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世界が認めるゲームデザイナー・上田文人とはいったい何が凄いのか? ヨコオタロウ・外山圭一郎らと共に『ICO』に込められたこだわりを語り尽くす!【ゲームの企画書】

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「手をつないで歩く」のは「気持ちいい」というよりも「煩わしい」?

──それに関連する話かもしれないんですが、上田さんは以前、ゲーム開発者向けの講演で「ゲーム性って言葉が嫌いなんです」とおっしゃっていたじゃないですか。

上田氏:
 ああ、そうですね。

──それで、「ゲーム性」を「ルール性」や「ルールの面白さ」とはもっと違う意味で使いたい、というお話をされていたのが印象に残っていて。
 今日のお話を聞いていて思ったのが、上田さんが考えている「ゲーム性」って、『ICO』における「手をつないで歩く・走る」という操作そのものが気持ちいい、みたいなことなんじゃないか? ということなんです。「体験性」という言葉に置き換えてもいいかもしれない。
 こういう「ゲーム性」「体験性」を突き詰めて作るというのって、なかなかできないことだし、「ほかじゃやらないこと」でもあると思うんです。

上田氏:
 「気持ちいい」とはちょっと違うかもしれないです。
 というのも、『ICO』の場合は手をつないで、「手がちぎれそう」とか「女の子が素足で痛そうだから、あえて歩きました!」みたいなプレイヤーもいたりするんですね。
 そうするとむしろ「気持ちいい」というよりは、「煩わしい」みたいな存在ですよね(笑)。

 でも、「煩わしいけど許せる」と感じてもらえたなら、それはもうゲーム制作者冥利に尽きるな、と思うんです。

 で、さっきの「ゲーム性という言葉が嫌い」というのは、SCE社内でのプレゼン大会がきっかけです。制作チームごとに「自分たちのチームはこんなゲームを作っています」という紹介していく会合が定期的に開催されていたのですが、そこで『ICO』を紹介したときに、アンケートに多く書かれたのが「ゲーム性がわからない」という言葉なんです。

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 それで、僕は「ゲーム性」という言葉が嫌いになった(笑)。
 そもそも「ゲーム性」ってオールマイティーに使える言葉じゃないですか。ここで書かれている「ゲーム性がわからない」というのは、意味合いとしては「ゲームのルールがわかりません」ですし、一方でゲームのプレイバリューもゲーム性と言ったりするんですよね。
 たとえば、やりこみ要素がなかったり、集めるものが少ない。これも「ゲーム性がない」と言えてしまう。なのでたやすく「ゲーム性」という言葉を使うとどれを指してるのかわかんなくなるんです。

 だから、「ゲーム性」という言葉を使うとどうしてもすごく狭義なゲームデザインの話に偏りがちになってしまう。

──なるほど。「ゲーム性」という言葉がもつ文脈に縛られてしまう、ということですね。

上田氏:
 そうです。たとえばこれを突き詰めてしまうと、「意味のない手つなぎ」や「成長要素がない」みたいな問題を排除しないといけなくなってきちゃうんです。そういう意味で「ゲーム性」という言葉はなるべく避けていますね。

 もし使うんだったら、「ゲーム性」ではなくてもっと具体的に「戦闘の駆け引き」だとか「収集要素」のようにもう少し具体的な言葉で会話したい。
 「ゲーム性」という言葉があることで、「無駄だと思うものは排除したほうがいい」と思いこんでしまう危険性もあるんです。

 ゲームを構築する上で、ビジュアル要素はおいておいて「スティックと箱だけで面白くなければならない」「記号だけでも面白くないと駄目」というゲームデザイン論もありますが、それについてはどう思いますか?

