2012年にTYPE-MOONが開発、発売したノベルゲーム『魔法使いの夜』。「ビジュアルノベルの到達点」とも呼ばれる本作が発売されてから、すでに10年が経とうとしている。
過去には短編小説『2015年の時計塔』という関連作の発表があったものの、そこから大きな展開はなかった。しかしフルHD画質を備えたフルボイスのPS4版とNintendo Switch版の発売が決定し、さらには劇場アニメ化と、ここにきてようやく久方ぶりに新展開を迎えようとしている。
まず最初に明らかになったのはアニメ化だ。劇場版『Fate/stay night [Heaven’s Feel]』三部作などを手掛けたアニメ制作スタジオufotableが手掛けることが判明しており、劇場用アニメーションとして公開予定となっている。
そしてもうひとつはPC向けに発売していた本作がPS4、Nintendo Switchという家庭用ゲーム機向けに展開される。今回の移植版の大きな変更点はフルHD画質になったこと、さらに言語は日本語のほかに、英語、中国語簡体字、中国語繁体字が追加されている。
またPC版はボイスがなかった作品だが、PS4、Nintendo Switch版ではフルボイスとなっている。キャストには蒼崎青子には戸松遥さん、静希草十郎には小林裕介さん、久遠寺有珠には花澤香菜さん、さらに蒼崎青子の姉である蒼崎橙子は青木瑠璃子さんが務めている。発売は12月8日を予定している。
『魔法使いの夜』は、プレイした人から「ビジュアルノベルの到達点」、「金字塔」など数々の惜しみない賛辞が寄せられた作品だ。かくいう筆者もまた『魔法使いの夜』を評したときに、「到達点」、「金字塔」という言葉を思わず使ってしまうだろう。
なぜ『魔法使いの夜』をプレイした人は、「到達点」や「金字塔」という言葉に引き寄せられるのか。なぜ「傑作」という賛辞だけではいけないのか。
筆者は本作に対して「到達点」などの言葉が頻繁に使われることを皮膚感覚で感じていたが、あらためて今回、SNSや動画サイトなどで「魔法使いの夜 到達点」、「魔法使いの夜 金字塔」と検索してみると、やはりそうした言葉を使う人は多く、けっして筆者の主観的なものではないと感じた。
それは同じTYPE-MOON作品の『月姫』や『Fate/stay night』と比較しても、目に見えて「到達点/金字塔」という言葉が本作に向けて使われている。さらに重要なのは「TYPE-MOONの到達点」ではなく「ビジュアルノベル全体の到達点」という文脈で口にする人が多いことだ。
今回、筆者は家庭用ゲーム機版の発売に先駆けて11月に配信される体験版(PS4版)を一足先にプレイすることができた。本作はなぜ「到達点」や「金字塔」と呼ばれるのだろうか、そのことを考えながら約10年ぶりに本作と再会した。
文/福山幸司
『月姫』『Fate/stay night』と緩やかにつながった世界
本作のおもな舞台は1980年後半の「日本・三咲町」だ。もともと本作は、TYPE-MOONのゲームデビュー作となった『月姫』以前から、未発表で書かれた小説作品がもととなっている。また『月姫』や『Fate/stay night』と緩やかに世界設定が共通しているが、時系列的には前の時代となっているため、TYPE-MOON作品に馴染みがない人でも入りやすい作品となっている。
本作の主人公は3人いる。田舎から三咲町にやってきた素朴な高校生・静希草十郎(しずき そうじゅうろう)。そして負けん気の強い性格の蒼崎青子(あおざき あおこ)、そして青子と友人である無口でミステリアスな少女・久遠寺有珠(くおんじ ありす)だ。
蒼崎青子と久遠寺有珠は、“坂の上のお屋敷”である「久遠寺邸」に同居している。そしてあることがきっかけで静希草十郎は屋敷に住むこととなり、かくして奇妙な共同生活がはじまることとなる。
フルボイス設定はオフ可能でネタバレの心配もなし
まず最初に、筆者が気付いた範囲で家庭用ゲーム機版とPC版の違いを説明しておこう。
まずPC版であった素晴らしいテキスト、演出などは健在で変更はなさそうだ。やはりボイスがあることが大きい。本作は優雅な読書のようなひとときをノベルゲームにおいて疑似体験できる美しい作品なので、フルボイスによってさらにキャラクターたちの細かな感情や性格のニュアンスが理解できるのは嬉しい。
またそれにともなって、オプション(ゲーム内では「環境設定」)ではボイスをオフにしてオリジナル版のようにプレイしたり、個別キャラクターのボイスごとに音量設定ができるようになっている。物語でまだ登場していないキャラクターは「???」という表記になっているので、環境設定によってネタバレを踏んでしまう心配もなさそうだ。
前述したように言語は日本語のほかに、英語、中国語簡体字、中国語繁体字が追加されているが、これはいつでも環境設定から切り替えることができる。たとえば、このシーンが別の言語ではどのように翻訳がされているのか、もしくは英語、中国語が母国語の人は、原文の日本語ではどのような表現になっているのか、適宜、チェックすることができる。
なおもうひとつ大きな機能としては(筆者が確認したPS4版では)L2ボタンでテキストを巻き戻し、R2ボタンでテキストを早送りすることができる。さらにそれぞれのボタンの押し加減によって、巻き戻し/早送りの速度が変わる。読み飛ばしたり、もしくは名シーン、名演出を再確認するときにこの機能は便利だろう。
