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【全文公開】競馬の面白さは「実況」にあり? 「ダビスタ」開発者・薗部博之氏✕ゲームフリーク「ソリティ馬」開発者 が語る競馬ゲームの“極意”

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原体験としての『ライフゲーム』

――今日は薗部さんのゲームに対する独特なスタンスに驚く回になっている気がします。ただ、お話を聞いていると、なにか徹底的にアルゴリズムが生み出すドラマ性みたいなものを追求されていて、そのコダワリが独自の発想につながっているように思いました。

薗部氏:
 やっぱり、見ていて面白いというのが基本ですかね。

――『ベストプレープロ野球』も『カルチョビット』も、スポーツゲームといえばスポーツゲームですが、薗部さんが観客として見ているときの面白さを、アルゴリズムで再現していく部分にある気はしますね。

薗部氏:
 そういう意味で僕の原点にあるのは、『ライフゲーム』(※)なんですよ。先ほどプログラムの話をしたときに言い忘れたのですが、僕の初めて書いたコードはこれだったんですね。

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※『ライフゲーム』
1970年にイギリスの数学者ジョン・ホートン・コンウェイ (John Horton Conway) が考案した、古典的なプログラム。碁盤目状の格子の各々の正方形(セル)を生物に見立てて、それが周囲を囲むセルの状況によって変化していく。変化には、生物学の知見を盛り込んだルールが設定されており、時間が経つにつれてパターンは進化していく。

――生命の誕生や進化を簡単な数理モデルにしている、後に「複雑系」で注目されたアルゴリズムの古典ですよね。

薗部氏:
 これがもう面白くて、簡単なパラメータを簡単なアルゴリズムに放り込んだだけなのに、どんどんパターンが変わっていって、しまいには想像を遥かに超えたものに変化していくんです。

 これこそがアルゴリズムの不思議さであって、僕はそこに感動を覚えたんです。
 見えるものはものすごく複雑なのに、裏のアルゴリズムは実に簡単にできている。しかも、複雑なプログラムで書くと、絶対に複雑なものにはならない。簡単なプログラムで書くからこそ、予想もしないような複雑なことが起きてくる。

 『ダビスタ』のプログラムをなるべくシンプルにしようとする発想も、実はこの『ライフゲーム』と同じです。複雑な現象を複雑な形で表現するのは、最初だけは簡単なんですよ。しかしそれは結局のところ、本当に複雑なものを生み出すことはないんです。時間が経てば経つほどに、自分が想定している範疇を超えていってくれないのが明らかになるんです。

――今日ここまで聞いてきた、薗部さんの「哲学」の核心に触れているような気がします。僕が『ダビスタ』の攻略本でいつも感心していたのが、攻略本というのは普通は「解き方」を書いているのに『ダビスタ』の場合にだけは「夢」が書かれてあったんですよ。その秘密を語っていただいた気がします。

薗部氏:
 だって、「こうじゃないかな」くらいのことしか書いてないからね(笑)。

田谷氏:
 でも、「夢」というのは本当にそうですよ。

森本氏:
 作者自身も上限値がわかっていないし、ハイスコアの出し方も知らない。でも、だからこそ面白くなる。

一之瀬氏:
 寝る前に「次はどうしようかなー。コイツとコイツ掛け合わせるとこうなるからこうなって……」みたいなことをワクワクしながら、攻略本を眺めていたんです。すごく高い繁殖牝馬を買ってしまって、どれに付けたらいいのかなあ、なんて考えて。

 まあ、それが2年で死んだりするのも、『ダビスタ』なんですけど(笑)。

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「成沢さんの本には関わっていません」

――結局、全盛期の『ダビスタ』って、どのくらいの人気だったんでしょうか? 数字的にはプレステで170万本という驚異的な数字を出していましたが、そこまで行ったヒット作はどういう体感になるものか気になります。

薗部氏:
 全く競馬を知らない人もやる状態だったよね。だって、キャバクラに行くと、お姉ちゃんがみんなやってたりしたもん。

一同:
 (笑)

薗部氏:
 これは市場をチェックするために行ってたんですからね、本当ですよ(笑)。でも、弟が買ってきたのをプレイしてハマって……みたいな声はよく聞きました。

――僕も一之瀬さんに布教される前は競馬未経験だったのに『ダビスタ』だけはプレイしていましたし、周囲にも自分のような人は多かった記憶があります。そういう意味では、競馬人口に与えた影響は大きいはずですよね。

一之瀬氏:
 JRA賞くらいは獲ってしかるべきかと……。

薗部氏:
 いやいや、ああいう賞は僕のような人間に与えるものではないですから。

田谷氏:
 でも、生産理論のような考え方は、『ダビスタ』が出るまであまりクローズアップされていなかったはずです。あのとき、新しい競馬の魅力が浮き彫りになったと思うんですよ。それを成沢さん(※)がピックアップされたのも含めて、お二人の計画だった面があったりとか……。

※成沢大輔
ゲーム評論家。初期から『ダービースタリオン』の攻略本を多数手がけ、データから血統についての分析を行い、攻略本の著者としては例外的な知名度を誇った。2015年3月に逝去。

