「電王戦」5年間で人類は何を目撃した? 気鋭の文化人類学者と振り返るAIとの激闘史。そしてAI以降の“人間”とは?【一橋大学准教授・久保明教氏インタビュー】

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「伝統文化」と「近代スポーツ」

――第二局は、まさに人間の現役棋士の初めての敗北と言うことで、佐藤慎一さんのブログが炎上したという事件もありました。非常に印象的な対局です。

久保氏:
 対局前日、佐藤慎一さんはブログで「ロクな形勢判断もできないコンピューターを叩き潰せ」【※1】と記していましたが、ねじりあいの末に敗れてしまう。この対局では、AIと人間の対戦の難しさがハッキリと出てしまったように思います。終盤の入り口まで佐藤さんがわずかに有利に立っていましたが、細かいミスが出て、それをPonanza【※2】が突いていくという展開でしたね。

※2 Ponanza……東京大学将棋部に在籍していたアマ強豪の山本一成が開発したコンピュータ将棋ソフトウェア。2013年の第二回電王戦第二局で佐藤慎一四段に勝利し、現役のプロ棋士に公の場で勝った史上初の将棋ソフトとなった。今までコンピュータが苦手としていた序盤戦を重点的に強化したのが特徴。ソフト名表記には揺れがあり、2016年までは1文字目を小文字とする表記が一般的だったが、2017年に入り1文字目を大文字とする表記を作者の山本氏が使用するようになった。画像は佐藤慎一さんの投了の瞬間。
(画像は第2回 将棋電王戦 第2局 ​佐藤慎一四段 vs pona​nzaより)

※1
Ponanzaとの対局前夜、しばし詩的な表現が文章に用いられることでも人気だった佐藤氏のブログには、当時の不安や葛藤、そして勝利へと向かう心中が綴られていた。

――まさにコンピュータの「読み」はミスをしない、という話ですね。

久保氏:
 第二局で明確になったのが、後に「線と点」という形で言われるようになった、将棋におけるソフトと人間の取り組み方の違いだと思います。
 これは阿久津主税八段【※】の表現ですが、人間の棋士は一本の「線」で将棋を考えると言うんですね。流れをしっかり踏まえて、その流れから外れた際にはミスをしてるんじゃないかと考えて、修正する。棋士が対局の際に自分のそれまでの指し手を何度も確認するのも、流れをおさらいするための作業だと思われます。それに対して、ソフトはその場その場の局面、つまり「点」でしか考えない。前にどんな手を指したかは、計算に入っていないわけです。

阿久津主税
1982年生まれ、兵庫県出身の将棋棋士。1999年に17歳でプロ入り。2015年4月11日、電王戦FINALでAWAKEと対局。元奨励会員のAWAKE開発者・巨瀬亮一氏が投了の判断を下し21手で阿久津の勝利となった。この勝利により、電王に勝った初のプロ棋士となった。

――なるほど。羽生さんも新書で、将棋や囲碁は静止画で捉えられるからこそ、現状のAI技術でも有効に使えるのではないかと話されていました。

久保氏:
 こういう将棋ソフトの思考のあり方が決定的な形で出るのが、投了のタイミングだと思います。これは第三局の船江-ツツカナ【※】戦でむしろハッキリ出てきたものですが、第三局では人間相手ならば「ここで相手が投了するだろう」というタイミングで、ソフトが投了せず、粘り強く逆転してそのまま勝ってしまった。

※ツツカナ……1984年に一丸貴則によって開発された将棋ソフト。コンピュータらしい読みを行う一方で、時間配分するなど人間らしい指し方も見られることが特徴。「第二回将棋電王戦」では船江恒平と対局し勝利するも、同年の「電王戦リベンジマッチ」では敗北。「第三回将棋電王戦」では森下卓を相手に勝利。しかし、同年の「リベンジマッチ」で判定負けを喫する。
(画像は第2回 将棋電王戦 第3局 ​船江恒平五段 vs ツツカナより)