ヨコオ氏:
 僕もそういう先輩たちを見てて「本当にそうかな?」と思ってた口です(笑)。

──外山さんの『GRAVITY DAZE』を遊んだとき、重力操作してビュンビュン飛び回るところにまさに『ICO』の「手をつないで歩く」みたいな手触りの面白さを感じると同時に、それとは別にルール的な面白さをあとからちゃんと付け加えたように思ったんですよ。

外山氏:
 それで言うと、『GRAVITY DAZE』ではルール的な面白さは途中で放棄したんですよ(笑)。
 原案では「画面をほんの少し傾けられるようになる」というものだったんです。
 それで届かなかった崖に届くようになって、またそれでだんだん、傾ける速さや強さが上がっていくことで、行ける範囲が広がっていく感じの探索アドベンチャーというイメージでした。

 だから、最初はもっとシビアに能力上げないと「ここから先は行けない」みたいな部分が多かったんですけど、スタッフからはめちゃくちゃ不評だったんです。
 その時点では「でもこれは将来能力が伸びていくと、空を飛んでいるようなところまでいける。そこまでいくとすごく気持ちいいんだよ」というスタンスだったんです。けど試しにいきなり空を飛べる段階で試してもらったら「これはすごく気持ちいいし楽しいから、もう最初からこれにしてくれ」と。

 でもそうしたら、崖を越えたり、かんぬきを外したりみたいないろいろと考えてたギミックが全部なくなっちゃって……(笑)。「もう、スッカスカのゲームになるけど大丈夫?」とは言ったんですけど、「それでもこっちのがいい」という結論になりました。

上田氏:
 これも難しい話ですよね。ずっと同じゲームを作っていると感覚が麻痺してきちゃいますし。

外山氏:
 結局みんなが「これぐらいが一番気持ちいいです」というところに落とし込んだんですけど、最初に自分が思い描いていたゲームルールとは違ってるんですよね。
 でも結局、「遊んでいる人が面白い」ということが一番なんですけど……。

ヨコオ氏:
 最初に思い描いていたデザインを全部崩したあと、その後何か別のバリューを足して成立させたんですか?それとも、「これだけでいけるな」と振り切ったんですか?

外山氏:
 結局そっちに振っていきましたね。別のバリューを足してはいないです。

上田氏:
 むしろプレイバリューという点では減ったということもあるんじゃないですか。それでも最低限のプレイボリュームぐらいは確保しよう、みたいなのはありました?

外山氏:
 そこも含めて、結局はお話で強引になんとかしました(笑)。
 あとはパワーアップして、前より飛べるようになるのが楽しいという一点に振り切って。それで、「次はどれくらい飛べるようになるだろう?」という面白さが切れるころに、ちょうどゲーム自体も終わるようにしました。
 だから、じつは『GRAVITY DAZE』ってかなり大雑把な作りなんですよ。

 そんなものでしたから、なんで許されたかは本当に謎ですね(笑)。携帯機だったから、というのもあったでしょうけど。

──プレイヤーとしての感想を述べると、最初から自由に行動できて「飛びながら探索する楽しさ」がありました。そこからパワーアップしていくと、「もっと速くに行ける」とか「ちょっと違う行き方ができる」という楽しみにつながっていって。

外山氏:
 プレイした方にはそうおっしゃっていただけるので、自分が思い違いをしてたということなんでしょうね(笑)。
 でもこれって、企画者にありがちなことでもあって。さっき上田さんもおっしゃられていたように、自分では全然まだまだだと思っていたところでも、プレイヤーからは好評だったり満足感があったりということはけっこうあるんです。

上田氏:
 そうなんですよね。だからいつも「どっちが正解なのかなぁ」って迷っちゃいますよ。

ヨコオ氏:
 「どこでも行けて、どこでも飛べる」って、ゲームでは基本的に「やっちゃダメなこと」ですよね。最初からそれができちゃうと、フィールドもワールドもプレイヤーが行けるところはいたるところまで全部作らないといけないんで。
 「それは避けたい」という意識をよく外せたなぁ、と思って見てました(笑)。

 あと、「どこでも行けて、どこでも飛べる」を最初から出しちゃうと最初っから世界一周されて終わっちゃうじゃん!みたいな恐怖も(笑)。

外山氏:
 まあですから、半強制的にエリア制になりますよね(笑)。それでもプレイヤーからの評判は良かったので、やっぱり「面白いゲーム」を考えるのは難しいなぁと痛感しましたね。

キャラクターとして“実在感”がある、最低限のモーションとは

──ちょっとお話を『ICO』に戻しますけど、ヨルダの挙動は100%プレイヤーの思い通りにはいかないじゃないですか。でも、それがキャラクターの”実在感”につながっている。あの挙動の按配ってどういうふうに考えてらっしゃったんですか?

