「本講演はマップデザインにおいて、ゲームデザイナーが使える「武器」の種類を増やすことが目的である」
去る9月1日、パシフィコ横浜にて開催されたゲーム開発者向けカンファレンスCEDEC 2017にて、4Gamer.netなどのサイトでゲームライターとして活躍する徳岡正肇氏(@goodhuntstalker)が登壇した。
『ゲームにおける「マップ」のデザイン~アナログ(ウォー)ゲーム制作の知見から』と題された講演は、氏が得意とするボードゲーム、ウォーゲームの知見から、STG、RTSなどの一般的なマップデザインにまで、深く切り込むものだった。
「ゲームマップの構造には、マップロジックによって様々な種類がある。それぞれの種類には、また特有の利点や欠点がある」――そう語りはじめた氏の言葉は弾丸のように早く、それでいて非常に納得感のあるもの。30分のショートセッションはまたたくまに過ぎていった。
筆者もまた講演を聴講したが、その洗練された内容に手を加えて再構成することは、他人の優れた絵画によけいな一筆を加えることに等しいとさえ感じてしまった。そこで本講は徳岡氏の許可を得て、講演の内容をできるだけ忠実に反映することにした。
氏の知見は、あの日あの場所においてのみ明かされた“秘術”にしておくには、あまりにも惜しいものであったからだ。
筆者として断言できることはただひとつ。この講演は、ゲームデザイナーに留まらず、すべての人にとって確実に有益なものである。というのも、少々ルポとしては大げさな言葉を許していただくなら――これはゲームの枠を利用して、世界の真理に到達せんとする試みのように思えるからだ。
取材・文/藤田祥平
ウォーゲームの基礎となる七つの「マップロジック」
「良いゲームシステムであっても、マップの構造とシステムがフィットしていない例は、多くあります。先入観を払拭するために、情報を整理していきましょう」
徳岡氏はまず、この講演の内容が一般的なボードゲーム、とくにウォーゲームの知見に基づくものであることを説明した。続いて、一般的なマップの種類を7種に大別。それらの呼称を、以下のように定義した。
・現実空間をそのまま使う
・ジオラマ/一般的な平面地図の利用
・トライアングル
・スクエア
・ヘクス
・AtA(エリア・トゥ・エリア)
・PtP(ポイント・トゥ・ポイント)
続けて、徳岡氏は、「個別のゲームのマップデザインにおける、万能薬は存在しない」と断言してみせた。ほんのわずかなデザインの差がゲーム全体を「クソゲー化」する事例はこれまでに数多くあったし、その一方で縦方向に0.5マスぶんマップを拡げただけで、それまでクソゲーだったものが、突如としてゲームデザインが動きだすようになったこともあるという。
なるほど。たしかに、それぞれのマップデザインには一長一短があるだろう。しかし、どこがどのように? 首をもたげてきた筆者の疑問が形を取るよりも早く、氏は7種のデザインにすばやく切り込んでいった――。
マップデザインその1:現実空間
はじめに紹介されたのは、意外にも現実空間だった。
氏が「現実空間をそのまま使う」ものの実作例として挙げたのは、サバイバルゲームや『Pokémon GO』、バックパックを背負ってプレイするVRゲームなどだ。さらには先進的な例として、既存のスポーツをコンピューティングによって強化する「超人スポーツ」【※】のような、意表を突くものも挙げられた。
※超人スポーツ
「人機一体」というキーワードのもと、現代のテクノロジーを駆使して人間の身体能力や使用される道具、フィールドなどが拡張(強化)されたスポーツを指す。また超人スポーツの定義には、観戦の拡張も含まれており、そのエンターテインメイント性にも期待の声が高まっている。
さて、この方式の利点は、そもそもプレイヤーの体験が特殊であることだ。拡張された現実空間がそのままゲームマップになる体験は、それ自体が特異で、価値がある。
筆者はここで、大人になった遊び手たちが公園に回帰していくような未来を想像した。しかし、その未来は、『Pokémon GO』によってすでに達成されていると言ってよい。
では、弱点とは? ――やはり身体的な危険だろうと、氏は言う。
筆者の身近なところでも、先日中国取材を行った弊誌編集部のメンバーが、展示されていたVRコンテンツを試遊中に負傷した事例があった。また、運営側のコストが高いことも見逃せない。
ふつうのゲームでは起こり得ないような特異な事象――たとえば「警察がやってくる」ような類いの、現実世界に強く作用する独特なリスクが存在しているのだ。