――まさに阿部さんの「コンピュータはあきらめない」を地でいく展開ですね。

久保氏:
 将棋というゲームが、論理的な計算だけではないことが露呈した場面だったと思います。
 投了というのは、言わば「有限と無限」をつなぐことです。将棋を盤上で行うゲームやスポーツだと捉えて、「有限」の範囲内で考えているのであれば、最後の詰みまでやればいい。実際、ソフトはそうするわけです。では、なぜ棋士はしばしば詰みのかなり前に投了するのか。それは、「ここで最後までやらない方が、トータルで見てプラスだ」と判断するからですね。具体的には、自分の今後の棋士人生や、自分のこれまで培ってきたイメージにとってプラスかどうか、あるいは「自分にとって将棋とは何か」という部分――そういうゲームの外側に「無限」にある要素をふまえた判断として「投了」があるわけです。

――たぶん、そこは棋士としての名誉も関わるわけで、将棋の「興行」としての側面が入ってきていると思うんです。プロの将棋には実は「観戦スポーツ」のイベントとしての面もあって、そこにも人工知能は大きな影響を与えてしまったのではないでしょうか。少しこの部分についてもお伺いしたいです。

久保氏:
 そうですね、将棋はチェスと同じように「マインドスポーツ」の一つと言われることもありますが、スポーツと呼ぶのはためらわれるような要素も、確実に含まれています。
 例えば、将棋連盟は2012年に徳川家康に十段を推戴【※1】しています。あるいは、十六世名人や十七世名人【※2】のような江戸時代から続く称号もそうですね。サッカーやバスケで同じことをやるのは奇妙ですよね。

※1 将棋連盟は2012年に徳川家康に十段を推戴
名人制400年を記念し、米長邦雄・日本将棋連盟会長(当時)が「徳川家康公のご恩に報いたい」と段位を贈ったもの。徳川宗家第18代長男・徳川家廣に家康公に向けた「将棋十段推戴状」を送った。棋士ではない歴史上の人物に十段を推戴したことは話題づくりとみる声も多かった。

※2 十六世名人や十七世名人
「名人」は将棋界の最高権威者とされる称号。江戸時代は世襲による家元名人制で、「◯世名人」と呼ばれていた。大正時代に十三世名人・関根金次郎が実力制名人戦を提案し、名人位を返上。それ以降は名人戦の勝者となった棋士が名乗る称号となった。現在、名人戦は竜王戦の発足以降、タイトルの順位としては(議論はあるが)竜王に次ぐ順位2位とされ、あくまで7つあるタイトルのひとつという扱いである。一方、1952年に「永世名人」制度も確立。名人を通算五期以上獲得した棋士は、引退後に「永世名人」を名乗ることができるようになっている。本稿の論旨に照らせば、これはまさに公平な競争のなかで卓越した結果を出したものに与えられる称号であると同時に、数世紀前に確立した家元という全く異なる制度との連続性を確保する制度であるとも言える。

――そもそも将棋って、江戸時代には「華道」のような家元制度だったはずですよね。それが明治に一旦廃れた後に、昭和に入って新聞社のスポンサードでの「興行」としての要請から「バトル要素」を取り入れていったんだと認識しています。【※】


名人位は長らく華道や茶道のような家元制であったが、昭和10年(1937年)に十三世名人・関根金次郎が名人位を返上。毎年タイトルを取り合って名人を決める「短期実力制名人戦」に移行した。名人戦の創設当初の主催は現在の毎日新聞社(その後、朝日新聞社が主催になるも、再び毎日新聞社が主催)。その後も七大タイトルでは、新聞社が伝統的にスポンサーを担ってきた。

久保氏:
 現代将棋は、江戸から続く伝統文化としての側面と、昭和初期に確立された公平で熾烈な頭脳スポーツという側面、その二つを独特の仕方で結びつけたものだと思います。

 プロ棋士は公式戦で結果を出すほど、タイトル戦の前夜祭や講演会のような文化的な活動に参加する機会が増えていきます。将棋が強いということは、「棋理」(将棋の真理)を知っていることであり、それは会社経営や政治的手腕などにも適用可能なある種の“叡智”であるとみなされてきた。つまり、スポーツ的側面と文化的側面が「強さ」によって結びつけられてきたわけです。だからこそ、「強さ」のピラミッドの頂点に君臨する「名人」が、優れた競技者であると同時に文化的な叡智の体現者としてイメージされる。僕は、羽生さんという方は、そうしたフェティッシュとしての名人、偶像としての名人を担ってきた、あるいは担わされてきた人だと考えています。本人は全く気にしていないかもしれませんがね。

