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「暴力を批判するFPS」は『ファークライ3』の4年前に完成していた。10周年をむかえた前作『ファークライ2』を再訪しよう

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 2008年に『ファークライ2』が発売されてから2018年10月21日でちょうど10年が経った。

 より多くの読者が知るのは、続編『ファークライ3』ではないだろうか。2012年11月に発売された同作は、南国の楽園で武装集団に囚われた若者ジェイソンの戦いを描くFPS。敵を殺すゲームでありながら仮想の暴力性を批判するシナリオはユーザーから賛否両論を浴び、一方でD.I.C.E. Awardsでゲーム・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど業界方面からは高い評価も得た。

 しかし、その「暴力を批判するFPS」という大まかなコンセプトは、その4年前に登場した『ファークライ2』から続くものである。そして同作特有のどこまでも救いのないストーリー、不親切で無味乾燥な独自のゲームプレイは、いまだ一部のファンの心を強力に掴んで離さない。10年前に登場し、今や続編の影に埋もれている『ファークライ2』とは、いったいどのような作品だったのだろうか。

 Ubisoftの『ファークライ2』は、Crytekが2004年にリリースした『ファークライ』の続編という位置づけだが、ゲーム同士に直接のつながりは無い。

 『ファークライ』が島から脱出するのが目的だったのに対して、『ファークライ2』ではアフリカの奥地に入り、武器商人ジャッカルを暗殺するのが目的。ゲームが始まると主人公はアフリカに到着した直後にマラリアに侵されてしまうが、暗殺対象であるはずのジャッカル本人に助けられ、自分のことはもう追うなと言われて解放される。

 その後はジャングルやサバンナで構成されたオープンワールドを自由に闊歩できる。さまざまな勢力から依頼を受けてもいいし、マップに隠されたダイヤモンドを探索してもいい。なおゲームを初めたときには、異なるバックグラウンドを持った幾人かの傭兵から主人公をひとり選ぶが、ストーリーや能力の違いは無い。だが後述するように、“ヒーローの存在しないFPS” として以後の『ファークライ』シリーズの方向性を決定づけたといえる。

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(画像はSteam | Far Cry 2: Fortune’s Editionより)

 現在のクオリティで見ると、ドラマパートの演出は洗練されていないように見えるかもしれない。カットシーンが頻繁にあるわけでもなく、ストーリーはわかりづらい。加えてサイドクエストは単調極まる。また、手に入る条件がわかりにくいマラリア薬や、拠点の敵をすべて倒しても、ちょっとその場所から離れたらすぐに敵が復活するような不自然で荒削りな部分も多い。

 発売前に紹介されていたダイナミックに変化するストーリーや傭兵仲間との関係といった、このゲームならではの特徴として宣伝されていた部分が製品版では多くが削られていたこともあり、当時『ファークライ2』は大きな不評を買うことになった。

 だが、このゲームが胸を打つのは、暴力の否定が根底に流れていることだ。銃で撃てば敵が死ぬのは当然のことだが、プレイヤーに撃たれて怪我をした敵を他の仲間が助けようと、危険を顧みず背負って逃げる場面に遭遇することもあるだろう。

 プレイヤーの使う武器は徐々に壊れはじめ、敵に撃たれれば治療のため体内から弾薬をえぐり出す。このゲームの大きな特徴であるリアルな炎に飲まれた人間は踊るように絶命し、プレイヤーは美しいアフリカの大地が燃える姿を見ることになる。

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 本作は『DOOM』を筆頭に幾度となくやり玉に上がってきたFPSにおける暴力について、真っ向から疑問を突きつけた最初期のFPSとして位置づけられる。同時期には、同じくプレイヤーに暴力について考えさせたFPS『Haze』もリリースされており、今でこそFPSの暴力について疑問を投げかけるゲームは珍しくないが、2008年はひとつのターニングポイントだったと言えるかもしれない。

 本作のアフリカ奥地に入りつつ、武器商人ジャッカルを暗殺するストーリーは、発売当時からジョセフ・コンラッドの小説『闇の奥』の影響下にあるのではないかという指摘がある。『闇の奥』はアフリカを舞台にした1899年のイギリスの小説だ。船乗りのマーロウが、象牙交易で絶大な権力を握りカリスマとして君臨しているクルツに出会うため、アフリカの奥地に分け入っていく。

