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『鉄拳』の原田勝弘氏がSNKへ! 新スタジオ”VS Studio SNK”代表に就任──「新たな対戦ゲームを作りたい」ゲームへの情熱、心の火が消えていない方なら50歳超えでもスタジオの門を叩いてほしい【緊急インタビュー】

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あの伝説的プロデューサーが、SNKで動き出します。希望されるメディアの取材をお受けします」。

4月某日、電ファミニコゲーマー編集部に上記のメールが届いた。「これは只事ではない」と感じて取材を快諾。訪れたSNKオフィスに現れたのは、『鉄拳』シリーズでおなじみの原田勝弘氏だった。

『鉄拳』シリーズ原田勝弘氏インタビュー|新会社VS Studio SNKでの意気込み_001

原田氏からは、SNKと関連グループからのバックアップを受けて、新会社”VS Studio SNK”を設立したこと。そして、新スタジオの代表に就任したこと。さらに、かつて原田氏とともに『鉄拳』シリーズを支えていた米盛祐一氏も新スタジオにジョインすることが語られた。

多くのゲーマーが既知のとおり、原田氏は2025年末に長らく務めたバンダイナムコスタジオを退職している。退職から約5ヵ月が経過し、原田氏のつぎなる挑戦がついに明らかになったというわけだ。

メディア合同インタビューという形とはなったが、新天地に降り立った原田氏への取材が行えるということで、退職後の心境、新スタジオの詳細などについて詳しく話を聞いた。なお、インタビューには米盛氏とSNK プロデューサーの小田泰之氏にも同席いただいている。

『鉄拳』シリーズ原田勝弘氏インタビュー|新会社VS Studio SNKでの意気込み_002
写真中央、原田勝弘氏。写真左、米盛祐一氏。写真右、小田泰之氏。

聞き手・文/豊田恵吾
撮影/松本祐亮

VS Studio SNKはSNKの100%子会社ではなく独立性のあるスタジオ

──本日はよろしくお願いします。まずは新スタジオの概要を教えていただけますか?

原田勝弘氏(以下、原田氏):
正式名称は、「VS Studio SNK」。通称、”VS Studio”(以下、VSスタジオ)です。VSにはいろいろな意味があって、「バーサス」という意味で捉えてもらってもいいのですが、たとえば僕と米盛はゲーム開発者としてのルーツが「VS開発部」という名前で、ビデオゲームソフト開発部の省略だったんです。

僕らが前職で作っていた、殴ったり斬ったり、太鼓を叩いているようなゲーム……って言ったらもう何を指しているかわかっちゃいますが(笑)。それらを作っていたときの部署の名前に「VS」とついていたと。あとはヴァンガードスピリット(先駆者の精神)だったり、関係者の方ならおなじみのヴィジュアルスタジオと読もうと思えば読めるとか、VSにはいろいろな意味があるんです。

──SNK内にあるチームではなく、別会社になるのでしょうか?

原田氏:
SNKの部署なのかと言われるとそうではなくて、完全に独立したスタジオです。僕はその代表となります。100%子会社ではなく、独立性を保った状態でSNKの傘下にあるというか、EGDC【※】の一員ということですね。ただ、VSスタジオはSNKと同じビルに入っていますし、独立はしていますが協力関係にあります。

新しいスタジオって、開発環境がゼロなわけじゃないですか。たとえば開発環境の基礎を貸してもらったりということができますし、僕らはSNKさんとは別のナレッジを持っているので、小田さんのスタッフに出向していただいて、相互にナレッジを提供しあったり、そういった交流もできると考えています。

開発環境的な意味ですべてを足し算するわけではなく、「お互いにシナジーを出せるよね」という話はしています。その延長線上で、SNKが持っている有名IPもありますし、僕が個人的に好きなIPもあるので、可能性はいろいろあるなと。

ただこういう風に言うと、SNKの方も「俺ら、いいように利用されているんじゃない?」って思う人もいるかもしれませんが(笑)、そうではなくて、僕らからも考え方ややり方を共有することで、よりおもしろいものができるんじゃないのかなと。

※EGDC……サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が設立したMiSK財団傘下の投資会社「Electronic Gaming Development Company」の略。SNKの親会社。

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──SNKのもとで新スタジオの代表を務めることになった経緯、きっかけはどういったものだったのでしょうか?

