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推理ゲーム『Return of the Obra Dinn』はあなたの脳細胞への挑戦状だ。記録や知識は“外”にあることを前提とする特異なミステリーとは

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 まず「手帳」と「筆記用具」を用意しよう。何か気になったことはインターネットで調べて記録しておこう。脳細胞をフルに使うことだけは覚悟しなければならない──日本在住のアメリカ人であり、入国審査ゲーム『Papers,Please』の製作者であるルーカス・ポープ氏は先月、新作推理ゲーム『Return of the Obra dinn』SteamHumble StoreGOG.comにてリリースした。

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 1803年に姿を消した商船Obra dinn号が1807年に発見された。東インド会社の保険調査員である主人公は、遺体と遺品しかない無人の船へ乗り込む直前、不思議な懐中時計を入手。その時計の力で船員たちの死の瞬間を垣間見て、見つけた手がかりからObra Dinn号が辿った謎の運命を解き明かすことになる。同時に手に入れた手帳「オブラ・ディン号の帰港」(Return to the Obra Dinn)には、調査を進めるごとに同船で起きた悲劇の経緯が記されていく。

 1ビット調のグラフィックはゲームに独特の色彩を与えており、死の瞬間を写し出す演出も素晴らしい。また、音楽や空気感も秀逸だ。謎が謎を呼ぶストーリーには先を進めたくなる牽引力がある。しかし、『Return of the Obra dinn』でもっと注目すべき点はそのゲーム性だ。ゲームプレイ自体は異様なほどにシンプルでありながら、同時に極端に難易度の高い推理ゲームを表現している本作は、ゲームデザインとしては一種、特異かついびつな形をしている。

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 実際にゲーム内でプレイヤーが行うことは単純だ。懐中時計の力で誰かの死の場面を眺め、その時にその場で死んでいた(あるいは死に瀕していた)人物の残留思念に飛ぶ。その場面を見納めたあとは船内を探索し、別の遺体、あるいは死の残骸のようなものを見つけ、また死の瞬間に立ち会う。

 主人公がアクティブに行い得ることはただそれのみであり、一連の流れを半リニアに目撃したあと、「ゲーム」として行えることは極端に少ない。簡単に言えば、死の場面や船に残った証拠から推理し、死体と帳の名簿にある60名の情報を照らし合わせ、「名前」と「死因」を選択するというタスクだけが、プレイヤーの手に残される。回答の正否は3名ごとにチェックされ、正解ならば手帳に正しき過去として記される。

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 情報を手帳に埋めていくことが本作のゲーム部分であるにも関わらず、埋めなくともゲームはひとまずエンディングを迎えることになる。

 しかし全てのイベントを眺めてしてしまったのならば、本作を購入するようなプレイヤーは全ての謎を解かないと「納得」できなくなるだろう。ゲームを進め、プレイヤーは自分が見ることができる情報をすべて見たと理解した瞬間、その一連の死の背後には異常な数の「見落とし」があったことに気づかされることになる。この世界の謎に真に取り組むのかどうかを自分で決断する岐路に立たされるわけだ。

 『Return of the Obra dinn』というゲームの本質はその瞬間──ゲームが終わろうとしているその時──にようやく姿を現す。本作のゲーム部分はゲームを終える直前からエンディングまでの刹那にのみ存在する。ゲーム側から強制されるわけではない。しかし、提示されたいくつもの死の物語の背景でなにが起きたのか「納得」するためのアナログな推理に、本質の大半が集約されている。そして、もしあなたが謎の解明に着手し始めれば、制作者の意図とプレイヤーの欲求がきれいに交錯する瞬間となる。

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 そんな本作の特異さは、謎をぶっきらぼうに提示し自己完結しているそのゲーム性にも強く表れている。

 死体、死の瞬間、顔が写った船員の写真などヒントや証拠は無数にあるが、いずれもプレイヤー自身が考えなければそれらが結びつくことはなく、答えへはたどり着かない。3名の名前と死因を正確に当てることで初めて正答チェックが行われるという用心深さは、システム的に不可能ではないが、基本的に総当たりという力技を強烈に嫌っている。

 ゲーム側が優しくプレイヤーを導くこともなく、決してオートマチックに謎の真相は明かされない。それはたとえば、上下巻の推理小説があるとして、著者が出題編と題した上巻で物語の背景や証拠を誰かに読ませ、解答編である下巻は読者自身で埋めなさいと重要な部分が真っ白な紙を投げつける潔さに近い。

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 また、ゲーム自体のヒントの少なさと難易度の高さは、ただ「難しい」というものではない。その設問のベクトルにも製作者の意図が込められている。

 本作での推理の解答は、懐中時計の力で見る死の場面だけではなく、ゲーム中に出てくる少ないテキスト、数枚の写真から見受けられる職責や人間関係、出てくる数字、国籍などすべてをヒントに推理するべきものであり、ほとんどの場合はそれで解決はする。が、興味深いことに、なかにはゲーム内では説明されていない文化、習俗、言語まで理解していないと、「納得」して進められない部類の設問すらある。