VRFPS用の滑る靴。電ファミの編集の人が中国語が分からず終了後に転んでしまい、スタッフのお姉さんも「このスタジオはじまって最初の転倒者を出してしまいました…」と落ち込んでいたんだけど。医者にかかったら肋骨にヒビが入っていたらしく、仮想現実で本当に負傷した人間になってしまった。
— 模範的工作員同志/赤野工作 (@KgPravda) August 21, 2017
ゲームボードは現実空間とゲームの接点である。そして現実空間は、一部のゲームボードの原点ともなっている。この氏の指摘は、素直に納得できる話ではないだろうか。
そもそも屋外で行われる子供たちの原始的なプレイフィールドが、とりもなおさず現実空間であり続けてきたことからも明らかだ。氏は続けて、「多かれ少なかれ現実をシミュレートしようとしているゲームは、現実空間をどのようにゲームボードに落とし込むのかという問題から、絶対に逃れることはできない」という。
そして、「なので、ゲームのマップを考えるときは、現実の空間がどのような構造をしているのか、意識しておくことが非常に重要である」と語ってみせた。
マップデザインその2:ジオラマ
意表を突くような最初の例に続いて紹介されたのは、ジオラマだ。
こちらは、ゲーマーには見慣れた種類のものだろう。コンピューティングによって擬似的なジオラマを再現し、それをもってマップとするもので、ほとんどのRTS【※1】やFPS【※2】に当てはまる。
※1 RTS
Real Time Strategy(リアルタイムストラテジー)の略。戦略シミュレーションに属するジャンルのゲームで、ターン制ではなく、リアルタイムで変化する戦況を捉え、リアルタイムでユニットを操作するタイプのものを指す。
※2 FPS
First Person Shooterの略。プレイヤーもしくは主人公の一人称視点でゲーム内の世界を任意で移動する3Dのアクションシューティングゲーム。
このジオラマ、PCでこの方式が主流であるのは言うまでもないが、じつはアナログゲームにおいても「王様」なのだと氏は言う。というのも、アナログゲームで大きな存在感を持つウォーゲームの重要な評価点として「現実の再現度」があり、ジオラマはその精度がもっとも高いからだ。
だが、それにもかかわらず、アナログゲームではそこまでジオラマは一般的ではない。それは生産コストが非常に高いことと、ゲームプレイに際して、コマを10インチ動かすために定規を当てるといった、非常にコアな作業が要求されることも一因であるという。
では、アナログゲームではなくて、この「マップの王様」をPC上で描いた場合は、どうか。氏は、これでも上手く使いこなせなければ駄目になると断言する。
例えば、急坂による自陣ユニットの移動力低下がUIで具体的に図示されていない場合、あるいは敵陣ユニットの射程範囲が明瞭でない場合――そうしたシチュエーションを徳岡氏自身は「個人的には大好きだ」としながらも、「しかし、一般的にはクソゲーの評価を下されるだろう」という。
確かに、実際にユニットを動かしてみるまで結果がわからないプレイフィールは、プレイヤーが戦場をコントロールしている感覚を低下させるものである。もちろん、その低下を喜ぶか嘆くかは、プレイヤーの性質によるのだが。
そもそもターン制【※1】のおもしろさは、PDCAサイクル【※2】をノーリスクで回せる点にある。ここで、P(計画)とA(実行)の決定の拠り所となる情報が不明瞭だと、プレイヤーはストレスを感じることになる。ひるがえっていえば、PCの世界市場を見渡したときにジオラマが優勢である理由もまた、ここにある。
なにせ意志決定に必要な情報について、かえって明確な状態で全てのUIが差し出されたものにならざるを得ないのだ。
そんな状況に置かれたプレイヤーは、たしかに非常な快感を覚える。ジオラマがマップの「王様」であることも、じゅうぶんに納得できる話だ。
※1 ターン制
複数のプレイヤーが順番にアクションを起こすゲーム方式のこと。ターン制は、多くのテーブルゲームに採用されているほか、RPGや戦略シミュレーションゲームなどにも採用されている。
※2 PDCAサイクル
Plan(計画)Do(実行)Check(評価)Action(実行)の頭文字を合わせた造語。4段階を繰り返すことによって、業務を継続的に改善するための指標とされている。
マップデザインその3:トライアングル
続いて、ジオラマと対照的に「ニッチなもの」として紹介されたのは、トライアングルマップだ。ゲームボードに三角形を埋め尽くす、ちょっとめずらしい方式である。
実作例でもっとも有名なものとしては、「ダイヤモンドゲーム」【※】などが挙げられる。この方式の利点は、「前後左右に対する直進性があること」、「三人プレイするゲームに適合性が高いこと」だという。
