【ゲームの企画書】『パワプロ』×『みんなのGOLF』開発者が初対談。初代『パワプロ』企画書も公開! コントローラで我々はスポーツの何を楽しんでいるのか?

【ゲームの企画書】『パワプロ』×『みんなのGOLF』開発者が初対談。初代『パワプロ』企画書も公開! コントローラで我々はスポーツの何を楽しんでいるのか?

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『パワプロ』の“実況”はいかにして生まれたか

――さらに初代『パワプロ』開発時の話を聞いていきます。この作品は、まさに「実況」とタイトルで強調されているように、音声の実況がついていますよね。ここも面白い「リアリティ」の出し方だと思うんですよ。

谷渕氏:
 音声の実況は、日本では初めてだったと思いますね。

豊原氏:
 海外まで含めると、実は『Sports Talk Baseball』【※】というゲームが、ジェネシスというメガドライブの海外版のハードにあって、ちょっと悔しいんですよ(笑)。

※ Sports Talk Baseball
セガが開発した、実在の野球選手を実名で収録した野球ソフト。日本では1991年に『プロ野球スーパーリーグ’91』のタイトルで発売された。

 実際、実況の部分については、かなりこだわってますね。よく少年漫画の対決とかである、実況がシチュエーションを解説してくれるのがいいな、と思ったんです。特に野球では、そういう説明が必要だと思いましたし、雰囲気も出るんですよね。『生中継68』でウグイス嬢を入れたら、非常に良かったこともあって、開発の初期段階でサウンドスタッフに提案してみたんですよ。

村守氏:
 とはいえ、開発は1993年ですよね? 当時は音声を入れるデータ領域のやりくりが大変だったんじゃないですか? 僕らも『みんGOL』の開発当初、そこに苦しんだんですよ。音声データって、サンプリングレートの扱いが難しくて、「これ以上下げると聞きづらい」みたいなことがどんどん出てくるじゃないですか。

豊原氏:
 いやもう、高速に転送して音声を流していく必要があって、そのシステムをサウンドのプログラマーに頼んで開発してもらったほどです。ただ、当初は「ウグイス嬢か実況のどちらかしか無理」と言われてましたけど、意外と容量を削ることが出来てしまって、両方ともイケちゃったんですね。これは当時「バンザーイ」という感じでした。

――おお、よかったですね。

村守氏:
 いやあ、容量を削る作業は相当に大変だったはずですよね?

谷渕氏:
 ええ、当時はかなりが音のデータでしたからね。もうデータの8割くらいは音声だったはずですよ。

――そんな容量だったんですか……。でも、この実況へのこだわりも凄いですね。実は以前、ゲームの企画書の『ダビスタ』回で薗部博之さん【※】が、まず「実況」部分から作り込んだという話をされていたのですが、スポーツゲームにおける実況の意外な重要性を感じました。しかも、『パワプロ』は朝日放送(ABC)の故・安部憲幸アナウンサーを抜擢されたのが面白いですよね。テレビではなくて、なぜラジオのアナウンサーにお願いしたのでしょうか?

【全文公開】競馬の面白さは「実況」にあり? 「ダビスタ」開発者・薗部博之氏✕ゲームフリーク「ソリティ馬」開発者 が語る競馬ゲームの“極意”

※薗部博之
1961年生まれ、茨城県出身のゲーム作家。株式会社アスキーで『ベストプレープロ野球』を開発後、フリーとなる。1991年に競馬シミュレーションゲーム『ベストプレー競馬 ダービースタリオン』を発表し、競馬ファン以外からも幅広い層から好評を博す。1996年に自身の会社パリティビットを設立。『カルチョビット』(2006年)などのスポーツシミュレーションゲームを開発している。氏が『ダービースタリオン』を実況から作り始めたという当該のゲームの企画書はこちら

谷渕氏:
 そうなんです。『パワプロ』は、実は「テレビ実況」じゃなくて「ラジオ実況」なんですよ。だからこそ、ドラマティックなんですね。

豊原氏:
 僕は野球を家で観るようになってから、テレビの音声を消してラジオの実況をつけながら観るようになったんです。というのも、テレビ実況は淡々と喋ることが多いけど、ラジオの方が具体的に状況を説明してくれて、ドキドキできるんです。

 だって、もう外野フライを打ち上げただけで、すごい打球が飛んだかのようにラジオでは言いますからね。テレビ画面で同時に観ているとよくわかるんですけど、もう野手が構えてるのに「大きい! 大きい!」とか言ってますからね(笑)。

谷渕氏:
 「大きい、大きい! ファール!!」とかありますよね(笑)。

――(笑)。安部さんを抜擢されたのは、どういう経緯だったんですか?