 たとえばもっとも分かりやすい例では、ある特定の言語、外見的な特徴から判明する国籍など。一般常識から遠く離れた知識は誰もが持ち得るものではない。さらに言うなら、直接謎解きに関係ない部分にも、インターネット(あるいは図書館でもよいだろう)で調べることで、驚くべき結果が得られる部分がままある。人によってはその考察に数時間かけてしまうことがあるかもしれない。

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 本作の底流にある設計思想は、ゲーム内の情報を外部デバイスも用いて調べるという行動へとプレイヤーを巧みに誘導している。これは普段ビデオゲームをやり慣れていればやり慣れているほど、発想が浮かびづらい性質のものだ。“ビデオゲームで解くべき謎のヒントは、当該ビデオゲーム内に美しく整頓されて揃っている”という暗黙の了解からくる一種の陥穽とも言える。

 万物を熾る天才でもない限り、調べなければ知り得ない情報を前提とした物語の作りは、”外部デバイスから得る情報とゲーム内情報の融合”によって形成される「推理ゲーム」という、非常に独自性の強い枠組みとなっている。「ミステリー」としても「ビデオゲーム」としても高度に野心的な構造だと言える。

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 そう考えると、わかりやすい相関図や推理補記が記されないゲーム内の手帳の扱いづらさも、一度見たシーンにふたたび訪れるための簡便なシステムがセリフ以外に搭載されていないことも、意図された仕様に見えてくるかもしれない。

 つまり、本作には想定されている「遊び方」があるのだ。それが冒頭の一文である。“ゲームの外”でメモを取ることやネットを検索することそのものを含めてひとつのゲーム体験として成立させるシステムだ。メモは自力でとればいい し、気になるシーンは書き留めておけばいい。それはビデオゲームのオールドプレイヤーには一見当たり前のことのようだが、多くがすでに忘れてしまっていることでもある。

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 この天才的なひらめきとアイデアに満ちたゲームデザインは、ゲーム内の不備すら丁寧かつ故意に引き起こし、ゲームの外とゲームの中を繋ぐための「作法」へとプレイヤーが辿り着くように緻密に設計されている。ノートだろうが、Steamのスクリーンショット機能だろうと構わないが、とにかく本作をゲーム外のメモなしで解くことは難しい。また、初めから持っている知識やゲーム内の情報だけで納得できる回答に辿り着くのも難しい。

 逆に「作法に」に沿いさえすれば、このゲームの難易度はしっかりと適正値になる。実際、初見では困難に見えるかもしれないゲームだが、現時点でのSteamでの実績達成率を見るに、4割弱のプレイヤーは真相へとたどり着いている。

 もちろんそのアドバイスを全て無視して、自分の頭の中とゲーム内の情報だけで納得の行く回答を得る自信があるなら、それは止めずにいよう。どちらにしても、本作はあなたの脳細胞への挑戦だ。あなたが本気で受け止め、自分が「納得」することを全てに優先して推理できるなら、想像以上の知的興奮がそこにあることを保証しよう。

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 このゲームをプレイするにあたって、まず「ノート」と「筆記用具」を用意しよう。Rollbahnでもコクヨでも好きなものを選んでくれてよい。筆記用具は万年筆を使うのが探偵らしい気もするが、ここは実用性でJETSTREAMの多色ボールペンをおすすめしたい。社会人ならお世話になっている人も多いだろう。単身者や、家族の風当たりが強くない喫煙者なら、紫煙をくゆらせながらのプレイも悪くない。コーヒーは最適解のひとつだし、エルキュール・ポアロを気取ってチョコレートを用意するのも趣がある。

 とにかくあなたの脳細胞をフルに使うことだけは覚悟しておこう。「ビデオゲームだ」とあなどる気持ちで臨むのはおすすめできない。そしてゲームを始めたら気になるところはすべて書き留めておこう。船の構造でも商船の階級でも服の形でも構わない。親切なヒントは存在しないと思ってくれて構わないが、情報に嘘は混じっていない。ゲーム内の手帳は重要な情報源だと割り切ろう。

 一見関係ないことでも実は重要なことかもしれない。聞きなれない単語や何か疑問に思ったことはインターネットで調べて書き記しておこう。その時、間違ってもネタバレを踏んではいけない。決して誇張ではなく、あなたがこの先自力で名探偵気分を味わえる媒体は、もう二度と世界に現れないかもしれないのだがら。

文/Nobuhiko Nakanishi
編集/ishigenn

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Nobuhiko Nakanishi
大学時代4年間で累計ゲーセン滞在時間がトリプルスコア程度学校滞在時間を上回っていた重度のゲーセンゲーマーでした。 喜ばしいことに今はCS中心にほぼどんなゲームでも美味しく味わえる大人に成長、特にプレイヤーの資質を試すような難易度の高いゲームが好物です。
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ニュースから企画まで幅広く執筆予定の編集部デスク。ペーペーのフリーライター時代からゲーム情報サイト「AUTOMATON」の二代目編集長を経て電ファミニコゲーマーにたどり着く。「インディーとか洋ゲーばっかりやってるんでしょ?」とよく言われるが、和ゲーもソシャゲもレトロも楽しくたしなむ雑食派。
Twitter:@ishigenn

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