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上田氏:
 ヨルダの場合、自律的に行動するというのはそこまで多くないんですよ。鳥がいたり、周りに箱があったりと、「興味対象があればそちらに移動していく」というふうな設計が入れ込まれている程度です。
 作り手側だけの視点で言うと、「キャラクターとして“実在感”がある最低限の動き」をさせているってぐらいです。

 たとえば「ヨルダはこういう性格で」みたいなところまで盛り込むには長々とセリフを喋らせるとかカットシーンにするしかないですが、それは選択したくなかった。そうじゃなくてただ「本当に存在しているんだよ」というところを演出するまでで精いっぱいです。

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──上田さんの考える「最低限の実在感」ってどんな感じなんでしょうか?

上田氏:
 たとえばですけど、方向転換するときにロボットみたいに一点でくるって回ったりすると、その瞬間に「あ、これNPCだ」と思うじゃないですか。
 そんなふうに、「これ機械っぽいな」「プログラムっぽいな」と冷めてしまいそうな動きをすこしずつ排除していった感じです。

 とはいえ、キャラクターの実在感にリソースを割り振ったのは、ディレクションの方向性にもよるものだと思うんです。
 たとえばスイッチを同時に押すギミックがあったとき、ゲーム的には位置がだいたい合っていればヌルっとスイッチを押すモーションに移ったほうが作りはラクじゃないですか。
 でもそれだと機械っぽくなっちゃうので、「スイッチのところまでヨルダが急いで移動する」ように動かしたりですね。

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 『ICO』の場合はレベルデザインやギミックが優れているわけではないし……というか、そこで他のゲームに勝てるなんて思ってなかったので。
 もう「キャラクターの存在感」みたいなところの一点突破で勝つしかないとは考えていましたね。

──なるほど。

上田氏:
 その点で言うと、グラフィックでも同じように考えていました。特に当時、ナムコさんのゲームなんかは必要スキルの高い技術が惜しげもなく使われていましたしね。
 だから『ICO』ではグラフィックの解像度は低くてもいいから、絵のコントラストや強烈な光の表現みたいなもので勝負するしかないという感じでした。

──それでもヨルダは他のゲームに負けないぐらいの実在感を放っていますよね。そこが本当にすごいと思います。

ヨコオ氏:
 ヨルダって、いわゆる“リアリティ”があるかどうかと言われると、じつはそうでもないんですよね。あの子、光ってますし(笑)。

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上田氏:
 ああ、白いですよね(笑)。

ヨコオ氏:
 僕がヨルダを見てすごいなと思ったのはそこなんです。CGで女の子をかわいく見せるのって作るのがすごく大変で。

 「明るくするとかわいくなる」みたいな定石はあるにはあるんですけど、「女の子自体が光る」ところまで振り切ってるのはヨルダだけですよ(笑)。
 それでもちゃんとかわいく見える画として成立しているので、すごく苦労したんじゃないだろうかと。

上田氏:
 実際、そこはすごく苦労しましたね。
 最初はヨルダも普通のシェーディングで試していて、“女優ライト”じゃないですけど、いろいろライトを置いたりとかやってみたんですけど、どれもうまくいかなかったですね。どうやってもグロテスクに見えてしまう瞬間があって。

 それでいろいろ試行錯誤した結果、ヨルダ自身が光ることになりました(笑)。

ヨコオ氏:
 さっきのスイッチの話ではリアリティのために実在感をもたせていましたけど、一方で「女の子を光らせちゃう」というバランス感覚が上田さんだなって思いますよね。

落ちるのが怖いと感じてもらうには、「この世界には重力がある」ということを刷り込まないといけない

──もうちょっとモーションのことについて詳しくお聞きしてみたいです。
 ヨルダやトリコのモーションって、いわゆる「ただモーションキャプチャで作られたもの」とは全然違う「存在感」があると思うんです。「リアルだな」「よくできてるな」以上の自然さみたいなものを感じるというか。

