画面が転換し、線で結ばれたアイコンのマップに四匹の猫があらわれ、一マス進む。画面が転換し、それぞれのアイコンに対応したイヴェントが起きる。
チュートリアルで行ったタクティクスな戦闘、選択肢でスキル・チェックを行う出来事イヴェント、アイテムマス、ショップなどがあり、なかなか多彩であるが、やはり肝は戦闘だろう。
強い猫が生まれるかどうかは運次第。言ってしまえば運ゲー、なのにどうしようもなく面白い。まさに“神業”
戦闘は、はじめは適当に通常攻撃を当てていれば何とかなる程度だが、むろん、だんだんと厳しくなる。それがゲームというものだ。しかし、それぞれの猫に固有のパッシヴとアクティヴのスペルが割り当てられているので、その能力を読めば、何をすればいいのか、しだいにわかってくる。
たとえば、その周回の弓師の固有のパッシヴ能力で、「この猫の物理攻撃は百パーセント命中する」というのがあるなら、レベルアップで選べる四つのスペルのうちから、「はんいこうげき」――「物理攻撃。ひろい範囲にたくさんの弾を降らせるが、命中率は50パーセント」をピックするとよい……といったふうに。
レベルアップによって覚えるパッシヴ、アクティヴの選択肢の候補は完全にランダムなので、あまりしっくりこない組み合わせを選ばざるを得ないときもあるが、なにせ四匹もいて戦闘ごとに誰かがレベルアップするから、やっているうちに一匹くらいは、壊れ性能の猫になる。
そうだ。
その通りだ。
運、確率、ランダム――
こうした概念を完全に征服してみせたのが、『The Binding of Isaac』、『The End Is Nigh』、『Super Meat Boy』、『Time Fcuk』、『The Legend of Bumbo』などの作品で知られる老大家、Edmund McMillanと、『Aether』、『Closure』、『Number』、『Bombernauts』などで知られる名匠Tyler Glaielによる完全新作、『Mewgenics』である。
この作品は、膨大な数の猫のグラフィック、スキル、アイテム、イベント、その他もろもろによって成る。
当世はやりのAIによる自動生成ではなく、すべて、手作りである。
それぞれの周回を固有の体験とするために、ランダム性を用いるローグライクの悩みどころは、難易度のバランスをどう取るかだ。
この問題は、それぞれの作品が、固有のやりかたで解決を試みてきた。
現代では、もはやその解決のしかた、それじたいが、ローグライク・ゲームの個性であるとさえいえる。
しかし、古くは『Faster Than Light』や『Slay the Spire』の時代から、公理は通底していた。
プレイヤーにとっての一回性を担保するランダム性が大きければ大きいほど、ゲームバランスの調整は難しくなり、プレイヤーにストレスを与える。
「適度な歯ごたえ」をもったゲームプレイを毎周回に担保したいのなら、あまり強力すぎるアイテムやスキルなどを登場させることは、考えものだ。その方針でいくと、しぜんと強力なビルドや、その強力さの程度が想定されてしまって、毎回のプレイに意外性がなくなる。
かといって、これを手にいれれば勝ちのシナジーを導入してしまうと、しぜんそれを引くまでのリセマラになり、ゲームそれじたいが「運ゲー」に堕す。
ローグライクの作家はみな、ここに苦心してきた。ローグライクの妙味が、要素単体の強さではなく、いくつかの組み合わせの妙――シナジー――にあるとき、考慮せねばならないビルドの数は全要素の累乗で算出され、仕事の計り知れなさは天文学的な数字で計上される。
むろん、猿にタイプライターを打たせて『マクベス』を書かせようとしているわけではない。プレイヤーという理性によって、現実的なビルド選択は限られてくる。使えないビルドと使えるビルド、その案配と出現頻度の調整こそが、現代のゲーム作家の腕の見せ所である。
『Mewgenics』はどうか。
本作は、1000種類以上のアイテムと、900種類以上のスキルをもっている。
いちプレイヤーとして、どれだけプレイしても、底が知れない。天文学的なランダム性を相手にしているはずなのに、毎周回のゲームプレイに驚きがあり、歯ごたえがあり、納得感がある。
一度のレベルアップで提示される選択肢の数や、それぞれの猫の基礎能力値と敵の強さの対比で、大まかなバランスが取られているとはいえ、そもそも数学的に冷徹な組み合わせ論の発想と、ゲームを実際に遊んで楽しいという実感とを、ここまで完璧に結びつけてしまう技術それじたいが、神業としか言いようがない。