豊原氏:
 実は、僕は安部さんのことを知らなかったんです。
 でも、チーム内で相談してみたら、すぐに「熱い実況をする人と言ったら、安部さんでしょ」となりました。もう安部さんは、淡々と状況を説明するだけじゃなくて、本当に熱く語ってくれますからね。安部さんの実況は、「ゲームを盛り上げてくれる実況」なんです。
 で、最初に安部さんと収録に入ったとき、僕はセリフのリストを自分で作っていたんですよ。でも、安部さんは台本に載っていない言葉を、どんどん現場で言ってくれました。提案も沢山出してくれたんです。すごい良い当たりをしたときの「ガツーン!」とか、台本にはなかったんですよ。その場で「こういう言い方もあるんですよ」と、安部さんが教えてくれたものですね。

――同じような場面でも何パターンか入りますよね。「ファインプレー!」のあとに「ファンタスティックプレー!」とか入ってたりして……ああいうのも彼のアドリブですか?

谷渕氏:
 アドリブだと思いますね。まあ、安部さんは使ってないセリフも結構あるんですよ……長すぎたりして(笑)。

村守氏:
 ただ、実況の音声は「繰り返し感をいかに出さないか」が大変なんじゃないでしょうか。相当に苦労されたはずですよ。

――しかも、当時は下手したら何十種類くらいしか音声は入れられないですもんね。

谷渕氏:
 でもただ長いセリフを入れていたら、みんな飽きちゃったと思うんですよね。

豊原氏:
 そうです。短い言葉の組み合わせで状況説明するので、特に聞いていて飽きるタイプのものではないんです。そこは仕方のない仕様でしたが、かえって助かったポイントでした。

――いやあ、なんかスポーツゲームの演出の裏話として面白いですね。「実際に活躍しているプロの方が関わって、ああなった」というのはワクワクしますね。

豊原氏:
 でも……最初はウグイス嬢も実況も、社員でサンプルの音声を録っていたんです。

谷渕氏:
 ウグイス嬢なんて、商品版もデザイナーの社員ですからね。全然、この声でOKみたいな(笑)。

――そうなんですか(笑)。

小林氏:
 実はさっきから、お二人の年齢が村守さんと同じくらいのせいなのか、ウチと考え方が似ているなあと思いながら聞いていたんですが……実は初代『みんGOL』も、キャディーの声が当時プロモーション担当だった社員なんです(笑)。

村守氏:
 当時は「もうこれで行っちゃおうか?」、「悪くないよね?」みたいなノリでしたね(笑)。僕らも、そういうアナクロなところはありましたね。

豊原氏:
 まぁ、昔なんてそんなものですよね(笑)。

一応の完成をみた『パワプロ』二作目

――ちなみに、初代『パワプロ』の開発期間はどのくらいなんですか?

豊原氏:
 ゴールデンウィーク明けに始めて、もう7月には対戦できるバージョンが出来てました。
 実は今までの野球ゲームの蓄積を活かしていたので、開発はスピーディでした。対人モードでテストプレイをして、その後AIを作って……で、7ヶ月くらいかな。12月まで開発してましたかね。ただ当時はROMの生産に時間がかかったんで、発売は翌年94年の3月でした。
 リリースしてみると、開発期間は短かったですけど、社内の反応は良かったですね。購入した人の意見は、ネットがない時代だったのでアンケート葉書で集めましたが、それも上々でした。選手の再現度や能力に個性を持たせた部分への評価、あとは今話してきたような実況や投打のシステムへのお褒めの言葉もありました。