上田氏:
 もちろんモーション自体もこだわって作っているというのもありますけど、それだけでは限界があります。

 トリコでがんばった部分に「プロシージャルアニメーション」というものがあるんです。
 キャラクターが「右を向く」という演技をするときに、出来合いの「右を向くモーション」を再生するんじゃなくて、顔の向きの限界が何度で、胸の向きの限界が何度で、それ以上向きたければ腰を回転させる、といったルールを設定して動的に制御しています。
 特にいまはそういったプロシージャルな制御との組み合わせのほうが重要ですかね。

 当時は頑なに「モーションキャプチャは使わないぞ」と言っていました。モーションキャプチャじゃなく、すべて手付けのキーフレームでモーションを作ったからこそあの感じが出せたんだとは思っていますが。
 というのも当時のモーションキャプチャの収録の手間だったり、対応速度だと「歩幅が少し広いのでもう少し狭く」とか「しゃがむ速度をもう少し早く」みたいな細かい調整のために撮りなおしが大変だったというのもありましたし。
 手作業で動きを付けていれば、そういう細かい調整にも対応できるんです。

ヨコオ氏:
 上田さんのゲームのモーションって、いまの振り向きの話もそうですけど、なんというか「末端が遅れてくる」感じがあるんですよね。

 たとえば剣を振るみたいなモーションって、普通のゲームでは1〜2フレームぐらいでバーン!と振って、剣を振り切ったあとに余韻を多く残す、みたいな作りが多いんです。
 一方で上田さんのゲームのモーションは、振った剣が当たるまでをしっかり見せるので、ボタンを押してから対象に当たるまでちょっとラグがあるんですよね。

 そういう意味では、プラチナゲームズさんが作るような現代的なパリっとしたアクションゲームとは少し違う感じがします。

上田氏:
 そうですね、たぶんそこも「どこを尖らせるか」「どこを優先するか」みたいなことだと思います。

ヨコオ氏:
 やっぱり「実在感」に続いている気がしますけどね。

上田氏:
 それで言うと、『ICO』で「細い足場から落ちるのが怖い」というのも似た話かもしれないですね。

 落ちるのが怖くなるためには、プレイヤーに「この世界には現実と同じ重力がある」ということを刷り込まないといけないんです。
 だから、重力が破綻したモーションを作っちゃうと、世界の法則が壊れてしまうので「刷り込み」が甘くなっちゃうんですね。そこに絶対的な重力があるからこそ、高い場所が怖いのであって。
 
 『GRAVITY DAZE』みたいに空を自由に飛べるんであれば、高い場所でも別に怖くないじゃないですか。

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──なるほど。『ICO』のあの“高いところにいる感じ”って、てっきりカメラワークやフォグの使い方みたいなところが大きいのかなと思ってましたが、それだけではなかったってことなんですね。

上田氏:
 むしろ、カメラワークなんかよりも「刷り込み」がすべて、ぐらいだと思いますよ。
 世界にきちんとした重力があって、キャラクターのジャンプ力はこのぐらいだから、この高さから落ちるとダメージを受けそう。そういう刷り込みがあって初めて、高くて狭い場所が怖くなるんですよね。

 もちろん遠くにあるものを比較対象を置いたりしてしっかり遠くにあるように見せるとか、どれぐらい距離が離れているのかを理解させる、みたいなのもあるんですけど、高さに関してはやっぱり重力ですよね。ちょっと『GRAVITY DAZE』みたいな話になってきてますけど(笑)。

──なるほど。それはめちゃくちゃ面白い話ですね。

 たとえば、『アンチャーテッド』というゲームで高所の断崖絶壁を渡るシーンがあるんですが、絵としてはすごく怖そうなんだけど、体感的には全然怖くなかったんですよ。
 一方で、『ICO』はしっかりと「怖い」と感じたんです。その違いの答えが、いまのお話でストンと腑に落ちました。