薗部氏:
 いやあ、想定もしていなかったし、そもそも成沢さんの本も含めて、攻略本に僕は関わってないですから(笑)。

――え!? そうなんですか。

薗部氏:
 そもそも成沢さんの本は攻略本というか、血統本なんですけどね(笑)。あんなものが出てくるのは完全に想定外ですよ。何も関わっていません。
 一応、データ本の作者にだけはデータをあげていて、プレステ後期の頃にはデータ本が発売と同時に出たりはしていたかな。でも、基本的には成沢さんに限らず、『ダビスタ』の攻略本は作者が攻略結果を書いただけであって、僕の方からは何も教えていません。

――えええ、そうだったんですか!

薗部氏:
 成沢さんも含めて、誰にもアルゴリズムは教えていません。だから、攻略本と名はついていても、間違っている本もいっぱいあるんです。でも、僕は訂正しないですけどね。そういう気持ちで何回か試してみた中に、そうなる場合があったら別にいいんじゃないかと思うので。あとで『カルチョビット』を作ったときに、攻略本の作者に内部資料を渡す慣習を聞いて驚いたくらいです。
 まあ、ああいう本がバンバン売れて、年間ベストセラーに入っていたのだから、恐ろしい時代ですよ。

――50万冊くらい刷られていましたよね。

薗部氏:
 そういう中で、成沢さんの本はかなりしっかりと攻略していたので、毎回出るのが最も遅かったんです。まあ一応、開発中のROMを先に渡していたのですが、マスターの前日に僕はルーチンを変えたりするから、あまり役に立たなかったでしょうね(笑)。

一之瀬氏:
 そんなことをするんですか……(笑)。

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薗部氏:
 色んな人に怒られるけど、「まあ大丈夫だから」と言って、やっちゃうんです。

森本氏:
 いやいや、開発においてとても大事なことですよ(笑)。

――その辺の、攻略本に対するスタンスというのはどういうお考えなのですか?

薗部氏:
 僕はユーザーが思うようにプレイしたらいいと思うんですよ。何でもかんでも明かす必要はないと思いますね。

田谷氏:
 例えば、僕は強いジョッキーにレースに乗ってもらったあとに、次のレースでその人に頼まなかったらどうなってしまうんだろう……とずっと思ってるんですよ。「小田部」さんのあとに「滝」さんを選んで、「滝」さんがダメとなって「小田部」さんに頼んだら、少しレース結果に差が出ているんじゃないか……とか。子供時代からの疑問なのですが。

薗部氏:
 あー、はいはい。まさに攻略本の作者がそういうことを質問するんです。

 ……はい、答えません(笑)。
 あなたがジョッキーの機嫌が悪くなってると感じたのなら、そう思ってプレイすればいいんですよ。攻略本を書く人だって、そう思ったと本に書けばいいじゃないかと思ってしまうんですね。

森本氏:
 はっはっは!
 まあ、ぶっちゃけ僕も作り手視点では、「普通に考えて、そんな変なプログラムなんて入れるわけないだろ!」と思っちゃうんですが、遊ぶ側の立場になると急に「いや、ないとは言い切れないぞ」とか気になって仕方なくなるので、田谷の気持ちはわかります(笑)。

薗部氏:
 でも、ユーザーも、そう思ってプレイした方が楽しいでしょう。

森本氏:
 それもわかるんですよ。『ポケモン』も、「捕まえようとする瞬間に連打したほうが捕まえやすいぞ!」とかネットで書かれていたりするんですよ。なんかもう、嬉しくて嬉しくて仕方ないですね(笑)。きっと、そういう人はメチャクチャ楽しんでくれているんですよ。

 ちなみに、ゲームフリークで昔『BUSHI青龍伝〜二人の勇者〜』というRPGを出したんです。
 そのときに、最初の場面でどう考えても「はい」だろうという会話で選択肢を出しておいて、終わりの方で「いいえ」を選んだ人に「あなたに“いいえ”と言われて、私はショックだった」みたいなことを言わせたことがあるんですよ。

薗部氏:
 そういうのを一回でもやっておくと、みんな疑心暗鬼に駆られる……(笑)。

森本氏:
 そういうお茶目な部分はクリエイターにはありますよね。

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「予測がつかないようなゲームを自信を持って出す」

――それでは、そろそろ時間なので、最後に皆さんから一言ずついただければと思います。

田谷氏:
 僕は中学生のときに、競馬と『ダビスタ』を知って、そこからプログラミングをはじめた人間なので、この場にいられるのは本当に光栄でした。今日はプログラマとして共感する部分と、自分にはとてもそんなふうには考えられないという部分が二つあって……。でも「なぜこんなゲームができたんだ?」という積年の謎について少し納得できた気がします。

一之瀬氏:
 そうそう。でも僕は、子供の頃からゲームを作られていたと聞いて、やはり薗部さんには自分も楽しみたい一方で、人が楽しんでいるところが見たいという欲求が根本にあるからこそ、間口が広いゲームが出来るんじゃないかという気がしたんですよ。