 クルツは未開部族の暴君として君臨していたが、病に伏せっており、最後にはマーロウに「恐怖!恐怖!」という言葉を残して死んでしまう。アフリカから帰国後、その話を振り返るマーロウはすっかりクルツに魅入られていた。

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(画像はAmazon | 闇の奥 (岩波文庫)より)

 この印象的な物語は、ラドヤード・キプリングの『王になろうとした男』 (1888年・英)など、当時流行していた冒険小説もののサブジャンル「白人酋長もの」に該当する。ただ、従来の白人酋長ものが富と権力をもとめる19世紀のロマンを楽観的に表現していたのに対し、『闇の奥』にはそのような明るい雰囲気はない。難解で、いく通りも解釈できる物語になっている。

 実はこの小説の背景には裏話があり、作者のコンラッドが船乗り時代にアフリカのコンゴに渡っているときの自身を経験をもとにしていたという。
 コンラッドがアフリカのコンゴを訪れていたとき、コンゴはベルギーの植民地支配にあった。そこでは西洋の植民地支配の歴史のなかでも最悪の汚点とされている、過酷な収奪と虐殺が繰り広げられていたのである。コンラッドはその悪名高い植民地支配の一部始終を目撃して『闇の奥』を書き上げたものとみられている。

 こうして『闇の奥』は西洋の植民地支配の欺瞞性をいち早く描いたとして先駆的な評価を受けることもあれば、むしろ告発すべき大罪を文学的な体裁によって逃げた作品と批判されることもあり、現在でも評価が二分している。

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(画像はSteam | Far Cry 2: Fortune’s Editionより)

 しかしこのような奥地に君臨するカリスマに会いに行くという設定や、物語が進むにつれ狂気に侵されたり、自身の価値観が転倒してしまう物語は、さまざまなフィクションに影響を与えた。小説『蝿の王』 (1954年・英)や、映画『地獄の黙示録』 (1979年・米)をはじめ、初代『メタルギア』 (1987年)も該当するだろう。

 『ファークライ』シリーズだと『4』のパガン・ミン『5』のジョセフ・シードは記憶に新しい。『スペックオプス ザ・ライン』 (2012年)は真正面からこのテーマを盛り込み、カルト的な人気を誇っている。 『ファークライ2』では、そういった『闇の奥』のクルツから始まる伝統性を武器商人ジャッカルとして描いているのだが、これにはさらに仕掛けがあるので伏せておこう。

 『ファークライ2』は『闇の奥』からラストの難解な部分というところまで影響を受けている。その意味では、文学の読後感にすら似た印象を受けるのだが、プレイヤー自身で選ぶことになる主人公とジャッカルの最後の選択は、クルツに魅入られて帰国した『闇の奥』のマーロウとは明らかに違う。

 本作はさまざまに無味乾燥な作りであるからこそ、最終的にシリアスなメッセージ性を浮き上がらせている。スタッフロールでは叙情的な音楽が流れるわけでもなく、ただアフリカの民族音楽が静謐に、そして厳かに流れる。この簡素ながら物悲しいスタッフロールは、アフリカの争乱や虐殺に対する強固な鎮魂歌としてのメッセージ性を有していた。

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(画像はファークライ2公式サイトより)

 『ファークライ2』がリリースされてから10年が経ち、多くのオープンワールド・フリーローミング・サバイバル要素を取り入れたFPSがリリースされた。楽しいゲームを探しているのなら本作をプレイする理由はあまりない。しかし、『ファークライ2』がプレイヤーに叩きつけるメッセージは時代を超える力を持っている。

 もし心が震えるようなゲームをプレイしたいのであれば、『ファークライ2』を無視し続ける理由は無いだろう。ゲームをクリアした時、あなたの手には何が残されているだろうか。

文/古嶋誉幸福山 幸司

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一日を変え、一生を変える一本を!学生時代Half-Lifeに人生の屋台骨を折られてから幾星霜、一本のゲームにその後の人生を変えられました。FPSを中心にゲーム三昧の人生を送っています。
Twitter: @pornski_eros

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