ヨコオ氏:
 そういう意味では、上田さんのゲームっていい意味で「ゲーム感」がないですよね。「本当に怖い」という感覚が出ちゃうのは、いろいろなものを排除しているのと、「実在感」を強化しているってところに紐付いてる気がします。

──いきなり断崖絶壁じゃなくて、それが途中から出てくることにも意味があるってことですよね。「落ちたら痛い目にあう」という体験を積み重ねて、いざ崖が出てくると「あ、ここで落ちたら死んじゃう。怖い」と感じられると。

上田氏:
 あとは、「落ちることができるゲームかどうか」というのもあるかもしれないですね。
 たとえば絶対に落ちないようになっているゲームがあったとして、落ちないとわかっていたら怖くもなんともないですし。
 逆に言えば、何かのミスで落下防止壁がない場所があって落ちてしまったら、「あ、このゲームって落ちるんだ」と一気に恐怖を与えられるかもしれません。

ゲームはまだ、「みんなが気持ちよくなければならない」という宿命を背負っている?

外山氏:
 今日お話していて思ったんですけど、ゲームってすごい勢いで変わるというか、変わらざるを得ないですよね。

上田氏:
 そうですね。つねに「昨日の正解が今日の正解とは限らない」みたいな状態です。

外山氏:
 上田さんは、けっこうそこの葛藤が大きいんじゃないかなと思うんです。『人喰いの大鷲トリコ』でもカメラをどう落ち着けるかとか、すごくこだわっていたじゃないですか。

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上田氏:
 最近のゲームプレイヤーは何も弄らずゲームエンジンの標準で付いてくるような汎用カメラが良いんでしょうね。

外山氏:
 そうですね。ゲームプレイヤーには、もう「カメラといったらアレだ」という共通認識があると思います。

上田氏:
 カメラに情緒や情感は要らないというふうに。

ヨコオ氏:
 でも一方で、あのカメラがスタンダードになった意味は大きいですよね。
 この世代になってツルっとした「素」のカメラを入れないことに理由なんかないですよね。普通は考えなしで入れちゃうと思います。

 逆にあの素のカメラになってない、ということは「意図的にやっているんだ」とちょっと考えればわかると思うんですけど、逆に「カメラが変」と捉えられちゃったり。それだけゲームをプレイする層が大きくなった、ということでもあるんでしょうけど。

上田氏:
 そうですね。ゲームを、作品として見るのか、それとも道具というか、家電みたいなものと同じ並びで見るのかにもよりますよね。

外山氏:
 「誰にどのぐらい売りたいのか」という考えも大きいですよね。
 「素のカメラ」に慣れ親しんでいるいまの若い子にも遊んでほしいとなると、そこは尊重しないとですし(笑)。

上田氏:
 そうですねえ。

外山氏:
 一方で「いままでのファンにまず応えたい」と思ったら、考え方もまた違ってきますし。

ヨコオ氏:
 ファミ通さんのクロスレビューって点数をつけるじゃないですか。

 飯野賢治さんがマンガ『おとなのしくみ』の中で「もっと気軽に10点をつけたり、2点をつけたりできないのか」、「個人の好き嫌いをはっきりさせるほうがいい」とおっしゃっていて。どんなゲームでも横並びに評価されるというシステムは、そもそもジャズとロックを一緒くたに並べて評点しているようなもので、ゲームに点数をつけるやり方としては相応しくないんだと。
 だからゲームがメディアとして成熟したら、そういうのはなくなるか。あるいは、将来はそういう点の付け方はなくしてほしい、と言っていたんです。

 一方で、「ゲームはなかなかそこにたどり着かないな」と僕はいまでも思っています。
 まだまだ「古典」になっているわけではなくて、「いま楽しむもの」として受け入れられている。そのこともあって、「みんなが気持ちよくなければならない」という大衆メディアとしての宿命をゲームはまだ背負っている気がします。

 だって、映画だったら「つまんない映画はつまんなくていいや」とみんな普通に受け入れているじゃないですか。

上田氏:
 それはそうですね……。

ヨコオ氏:
 メディアとしての進化が止まって、もうちょっと枯れないとその時代が来ないのかなという気がしています。

──いま話題に挙がったファミ通のクロスレビューでは、『ICO』の点数は8・8・7・7の30点でしたね。

ヨコオ氏:
 ああ、よく知ってます。僕、それで怒ってました。

外山氏:
 (笑)。

ヨコオ氏:
 本当ですよ! 会社で普通にひとりでキレてました(笑)。

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上田氏:
 とはいえ、そこまで悪い点数ではなかったですよね?