「直進性」の観点は講演の続きで重要なキイになってくるし、三人プレイというデザインそのものが非常に特異なものである。いずれの利点も、ほかのマップロジックではなかなか解決しづらい問題をクリアするものだ。ただ、この方式自体が「極度にマニアック」であり、また「語り始めると一時間は止まらなくなる」とのことで、省略させてもらうとのことであった。
たしかに、恥ずかしながら筆者も「ダイヤモンドゲーム」以外でトライアングルマップを見たことがない。CEDECの資料アーカイブサイト、CEDiLにより詳しい資料がアップロードされる【※】とのことなので、気になる方はそちらを追いかけてみてもいいだろう。
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マップデザインその4:スクエア
続くマップは、スクエアだ。これはゲームボードを四角形で分割し、埋め尽くすものである。先ほどのトライアングルから、マップとしての抽象度が上昇していることに注意されたい。ちなみに、次はヘクス(六角形)のマップであり、三角形・四角形・六角形と図形の頂点数を増やしながら議論は進行した。
さて、このスクエアマップは、『ファミコンウォーズ』【※1】、『ファイアーエムブレム』【※2】、『シヴィライゼーションⅣ』【※3】などの、名作と名高い多くのゲームが採用してきたものだ。国産のストラテジーゲームにも多く採用されているので、なじみ深い方も多いだろう。
だが、この一般的なものでありながら、面白さも盤石であるように思えるスクエアマップにも、じつは泣き所があるというのだ。
※2 ファイアーエムブレム
1990年、任天堂から発売されたファミコン用シミュレーションRPG。シミュレーションRPGというジャンルとその人気を確立させた草分け的存在とされる。
※3 シヴィライゼーションⅣ
『Sid Meier’s Civilization IV』。Windows版(2005年発売)、Mac OS X版(2006年発売)がある。紀元前から21世紀までの歴史のなかで、人類文明の発展をめざすターン制のストラテジーゲーム。画面がフル3Dとなり、操作性が向上した。
それは、「斜め」の概念だ。
斜め方向の「距離2マス」と、「射程距離2」には、幾何学的なずれが存在するのである。これは画像をご覧いただくとわかりやすいだろう。
赤いグリッドが「距離2マス」、黄色い縁のもっとも外側のものが、「射程距離2」としよう。ここで注目したいのは、黒いクエスチョンマークのマスである。見た目的には「射程距離2」に含まれてほしいが、実際にはそうではない。
次に、赤いクエスチョンマークのマスはどうか。こちらは逆に直感的には「射程距離2」ではないように見えるが、しかし円は被っている。しかも、この矛盾は、始点との距離が大きくなるほどに拡大していくのである。
つまりは、戦闘ユニットのキャラクターに個性をつけるために「移動距離2」、「射程距離2」を設定すると、とたんに矛盾が生じてしまうのである。
むろん、「移動は赤いスクエアに従うが、射程は黄色い円に従う」という解決法はある。
だが、この解決法は、ゲームプレイの観点からは最適解ではないのかもしれない――と、徳岡氏は問題提起する。
というのも、ゲームプレイが大味になってしまうのだ。例えば、「斜めに隣接しているユニットも攻撃可能である」という設定を許容した場合を考えてみよう。すると、互いがもっとも弱いユニットを効率的に囲んで、ひたすら早く駆除していくプレイスタイルが唯一真正なものになってしまうのである。
だが、スクエアマップに、やはり確実に利点が存在するのも見逃せない。その最大のものは、直交するオブジェクトが多いマップを再現しやすいことだ。とくに、屋内を再現するには最適である――なぜなら、世の中のほとんどの建物は四角形をベースに作られているわけだから。その差違は、後述するへクスマップの市街地の処理と比較すれば、あきらかである。
徳岡氏はスクエアマップについて、「斜め方向の弱点が目立つが、逆に言えばそれ以外に目立った弱点がない」と評した。
また、「そもそも敷居が高くなりがちなストラテジーゲームのなかで、なじみ深いものであるという意義は大きい」とも。そしてまた、自身が指摘した斜めの矛盾についても、「敵と味方がおなじ矛盾を抱えているのならば、それは必ずしも矛盾ではない」と断言し、ゲームプレイのフェアネス自体は保証されていると語った。
ただ、微妙な問題がひとつだけ残っている――その問題については、つづくへクスマップの構造とあわせて解説したい。