日ごろビデオゲームの批評などを行っている個人ゲームメディア「ゲーマー日日新聞」で、昨秋、“あるシリアスなテーマ”を扱ったゲームのレビュー記事が公開された。
今回の記事では、同メディアを運営するJ1N1氏が、そのゲームをあらためて紹介するとともに、制作の真意を知りたいと、クリエイターへの取材を行っている。
シリアスなテーマとは何か。ぜひ本文をご覧いただきたい。(編集部)
こんにちは。J1N1です。
突然ですが、皆さんはこの画面を見てどんなゲームだと思いますか?
恐らく「子育てゲームかな?」、「着せ替え人形みたいなゲームでは?」などと見当を付けたのではないかと思います。
はい、そうした予測は正しいですね。ただ一点、この子供が“ナチスドイツ兵士の子供”という点を除けば、ですが。
この『My Child Lebensborn』は、欧州各地に実際にナチスドイツが設置した「レーベンスボルン」と呼ばれる福祉施設で生まれた孤児を、プレイヤーが養子として引き取り、育てるゲームです。
舞台は戦後間もないノルウェー。戦時中にナチスドイツにより支配された過去によって、国中がナチスドイツに関係するすべてに強い嫌悪感を抱いていた時代です。
そんななか、ナチス党員とノルウェー女性を交配させるための施設であったレーベンスボルンはとくに嫌悪され、そこで生まれた子供もほぼ例外なく迫害されました。
こうした背景により、一見するとシンプルな子育てのゲームに思える『My Child Lebensborn』は、「国中から差別される子供を育てる」という、極めて難度の高いゲームとなっています。
学校に行けば誰かに殴られ、外に出ればご近所さんに暴言を吐かれ、心身ともに弱っていく我が子の姿を、養父であるプレイヤーとしてはただ励ますことしかできない日々。
ストアのレビューやSNSの感想には、「あまりにも胸が苦しいから途中でやめた」、「ゲームでする歴史の追体験はとても強烈だった」など、苦悶するプレイヤーの姿が見られました。
そんな「ナチスの子を育てるゲーム」は、いったいなぜ生まれたのか?
それが知りたくて、今回は、この『My Child Lebensborn』というゲームを作ったSAREPTA STUDIOのCEOにしてリードデザイナーのCatharina Bøhlerさんにインタビューをしました。
取材・文/J1N1(ゲーマー日日新聞)
若い人にも知ってもらうためにゲームに可能性を見出した
──突然ですが、単刀直入に聞かせてください。何故このゲームを作ったのですか? 正直こんなゲームを作ろうと考えた人もあまりいないと思います。
Catharina:
そうですね。正直に話すと、自分たちも最初からこのゲームを作ろうと考えていたわけではありませんでした。
最初にアイデアを考えたのは、ノルウェーでドキュメンタリー映像を製作していたElin Festøyという、自分たちと別の会社の映像プロデューサーです。
私と出会う直前、Elinはレーベンスボルンで生まれた元戦争孤児を扱うドキュメンタリーを撮影していました。というのも、すでに戦後70年が経過し、レーベンスボルンで生まれた元孤児のうち、まだ存命の方たちが減りつつあり、彼女は忘れ去られてしまうことへの危機を感じていたからです。
しかし、取材の過程で上ったエピソードはどれも想像よりはるかに過酷で、Elinはまだ戦争が終わっていないことを痛感したそうです。そのため、彼女は普段ドキュメンタリーを見ない若い人にもこの事実を知ってもらうにはどうしたらと思案し、ゲームというメディアに可能性を見出しました。
ゲームなら子供にも興味を持ってもらえますし、ゲームはただ情報を伝えるだけでなく、実際にゲームの中での操作を通じて、より共感を持ってもらえると考えたからです。
そこで彼女は、同じノルウェーで仕事をしていた我々SAREPTA STUDIOに声をかけ、我々はドキュメンタリーで戦後の差別を描くビジョンに同意し、協同で『My Child Lebensborn』を作ることになりました。
──なるほど。元がドキュメンタリーだからこんなに攻めた企画になったんですね。ドキュメンタリーの手法をゲームに導入するうえで、何を気をつけましたか?