谷渕氏:
 ただ、一作目は球場がちょっと狭くて、二塁打がちょっと出にくかったんです。球場を広くしたら、一気にバランスが良くなりました。バランスはかなり気をつけてるつもりだったんですけどね。
 豊原さんも、いつプログラミングしてるのかと言うくらい、ずっと対戦してましたから。

豊原氏:
 昼間は試合しかしてなかったですね(笑)。ま、自分でも本当に遊んでいて楽しかったんで、ついついやってしまっていただけですよ。

 ただ話を戻すと、長打が出ないぶん、ホームランが出やすかったんですね。一応、パワー0でも条件が揃えばホームランが出るようにはしていて、「強振にして引っ張ったら、ポール際くらいやったら入るかな」くらいのバランスにしてます。あと、スコアリングポジションにランナーを送って、なんとか1ヒットでちゃんと帰ってこれるようなバランスにするのは心がけてました。
 で、二作目でセーブをきちんと入れられるようにして、130試合ペナントレースを作って成績も残るようにして……これで実は『パワプロ』の基幹システムは、ほぼ完成しちゃった気がしますね。

――確かに、今回取材前にプレイしたときにも、ほぼ二作目で完成しているね、という話になりました。そして三作目から、いよいよ『パワプロ』は「サクセスモード」が始まりますが……そろそろここで初代『みんGOL』の話を聞きたいと思います。

初代『みんGOL』は何に挑んでいるのか?

――ここからは村守さんを中心に『みんGOL』の開発秘話を聞いていきたいのですが、『みんGOL』って、そもそもどういうコンセプトだったんでしょうか。『パワプロ』に比較すれば、シミュレーター要素は高いようにも見えるのですが……。

村守氏:
 いや、むしろ開発当時の「ゴルフゲーム」は、もっとシミュレーター志向の強いマニア系のものばかりだったんですよ。正直、ジャンルとしては先細りだったんです。

 頭身もリアルで、外国人のオジサンが立っていて、定点カメラでずっとボールを点々と追いかけるような絵面で、非常に静的な印象を受けるゲームが多かったです。まあ、これでは普通の人は取っつきづらいですよね。

小林氏:
 実は『みんGOL』は、「ゴルフゲーム」というジャンルが、最もしぼんだ時期に始めたものなんです。
 『みんGOL』以前のゴルフゲームは、まさに村守さんがいま仰ったようなものでした。しかも遊ぶのに長時間かかって、一人で18ホールを2時間近くかけるイメージです。なにしろ、まずはクラブを選び、次に向きを選んで、更にグリップを決めて……みたいなのが手順として決まっていて、それをこなして初めて打てるという状態だったんです。

――まさに現実のシミュレーターとして、「リアリズム」を追求していたわけですね。そう聞くと、『みんGOL』はだいぶバッサリ切りましたね。

村守氏:
 僕はずっとゴルフゲームを作ってきたのですが、昔から敷居の高くないゴルフゲームの方が好きだったんです。だからとにかくコミカルで、動的で、誰でもプレイできるゲームを作りたかったんですね。

小林氏:
 操作も、僕たちは徹底的にサクサク進めるように短縮したんです。ワンボタンですぐに打てるようにして、2時間なんてやらなくても結果が出るようにする。僕としては多くの人にプレイされるためには、これが大事だと思っていました。

(c)Sony Interactive Entertainment Inc.

――かなり当時のゴルフゲーム市場への危機感のなかで作られた作品でもあったのですね。村守さんたちは、当時『みんGOL』の面白さをどういう部分にあると考えていたのですか。

村守氏:
 うーん、それはやっぱり、「ボールの伸びの気持ち良さ」ですね。
 200ヤードもの遠くに飛んでいくボールの気持ち良い伸びが、毎ショット毎ショット体感できれば、その気持ちよさで十分に遊んでくれるはずだと思ってました。なにせ、当時のゴルフゲームではボールがゆっくりと弾道軌跡を描く感じでしたので……弾道シミュレーションとして正確に計算してるとは思いますが。