原田氏:
前職を辞めて「どうしようかな?」と思っていたところで、SNKさんのグループの方からオファーをいただきました。ほかにもありがたいことに、いろいろなところからオファーがあったんです。ただ、SNKさんからさきほどお話したような話とともに「いっしょにできないか」と提案いただいて、「ぜひ前向きに考えたいです」と答えたことがきっかけです。

じつは、小田さんとは以前から親交があって仕事上でも絡みがあったというご縁もあって。僕らは世代もほぼいっしょなんですよね。

小田泰之氏(以下、小田氏):
そうですね。

原田氏:
以前から、今回の話とは別で「将来的に何かいっしょにできたらおもしろいね」という話はしていたんです。そういったご縁があり、SNKの出資元である方からビジョンみたいなものを聞かせていただいたときに、「僕が持っているビジョンと合致する。これは一気通貫できるんじゃないか」と思い、「ぜひやりたいです」とオファーを受けさせてもらったんです。

──もともとSNKに対してどのような印象をお持ちだったのですか?

原田氏:
ゲーム業界に入る前、大学生のころにネオジオが発売されたんですね。そのころからSNKさんのIP、タイトルのファンでした。ネオジオの印象が業界に入ってからもやはり強かったです。前職のときにSNKさんとコラボさせていただきましたし、もともと好きでしたね。ネオジオやSNKのIPが好きなファンと同じような感覚を持っていました。

──原田さんと小田さんは、どれくらい前から親交があったのですか。

原田氏:
10年以上前ですね。

小田氏:
最初にお話させていただいたのはEVO【※】か東京ゲームショウの会場ですかね。ゲームイベント会場でよくお会いするので、だんだん仲よくなって。サンディエゴでお会いしたときは映画『トップガン』の主人公、マーヴェリックが乗ったトムキャットをいっしょに見に行ったりもしました(笑)。

※EVO……Evolution Championship Seriesの略称で、おもに対戦格闘ゲームを用いたeスポーツの大規模大会のひとつ。1995年、カリフォルニアで「Battle by the Bay」という40人制のゲーム大会として初開催。以降、種目が増え、開催場所がラスベガスに変わり、2003年には「EVO」という名称が使用されるようになった。

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原田氏:
そうそう。サンディエゴで空母と戦闘機を見に行きましたね。

──めちゃくちゃ仲よしじゃないですか(笑)。

小田氏:
「すげえすげえ!」と大はしゃぎしていました(笑)。

──(笑)。小田さんは、原田さんに対してどういう印象を持っていらっしゃったんですか?

小田氏:
お会いする前の印象は正直あまり覚えていないのですが、初めてお会いしたときに「イメージどおりの方だ」と感じました。何かと前に出られることが多い方なんですが、基本的に謙虚で、ほかの会社やほかのスタッフに対してのリスペクトもしっかりと持っている人なので、やはり人格者なんだなと思っていました。

──当時からなんとなく、「もしこの人といっしょに仕事するなら」みたいな想像をしていたのですか?

小田氏:
お互いに格闘ゲームをおもな仕事としていたので、格闘ゲーム開発者のコミュニティ内ではそういったことは意識しがちですよね。格闘ゲームはコラボの効果が高いというか、コラボしやすいジャンルだと思いますし、「もしいっしょに仕事をしたらどんな感じなんだろう」というのはイメージしていました。それはほかの会社の方々に対してもありますけれど。

──原田さんに改めてお聞きしたいのですが、前職を退職後、開発者として残された時間をどう考えたのですか? また、クリエイターとしての最終目標をどう定めたのでしょうか。

