一つの会場に集まった参加者たちが、さまざまなヒントを元に謎を解いてその場所から脱出することを目指す「体験型謎解きゲーム」。
リアル脱出ゲームとも呼ばれるこのイベント、2007年に初めて開催されてから今年でちょうど10年が経つ。今や謎解きゲームは多くの場所で開催されるようになり、映画やマンガなどとコラボし、若者を中心に幅広い層に親しまれるコンテンツへと成長した。米国やアジアなど海外にも輸出され、その人気はとどまるところを知らない。
多くの団体が謎解きゲームの制作を手がけているが、その中でもひときわ注目を集めているのが、東京大学発の謎解き制作集団「AnotherVision」だ。
これまで30以上の謎解きゲームの公演を手がけ、フジテレビ系でゴールデンタイムに放送中の「今夜はナゾトレ」にもレギュラー出演。2017年5月末に刊行した謎解き本「東大ナゾトレ AnotherVisionからの挑戦状」シリーズ は、累計24万部を超える大ヒットとなっている。
彼らが手がける謎解きゲームは初心者から経験者まで満足度が高く、好評を得ている。問題の作り方にはどのような秘訣があり、それをひとつの謎解きゲーム公演に組み上げるにはどのようなノウハウがあるのだろう?
そして、リアル公演、Web公演、テレビ、本とさまざまな媒体に向けて謎を量産するAnotherVisionだが、その量産体制の裏には、学生団体らしからぬ組織構造があった――。
その甘いマスクからテレビ出演を機に人気に火が付き、SNS上で「謎解き貴公子」とも呼ばれるAnotherVisionの2代目代表・松丸亮吾氏(@ryogomatsumaru)に話を伺った。
取材、文/透明ランナー
――AnotherVisionとはどんな団体か教えてもらえますか?
松丸氏:
AnotherVisionは東京大学の学生が中心となって活動している、謎解きを作るサークルです。
「知識に頼らずに、ひらめきさえあれば誰でも解ける」、そんな問題を解いてゲームクリアを目指す「体験型謎解きゲーム」の公演を主に制作しています。今年で5年目になり、メンバーは約150人にまで増えました。
――謎解きゲームの公演って、60分間ほどの制限時間の中で、限られたフロアの中で謎を解いてクリアを目指すというものですよね。最近はそういった公演の他に、テレビ番組にも出て注目されていますよね。
松丸氏:
昨年11月からフジテレビ系「今夜はナゾトレ」(以下、「ナゾトレ」)【※1】に出演して、毎回新作の謎を発表しています。5月末には初の著書『東大ナゾトレ AnotherVisionからの挑戦状』【※2】第1巻を発売し、すでにシリーズ累計24万部を突破しました。
※2 東大ナゾトレ AnotherVisionからの挑戦状
2017年5月に第一巻が刊行。フジテレビ系列番組「今夜はナゾトレ」の人気コーナー「東大ナゾトレ」を書籍化したもの。
――すごい勢いですね。松丸さんはSNSで「謎解きのイケメン東大生」と話題になっていたりもしていて……(笑)。ちなみに、松丸さんが今まで関わってきた謎解きの公演はいくつぐらいあるんですか?
松丸氏:
僕が制作のリーダーを務めた公演が15公演、制作に関わったものだと30公演を超えています。最近は東京だけではなく、大阪や福岡など日本全国でも公演しています。
――そんなに作っているんですか!
謎解きゲームの作り方1:60分を「メイキング」
――実は私も謎解きゲームは30回以上挑戦して、そのたびに成功したり失敗したりを繰り返しているんですが(笑)、今日はぜひそういった謎解きをどのように作っているか聞いてみたいと思うんです。
松丸氏:
そう、ひとつの謎解きゲームの公演を作るのって、実に奥が深いんですよ。
テレビで出題する謎と違い、お客さんは途中で出たり入ったりすることはないので、制限時間いっぱい集中して取り組んでもらいます。そこで一番大事になってくるのは、公演時間の60分をいかに“メイキング”するかなんです。
――60分をメイキング……ですか?
松丸氏:
せっかく来てくれたお客さんには60分間フルに楽しんでほしいのですが、参加者のテンションを最初から最後まで持たせるためには、謎解きに変化がなければ面白くない。それを注意深く設計していくということです。
最初の10分で解いた謎と最後の10分で解いた謎が同じレベルだと、だんだんつまらなくなっちゃいますよね。なので前半では単発でパンパンとリズムよく解けるような問題を作ります。これを僕たちは「小謎」と呼んでいます。
そして中盤になるほど、今までの伏線が絡み合っていくような、ちょっと難易度が高い、そして没入感が高くなるような問題を作っています。これを「中謎」と呼んでいます。
――そして最後に来るのが「大謎」というわけですね。
松丸氏:
そうです。難易度は高いけれど気づいてしまえば簡単な、ひらめきが必要な、ちょっと時間がかかる問題を最後に持ってくるわけです。
――謎のタイプを適切に配置することによって、参加者のテンションを序盤、中盤、終盤にかけてどんどん上げいくというのが、「60分をメイクする」ということなんですね。
謎解きゲームの作り方2:こだわりの「大謎」
――やはり「大謎」がその公演のクライマックスになると思うのですが、どのように作っているんですか?