 それもあって、例えば音楽をバックにゴルフをしたらどうかと思い実験してみました。なにせ当時は、ゴルフの最中に聞こえる音といっても、ショット音以外にせいぜい鳥のさえずりやボールがカップインする音が聞こえるくらいでしたから。

――それは……確かに、だいぶ「マニアック」と言わざるを得ないですね(笑)。

村守氏:
 しかも、プレイヤー後方からの定点カメラでずっとボールを追い掛けているタイプが主流として多かったので、動的というよりも静的な印象を強く感じていました。だから「アクションゲームみたいな動的な感じにして、多くの人に触ってもらいたい」というのが戦略の一つでした。
 ただ、「それで売れる」と確信していたかというと、難しいところです。正直、単に「自分がプレイしたくなるような、アクションゲームとしてのゴルフが欲しい」という想いがあっただけの気がします。

(c)Sony Interactive Entertainment Inc.

ゴルフゲームの面白さとは……「皮算用」

――なるほど。それにしても、『パワプロ』と『みんGOL』が、ともに自分たちを「アクションゲーム」と言っているのが面白いですね。豊原さんたちは、今のお話を聞いてどうですか?

豊原氏:
 いや、色々と共感する部分は多いですね。ちなみに、僕は以前から『みんGOL』のボールを追い掛けるカメラが凄いと思ってるんです。非常によく動き回るのに見やすくて、ほかのゲームと明らかに違うと思うんです。

小林氏:
 カメラはかなり拘っている部分です。

 一作目が出た当時、パンしてボールを追いかけるくらいの静かなマルチカメラシステムはあったかもしれないですが、これほどしっかりカメラをボールと一緒に動かした家庭用ゲーム【※】は、感覚的には初代『みんGOL』が初めてだった気がしますね。


それまでのゴルフゲームには、発言どおりカメラがパンしてボールを追いかける程度のものや、ヒット後に着地点での転がりのみを追いかけるものなどが多かった。家庭用という枠を外せば、1991年にKONAMIがアーケードでリリースした『ゴルフィング グレイツ』がインパクト後に、鳥瞰カメラによってボールを追いかけるタイプのものであったが、同作はコントロールパネル上のジョイスティックにあたる部分が、バネを仕込んだボール状のトリガーを手前に引いて離すタイプのものになっており、こちらがとりわけ話題となった。

豊原氏:
 ゴルフゲームって、真ん中ガチガチの固定カメラも多いですからね。しかも、『みんGOL』はカメラで酔わないじゃないですか。

村守氏:
 まあ、「酔い」の問題は、なかなか大変なところですが(笑)。ただ、とにかく動的なゲームにしたかったので、ガタガタせずにスムーズに見られるカメラを考えて、相当に拘ったのは事実です。

(c)Sony Interactive Entertainment Inc.

 特に拘ったのは、例えばボールが上空に上がったときに、その度合いに応じて画面の上の方にレンダリングすることでした。
 常々カメラワークで気を付けているのは、画面の中心ばかりでボール捉えないことです。というのも、それだとボールが昇っているのか落ちているのか、容易に判断がつかないんです。左右も一緒ですね。だから、僕はボールがビューンと飛んでいったときに、あえて余韻のラグを入れて、後追いでカメラが“ボールのスピードに負けて”追いかけるようにしています。例えばボールが横に飛んだときなんて、あえてフレームアウトさせて、速度が落ちると画面に戻ってくる感じです。

――それは、やはり臨場感を出すためなんですか?

小林氏:
 ええ、あえてフレームアウトさせることで、「すごいショットを打ったぞ」という感覚をプレイヤーが無意識に感じることを狙っています。まるでカメラマンが追い付かないくらい、すごい初速のボールを打ったんだぞ、みたいなね。カメラワークによって、感覚的にプレイヤーが「良いショット」を打てたと感じさせたいんです。

村守氏:
 まあ、実際のゴルフでも競技を見ているとき、実は「人」よりも「ボール」を見ている時間の方が長いですからね。ボールをどういう風に見せるかは、「ゴルフをしている感じ」を出すための非常に重要なポイントだと思いますね。

 実際のゴルフでも、観客やカメラマンがボールを追い切れないことは多いですしね。その意味では、常に青空にしているのも、ボールを見やすくするためなんです。曇りだと、ボールが白くて映えないんです。

