君は1ダメージがどのようなものか“体感”したことはあるだろうか?
私はある。なぜなら『ドラゴンクエストVR』(以下『ドラクエVR』)を体験したからだ。
『ドラクエVR』は、VR ZONE SHINJUKUにて2018年4月27日から稼働しているアトラクション。プレイヤー4人でチームを組み、モンスターと戦うという内容だ。
職業は戦士(近接攻撃)、魔法使い(遠距離攻撃)、僧侶(回復)の3つが用意されており、それぞれ剣や杖のデバイスを持ち、ヘッドマウントディスプレイをかぶり、バックパック型のコンピューターを背負ってVR空間へと出発する。
ふたりが戦士、ひとりが魔法使い、そしてもうひとりが僧侶となり、VR空間の中で王様に導かれ、歩きまわってモンスターと戦い、最終的には大魔王ゾーマと戦うことになる。
筆者はその場に集まった3人の勇者とともに、戦士として押し寄せてくる“まもののむれ”と戦ってきた。
じつを言うと、私は当初不安だった。不安の理由はプレイ時間にある。『ドラクエVR』のプレイ時間は、約20分。
20分という時間の中で『ドラクエ』らしさを感じられるのだろうか。
最初に王様が出てくるのはわかる。モンスターもおなじみのあいつらだ。けれど『ドラクエ』の世界をVR空間に表現しつつ、『ドラクエ』らしさをプレイヤーに体験させることができるのだろうか?
そんな心配を抱きながらの体験であったが、20分後、私はヘッドマウントディスプレイを外しながらこう思っていた。
「今のは完全に『ドラクエ』だった……」
待ってくれ、君の5分を貸してくれ。
『ドラクエVR』の何が『ドラクエ』だったのか、ここで説明させてほしい!
勇者と魔王のロールプレイング
そもそも『ドラクエ』らしさとは何なのだろう。鳥山明デザインのキャラクター? すぎやまこういちの音楽? 確かにどちらも、一発で『ドラクエ』とわかるアイコンのような存在だ。
けれど『ドラクエ』の生みの親であり、中心人物と言えるのは、やはり堀井雄二氏だろう。
【堀井雄二インタビュー】「勇者とは、諦めない人」――ドラクエが挑んだ日本人への“RPG普及大作戦”。生みの親が語る歴代シリーズ制作秘話、そして新作成功のヒミツ
※ 堀井雄二
1954年生まれ。「ドラゴンクエスト」シリーズの生みの親で知られる日本のゲームデザイナー。学生時代からフリーライターとして活動し、その後、アニメカルチャー誌「OUT」の読者コーナーなどを担当。『ポートピア連続殺人事件』などを手がけるかたわら、「週刊少年ジャンプ」のゲーム紹介ページを担い、その後も「ドラゴンクエスト」シリーズ、「いただきストリート」シリーズなどゲームデザイナー業を中心として活躍。
『ドラクエ』シリーズの原点は、堀井雄二氏のある思いにさかのぼる。
堀井 僕はもともとロールプレイングにハマっていたんですよ、『ウィザードリィ』とか『ウルティマ』とかにね。それらを自分で遊んで、すごく面白いと思ったんですけど、敷居がすごく高かったんです。
(中略)
堀井 そこで、いかにカンタンにロールプレイングの面白さをわかってもらえるだろうかということで、 いろんな仕掛けを入れてつくったのが『ドラクエ』なんですよ。
(引用は 社長が訊く『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』より)
堀井氏は、RPGの面白さを、日本に広めたかったのだ。
※堀井氏とともに最初期の『ドラクエ』を作っていた宮岡氏へのインタビューでは、いかに遊びづらかったRPGというものから、『ドラクエ』が面白さを抽出していったのかが語られている。また、電ファミの多根清史氏の記事では、『ウルティマ』と『ウィザードリィ』の2つがどのようにして『ドラクエ』となったのかが論じられている。
ロールプレイングゲーム……つまり役割(ロール)を演じる(プレイング)ゲーム。
考えてみれば、『ドラクエ』シリーズはずっと”勇者”という役に没入できるように作られていた。主人公が“はい”、“いいえ”以外に言葉を発するシーンがないのも、プレイヤーが勇者に自身を重ねるための設計思想だ。
勇者が魔王を倒すというのが大筋のストーリーとなっているのも、その一例だろう。
シンプルにすることで、より没入感を深め、プレイヤーに想像の余地を残す。
「王様に頼まれてお姫様を助け、最終的に魔王を倒す」という初代『ドラゴンクエスト』(以下、『I』)のストーリーは、テキストも語りも切り詰めて、削って削って磨かれ抜かれた宝石みたいなもので、昔話を思わせるほどシンプルだ。
このシンプルさがあればこそ、当時RPGというジャンルを遊んだことがなかった多くの人々に、『ドラクエ』は受け入れられた。
この『I』で成立した勇者と魔王の物語の型は、シリーズを通してずっと受け継がれている。形や事情はどうであれ、倒すべき魔王が必ず存在するのだ。
そして、しっかりとした型があるからこそ、プレイヤーはゲーム内で迷わずに勇者になれる。
『I』では主人公はいにしえの勇者ロトの血をひくものとして最初から勇者扱いされるが、王様から最初に渡されるのは、120Gとたいまつとかぎだけだし、レベルも1しかない。
主人公は冒険の中で徐々に魔王を倒すための力をつけていくのだ。
最初は弱くとも、ストーリーを進めていくにつれてレベルは上がり、魔王を倒すための力やアイテムを手に入れていく。旅する中で“世界を救う”という強い動機づけがなされ、プレイヤー自身が「冒険者」から「勇者」となっていく。
この変化、勇者という役に入り込ませることが、ロールプレイングゲーム『ドラクエ』の核となる部分なのではないだろうか。
そしてVRへ…
さて『ドラクエVR』の話に戻ろう。
冒頭で私は『ドラクエVR』の『ドラクエ』らしさを心配していたけれど、これは杞憂であった。
役に没入させるという点で、身体を動かす体験型VRほど適したツールはないのではないだろうか。
短い体験時間であっても、そこには“ロールプレイング”、『ドラクエ』の魂が息づいていた。
『ドラクエVR』は、あらかじめ職業が書かれた冒険の書に自分の名前を書き込むことから始まる。
職業、つまり役割だ。ロールプレイングはここから始まっている!