松丸氏:
僕たちは最後の「大謎」をいちばん大事にしています。
お客さんにしてみると、やはり最後の謎が最も印象に残りやすいんですよ。ここが面白ければ公演後にもいい気持ちのまま帰ってもらえます。公演の最後に問題の解説をするときに、参加者が「??」と困惑するのではなく、「ああ~!」と言ってくれるようなものが理想です。
――解く側としてはいつも最後の解説で「ああ~!」と言わされます(笑)。
松丸氏:
逆に言うと、そのいちばん最後の謎のために、ほかの謎をそれに合わせて作っていくことが多いんです。
――最初の簡単な謎から順番に作っていると思っていたんですが、実は私たちが謎を解く過程の逆側から作っているんですね。
松丸氏:
そうなんです。いちばん最後の大謎を作り、その大謎を最もきれいに際立たせるためにほかの謎を配置していきます。
もちろん、大謎の前で簡単な謎が来ちゃうと拍子抜けしちゃうので、中謎もうまく盛り上げるように作って、さらにその謎をきれい見せるために序盤の謎があって……というような感じで作っています。
――私は謎解きゲームをプレイしたあとに必ずメンバーで反省会をするんですが、やはりいちばん話題に上るのは最後の謎ですね。できた人もできなかった人も「あそこでこうすればよかったな」といった話ですごく盛り上がりますよね。
松丸氏:
それはありがたいです。毎回必ず公演の後にアンケートをとるんですが、そのアンケートにも如実に出てきます。いちばん最後の謎が弱いと、他の謎がどんなに良くても一気に満足度が落ちちゃうんです。
もちろん最初の方の謎も大事なので、僕らは限界まで質を高めているんですが、それ以上に最後の謎が響きやすい。いわばその公演の「顔になる部分」ですね。
――お客さんの反応も大切にしているわけですね。
松丸氏:
必ずアンケートをとって、そのアンケートで出た意見や気になった点はすぐに活かしています。作っている側からは分からないことはものすごくたくさんあるので。
謎解きゲームの作り方3:「暗躍」マニュアル
――60分をうまくメイキングするとなると、「参加者がこの問題をこのくらいの時間で解く」という想定をある程度立てているわけですよね。
松丸氏:
それはもうかなり綿密に想定していますよ。公演のたびに「早い人なら何分」、「遅い人でも何分」と想定時間を決めています。60分の公演だと、早い人でも40分~50分ぐらいでしか解けないように作っています。
――でも、遅い人もいるわけですよね。そうすると遅い人の満足度が下がってしまったりはしないんですか?
松丸氏:
すべての人に楽しんでもらえるよう、そこは僕らが非常に気を遣っている部分です。そこで公演中には運営側が「暗躍」しているんですよ。
――「暗躍」ですか?
松丸氏:
解けていない人や、なかなかひらめかなくて行き詰まっている人のところに行って、サラッとヒントを告げてちょっとだけ誘導してあげるんです。これを僕らは「暗躍」と呼んでいます。せっかく公演に遊びに来てくれているわけだから、制限時間内に少なくとも大謎まではたどり着いてほしいという気持ちがあります。
もちろん、それはただ単に答えを教えてあげるというわけではありません。謎解きで解けなくて困っている人って、ひとつの思考にずっとハマり続けちゃっているんですよね。だから僕らが「その思考はちょっと違うよ」とひとこと言ってあげるだけで、別のところに目が向いて、一気に謎が解けていくものなんですよ。
――そのありがたさはよく分かります(笑)。特に中盤の40分くらいで行き詰まると、焦って視野が狭くなってしまうんですよね。そういう「暗躍」には適切なタイミングがあるんですか?
松丸氏:
もちろんあります! 事前にものすごく詳細なマニュアルを用意して、運営側に徹底させているんですよ。
――そのマニュアルは、例えば「40分までにこの謎が解けていない人にはヒントを出す」というようなかたちですか?