――面白いですね。実はゴルフとは「ボールを観るスポーツ」である、と。

小林氏:
 カメラアングルは、ゴルフ観戦の面白さで非常に大事な「爽快感」との関連性が高いんです。

(Photo by Getty Images)

 なにせゴルフの中継カメラのテクニックは、本になるレベルであるらしいですからね。中継の時間によって、時間ごとに逆光にならないカメラアングルを決める必要があって、太陽光でカメラの位置が決まると聞きました。飛行船や高いクレーンで、カメラアングルを頑張っているテレビ局もあります。

――ちなみに、ちょっと二人にお伺いしたいのですが、ゴルフゲームの一般的な面白さというのは、どういう部分にあるのだと思いますか?

村守氏:
 基本的には、コースの「攻略ゲーム」なんです。ただ、僕の私見ではそこに「皮算用の面白さ」があるんです。

――皮算用……ですか?

村守氏:
 ええ。地形や風などの環境要因から、「ここに運ぶには、そこを読んで打って、確かにそうなって、おー、自分はすごい」みたいな読みを働かせて、その通りに攻略できたときが嬉しいんです。

 これは僕らもゲームデザインで意識しています。「今回は2アンダーだったけど、あそこでミスって2アンダーだから、ミスらなかったら4アンダー行ける」みたいな、「上昇志向の皮算用」を常に喚起させるゲーム作りを絶えず目指していますね。スコアが頭打ちになったら興味が削がれていくので、いかに「皮算用したくなる気分」を保たせ続けるかが重要だと思います。

小林氏:
 そこで重要なのが、画面の情報量ですね。

(画像は『みんなのGOLF 5』公式サイトより)

 それまでのゴルフゲームは、判断をするのに必要十分な情報が、画面の中になかったんですね。それでは、なぜ上手く行ったのかがわからないんです。僕らは判断すべき情報を、とにかく画面の中に入れていきました。すると、どのパワーでインパクトをどんぴしゃで押せば、ピンの手前でバウンドするはずだ……みたいな細かな計算が出来るようになるんですね。

――それは『パワプロ』が表現の具体性を上げて、「高低差をつけた」理由と一緒ですね。こういう部分は一見「リアリズムの追求」にも見えますけど、本質的にはアクションゲームの「学習効果をどう高めていくか」という観点で導入されている感じがします。

小林氏:
 アクションゲームは、それが上手く行ったときの気持ちよさが重要ですよね。
 しかも、ゴルフゲームの場合は、ここに心理的要因が実に強烈に入ってくるんです。なにせトーナメントで一位、最終ホールとなると、もう手にプレッシャーがかかって、思うように動かなくなるわけですよ。すると、情報はちゃんと揃っているのに、「このホールでバーディ取れれば優勝できる」というプレッシャーから、親指が動かなくなったり、戦略をミスってしまったりする。これがゴルフゲームの、実に奥深いところなんです。

『みんGOL』大ヒットの背景にあった普及台数

――初代『みんGOL』って、初週の出荷はどれくらいだったのでしょうか?

小林氏:
 初回出荷はそれほどでもなかったのですが、そこから世界累計250万本以上出荷するまで行きました。

村守氏:
 一作目のときは売り上げが落ちないんで、「えっ!」って思いました。まず作った本人たちが、驚いてしまいました(笑)。

(c)Sony Interactive Entertainment Inc.

――すごいサクセスストーリーですよね。ゴルフゲームの市場が相当に煮詰まってる最中だったんですものね。

小林氏:
 毎週、初週と同じくらいのバックオーダーが来たんです。
 お店も「ゴルフゲームなんて」と怖がりながら、リピートの発注を出すんです。それでも足りなかったのだから、潜在的な需要は相当にあったんでしょうね。たぶん、いきなり50万本だとかを出しても、ビジネスとしてはちょうどいいくらいだったんだと思います。ただ、実は当時の宣伝担当は最初から「このゲームはイケる」と言っていて、オーダー数に見合っていない宣伝費を最初にバッと出しました。