──そうですね。ただ、これはファミ通さんがどうって話ではなくて、それだけ『ICO』というゲームが異質で、評価が難しかったということだとは思います。

ヨコオ氏:
 僕は、ちゃんと「低いな」と思っていました。当時はすごく怒っていたんですけど、ゲームのメディアとしての扱われ方とか、大衆性が求められることを考えると、『ICO』に10・10・9・9みたいな点数は付けられないだろうな、とはいま振り返ってみると思いますけどね。

 そういう意味では、飯野さんのおっしゃる「10点が1個あればいい」みたいなゲームだった気がします。
 でもそれを言い出すと、「レビュアーにひとりはアートがわかる人間を入れないといけない」みたい話にもなってしまうので難しいですよね。

上田氏:
 そうですね。

ヨコオ氏:
 そうやって怒っていたら、『ワンダと巨像』のレビューは点数が良くて(笑)。

上田氏:
 良かったですね(笑)。

ヨコオ氏:
 それを見た僕はまたキレていました(笑)。いまさら良くしてもダメだよね! って。

『ICO』は「大事に持っておきたい絵本」のようなゲームなのかもしれない

──最後にまとめの質問として、今日の話題を踏まえて、「上田さんと『ICO』のすごさっていったい何なんだ?」というお話を聞ければと思います。

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ヨコオ氏:
 さっきのクロスレビューの話とちょっと近しいものがあるんですけど、『ICO』を何ステージか遊んで、「何がすごいか」というのを伝えるのは、たしかに難しいですよね。

 比喩としては「よくできた絵本」、「素晴らしい短編映画」みたいなことは言えるんですけれど、「じゃあそれって具体的に何なの?」って言われたら説明しにくいです。それこそ、「神は細部に宿る」みたいなすごさなので。

 「『ICO』の良さは説明しづらい!」というのが僕の最終的な感想ですね(笑)。

上田氏:
 よく言われるのは「ヨルダかわいい」とか「世界観がいい」とかですけど、そこのどれかに当てはまりますか? それとも違いますか?

ヨコオ氏:
 もちろん違いますよ!
 僕は上田さんのゲームを遊ぶと、「すごく良い絵本を手に入れた」ような気持ちになるんですよ。

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上田氏:
 ゲーム本編だけじゃなくて、パッケージングも含めてということですか。

ヨコオ氏:
 もちろん中身は遊んで、振り返って、パッケージとしてもそうなんです。
 装丁から何から全てキチンと統一されていて、フォントもガチャガチャしてない。
 「大事に持って置きたい1本」という気持ちが一番強いゲームなんですよ。

上田氏:
 絵本か……。なるほど。

ヨコオ氏:
 僕の感覚としては「絵本」が一番近いメディアです。

──「絵本風のゲーム」っていまならたくさんあるんじゃないですか。そういうゲームとの違いって何だと思いますか。

ヨコオ氏:
 「絵本風」というのは、絵本を物理的に模倣しているだけなんですよ。
 『ICO』はそうではなくて、絵本の本質に近づいているんです。それが何なのかはよくわからないですけど、僕にとっては絵本が一番近いです。

外山氏:
 『ICO』は作品としての「完成度」へのこだわりがやっぱりすごいんじゃないかと思いますよ。
 「雰囲気ゲー」的な作品は他にもたくさんありますけど、『ICO』ほど、その雰囲気の必然性をパッケージの中に込める、ということの意味を徹底して見つめた作品は他にはないと思います。
 なんていうか、まさしく「レガシー(遺産)」な作品という感じがしますね。