松丸氏:
他の謎解きゲームに比べてちょっと特殊かもしれないですが、僕らの場合はそうした単純な時間を指標にはしていないんです。
――えっ、そうなんですか。
松丸氏:
僕たちは、参加者が何分でどの謎を解き、何分でどのステップを通過したかをすべて記録しています。なんのためにやるのかというと、謎解きには「一つの問題を解くのに何分まで耐えられるのか」という、人間のストレスがたまる限度の時間というものがあるんですよ。
たとえば序盤を快調なペースで飛ばして、最初の10分でステップ3までクリアした人がいるとします。もしマニュアルで「暗躍」する基準が「40分まではステップ4のヒントを渡さない」と決まっていたら、その人がステップ4で行き詰まったら、30分間も同じ問題に向き合い続けなければいけない。これはものすごくストレスがたまるんです。
それを防ぐために、僕たちは「ステップ4に到達してから15分悩んだらヒントを出す」というような時間設定をしているんです。
――たしかに、ひとつの問題に長時間かかるとすごくストレスなんですよね。あと初めて知ったんですが、実は参加者が解いている様子ってけっこう見られているんですね(笑)。
松丸氏:
見てます。すごく見てますよ(笑)。
ただ、参加者の皆さんには見られていることを意識させないよう、「参加者をのぞき込む」のは絶対やってはいけないこととして徹底しています。皆さん没入している状態なので、そこに顔を乗り出したりすると、不快感が大きいんですよね。運営側が立ち止まったりせずに、歩きながらチラッと見て、状況を把握するようにしています。
謎解きゲームの作り方4:問題を「デバッグ」する
松丸氏:
やはり謎解き公演を作るのに大事になってくるのは、どの謎にどのくらいの時間がかかるかの想定を正確に立てることです。そのために僕らは、「デバッグ」という作業を行っています。
――「デバッグ」とは何ですか?
松丸氏:
公演を世に出す前に、AnotherVisionの他のメンバーに実際に公演の問題を解いてもらい、どの問題に何分かかっているのかを観察します。その結果をもとに難易度を上げたり下げたりする作業のことです。
メンバーから「この問題文だと簡単すぎるけど、少し表現を変えるだけで正答率がぐっと変わる」とか、「この問題は公演のコンセプトから見ると違和感が強いから、もう少し公演の世界観になじませた方がいい」といった意見をもらいます。そのたびに微妙に調整していき、最終的に世に出るものは難易度の粒がそろったものになるようにしていきます。
――なるほど、問題文の言葉ひとつでひらめきが生まれやすくなったりしますもんね。
謎解きゲームの作り方5:「世界観」をつくる
――「公演の世界観になじませる」という話がありましたが、謎解きゲームの公演には必ず「世界観」がありますよね。あるキャラクターやその場所に沿ったストーリーでゲームが進んでいくわけですが、そういったところも注意して作っているんですか?
松丸氏:
世界観に関しては、謎を作るのと同じくらい、いやそれ以上に大事に作っています。いきなり謎解きゲームに放り込まれると、「なんで私たちは謎を解かなきゃいけないの?」ってなりますよね(笑)。
例えば「今世界の滅亡の危機にさらされているけど、この謎が解ければ世界の滅亡が止められるらしい」という世界観をいきなり提示されても、「その謎ってなんなの?」ってなっちゃいますよね。
――たしかに(笑)。
松丸氏:
それを僕らは「世界観との乖離」と呼んでいるんですが、やっぱりその謎がある理由がはっきりしないと、謎が物語の中で浮いちゃうんです。
――謎解きゲームにおける世界観の設定、たとえばどんな例がありますか?
松丸氏:
8月に下北沢のカフェで、「あの日のカフェで君は眠る」【※】という謎解き公演をやりました。この世界観は次のようなものです。
主人公の彼女は交通事故に遭い、今も意識不明の重体だ。主人公が街を歩いていると、二人でよく行っていた喫茶店が、今日で閉まってしまうという看板が出ている。
気になってそのカフェに入ると、マスターからこう話しかけられる。「君をずっと待っていたんだ。彼女さんは君のためにこのカフェに何かを仕掛けていたらしい。でもこのカフェは今日で閉じてしまう。何とか今日中に謎を解かないと、彼女さんの思いが無駄になってしまう」と……。
※あの日のカフェで君は眠る
2016年4月29日〜5月1日まで、下北沢の「Event café スイッチ」にて開催された謎解き公演。「ルーム型」と呼ばれる、公演に集まった参加者(同イベントでは10名)が1チームとなり、部屋内を探索して謎を解き明かすスタイルでイベントは進行した。
――なるほど、「なぜカフェに謎が隠されているのか」という理由と、「なぜ今日中に解かなければいけないのか」という理由の2つがここで示されるわけですね。
松丸氏:
そうなんです。こういう設定をきちんと固めることで、参加者の謎解きに対する没入感と満足度が全然違ってくるんですよ。
――たしかにあまり意識をしたことはなかったですが、謎解きの前にそういう世界観が提示されると、すんなり入っていけるような気がします。そこまで世界観を考えて作っているんですね。