またバックログのデザインが変更されており、PC版ではまとまった文章が1ページごとに区分けされてログが見れたのに対して、今回の移植版ではテキストウインドウごとに文章が区分けされて見れるようになっている。
きめ細やかな演出が大量に展開される冒頭シーンは体験版にも
体験版は、高校から帰宅した蒼崎青子が一息つくシーンからはじまる。普段着に着替え、紅茶を飲み、時計の針の音に耳を傾けながら、うたた寝をしてしまう穏やかなシーンだ。
目を覚ますと、久遠寺有珠が目の前で読書をしており、青子は有珠に向けて学校で経験した「奇妙な転入生」について短い会話を交わす——。
美しいピアノの音楽と穏やかに流れる優雅な時間、初プレイの人は劇的なことは何も起こっていないこの日常のシーンから驚くかもしれない。そこで流れている音楽はフランツ・リストのピアノ曲「愛の夢」第3番をベースとした楽曲が使用されており、その美しい音楽とテキストに絡みあうように画面演出が推移していくのだ。
ゆったりと流れる屋敷の背景、青子が口にする紅茶のカップ、日が沈み雲の隙間から光が指す街並み、キャラクターの細かなカットインや表情の多彩な変化、シルエットなどたった短い時間だけでこれだけ多くのきめ細かい演出が入る。なかには文章の一文、一文ごとにボタンを押すたびに絵が切り替わる演出まである。
もしかすると初プレイの人のなかには、本作の演出に触れてテレビアニメやドラマの1話などによくある、視聴者の注目を引くための「ここだけの特別な演出」と捉える人もいるかもしれない。この後のシーンは多くのビジュアルノベルのように、あまり動きがない立ち絵と背景を基本として展開すると思うかもしれない。
しかし少しゲームを進めていけば、その考えは打ち砕かれるはずだ。本作は始終一貫してこの濃度の画面演出が続く。そうした途方もない作品なのだとすぐに気付かされるだろう。
『魔法使いの夜』は「日常シーン」に圧倒されてしまうゲームだ
もともとTYPE-MOONが開発するビジュアルノベルは、「画面演出」に定評があった。『Fate/stay night』のバトルシーンにおける剣戟の閃光や、『Fate/hollow ataraxia』のセイバーとアーチャーが決闘する場面では、静止画をさながらアクション映画かのように動的に演出してみせた。
しかしそうしたTYPE-MOONの画面演出が評価をされていたのは、あくまでバトルシーンだ。本作『魔法使いの夜』においては、この体験版の冒頭シーンからわかる通り、日常シーンにおいてさえ素晴らしい画面演出が発揮されている。
もちろん本作にもバトルシーンがあるし、体験版ではそのあたりも登場するのでぜひ確認してみて欲しい。さらにいうとオリジナルに忠実であれば製品版では、さらなる唖然としてしまうようなこだわり抜かれた画面演出が待っていると予告しておこう。
本作のバトルシーンは確かに凄まじいのだが、筆者は本作の大部分を占める「日常シーン」でさえ圧倒されてしまうような、その演出の美学こそが本作の真骨頂であると感じている。
なおこの演出を手掛けたのは、本作の演出・スクリプト担当のつくりものじ氏だ。2012年に刊行された書籍「るりひめ」には、『魔法使いの夜』の原画を担当したこやまひろかず氏のインタビューとともに、つくりものじ氏の演出のメイキングが一部公開されている。それによるとオリジナル版は特別なツール「TLE」というものを使って開発されたようだ。
「ビジュアルノベルの到達点」という賛辞が意味するもの
本作の美しいストーリーとともに、徹底的にこだわり抜かれた演出を体験版で久方ぶりに経験すると、1990年代後半から隆盛を極めたビジュアルノベルが「ついにここまで辿り着いた」と感嘆する。
それはシナリオ、音楽、演出が混然一体となって日常描写をここまで豊かにできるという感嘆であり、本作が「最高傑作」という賛辞ではなく「到達点」や「金字塔」と評されるのは、『To Heart』以来の日常描写を重視したビジュアルノベルの文脈がプレイヤーのなかに想起させるからだろう。
しばしばビジュアルノベルは、ときおりスペクタクルなシーンに至るまでの、長い日常シーンが「退屈だ」だと評されることもあった。しかし本作が成し遂げているのは「日常シーンでさえ圧倒的な見所」という、ある種の主客転倒した価値観を提示することができた。
一方で「これ以上の作品は望めないのかもしれない」という諦念のような感慨が不思議と去来する。ここまでこだわり抜かれた作品は才能や時代の要請ゆえに、奇跡的に誕生したことが自ずと察してしまうことができるからだ。
「ビジュアルノベルの美学を突き詰めたものを経験している」という多幸感と同時に訪れる、「これ以上のビジュアルノベルはないのかもしれない」という寂寥感、こうしたアンビバレンツな読後感に浸らせてくれる作品ゆえに、本作は多くのプレイヤーから「到達点」、「金字塔」と呼ばれるのだろう。
そういう意味では、本作はゲームシステムと高度な融合を果たしたアドベンチャーゲームの金字塔『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』と立ち位置が似ているのかもしれない。
ビジュアルノベルが好きだが本作は未プレイだという人は、ぜひ体験版をプレイして到達点の一部を垣間見て欲しい——ビジュアルノベルの喜びと同時に一抹の寂しさを受け止めれる覚悟を試すためにも。