原田氏:
最終目標はまだ自分の中でもわからないですね。積み重ねでしかできないこともたくさんあると思うんですが、自分の社会人としてのポジションだったり、責任感だったり、求められるものっていうのは、積み上げられていくとひとつの形が出来上がってしまうんです。50歳を過ぎた年齢になって、そういったものを1回なしにして「こういうことをしたいんだけど」とか、「仕切り直したい」と言ったところで、それは通じないですよね。

であれば、いままでの実績含めてそのうえに胡坐をかくのではなく、1回リセットするという意味で言うと、過去の実績などをいったん横に置いて「精神的にも肉体的にもまだまだやれる」という残りの時間を逆算すると、残された時間は意外と少ないと気づいたんです。

だったら最後に1個か2個、3個なのかわかりませんが、「これだけはやりたいんだよ」、「こういうことを実現したいんだよ」という思いをどうやったら実現できるかと改めて考えた結果、いまに至ったというか……。

日本人男性の平均寿命って81歳前後ですよね。そう考えたら現段階ですでに人生の折り返しを過ぎていて、いままで生きてきた時間以上はもう生きられないかもしれない。手も頭もしっかり動くとなると、もっと短くなる。そうやってこれからどうしたいかを考えた結果がいまの選択になっています。私に続く人に、いまよりも長くゲーム開発ができる職場環境を用意したいというのもありました。

──「人生」、「残り時間」という発言がありましたが、板垣伴信さん【※】が亡くなられたことの影響もあったのでしょうか?

※板垣伴信さん……『デッド オア アライブ』シリーズ、『NINJA GAIDEN』シリーズなどを手がけたゲームクリエイター。2025年10月16日、逝去されたことが関係者から明かされた。享年58歳。

原田氏:
最後のひと押しじゃないですけど、たしかに影響はありました。最終的に背中を押されたところではいろいろな人の影響を受けていて、具体的にどれが決め手というわけではないのですが……。

たとえば、久夛良木さん【※】とはずっと親交がありまして、いろいろなタイミングでお話をさせてもらって影響を受けていました。久夛良木さんは、自分の年齢をいい意味でまったく考慮してない未来の話をするんですね。「そのころアナタはおらんがな!」ぐらいの未来がライバルだとおっしゃっていて(笑)。その考え方に「自分もこうありたい」と影響を受けていましたね。

板垣さんとは、2年に1回お会いするぐらいの付き合いではあったのですが、ある意味、強力なライバルのひとりではありました。板垣さんはずっと僕を「倒す」と言っていたんですよね。外では「原田に勝った」と言っていたらしいんですけど、僕にはずっと「倒す」と言い続けていたんです。そういうこと言ってもらえるのは「まだ自分が戦えている証拠」じゃないですか。でも板垣さんは急にお亡くなりになられてしまったので……これもひとつのタイミングなのかなと少し思いましたね。

※久夛良木さん……プレイステーションを生み出し、ソニー・コンピュータエンタテインメントの代表取締役などを務めた久夛良木健氏。

──前職を退職したあと、「ゲーム作りを止めよう」と思ったことはなかったのですか。

原田氏:
正直、それはなかったんですけど「このままだとゲームを作れなくなる」、もしくは「自分が作る気力を失う可能性がある」と思った時期がありました。社会人をやっていればいろいろあるじゃないですか。その中で、「このままだと自分自身がゲームを作れなくなるかもしれない」と思ったことは一度だけあります。

──米盛さんも新スタジオ設立のタイミングでジョインされたのですか?

米盛祐一氏(以下、米盛氏):
そうです。原田さんから「いっしょにやろう」と声をかけていただきました。

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──当時の『鉄拳』ファンからすると、おふたりの組み合わせはすごくワクワクする組み合わせなのですが、ディレクターを米盛さんに任せるという構想があったりするのですか?

