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ビデオゲーム業界の開発現場に巣くう闇を粘り強く取材してきたジェイソン・シュライアーという男。これまで『RDR2』や『The Last of Us II』の制作現場の問題を告発

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 ジェイソン・シュライアー(Jason Schreier)という名前を聞いたことがあるだろうか。海外のゲームメディアを追っている読者であれば、一度は目にしたことがあるかもしれない。

 氏はビデオゲーム業界のクランチ問題(労働者に過酷な労働を強いること)や社内の性差別など、ゲーム業界の悪習を粘り強く取材し、企業を問わずさまざまなゲーム開発現場における問題を告発してきた人物だ。

 たとえば日本国内でもメディアが報じ注目を集めた『Red Dead Redemption 2』開発におけるRockstar Gamesのクランチ文化、Naughty Dogの『The Last of Us Part II』における過酷な制作環境など、ここ近年報じられた開発現場の問題は、もともとは氏が独自に調査したものが多い。

 そんな氏が8年間働いてきた海外メディアKotakuを離れることを発表し、自身の執筆してきた記事を振り返る「Press Sneak Out」(“ジェイソン”は去ります)を公開した。ここでは、氏が追ってきた開発現場の問題を振り返ってみよう。

【更新 2020/4/17 21:00】 記事初版にて「Press Sneak Out」の説明を(”こっそり離れる”ボタンを押す)と訳して記載しておりましたが、“Press Sneak”はシュライアー氏を示すニックネームであり、正しい訳は上の表記でした。訂正しお詫び申し上げます。

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シュライアー氏は最後の記事に『幻想水滸伝II』を「最高のゲーム」として紹介した
(画像はKotaku「Press Sneak Out」よりキャプチャ)

 そもそもクランチカルチャーとは、従業員の人権を無視し、過労死するほどの残業をさせてゲームを完成させる文化のことだ。この文化は大企業だけではなく、小規模デベロッパーでも起こりうる。

 シュライアー氏などのジャーナリストや内部告発者らの努力により、近年はクランチフリーの開発環境をうたう企業も現れ少しづつ改善傾向にあるが、完全な解決には至っていない。また、CD Projektのように「ある程度のクランチは仕方ない」と容認する見方もある。

 氏がKotakuで最初に公開したゲーム開発の失敗に関する記事は、「夢から大災害へ。『Aliens: Colonial Marines』物語」と、それに繫がる「いかにして『Aliens: Colonial Marines』は失敗したのか」だ。製品版がプロモーション時と大きく異なる作品となり強い批判を浴びた作品で、匿名を条件に開発者から情報を集めて現場でなにが起きたのかをレポートした。

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(画像は『Aliens: Colonial Marines』公式サイトより)

 同じく2013年には「調査:地獄から来たゲーム開発会社」として、『Dungeon Defenders』のTrendy Entertainmentが抱えるクランチカルチャーや性差別問題を告発した。社内で横行するセクシャルハラスメント行為、同じポストの男女間に生じる賃金格差、クランチカルチャーを、内部告発者の証言やジョブマッチングサイトでの評判などから裏付けて報道している。

 2015年にはそれまでの調査の集大成として、「ビデオゲームにおけるクランチの恐ろしい世界」を発表。

 業界のクランチカルチャーを初めて告発したといわれる2004年の「EA:人間の物語」から記事執筆当時まで、クランチの起きるメカニズムやその悪影響とともに振り返った。そして、2004年から10年の月日が流れたが、ビデオゲーム業界はなにも変わっておらず、業界にとってクランチがもたらす利益は悪影響に比べても少ないと訴えた。

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(画像は「EA: The Human Story」よりキャプチャ)

 氏はこのほかにもCrytekの従業員を襲った給与未払い問題や、EAによるVisceral Gamesの閉鎖にかかわる『スターウォーズ』ゲームの混乱、ほかにもBioWareの『Anthem』、Treyarchの『Call of Duty: Black Ops 4』、Rockstar Gamesの『Red Dead Redemption 2』、Naughty Dogの『The Last of Us Part II』など大手の企業にも切り込み開発現場の問題を次々と報じている。

 2017年には氏の複数の調査を『血と汗とピクセル: 大ヒットゲーム開発者たちの激戦記』として1冊の本にまとめた。日本語にも翻訳され、『The Witcher 3: Wild Hunt』『Destiny』など、さまざまなタイトルの開発裏話が明かされている。

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(画像はSteam『Red Dead Redemption 2』より)

 Kotakuには「Development Hell」(ゲーム開発地獄)という記事カテゴリがある。2020年4月14日に公開された「『Red Dead Redemption 2』より18ヶ月後、Rockstarの文化は大きく変化していた」は、シュライアー氏が書いた最後の報道記事だ。

 記事では、Rockstarの執行部が社員に向け、同社に根付いたクランチ文化などの悪習打破のため、柔軟なスケジュール、管理者やリーダーのトレーニング、従業員からの匿名フィードバックの調査、そしてそれらの進捗に対するレポートを行うことをeメールを通じて約束したことが明かされている。

 今後『Grand Theft Auto 6』の開発激化が予想されるほか、2019年にはRockstar社内で起きたセクシャルハラスメント問題も報じられていたが、同社の社内文化に変化の兆しがあることを伝えている。

 シュライアー氏は日刊紙ワシントン・ポストの取材に対し、「私は、ほかの場所には行けないと感じている人たちの話を伝えられて本当に幸せでした。彼らは自分の会社に声を挙げたい問題があると感じていて、ほかにどこに行けばいいのかわからない人々でした。労働者に関するレポートに私は誇りを持っています」と語っている。

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なお別れを告げる記事では、氏がKotakuを離れるきっかけとなった親会社G/O Mediaと従業員との対立が語られ、同メディアでしか書けなかったというおバカな記事として、「『Bioshock Infinite』IGNレビューをレビュー」「RIPルイージ(1983-2018)」などが挙げられている。
(画像はTwitter@Jason Schreierより)

 当初、氏が書いて投稿した記事は「ただの噂だ」と見られることもあったが、いまでは氏のレポートに対して企業が反論記事を出すほどの影響力を持つまでになった。ビデオゲーム業界を監視するレポートの数々がもたらした功績を否定する人は少ないだろう。

 シュライアー氏の8年間の歩みを振り返ると、常に労働者の側に立ち、クランチカルチャー打破のために活動してきた足跡が見えてくる。氏の調査は単なる業界ゴシップとして消費されるのではなく、ゲーム業界を少しずつ変化させてきたことは間違いない。いまでは『Apex Legends』のように、クランチフリーの開発であることを公言するデベロッパーも登場している。

 今後について氏は現時点で、ビデオゲームポッドキャスト「Triple Click Podcast」の立ち上げを予定しているそうだ。Kotaku退職後もジャーナリズムの世界にとどまり、さまざまな形でビデオゲーム業界の抱える問題に切り込むという。シュライアー氏の前途に幸多からんことを祈りたい。

ライター/古嶋 誉幸

ライター
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一日を変え、一生を変える一本を!学生時代Half-Lifeに人生の屋台骨を折られてから幾星霜、一本のゲームにその後の人生を変えられました。FPSを中心にゲーム三昧の人生を送っています。
Twitter: @pornski_eros

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