――「電王戦」のたびに、「羽生さんは出場するのか?」と話題になっていたのは、まさにそこなんでしょうね。 

久保氏:
 だから、将棋ファンの多くは、現在のソフトが棋士より強いことは否定できないと思いますが、僕自身も含めて、実は「羽生さんがソフトに圧倒的に負ける」という光景を直視する勇気はないのではないか、とも感じます。

『3月のライオン』(白泉社・2008)……「ヤングアニマル」(白泉社発行)で連載中の、羽海野チカが手掛ける“将棋”を題材とした漫画作品。棋士の先崎 学が監修を務める。幼い頃、事故で家族を失い、深い孤独を抱えた17歳の将棋のプロ棋士・桐山 零が、あかり・ひなた・モモの3姉妹との出会いを通じて少しずつ心境が変化していく物語。
(画像はAmazonより)

 ちなみに、「最強の頭脳アスリートかつ伝統文化を受け継ぐ叡智の人」という名人のイメージは、『3月のライオン』や『ハチワンダイバー』【※1】、もっと遡ると『月下の棋士』【※2】のようなマンガを見ればわかるように、将棋に興味のない人にも、なんとなく受け入れられているものですね。

※1 ハチワンダイバー(集英社・2006)
「週刊ヤングジャンプ」(集英社発行)で2006〜2014年に連載された、柴田ヨクサルによる将棋アクション漫画(監修は棋士の鈴木大介)。表のプロとは違う“賭け将棋”をなりわいとして、日銭を稼ぐ日々を送る「真剣師」の青年・菅田健太郎が、凄腕女流棋士「アキバの受け師」に勝負を挑むも完敗。その悔しさから将棋への情熱を取り戻した菅田が、真剣師との戦いを繰り広げていくことになる。

※2 月下の棋士(小学館・1993)
「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で1993〜2001年に連載された、能條純一による“将棋”を題材にした漫画作品。監修は、棋士の河口俊彦六段(当時/没後、追贈八段)が務めた(2002年引退、2015年没)。かつての名人である祖父・御神三吉に将棋を学びながら育ってきた氷室将介が、奨励会会員からプロ棋士への道を目指していく物語。盤上に繰り広げられる、静かで熱い男たちの勝負の世界が描かれている。

――いま挙がった将棋漫画や『ヒカルの碁』などの囲碁漫画って、そもそも盤上の戦いでのドラマが絵になりにくい分、そのイメージに乗っかることでなんとかドラマ性を確保してきた印象がありますね。

久保氏:
 例えば『月下の棋士』で展開されるのは、「何十年に一人、超天才が現れて、将棋の歴史を変えていく」という物語ですが、こうした“歴史観”は、もともと棋士とファンが共有してきたものでもあります。主人公のモデルは羽生さんだと言われていますしね。
 そうした発想が、ソフトの台頭によって不安定化してきたことは、やはり大きな話のように思いますね。現にいま、ソフトの影響によって将棋の歴史が大きく変わっているわけですから。

将棋は実は情動のゲームだった

――とはいえ、こういう「伝統文化」に裏付けられた部分は、まさに前に出た梅田望夫さんの本なんかを読むと、羽生さんたちの世代の頃に実際の勝負の場面からは追放されていったように見えます。

久保氏:
 うーん、僕は必ずしもそうとは言えないと思います。将棋界では、将棋というゲームの内側を「盤上」、外側を「盤外」という言い方で呼びます。その結節点が現れるのは、例えば、対局の「始まり」と「終わり」のタイミングですね。

 プロの公式戦では、対局前に席の譲り合いが起こることが結構あります。本来であれば段位で上座と下座が自動的に決まりそうなところですが、「随分年上だしなぁ」とか「タイトル獲得実績あるしなぁ」といった理由から譲り合いが起こって、「まあ仕方ないですね」みたいにして座るわけです。

