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「所有」を通して人間を描くゲーム『Unpacking』。やることは「荷解き」と「引っ越し」だけなのに、どうしてここまで豊かな物語が生まれるのか

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「所有」を通して人間を描くゲーム『Unpacking』。やることは「荷解き」と「引っ越し」だけなのに、どうしてここまで豊かな物語が生まれるのか_001

 「それを すてるなんて とんでもない!」

 これは言わずと知れた国民的RPG、『ドラゴンクエスト』(以下『ドラクエ』)をプレイした人であれば一度は目にしたであろう、ゲームの進行に絶対に必要な重要アイテムを捨てようとした際に表示される、あまりに有名なフレーズである。

 これは、『ドラクエ』においてプレイヤーが全滅した後に王様から発せられる「おお○○(プレイヤーの名前)! しんでしまうとは なにごとだ!」に匹敵する鮮烈な印象をプレイヤーに残す、ドラクエシリーズを代表するフレーズではないだろうか。

 「しんでしまうとは なにごとだ!」がなぜ印象的なのかといえば、それは我々が普通に生きている限りは絶対に聞けないセリフだからだ。
 死んでしまったら、この世にいる誰かから叱責を受けることなど絶対に出来ないはずなのに、死者を生き返らせることが可能な『ドラクエ』だからこそこのセリフは成立している。『ドラクエ』のゲーム世界のルールを端的に示す非常によく出来たセリフなのではないかと思う。

 一方、「それを すてるなんて とんでもない!」が衝撃的なのは、それが特定のキャラクターから発せられた言葉ではないからだ。
 この言葉がどこから来たのか、強いていうのであれば、「世界そのものからの警告の言葉」だと言えるだろう。しかも、けっこうな強い調子で叱責されてすらいる。それ以前からプレイヤーをサポートする言葉を添えてくれていたゲーム世界が、突如としてプレイヤーに牙を剥いてきたかのような衝撃性が、このフレーズには秘められている。

 さらに、このフレーズを印象深いものとしているのは、それを発生させるプレイヤー自身の行動にも由来している。

 「それを すてるなんて とんでもない!」という叱責を世界から受ける時、プレイヤーはゲームを進める上で必要不可欠な重要アイテムを捨てようとしている。間違いなくそれはとんでもない行為だ。
 それを得るためにどれほどの苦難を乗り越え、自分の行手を阻む扉を開く、世界にたったひとつしかない鍵をようやく手に入れたにも関わらず、そんなことなど全く顧みずに容赦無くその貴重なアイテムを二度と手に入らない形で廃棄しようとした時、満を持してプレイヤーに浴びせられる言葉が、この「それを すてるなんて とんでもない!」なのである。
 そりゃそんなとんでもないことをしようとすれば、叱責のひとつも受けて当然だろう。

 しかし、「それを すてるなんて とんでもない!」というフレーズが、広く知られている有名なフレーズであるということは、多くのユーザーは、この「世界を救う」という崇高な目的を持った旅が完全に終了するこの恐ろしい行動、「重要アイテムの廃棄」というアクションを一度や二度は実行に移しているということでもある。
 操作ミスで起きることもあるだろうが、『ドラクエ』をプレイした多くのユーザーは、このあまりに自滅的でありながら、どこか魅惑的なこの行動を試しにやっているということなのだろう。当然ながら私もやったことはある。

 ゲームというメディアは「所有」という行為を体験として表現できるメディアである。

 「剣」というアイテムを「所有」しそれを装備し振るうことで、より強くなることが出来るし、「やくそう」というアイテムを「所有」しそれを使えば、そのアイテムは失われるが、その代償として自分の身体を回復することが出来る。そして何らかの「鍵」を「所有」することができればその「鍵」によって閉ざされた扉を開け、次の世界へと向かうことが出来るようになる。

 「それを すてるなんて とんでもない!」というフレーズはゲームにとって、特定のそれも特に貴重なアイテムを「所有」するということが、ゲームの根幹に関わることだということを、ゲームの世界側からメッセージを発してまで教えてくれるから印象的なのである。

 前置きが長くなったが、今回紹介するのは、そんな、「それを すてるなんて とんでもない!」という警告を発する側の視点になって「所有」という極めてゲームと相性の良い概念について考えさせ、こちら側の心を揺さぶってきたりすらする極めてユニークなタイトル、『Unpacking』である。

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文/hamatsu


「荷ほどき」と「引っ越し」によって描く物語

 このゲームの内容は、自分が生活するであろう部屋に積まれた複数の段ボールを「荷ほどき」し、自分の部屋に適切な形で配置していくというただそれだけの行為をひたすら繰り返すという至ってシンプルなパズルゲームである。

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 ただ段ボールを開けて荷物を部屋に適当に配置すれば良いというものではなく、各荷物をそれなりに効率よく適切な場所に置く必要があるので、それ相応に頭を使うことが求められる。

 とはいえクリアに詰まるほどの高難度というほどのものではなく、美しく繊細にドットで描かれた荷物をひとつひとつ並べていくだけでもけっこう楽しいし(小さすぎるアイテムの視認が難しいというデメリットも存在するが)、段ボール一箱を空にして畳む時の感覚は、実際に引っ越し作業をした時と同様、片付けがすっきり済んだ時の爽快感がある。