――英断ですね。

小林氏:
 ちょうど時期も良かったんですよ。
 『ダビスタ』や『みんGOL』、コーエーテクモさんの『モンスターファーム』【※】のような、カジュアル層に広められる作品が揃ってきたところで、プレイステーションの日本での台数が、850万台を超えたんです。この台数になると、ハードの普及がコアゲーマーからカジュアルゲーマーに移ってくるんですね。

※モンスターファーム
テクモ(当時)が製作した育成シミュレーションゲームシリーズ。実際のCDを読み込ませることでモンスターを誕生させるシステムが特徴。一作目は1997年にPS向けに発売された『モンスターファーム』。

――日本の世帯数を考えると、確かにそのくらいの数字になると相当に普及していますね。

小林氏:
 それで宣伝部隊がプッシュを掛けたんです。
 当時プラットフォームのキャッチコピーが、「よい子とよいおとなの」だったので、そこに上手く乗せることが出来ました。結構、悩んだあげくにカジュアル向けのタイトルとキャッチコピーを付けたのですが、このコピーだとコア層を排除することにもならないし、いいなと思いました。
 あと、当時はタイガー・ウッズがガーッと来ている頃で、ゴルフ自体にも注目が集まっていたのも大きかったですね。

2位に12打差をつけてメジャー優勝という、ゴルフ史に快挙を21歳でやってのけるなど、数々の記憶に残るエピソードを持つタイガー・ウッズ。
(Photo by Getty Images)

――実際、自分の家も父親が「プレイステーション」と一緒に『みんGOL』を買ってきた記憶があります。

村守氏:
 そういうふうに家族が遊んで、今度は友だち同士でどこかの家で遊んで、「俺も買おう」みたいな広がり方になったみたいです。CMも「家に集まってみんなで楽しもうよ!」という絵面でしたから、パーティーゲームなんですよね。

――ただ、当時の市場状況でよくゴルフゲームを売ろうと思ったなと、改めて思いますね。聞く限り、本当にマニア向けの細々とした市場で、完全にジャンルとしても煮詰まってるじゃないですか。

村守氏:
 初代の開発会社だったキャメロット【※】は、高橋さんたちがリアルにゴルフ好きですからね。僕がずっとゴルフゲームを作ってきたのも把握していたので、そこでかなり融通を利かせていただいたのかなと思うのですが……どうなんですか?

※キャメロット
1994年に設立された日本のゲームソフト開発会社。元々は1991年に、高橋宏之、高橋秀五の兄弟がセガ(後のセガゲームス)の出資を受け株式会社ソニックを設立したのが前身。その後分社するかたちで株式会社キャメロットを設立し、『ビヨンド・ザ・ビヨンド~遙かなるカナーンへ~』にてデビューした後『みんなのGOLF』が生み出された。その後両社は合併したのち、任天堂へのゲームソフトの供給に着手。『マリオゴルフ』シリーズ、『マリオテニス』シリーズ、『黄金の太陽』シリーズなどを開発した。

小林氏:
 キャメロットさんは、ずっとゴルフゲームが作りたかったんです。

 僕は1996年の7月に制作部に異動したんですが、その時点でゴルフの企画はあってもGOは出ていません。ただ、僕はゴルフが好きで、ゴルフゲームも大好きで、もちろん村守さんのゲームはプレイしていました。だからイケイケで予算を取ろうとしたら……「スポーツゲームはダメ!」と上に言われてしまいましたね。

――でも、話を伺う限り妥当な判断ですよね。実はスポーツゲームの最盛期はファミコンの時代かもしれず、その後はむしろ売上ランキングの上位を占める割合は減っていますからね。

小林氏:
 でも、僕は「自分が制作に入った意味は、ゴルフゲームを作ることにある」くらいに思ってましたからね。
 そこで僕は「サードパーティーさんが作っているジャンルとの競合回避になるじゃないか」と言いました。あとは「予算を低く抑えて、これだけ売ります!」というハッタリですよ(笑)。なにしろ当時、ゴルフゲームが売れるなんて全く思われていない状況でしたから。まあ、今となっては無茶をしたもんだなと思います。

 

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