(画像は第2回 将棋電王戦 第4局 ​塚田泰明九段 vs Puel​la αより)

 もちろん、そこからは客観的なルールの中でまさに「盤上」で戦うのですが、終局のタイミングが近づいてくると、「盤外」が再び侵入してくる。「投了」というのは、「有限の盤上のゲーム」と「無限の盤外の都合」をつなげて「この辺が諦めどころかな」と判断して終わらせるものですね。詰みの数手前まで指す場合も、最終攻撃の「かたち作り」をして、相手に討ち取ってもらうことがよくあります。

 そして、第三局の船江-ツツカナ戦は、まさに、「ここでこう指して潔く負けるのが棋士同士なら普通」【※1】という局面で、ソフトが「空気を読まない」で粘ったからこそ勝った対局です。ですから、盤外の要素を含んだ投了の判断というのは盤上の結果にも大きな影響を与えているわけです。それをツツカナが、はからずも実証してしまったということですね。
 その意味で、綺麗に投了できる将棋ソフトを作れるのかということになると、「フレーム問題」【※2】をどう乗り越えるのかというポイントを避けられないのではないかと思います。

※1……ツツカナが逆転するきっかけとなったのは、九十四手目の「△6六銀」に対して、先手の船江六段が指した「▲6六同龍」だった。局後の検討では、▲6六同龍に代えて▲2七角とすれば△5五銀▲5七角と進んで先手勝ちという結論が出されている。遠山雄亮五段は自身のブログで、とはいえ▲6六同龍は詰みにつながるのでこう指したいところであり、「人間相手なら△5八金ときて、以下詰まして終了という呼吸でしょう。しかし諦めの悪いコンピュータに延命されて決着が先延ばしとなり、結果的に最後の逆転につながりました」と記している。参考:(「遠山雄亮のファニースペース」2013年4月12日記事

※2 フレーム問題
人工知能が、問題解決にあたって無限の可能性を考慮してしまい、処理困難になるという問題。将棋ソフトの場合は、将棋を指すことのみに問題設定をすればよいわけだが、文中では「盤外の関係性から投了のタイミングを測る」ということがソフトにはフレーム問題と同様に難しいのではないかと投げかけている。

――そこで言えば、第四局の塚田泰明九段【※1】の引き分けは、まさに「持将棋」【※2】の対策をしていないコンピュータが「無限」の判断に戸惑っていく典型的な状況でした。

※1 塚田泰明
1964年生まれ、東京都出身の将棋棋士。1981年に16歳でプロ入り。「王座」のタイトルを獲得。名人戦A級通算7期、竜王戦1組通算9期。2013年「第二回将棋電王戦」第四局で「Puella α」と対局。終盤、相入玉となり、持将棋へと持ち込まれる。最終的に持将棋が成立、引き分けとなった。棋風は、「攻め100%」、「昇天流」と呼ばれ、攻めを得意とする。

※2 持将棋
じしょうぎ。両方の玉が入玉(玉将または王将が敵陣に入ること)し、お互いに詰む見込みがなくなってしまった時、駒を点数として数え、勝敗を決めること。または、後述の点数計算をした結果、引き分けとなること。玉を除いた駒(盤上・持ち駒とも)のうち、飛車と角を5点、その他の駒を1点とし、両者とも24点以上あれば引き分けとなり、再試合に。24点に満たなければ、負けとなる。アマチュアの大会では、上記の計算で27点以上あるほうが勝ち、同点の場合は後手勝ち、とする場合もある(27点法)。

久保氏:
 あの一戦は、勝負というものをどう終わらせるのかについて、ソフトが人間とズレてしまうところが表れた対局だったように思います。コンピュータは勝敗が決まるまで、終わらせてくれないんですね。

――「将棋ソフトが礼を失している」みたいな言い方もありましたよね。

久保氏:
 興味深いのは、人間の側に対しても似た表現がされたことですね。塚田さんに対して「ここで投了しないのは棋士としておかしい」という反応もありましたし、故・河口俊彦八段【※1】も観戦記で「指すたびに惨めになって行く」と書いています。解説の木村一基さん【※2】も、コメントに困っていました。 