薗部氏:
 ……いや、僕はそんなに大したもんじゃないんですよ。
 単に僕は、自分の面白いと思うものを作っているだけなんです。極端に言えば、誰一人分かってもらえなくてもいいとさえ思っている人間なんですよ。ゲームを作る人間としては本当にダメなやつです。
 でも、こういう人間を分かってくれる人も世界にはいるんだなって……単にそれだけのことなんですよ。だから、まあ、なかなかにしんどいですよ。

――うーむ(笑)。

田谷氏:
 僕もプログラマとして、『ライフゲーム』のように美しいプログラムを作りたいという欲求や4つのパラメータで切り詰めたゲームを作りたいという薗部さんの思いに共感するんです。でも、それは面白いゲームとイコールになるわけではないじゃないですか?

薗部氏:
 そう、そう。まさにそうなんです!

田谷氏:
 そのときに、ダメなプログラマは面白さよりも美しさを取ってしまうんです。でも、薗部さんはそうじゃないところがきっと……。

薗部氏:
 いやあ、だから僕はそこで美しさを取ってしまう方なんですって(笑)。

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一同:
 (笑)

薗部氏:
 そりゃ面白さについては考えますよ。でも、プログラムはコダワります。貧乏性なんですかね、いつも短くすることばかり考えています。
 正直なところ、そういう態度で作っていいのかは考え込みました。もちろん、一人でやっていたときは、これで構わなかったんですよ。でも会社なんかを作ってしまうと「これではよくないな」と思うことも多くて。反省ばかりしている毎日ですよ、本当に。

森本氏:
 いやあ、なんだか今日は、本当に貴重な時間をいただいている気がしますね。
 薗部さんは僕の神様だったんです。『ダビスタ』は本当に凄いと思ったし、『ベストプレープロ野球』はあの頃の自分が作りたかったゲームそのものです。しかも、色々とお話を聞いていくと、上限値を作らないという考え方とか、こりゃ凄いなと思って。

薗部氏:
 だから、あなたたちは褒め過ぎだって。プログラマとしてはひどい話なんだから(笑)。

森本氏:
 いや、でも大事なのは「自分さえも予測がつかないようなゲームを、自信を持って出す」ということですよね。その薗部さんのゲームに対する考え方に、一人の作り手として共感するんです。

一之瀬氏:
 僕も「削ぎ落とす」ということの大切さを改めて感じた気がします。

――それでは、そろそろ時間なので……今日はありがとうございました。ちなみに、最後に一つ気になったのですが、『ソリティ馬』のパラメータはどうなんですか?

田谷氏一之瀬氏
 多いです!

一同:
 
(笑)

一之瀬氏:
 すいません、僕が追加しました(笑)!

田谷氏:
 直線はすごくシンプルなんですけどね……(笑)。(了)

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 薗部氏の、独自のゲームへの考えが語られたこのインタビュー、皆さんはどうだっただろうか。

 インタビュー終了後、同席した若い編集部員の一人が、ふと「まるでウェブサービスの中の人の話を聞いているみたいだった」と感想を述べた。筆者もその言葉に同感である。

 面白いウェブサービスを作る企画者にインタビューすると、とにかくインターネットにサービスを放り込んでみて、そこから生まれるユーザーの突拍子もない行動も含めて「予想もつかない展開」それ自体を楽しんでいけるセンスを持っている人が多い。その姿が、バグと非難されることを恐れずに、あえてユーザーの遊びの余地を残すことにこだわる薗部氏の姿とダブるのである。

 もちろん、薗部氏はゲームクリエイターであり、作っているのはパッケージ型のゲームである。しかし、自分の想定内に収まるプログラムなど底が浅いと言い切り、ユーザーが自分の予想を超えた馬を作ったり、突拍子もない配合の理論を語ったりしているのを楽しそうに語ってみせる姿は、どこかそうした人々の、作り手の意図など軽々と越えていくユーザーたちの文化への絶妙な距離感やリスペクトと共通するものがあるように思う。

 このインタビューから分かるのは、薗部氏が子供の頃からのゲーム好きであったと同時に、コンピュータ文化の黎明期に立ち会い、プログラムを書いた人間にも予測のつかないことを成し遂げてくるコンピュータという存在の、原初的な感動に魅せられた一人であったことである。
 デジタルゲームの文化もまた、パソコン登場以降のコンピュータ文化の大いなる流れの中にある――私たちがこの記事を読んでいるインターネットと同じように。取材の終盤、若き日に『ライフゲーム』の生み出す「予想もつかない展開」に覚えた感動を熱っぽく語りはじめた薗部氏の姿に、そんな忘れられがちなデジタルゲームの”ふるさと”を、ふと垣間見た気がした取材であった。

(次回以降は、不定期での掲載となります。今後も『タクティクスオウガ』『デモンズソウル』など、みんなの心に残る名作ゲームをどんどん取り上げていく予定なので、ぜひご期待ください。)

この記事への感想・コメントを、ぜひ電ファミニコゲーマーまでお寄せください。

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