原田氏:
ありがたいことに、ディレクター候補は米盛も含めてけっこういるんです。「いっしょにやりませんか」とか、「そういうことをやるんだったらぜひ」と内外の先輩、後輩から声をかけていただいて……本当にありがたいですね。誰かひとりがディレクターというより「じゃあ、みんなでやろうよ」という感じになっています。

──今回の記事で原田さんと米盛さんの2ショットが公開されるわけですから、さらにいろいろなところから声がけがあると思います(笑)。

原田氏:
米盛はもともと後輩からすごく慕われるタイプなんです。ひょっとしたら業界に散っている、もしくは業界外に行ってしまった方も含めて、「米盛さんがいるんだったら僕も!」という人が間違いなくいるんですね。じつは、すでにそういう声は聞いていますし、そういった声をもっと集めたくて、今回の取材に米盛に同席してもらったんです。

また、小田さんに同席いただいたのも、VSスタジオが単なる独立スタジオではなく、SNKさんといういっしょにやれるパートナーがいることを伝えたかったから。僕らもSNKさんに貢献したいと思うし、いい意味でシナジーを出したいですし、その関係性をしっかり見せたかったんですね。

──なるほど。ちなみに、前職を辞めたあと、米盛さんと「こういうゲームを作りたいよね」といったお話はされていたのですか?

原田氏:
それがぜんぜんしていないんです(笑)。米盛は別の会社に所属していてそちらの業務に集中していたので、そのタイミングでは声をかけていなかったんですね。声をかけたのは、かなり直近です。米盛とは数年間離れていたわけですが、なんだかんだで筒抜けだったというか、僕が何を考えていて、何を追い求めているかっていうのはだいたいわかっていたんですね。

「90年代、もしくは21世紀初頭に僕らがやってきた作り方とは変わっているし、時代も変わってニーズも変わっている。でも、あのときの作り方やおもしろさ、情熱を現代にそのままじゃなく、いまに合う形でうまく再現すれば絶対おもしろいと思わないか」みたいなことを米盛に伝えました。それからすぐ、米盛から「いっしょにやりましょう」と返答をもらったんです。

──米盛さんも勇気がいる決断だったと思うのですが……。

米盛氏:
素直に「すごく楽しそう」というのがありました。ベースがない、まっさらな状態なので何をやってもいいわけじゃないですか。そういうチャレンジができる機会はなかなかないんですよね。今回はそれができそうなことに加えて、「知っている仲間たちと笑いながらおもしろいものが作れそう」というイメージもわきましたし、「これはぜひやってみたい!」と思ったんです。

原田氏:
僕の中では、米盛がいっしょにやってくれることは、いろいろな意味で試金石です。40~50歳を超えて家庭も持っていると、だいたいの人はいまの生活を守るほうにいくはずなんです。もちろん、僕もそれは大事なことだと思っているので、おいそれといろいろなことは変えられない。でも、「このワクワク感」を伝えたときに、こういった年齢層の人が実際に動いてくれれば、相当大きなうねりになると思っています。

米盛が「おもしろそうだから、現状の流れを一気に変えてでもやります」と言ってくれたのは、僕の中ではとても大きかったんですよね。いきなり成功体験というか、「やったー!」と(笑)。この年齢からでも、好奇心と情熱があれば動くんだな、と思えたので。

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──おふたりの話を聞いていて、「ナムコ魂」の継承というか、ナムコの遺伝子を継承しているように感じました。

原田氏:
それはあるかもしれません。「体力のあるものでも賢いものでもなく変化に対応できるものだけが生き残れる」、「知る→好き→楽しい」といった中村雅哉さんの教えは刻まれていると思います。

──新スタジオの体制や環境について、お話しいただける範囲で聞かせていただけますか?

原田氏:
新スタジオ自体は、このビル(目黒のオフィス)のワンフロアにドーンと構えています。もちろん契約とかはすでに締結しているんですけど、実際の開発環境作りはまだまだこれからですね。規模感や具体的なこともまだ言えない状態なのですが、僕が実現したいことができるぐらいの規模になる予定です。

今後、僕の関わり方は、立場上は社長、代表取締役という形ではあるんですけど、20~30代ごろのときのように、クリエイティブにしっかりと足を踏み入れていっしょに作ることを改めてやりたいと思っています。ここ10年ぐらいの僕よりはクリエイティブ寄り、開発寄りに戻るというか、原点に返るような感じで関わることになると思います。

──VSスタジオは独立した会社とのことですが、話し合いの中から現在の形に収まったのですか?

