都内を歩いていると、マリオっぽいカートで走っている外国人観光客を見ること、増えてきましたなあ。なかなか楽しそうで結構だが、筆者はそこはかとない違和感を覚えてしまう。
マリオカートが、そんなに整然と走っていいの!? さあ、障害物をバラまいて、相手を妨害だー! もちろん、公道でそんなコトをするのは重大犯罪。ココロのなかで思うだけですが。
それが天下晴れて許されるマリオカート。第一作『スーパーマリオカート』の発売が1992年だから、なんと25年も前だ。そして2017年の4月28日、新作『マリオカート8デラックス』(以下、『デラックス』)が発売された。
25年経っても人気抜群なのにも驚くが、第一作から連綿と使われ続ける妨害アイテムがあることにもビックリする。「バナナの皮」だ。
バナナの皮にカートが乗り上げると、滑ってスピンする。第一作『スーパーマリオカート』から最新作『デラックス』まで、これは一貫して変わらない。
だが、よく考えると不思議である。
人間がバナナの皮を踏んで転ぶというのは、古くからマンガやアニメやコメディ映画のお約束。しかし、筆者も半世紀以上生きてきたけど、友人知人が「いやあ、今朝バナナの皮で転んじゃって」などと言っているのを聞いたことはない。新聞の記事でも読んだことがないと思う。
2本の足で歩く人間でさえそうなのに、4輪で走る車がバナナの皮で滑るなどという現象が起こるのだろうか?
バナナの皮による事故はある?
警察庁交通局の発表によると、2016年に発生した交通事故は49万9201件。そのうち車輌単独事故は1万3781件だ。内訳は、工作物衝突6403件、駐車車両衝突832件、路外逸脱1052件、転倒3425件、その他2069件。
うーん、「路外逸脱」や「転倒」や「その他」は原因が不明だから、ひょっとしたらこれらのなかに、バナナの皮によるものが含まれていたりするのだろうか? もし本稿の読者に警察関係、道路関係の方がいらっしゃったら、ぜひお知らせください。
もちろん「マリオカート」シリーズの場合、バナナの皮は落ちているのではなく、レーサーたちが積極的にまき散らす。こういう状況なら、バナナの皮によるスリップ事故が多発するのだろうか?
バナナがデカい!
まずは、現場検証だ。4月28日に発売されたばかりの『デラックス』のデモ画面で、バナナの皮を探すと……うおっ、デカイ!
バナナは、下半分だけ皮をむかれた状態で、タコさんウインナーのようにコースに立っているのだが、高さがカートの車高の2倍ほどもある。カートの車高を50cmとすると、高さは1mということだ。それが上半分なのだから、全長は2m。世界を震撼させる巨バナナである。
これは普通のバナナと比べて、どうなのか。
近所のスーパーでバナナを買ってくると、可食部の入った部分の長さは17cm、重さは138g、可食部の重さは85gだった。つまり、皮の重さは53gということだ。
相似な物体では、重さは長さの3乗に比例する。『デラックス』のバナナの重さは、買ってきたバナナの11.8倍だから、重さは11.8×11.8×11.8=1628倍。
これが市販のバナナと同じ構造をしているとすれば、むかれる前は、可食部が138㎏、皮が86㎏、全重量が224㎏もあることになる! こうなると、皮だけで86㎏もある巨大なバナナを、走行中のカートから、どうやって投げたのかという問題が浮上する。
その場面を探すと、ややっ、マリオが投げようとしているバナナの皮は、ごく普通の大きさ。う~む、このバナナの皮は、普段は普通の大きさだが、投げると巨大化するのか?
まあ、キノコを食べて本人が巨大化するマリオの世界において、バナナが巨大化したぐらいで驚いてはいけないのかもしれないが……。
バナナはなぜ滑る?
バナナの大きさに驚いて、思わず買い物にまで行ってしまったが、問題は何一つ解決していない。バナナの皮で、車が滑ることがあり得るのか?