(画像は第2回 将棋電王戦 第4局 ​塚田泰明九段 vs Puel​la αより)

※1 故・河口俊彦八段
1936年生まれ、神奈川県出身の将棋棋士。1966年に29歳でプロ入り。将棋ライター。2002年に引退。現役棋士時代から将棋観戦記、エッセイなどの著述で活躍。中でも「将棋マガジン」誌の連載「対局日誌」は、長期連載となり人気を博した。

※2 木村一基
1973年生まれ、千葉県出身の将棋棋士。1997年に23歳でプロ入り。竜王戦1組通算8期、順位戦A級通算4期。タイトル戦には6度挑戦しているが、いずれも破れている。棋風は、相手の攻め駒を辛抱強く攻め返して受ける粘り強さが特徴。

 ただ、なぜみんな言葉に詰まってしまったのかというと、塚田さんがソフトに真摯に向き合ったからだとも思います。塚田さんがギリギリまで誠実に最善を尽くそうとした結果、棋士のイメージや自負を裏付けてきたものが、電王戦では上手く機能しないことがハッキリしてしまったのではないでしょうか。

――少し流れを確認すると、第一局では人間側が勝利したものの第二局、第三局と落としてしまい、二勝一敗で迎えた四回戦、ここで塚田さんが負けると人間側の敗北が確定してしまう状況でした。そこで彼は持将棋に持ち込んだあげくに、最後は指で数えてコンピュータと対峙したあげくに、引き分けへと持ち込んでいったんです。この場面はある意味で、「興行」としての電王戦における全ての回を通じてのハイライトだったようにも思います。

盤上を指差し確認しながら計算をする塚田棋士。この「プロの執念」は、視聴者たちの熱狂を呼んだ。
(画像は第2回 将棋電王戦 第4局 ​塚田泰明九段 vs Puel​la αより)

久保氏:
 SYNODOSの記事に対して、「塚田さんの箇所で泣いた」という反応が結構あってビックリしました。書いてる本人としては、そんな風には全く考えてなかったですから。

――実は、僕もあの対局では少し泣いてしまったんです(笑)。終了後の会見で、塚田さんご自身もハンカチで目頭を押さえながら、話されていましたよね。ニコ動のタグで言うところの「謎の感動」があったのは確かです。

久保氏:
 電王戦の全体を通じてそうなのですが――特に第二回は、棋士にしても観客にしても、感情が抑えきれなくなる場面が非常に多かったですね。
 これについては最近僕なりに結論が出たので、少々キャッチフレーズ的に言いますと――「将棋が、情動のゲームでもあることが明確になった」ということだと思うんです。純粋に知的なゲームだと思われているけど、必ずしもそうではない。将棋の対局というものは、知性と情動の絶妙な組み合わせのなかで行われていて、ソフトという異質な相手を前にしてそのバランスが不安定化したことで、見えにくかった情動の部分が一挙に噴出してきたのではないか、と。

「異種格闘技戦」としての電王戦

――その意味では、ドワンゴが電王戦のPVで、総合格闘技イベントPRIDEのPVなどを製作してきた「佐藤映像」【※】と組んだのは象徴的かもしれないですね。僕自身も仕事で佐藤映像さんとご一緒したことがあるのですが、「え、この素材から!?」というくらい実に見事に、まさに「情動」を煽るPVを編集してくれるんですよ。塚田さんの対局も、総合格闘技と言うよりはプロレス的なのかもしれないですが、人間がやけっぱちで腕をぶんぶん振り回したらどうにかなったような、格闘技の興行に通じる面白さがありました。

※佐藤映像
総合格闘技“PRIDE”の選手紹介映像は、抜群の「煽り映像」としてファンの支持を集めていた。それを手がけていた佐藤大輔氏が、フジテレビとPRIDEの契約解除後にフジテレビから独立し、設立した映像制作会社。