ヨコオ氏:
 上田さんは先ほど「ヨルダがかわいい」とか「世界観がいい」みたいな例を挙げていましたけど、それって『ICO』の良さの説明になってないような気がしてるんです。

 たとえば「女の子を好きになりました」というとき、「じゃあその子のどこが良いいの?」と聞かれたとします。
 そこで「料理がうまい」とか「顔がかわいい」とか「優しい」みたいな要素を挙げていったとして、それを全部足し合わせたところで、その「女の子の良さ」を説明したことには絶対にならないじゃないですか。その感じに近いんです。

 だから『ICO』の良さを説明するのが難しいんです。強いて言うなら、僕にとっては「『ICO』があったこと」そのものが、「『ICO』が好きな理由」なんですよ。

──なるほど。やっぱり上田さんのすごさや評価って、ユーザーさんとクリエイターさんで全然違いますよね。

外山氏:
 上田さんと飲んでいてよく思うのは、僕が当たり前に思っていることに対して、鋭く「そうですかね?」と別の視点が入ってくることなんですよ。

 もう毎度毎度、ハッと気付かされるというかね。自分は「これしかない」と思い込んでいたなあ、そこはやっぱりもう、「すごいなぁ……」という感じがしますね(笑)。

ヨコオ氏:
 さんざん語って最後の感想が「すごいなぁ」で終わる(笑)。

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外山氏:
 「すごいなぁ」になっちゃいますね(笑)。

ヨコオ氏:
 それが外山さんの面白さです(笑)。

──表面的には「雰囲気がいい」みたいな良さでもある一方で、やっぱりそこに至る過程をお聞きするとすごい話がどんどん出てきて。「表に出ているもの」の裏側にこれだけ情報量があるのは、やっぱり一流のクリエイターたる証ですよね。

ヨコオ氏:
 でも上田さんが大衆に理解される世界は、それが本当に良い世界なのかはちょっとわからないですよ(笑)。

一同:
 (笑)。

ヨコオ氏:
 「アーティストが好きなアーティスト」というカテゴリはいつまでもあるものなので。上田さんには「ずっとアーティストでいてほしいな」という気持ちはありますね。

──改めて上田さんご本人としてはどうでした? ひとまず『ICO』が20周年というタイミングでのお話でしたが。

上田氏:
 あっという間だったような、そうでもなかったような。どっちでもなかったかもしれません。
 でもさっきも言いましたけど、当時「こうなればいいな」と思っていた以上の結果になってよかったと思います。

 『ICO』がきっかけで次の作品を作れるようになりましたし、そこから注目されたりもしたので、『ICO』というタイトルを遊んでくれたプレイヤーの皆さん、ならびに制作スタッフも含め、関係者の方々にとても感謝しています。

 『ICO』は何から何まで初めてづくしの中で作ったゲームということで、たくさん反省点もあるのですが、20年経った今でもこのように語ってもらえるようなタイトルになったことをとても嬉しく思っています。とはいえ、“いつのまにか成長して、親元を離れ少し遠くに行ってしまった子ども”みたいな不思議な気持ちもありますね。
 自分が思ってた以上に立派に成長したことが意外でもあり、また誇りでもありといった感じで。
 あとまあ、ふたりのさっきの話は……なんだろうな……。

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ヨコオ氏:
 何も答えてないふたりですから(笑)。

上田氏:
 今日、外山さんとヨコオさんにお声がけしたのは、僕の一番の理解者だということもあったので。いや、今日はありがとうございました。

ヨコオ氏:
 いやー、最後の我々の感想は、とても上田さんを理解できてるとは思えない投げ出し感がありましたね。すいません(笑)。

一同:
 (爆笑)。

 (了)

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 さて、『ICO』座談会はいかがだったろうか。
 『ICO』をはじめとして、上田文人氏の作品はその「雰囲気の良さ」や「アーティスティックなセンスのすごさ」を語られることが多い。しかし、今回の座談会で改めて確認できたのは、上田氏が「純粋なゲームデザイナーとしても超一流のクリエイターである」ということだろう。