これに類する問題を、学術的に研究した科学者がいる。北里大学の馬淵清資(まぶち きよし)名誉教授【※】だ。
医療工学を専門とする馬淵教授は、バナナの皮の滑りやすさを人工関節などの潤滑に活かせないかと考え、バナナの皮を人間が踏んだときの滑りやすさと、その原因を究明し、2014年に「人を笑わせ、そして考えさせる研究」に贈られるイグノーベル賞を受賞した。
※馬淵清資
1950年生まれ。日本の工学者、北里大学名誉教授。「床に置かれたバナナの皮を人間が踏んだときの摩擦係数」を計測した研究で、2014年にイグノーベル賞(「人を笑わせ、そして考えさせる研究」に贈られる賞)の物理学賞を受賞した。下記ビデオの14分47秒〜はその授賞式での映像。どこかで聞いたことのあるメロディに「バナナはジョークの最終兵器〜」と自作の歌詞を乗せて突然ハイテンションで歌い出す馬淵教授と、歌い切る前に惜しくも制限時間をオーバーしてしまい、女の子に「もうやめてくれ」と連呼され続けるカオスな様子が収められている。歌についてはこちらに詳しい。
馬淵教授によれば、バナナの皮には粘液の入った袋がたくさんあり、圧迫されると、袋が破れて飛び出した粘液が潤滑油の役割を果たすという。なるほど、バナナの皮が滑りやすいというのは、科学的にもちゃんと理由があるのだな。
そして馬淵教授は、病院などの床に使われるリノリウムという材質の床に、バナナの皮を置いた場合と、直接床を踏んだ場合とで、靴の底との「摩擦係数」を測定したという。
摩擦係数とは「滑りにくさ」を表す数値で、値が小さいほど滑りやすい。
たとえば、車のタイヤとアスファルトの摩擦係数は、路面が乾いていれば1.0、濡れていれば0.2。氷とスケート靴のブレードでは、氷の温度や滑るスピードにもよるが、0.003~0.01と測定されている(『摩擦のおはなし』田中久一郎/日本規格協会)。
馬淵教授の実験では、直接リノリウムを踏んだ場合の摩擦係数は0.412だったが、バナナの皮を置いて踏むと0.066だったという。タイヤと濡れた路面の摩擦係数は0.2だったから、つまり「バナナの皮は雨の日の道路の3倍も滑りやすい」ことになる!
では、車がバナナの皮を踏むと、実際にどうなるのか?
通常のバナナの皮なら、たとえ滑っても、たちまち潰れて押し広げられ、滑らせ能力を失うに違いない。だからこそ、バナナの皮による事故の報告を聞くことはないのだろう。
だが、マリオたちのカートが踏むのは、通常の11.8倍という巨大なバナナ。
買ってきたバナナは皮の厚さが3mmだから、厚さも11.8倍の3.5cmあるはずなのだ。皮の長さも2mに及ぶから、これを踏んだら、雨の道路の3倍も滑りやすい路面が2mも続くことになる。
これは、危険だ。F1のマシンは、柔らかくて溝のないスリックタイヤを履く。
路面との摩擦熱でタイヤ表面のゴムを溶かし、ガムテープのような粘着力を発生させて、強いグリップを生むためだ。その反面、雨が降ると、粘着力が生まれないうえに、溝がないためにタイヤと路面のあいだに水の膜ができる「ハイドロプレーニング現象」(図Bを参照)が起こり、きわめて滑りやすいという。
マリオたちのタイヤに溝があったとしても、分厚いバナナの皮で目詰まりを起こし、“バナナプレーニング現象”(図Cを参照)が発生するのでは!?
通常のバナナの皮ならいざ知らず、巨大なバナナの皮をサーキットコースに投げ込むのは、とっても危険。それでもすぐ体勢を立て直し、レースを再開するマリオたちのドライビングテクニックには、脱帽するばかりである。【了】