原田氏:
具体的な形になるときに話し合ったわけではないんですよね。いまの形になる前に「与太話として妄想していた話」があって、それに近い感じにはなっています。ですから逆に僕らがビックリしました(笑)。

──(笑)。妄想が現実になったわけですね。そもそも原田さんは「新しいスタジオを作るので代表として来てほしい」とオファーされたわけではないですよね?

原田氏:
まったくそんな感じじゃないです。部署なのかチームなのか、それともひとつのタイトルなのかはわからないですけど、「90年代の古きよきを知り、ちょうど年齢的にもそういう年。こういった布陣で、こういう風にできたら絶対いいよね」みたいな話をしていたんです。そうやって話していたうちのひとつというか、少しだけ形は違いますが、まさか本当に実現できるとは思っていなかったので僕らも驚いているという。

──スタジオの代表ということは、人事権も原田さんがお持ちになるんですよね。

原田氏:
もちろんあります。ありがたいことに、SNKさんからは「こうしなさい」といったことは言われていないので、ある程度やりたいことが自由にできると思います。

──ただ、代表として経営も見なければいけないわけですよね。クリエイティブと経営の二足のわらじになることは受け入れていらっしゃると。

原田氏:
せっかくなのでこの場ではっきりと明言しておきたいというか、僕は社長をやりたくて独立したわけじゃないんですよね。

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──そのお話、ぜひ詳しくお聞かせください。

原田氏:
いまの立場を否定しているわけではないのですが、独立して「社長になること」が目的ではなかったんです。「人生の目標が社長になることではない」。これは昔から言っていたことなんです。

「別に肩書きはほしくないから、こういうことがやりたい」と昔から言い続けていたのですが、組織に属していると、どうしても立場がそうなっていくことはあるじゃないですか。だからこそ、今回こういう形で組ませていただいて、フロアも独立しているし、会社としても先ほど言ったように100%子会社ではないので、独立性も保っている。

SNKさんのグループとしてやらせてもらう形だからこそ、たとえばバックオフィスだとか、僕は経営に関してはプロフェッショナルではないわけですから、そういう部分のバックアップをSNKさんから受けられるんです。

「出資元を探さなきゃ」とか、「スタジオを維持するために何かやらなくちゃ」とか、「僕が創業者としてやらなきゃいけないことで向こう1~2年が埋まってしまう」という心配がないんですね。たしかにいまはドタバタしていて忙しいは忙しいんですけど、生みの苦しみさえ抜ければクリエイティブに集中できる期間がすぐに来るわけです。

社長ではありますが、ある意味とてもいい裁量と自由を与えてもらっているという感覚がありますね。

──なるほど。すごく安心しました。小田さんへの質問となるのですが、今後も同様の投資が行われる可能性はありますか? また、その場合、規模や判断基準はどのようなものになるのでしょうか。

小田氏:
投資というと少し大層ですが、規模はケースバイケースですね。今回、原田さんがスタジオを立ち上げるにあたり、SNKが協力させていただいたのは特例で、この規模のものが今後ポンポン続くかというと、それはないとは思います。

ですが、いまSNKの中だけでも数多くのプロジェクトが進んでいまして、それぞれの案件でかなり多くのスタジオと協力しています。そういう形で、今後も継続したプロジェクトの推進をやっていきたいと考えています。

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副編集長
電ファミニコゲーマー副編集長。元ファミ通.com編集長。1990年代からゲームメディアに所属しており、これまで500人以上のゲーム開発者、業界関係者、著名人インタビューを手がける。1970年代後半からアーケード、PC、コンシューマーゲームにのめり込み、『ウィザードリィ』のワイヤーフレームで深淵を覗き、現在に至る。
Twitter:@Famitsu_Toyoda

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