 たとえば、普通なら「セーブしますか?→YES・NO」で済むところを、わざわざ「手をつないでベンチに座る」ようにする。しかしそのことによって、「女の子との関係性を深めていく」という『ICO』全体のテーマを響かせるのみならず、「セーブ」というゲームにとっての「当たり前のアクション」が格別に印象深いものとなる。
 あるいは、プレイヤーに「細い足場から落ちるのが怖い」と感じさせるために、「この世界にはきちんとした重力が存在する」というルールを“刷り込ませる”。「ここで落ちたら死んじゃう」という真に迫る怖さは、断崖絶壁の画やカメラワークではなく、「高いところから落ちたら痛い目にあう」という体験が積み重なることによってこそ生み出される……などなど。

 このように『ICO』に施されたゲームデザインの数々は、まさしく“ゲームならでは”の表現であり、ゲームというメディアに特有の“体験性”を生み出しているわけだ。

 筆者が思うに、上田氏は、とくに同業のゲームクリエイターからリスペクトを集めている人物のひとりである。それが、こうした「ゲームならではの表現」に果敢に取り組んでる結果であり、同業者だからこそ、その偉大さを感じられるからなのだという部分を、今回の取材では、多少なりともお伝えできたのではないかと思う。
 
 こうして振り返ってみると上田氏と『ICO』のすごさに改めて感服せざるを得ないのだが、ここで本稿の「問い」に立ち戻ってみよう。

 冒頭でも述べたように、『ICO』の良さを一口に言い表すのはたいへん難しい。それこそヨコオ氏がおっしゃっていたように、「『ICO』があったこと」そのものが、『ICO』の素晴らしさなのだ……と言いたくなってしまう。

 とはいえ、そこで語るのを止めてしまってはゲームメディアの名がすたるというもの。最後に、あえて『ICO』の良さを言語化する試みをしてみよう。

 個人的には、最後にヨコオ氏が語った「絵本」というキーワードはたいへん興味深く感じた。ここでいう「絵本」とは、「絵本のようにメルヘンチックな」という意味ではない。
 それは小さい頃に何度も読んだ大好きな絵本であり、いくつになっても大切に持っておきたい絵本であり、折に触れて本棚から取り出し、パラパラとめくってはあの時感じた「良さ」の匂いを再び味わうことができるような絵本なのだ。

 誰でも……というには少し主語が大きすぎるかもしれないが、おそらくそのような特別な絵本というものは、誰の家にでも1冊はあるはずだ。もう大人になって読まなくなっても、なんとなく捨てられないでいる、大切な絵本。
 そうした絵本が放つ「良さ」というものは、やはり「絵がきれい」だとか「お話が好き」といった個別的な特徴を説明することによって汲み尽くすことはできないだろう。

 ゲームというものは、ひとつの作品である。しかし同時に出来栄えの良さを厳しく評価される工業製品であり、大衆娯楽でもある。おそらく、『ICO』は大切に持っておきたい絵本がそうであるように、「工業製品」「大衆娯楽」であることを踏み越えたゲームなのではないだろうか。

 だからこそ、私たちは『ICO』の良さに魅せられたのではないだろうか。絵本に夢中になる子どもが、絵本の良さをレビューすることがないように。

©2001-2011 Sony Interactive Entertainment Inc.

 

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編集長
電ファミニコゲーマー編集長、およびニコニコニュース編集長。 元々は、ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長として、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、同サイトの設計、企画立案などサイトの運営全般に携わる。4Gamer時代は、対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」などの人気コーナーを担当。本サイトの方でも、主に「ゲームの企画書」など、いわゆる読み物系やインタビューものを担当している。
Twitter:@TAITAI999
ライター
『プリパラ』、『妖怪ウォッチ』ありがとう。黙々とゲームに没頭する日々。こっそりと同人ゲーム、同人誌を作っています。ネオ昭和ビジュアルノベル『ふりかけ☆スペイシー』よろしくお願いします。
Twitter:@zombie_haruchan
デスク
電ファミニコゲーマーのデスク。主に企画記事を担当。 ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
Twitter:@ex1stent1a

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