久保氏:
 電王戦そのものが、PRIDEやK-1のような「異種格闘技戦」に近いものだったと思っています。どちらも、かなり違う原理で動いているプレイヤー同士が、たまたま勝ち負けの面で同じ土俵に立てたから成立したイベントだと言えるでしょう
 ただ、異種格闘技って、どちらか一方だけが勝ち始めたらおしまいなんですね。

――確かに(笑)。

久保氏:
 あるいは、観客には訳が分からない駆け引きに突入していく。有名なのは1976年の「アントニオ猪木対モハメド・アリ」【※】ですね。あれを毎回やられたら観ている方はたまったもんじゃないですよね。

柳澤健『1976年のアントニオ猪木』(文藝春秋・2007)
(画像はAmazonより)

※アントニオ猪木対モハメド・アリ
新日本プロレスのアントニオ猪木と、ボクシング世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリによる異種格闘技戦。1976年に武道館で行われた。ビッグマウスで有名だったアリの挑発に猪木がのった形でマッチングが実現。タカを括っていたアリ陣営が来日後、猪木陣営の本気ぶりにルール変更を要求し、立った状態からのあらゆる攻撃が禁止された。6月26日に試合開始のゴングが鳴ると、猪木はスライディングでアリを転倒させて技に持ち込もうとしたが成功せず。以後、リングに寝転がりアリを挑発して近づいたところに足払い(いわゆるアリ・キック)を連発する猪木と、猪木を挑発して立たせようとするアリという膠着状態に。第6ラウンドに猪木がアリを転倒させたときも、ロープ際だったためにすぐにブレイク。こうして3分15ラウンドが過ぎ、判定の結果、引き分けとなった。その後、紆余曲折あって猪木とアリは親交を深め、アリは自身のテーマ曲“アリ・ボンバイエ”を猪木にプレゼントし、有名な“イノキ・ボンバイエ”が誕生している。

 IBMのディープ・ブルーと対戦したガルリ・カスパロフ【※】が、ニコ生で羽生さんと対談した際に、「全ての自動車がウサイン・ボルトより速いからといって、私たちがオリンピックを見ることに変わりはない。これは世界の終りではない。人間同士の戦いが生みだす感情や熱狂が何よりも重要なのだ」と語っています。ただ、現在のソフトは「車がボルトと同じぐらいでしか走れなかった時期」にあるとみなすこともできます。そうであれば競争をみたくなりますよね。

※ガルリ・カスパロフ
1963年生まれの元チェス選手。ヨーロッパにおける「頭のいい人」の代名詞とすら言われ、初戴冠した22歳から15年連続で世界王者に君臨し続けた伝説のチェスチャンピオンである。日本では特に、IBM製チェス専用コンピュータ「ディープ・ブルー」と「人類代表」として闘いを繰り広げた人物としても有名。

――今後圧倒的な成長が約束されたAIという存在が、一瞬だけ人間と拮抗する瞬間があって、そこを興行として捉えたのが電王戦だった、と。

久保氏:
 ただ、そこは異種格闘技戦ですから、レギュレーションの問題も絡んできます。レギュレーション次第でいくらでも結果が変わってしまうところがあって、そこは第三回以降に大きくクローズアップされていくことになりますね。

――そこは、まさに第五局とも関わってくる話ですね。現状、三浦九段(当時は八段)は何百台というクラスターで動く人工知能と真っ正面から戦う体験をした、おそらくは唯一の人類だと思うんです。結局その後の電王戦では、ソフト側はパソコン一台で戦うという制約がレギュレーションに追加されてしまいましたから。

久保氏:
 さらに言えば、パソコンの性能をもっと落としさえすれば、勝敗は簡単にひっくり返ってしまう。興ざめになるからみんな無視してますけど、どちらかが勝つかはレギュレーション次第という部分も確実にあります。

 ここで問われるのは、「一」とは何かということだと思います。人間同士のゲームであれば、「一対一」でやることの意味は明白です。だけど、何百台のクラスターで動くソフトは「一」なのか。ソフトには、私たち人間が自明視している心身のあり方を素朴に当てはめられないわけです。