その後、操作説明を受け、ヘッドマウントディスプレイと剣や杖のデバイス(意外と重い!)を持って他の3人の仲間とともにゲームの世界に迎え入れられる。
プレイの中心は、“まもののむれ”と戦うことだ。むしろそれだけに絞られているといってもよい。プレイして驚いたのだが、モンスターはかなりたくさんやってくる。プレイヤーはおのおの武器を振るったり、呪文を放って立ち向かうのだが、これがなかなか大変だ。
剣は重いし、狙いが外れると攻撃はひらりとかわされてしまう。ただ敵に当たると感触のようなものがある。あとで説明を受けてわかったのだが、剣のデバイスには中に動くおもりが入っており、敵によって異なる感触を体感できるようになっている(開発者のこだわりポイントとのこと)。
ダメージはオリジナルの『ドラクエ』とは異なり、攻撃2回分で倒されることになる。一発食らうと画面が白黒になり、もう一発食らうと行動不能状態を表す光の柱になってしまう。今回の1ダメージは痛いのだ。
戦闘では、前衛と後衛の役割分担が重要となる。
盾を持っている戦士は後ろの僧侶と魔法使いをかばわなければならないし、魔法使いは呪文を飛ばして遠くの敵を倒し、僧侶は傷ついた仲間や光の柱になってしまった仲間を回復する必要がある。
プレイヤーの声はマイクとヘッドホンを通して仲間に届くので、コミュニケーションをとりつつ助け合わなければならないのだ。
その場で4人が共闘しているからこその体験もできた。
『ドラクエVR』の“さまようよろい”は強敵だった。大きな盾で攻撃を弾いてくるし、隙を見せると斬りつけられる。なかなか倒せず苦戦していたところ、横から“ドラキー”が突撃してきた。
「あぶない、やられる!」と覚悟を決めた瞬間、火の玉が飛んできて、“ドラキー”に命中した! 魔法使いが守ってくれたのだ。これぞ『ドラクエVR』という体験だった。
何度か“まもののむれ”を撃退すると、物語はクライマックスを迎える。
見上げるほどの大きさの大魔王ゾーマとのバトルとなるのだが、ここで筆者たちを衝撃的な出来事が襲った。
回復役の僧侶がゾーマの氷の呪文を受けて倒れてしまったのだ。
『ドラクエVR』では僧侶以外に回復呪文を使える職業はおらず、僧侶はパーティーにひとりしかいない。僧侶は盾を持った戦士の後ろに隠れていなければならなかったのに、つい前に出てしまったのだ。
「僧侶、こんなところで死なないでくれ」──その場でたまたま集まっただけに過ぎない突貫勇者チームの心が不本意ながらここでひとつになった。
これはもう総攻撃しかない。パーティーが全滅するのが先か、ゾーマが倒れるのが先か。激しい氷系攻撃をギリギリでかわしつつ、弱点の第三の目を狙って剣を振るい、呪文を放つ。
戦士は勇敢に戦ったし、魔法使いは後方から強力な呪文を撃ちまくっていた。僧侶はきっと戦士たちを慈愛の眼差しで見つめていたことだろう(倒れていたけど)。
視界は白黒になり、剣を持つ腕もリアルにほとんど上がらなくなるほど熾烈な戦いのすえ、ついにゾーマが膝をついた……。魔王を倒したこの瞬間、我々は確かに勇者だった。
従来の『ドラクエ』が、ストーリーを体験する中でプレイヤーを“勇者”にしていたところを、『ドラクエVR』は、実際にプレイヤーに剣を振るわせ、仲間と連携をとらせることで、「お前が勇者なんだ!」というメッセージを伝えてくれたわけだ。
ある役割(戦士・魔法使い・僧侶)を与えられて、冒険に踏み出し、戦闘を通してその役割を全うするという経験を、全身で感じさせてくれた『ドラクエVR』。
その冒険は紛れもなく、『ドラクエ』であり、“勇者”のロールプレイだった。ヘッドマウントディスプレイを付けていたことすら忘れてしまうほどに。
……余談だが、このアトラクションの翌日、筆者はものすごい筋肉痛に襲われた。勇者って楽じゃないな。
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