 しかし、本作の肝はそうやって荷物を並べて出来た部屋をひとつの思い出として記録した上で、数年の時を経てまた別の部屋へと引っ越ししていく、本作の主人公とも言えるであろうキャラクターの人生の軌跡を、「荷ほどき」という行為を通して追体験出来てしまうという点にある。
 そう、言葉による説明は最小限に抑えながら、このゲームは、「荷ほどき」という体験を通してでしか描けない物語が存在するゲームなのである。

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 本作に欠点があるとすれば、そのあまりに簡素かつ濃密なストーリーが展開するとは到底思えない、シミュレーションやパズルチックな見た目にある。特に物語を展開する上ではどう考えても必要になりそうな「人間」がほぼ画面に登場していない。

 そのような形で『Unpacking』というゲームが誤解されてしまうのはあまりにもったいない。このゲームは「荷ほどき」と「引っ越し」の連続によって、空間と時間の変化を巧みに演出し、ゲームでしか描けないやり方で「人間」を描き、確固たる「物語」を紡ぎ、プレイヤーに体験させるゲームなのである。

「それを そこにおくなんて とんでもない!」

 基本的には解釈をプレイヤーに委ね、淡々とした「荷ほどき」と「引っ越し」の連続の中で「物語」のようなものを描く本作において、「物語」の盛り上がりやクライマックスというものは基本的にはプレイヤーの数だけ存在するのではないかと思う。
 どれだけ引っ越してもずっと持ち続けるある荷物にエモさを感じる人もいれば、誰かと共同生活を始める時に、他者の荷物と自身の荷物が混じり合っていくさまに共感を覚える人もいるだろう。

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 そんなプレイヤーに開かれた形で展開していく「物語」の中において、非常に強い印象を残す、作り手側の強い意図を感じる展開が本作には存在する。
 それは冒頭でも述べてきた『ドラクエ』の「それを すてるなんて とんでもない!」というフレーズをゲーム内のキャラクターに向けて発したくなるような出来事である。

 もっとも、荷物を開けて部屋に配置することしか出来ない『Unpacking』というゲームにおいては、アイテムを「所有」することも「廃棄」することも出来ない。それぞれの荷物を適切な位置に配置することしかプレイヤーには許されてはいない。
 だが、『ドラクエ』風に言えば「それを そこにおくなんて とんでもない」という事態が起きたであろう経緯とその後の顛末をどう受け止めるか、どう解釈していくかによって『Unpacking』というゲームから受ける印象は変わるだろう。私はこの展開が発生して以降、プレイを止めることが出来ず、最後まで一気にプレイしてしまった。

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 すでに述べたようにゲームとは「所有」を体験として表現できるメディアである。
 何かを「所有」し、場合によっては「消費」または「廃棄」するという行為をゲームというメディアは疑似的な形で追体験させてくれる。『Unpacking』というゲームは、その「所有」という行為をプレイヤーに体験させると同時に、その「所有」という行為を客観視させてくれるゲームである。

 人はなぜ何かを「所有」するのだろうか。当然考えられるのは、人は歯ブラシがなければ歯すら磨けないし、靴がなければ外も満足には歩けない。人が生きて行動していくためには常に何らかのものを「所有」しそれを使うことが必要だからだ。
 ではなぜ人は時として必ずしも生きていくための必需品とは呼べないようなものすら「所有」するのだろうか。

 引っ越した先での「荷ほどき」という極めてパーソナルな行為を通して、人によっては不要であり無価値なものを何よりも大事なものとし、切実に必要とすらする人間の営み──大袈裟に言えば「文化」の萌芽のようなものが生まれる瞬間を垣間見る。
 『Unpacking』というゲームは、ゲーム的としか言いようのないやり方でその瞬間を表現し、体験させてくれる。

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 私が本作をプレイし、クリアするまでに要した時間は4〜5時間程度であった。複数回のプレイでより味わいが深まるタイプのゲームでもあるし、一応コンプリート要素的なものもあるものの、税込で2090円するこのゲームをこの時間でクリア出来てしまうことに対して「高い」と思う人がいてもおかしくはないだろう。
 そのことで購入に尻込みするのであれば無理に勧めようとは思わない。しかし、やるゲームが多すぎて嬉しい悲鳴を365日発しているような私のような人間にとって、濃密な物語を感じながら4〜5時間でクリアできる『Unpacking』は非常に助かるし、サクッとクリアできたという点で満足度の高い一本だった。

 NETFLIXやDisney+で配信されている6〜8話程度で終了する1シーズン限りで完結するドラマがちょうど良いと感じる人であれば、後半にいくに従って先が気になってしょうがないという没入感も含めて『Unpacking』は非常におすすめの一本である。
 大作ゲームをぶっ通しで遊ぶのも最高だが、このような小品もいかがだろうか?

※本作はXbox Game Passに含まれているため、加入済みの方は無料で遊ぶことができます。

ライター
某ゲーム会社勤務のゲーム開発者。ブログ、「枯れた知識の水平思考」「色々水平思考」の執筆者。 ゲームというメディアにしかなしえない「面白さ」について日々考えてます。
Twitter:@hamatsu

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