――羽生さんが新著『人工知能の核心』の中で「AlphaGoはパソコン一台でやってるとは言うものの、試合前の学習はGoogleのデータセンターを使ってるし、そのソフトには自分も含めて全てのプロの棋士が指した手が入ってる」という内容の話をしています。

久保氏:
 過去の棋士の棋譜を学習しているのは、人間の棋士の場合も同じではあると思います。
 ただ、先行世代に学んだ若手棋士が強くなっていく過程は、データもプログラムも複製できるソフトが強くなっていく過程と同じようには捉えにくいようにも感じます。これは、主体の境界線をどのように設定できるかという話であって、実際には常にグラグラ揺れてしまう部分ですね。

 これは文化人類学においても大事な問題です。例えば、精霊や妖術の存在を前提に暮らしている人々は、私たちが考えるのとは違う基準で現象を捉えている。それをこちらの基準で全て記述してしまうと、こちら側の理解での記述にしかならない。同様に、「一つのソフトが戦っているように見えないから、クラスターは禁止しよう」というのも、こちら側の基準になんとか当てはめているにすぎないわけです。

(画像は第2回将棋電王戦 第2局佐藤慎一四段 vs ponanza PVより)

 もちろん、複数の基準を合わせていく作業やそれを基礎づける理論も探求されますが、文化人類学ではまず「統一的に俯瞰できるような視点はない」という前提から出発して、記述・分析していくことになります。こういうところは、ソフトに対する棋士や、若手棋士とベテラン棋士の関係にも近いところがあると感じています。

いまなお言葉を失ったままの第五局

――そして第五局についてなのですが、僕も決して将棋に詳しい人間ではないので見聞した情報からの印象でしかないのですが、正直なところ圧倒的な大差をつけられて人間が敗北した戦いだったのかな……と思うんです。なんかこう、色々な人たちの分析を総合すると、いわば超高性能の巨大ロボットが大地を蹂躙していく中を、「A級棋士」という人類最強クラスの剣士が刀で挑んだものの、やっぱり全く刃が立たずにそのまま押しつぶされていった……みたいな、もはやシュールな光景に近いものだった印象さえあって……。

久保氏:
 第五局三浦-GPS【※】戦については、第二回の他の対局とはかなり異質な印象がありますね。

※GPS……GPS将棋。東京大学大学院総合文化研究科の教員・学生によるゲームプログラミングセミナーのメンバーが中心となって開発された将棋ソフト。「第二回将棋電王戦」で三浦弘行と対戦し、勝利した。
(画像は第2回 将棋電王戦 第5局 ​三浦弘行八段 vs GPS将​棋より)

 あの対局は、誰もうまく説明できなかった。将棋の上手い人間が「ダメな手だ」と考えるようなGPSの指し手が、どんどん「問題ない手」、「むしろ良い手かもしれないもの」になっていく。でも、それを理解して語れる人間がどこにもいない……。僕もニコ生の中継を見ていたのですが、視聴者のコメントがだんだん「何も言うことがない」というムードになっていた記憶があります。

――この三浦さんの対局って、今もなおどう捉えていいのかわからない異形の何かになっているようにも見えるんですね。

久保氏:
 600台を超えるPCをつないだ当時のGPSがノートPC一台で動く今のPonanzaより強いのかというと、そうではないかもしれません。でも、あの当時、桁違いのクラスターを組んで勝負してしまったときに、小舟が戦艦にぶつかったような戦いになってしまったんだと思います。

(画像は第2回将棋電王戦 第5局 三浦弘行八段 vs GPS将棋 PVより)

 三浦八段はこの一戦を太平洋戦争での敗戦に喩えています。一国の常識では測れないような、全く基準が違う者同士がぶつかった対局になってしまったという印象が、彼自身にもあったのだと思います。

――興行としては「異種格闘技」の成立条件をスコーンと超えてしまった対局だった、という評価でいいのかな、とは思うんです。でも、数理的なゲームとしての将棋という面ではどう捉えたらいいんでしょうか。例えば、AlphaGoとイ・セドルの対局が終わったときに、知人のゲームライターがFacebookで「人類に囲碁は早すぎたんだ」ということを書いていたんです。囲碁の長い歴史でさえ全く定跡が積み重ねられていない、あんな「中央」から攻めまくる手が当たり前にAIによって打たれる中で、「俺たちは囲碁をどこまで理解していたのか」となっているのが、今の囲碁の状況としてあると思うんです。

久保氏:
 将棋が囲碁と違うのは、そこまで劇的にソフトとの差が開かないなかで対戦が行われてきたところですかね。第五局のGPSの新手も、定跡に入ったかはともかくその後に研究されていますし、直後に行われた順位戦では、屋敷伸之九段【※】がGPSとほぼ同じ手を三浦さん相手に指しています。

 だれもが説明できなかったような手をすぐに公式戦で使ってみてしまうわけですから、棋士というのは、つくづくとんでもねぇ人たちだなぁ、と思いますね(苦笑)。

屋敷伸之
1972年生まれ、北海道出身の将棋棋士。1988年に16歳でプロ入り。最年少である18歳で棋聖のタイトルを獲得。「第三回将棋電王戦」第五局で「Ponanza」と対局するも敗北。棋風は、居飛車、振り飛車ともに指すことのできるオールラウンドプレーヤーである。

――メチャクチャ面白いですね(笑)。

久保氏:
 もう一つここで強調しておきたいことがあります。
 GPSが訳の分からない手を指し始めたときの控え室の雰囲気を、記者が「楽しかった」と書いている記事があります。
 この記事では「『わからない』ということは、将棋にとってネガティブなことではない。『わからない』からこそ、面白いのだ」と書かれていますが、三浦さん自身も「自分より明らかに強い相手と指すという、将棋本来の楽しさを思い出させてくれた」、「GPSは指していて楽しい相手だった」と後にインタビューで語っています。

※第二回電王戦終了後につくられたPV

――それも……凄く面白い話ですね。実際、正月にAlphaGoが「Master」のHNでプロ棋士たちをどんどん破っていった事件があったじゃないですか。囲碁を知らない人間たちはそれを見て「ああ……」とガックリしていたのですが、むしろプロ棋士たちは囲碁の新しい可能性に大興奮していたんですよ。

久保氏:
 三浦さんも、そのインタビューで「将棋連盟の棋士として勝たなければならないという立場を別にすれば」という言い方をしていて、「どこか誰も知らないところで対戦できていれば、どんなに良かっただろう」とも語っています。相当なプレッシャーがかかっていたとわかる一方で、やはり将棋は訳がわからないものが出てくる時が一番楽しいんだな、と思いますね。

――まさに冒頭で、自分の足もとの地盤が崩壊していくような体験を繰り返しながら、強くなっていくゲームだと仰っていましたもんね。やはり3.11のときの久保さんにも、その楽しさはあった感じですか。

久保氏:
 そうですね。まぁ、単純に楽しいとは言いにくい経験でしたが。
 将棋の場合、上を目指して強くなろうとするほど、上から目線で見下されてしまう。「やっとここまで俯瞰できるようになったぞ」と思っても、すぐに強い人に打ち砕かれて、自分はまだまだ何も理解してないことを突きつけられる。分からないことが「楽しい」と感じられる人ほど強くなれるゲームだと思います。

――ドワンゴの電王戦にしても、GoogleのAlphaGoにしても、「AIにやられて人間の領域が奪われていく!」と慌てているのは外側の人間たちで、むしろ彼らプロ自身は「こんな風に世界が広がっていくなんて」「もっと将棋が強くなれる可能性があるなんて」とワクワクしている感じがあります。まあ、ちょっと美しい面だけを見すぎているのかもしれませんけど……こういう姿勢はまさにAIに対して、21世紀に僕らがどう向き合うべきかを示唆しているような気もするんです。

久保氏:
 棋士のひとたちは、僕らが普段の常識の中で考えている範囲を超えた存在に対して、ある種突き抜けた異質の感覚を持っていると感じます。それを将棋界全体で大事に守って、発展させてきたことの凄さが、むしろソフトとの対局を通じて見えてきたのではないでしょうか。こうした感覚をどんな条件が支えているのかは、AIと人間の今後の関係を考える上でも、深く掘り下げるべきものではないかと考えています。

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