Catharina:
自分たちがゲームを作るうえで最初に決めたのは、スマートフォンやタブレットで遊べるものを作るということでした。
売上を考えると、PCや据え置き機で展開する案もありましたが、ゲーム中で育てている子供に「いかにプレイヤーの感情を移入させるか」と考えたとき、直接子供と触れ合うシステムは必要不可欠でした。
子供をなでたり、顔を洗ってあげたり、食事を与えたり、あらゆる動作をタッチパネルを介してプレイヤーの手で行うことで、子供とプレイヤーに強い繋がりを作りたかったんです。
自分たちが意識したもうひとつの点は、プレイヤーに選択を迫り続けることです。このゲームは選択肢に満ちています。
子供と何を話すか、少ない日当で何を買うか、休日は何をして過ごすかなど、とにかくすべてが選択です。
こうした選択の連続は、プレイヤーの意志を尊重するだけでなく、子供からハードなゲーマーまで、ゲームを遊ぶ幅広い層に広くアプローチできるメリットがありました。例えば「自分はなぜ皆から嫌われるの」と尋ねる子どもに何と声をかけるかなど、子供も大人も答えに窮するような選択こそ、誰もが深く考え、複雑な歴史を理解する助けになるからです。
──歴史というテーマや教育を扱うゲームシステムなど、作るうえで何か参考にした作品はありますか?
Catharina:
もともとこの作品のコンセプトにあったのは、『たまごっち』と、その仕組みをスマートフォンというデバイスに上手く流用した『My Talking Angela』という猫を育てるゲームです。
これらの作品の素晴らしい点は、ボタンやキーではなく、プレイヤーが画面の中のキャラクターに直接触れ、世話をしているような感覚を得られるところだと思います。こうした手法は、作品を作るうえで大きな参考になりました。
また子供の教育を取り扱ううえで、教育に関するかなり多くの本を読みました。それらを読んで気付いたことは、当たり前なのですが、「教育に正解はない」ということでした。
本によって、書いてることが全然違うなんてこともザラですからね。ですので、自分もなるべく正解を押し付けるようなゲームにしたくありませんでした。
例えば、8歳~12歳の子供は、「自分は何者であるのか」をよく親に尋ねるそうです。そこで、「あなたは過去にノルウェーを侵略したナチスの兵士の子供である」という過酷な事実を、本作に登場する子供に正直に伝えるかどうかを問う選択肢を用意しました。
仮に正直に伝えれば、子供はあなたを信頼するかもしれませんが、一方でその事実に耐えかねてとても辛い思いをするはずです。あるいは、嘘をつけば、子供はあなたという存在を信頼できなくなりますが、事実を知って絶望することはないでしょう。
こんな具合に、教育の難しさを再現するために脚本や選択肢には徹底的に拘りました。
今後『My Child Lebensborn』のようなゲームは増えるのか?
──レーベンスボルンという歴史をテーマにゲームを作ったCatharinaさんは、ゲームという媒体についてどう考えていますか?
Catharina:
子供のころからずっとゲームを遊んできましたし、ゲームは大好きです。
もちろん、ビデオゲームは優れた媒体だと思います。他の媒体にないインタラクティブな表現を通じて、人に何かを訴えかけられる強力なメディアですね。
例えば、選択肢を迫ったり何か操作を介することで、プレイヤーは考え込み、ときに混乱します。そうしてゲームを、フィクションであっても現実のように感じるのです。
ただしその力を悪用すると、歴史修正主義や政治的なプロパガンダにもなり得ます。それはとても危険であり、作る側はその危険や責任を強く意識するべきだと私は思います。
今後、自分たちの『My Child Lebensborn』のように、何かを伝えるメディアとして作られるゲームはより増えると思います。作り手にとって、それだけゲームは魅力的なメディアですからね。
制作中のトラブルを尋ねたら……
──ゲームを作るときに何かトラブルはありましたか?
Catharina:
うーん、自分の会社の中で、とくに重要な役割を担っていた男性が育児休暇で6ヵ月仕事に出られなくなったときは、少し焦りましたね。彼はプロジェクトの中心人物だったので、彼しか出来ない仕事も多かったのですが、何とか自分とチームで協力しながら対処しました。
──え? 男性でも6ヵ月も育休を取れるんですか?
Catharina:
育休を取れるというか、そもそも政府に休暇の取得を義務付けられていますね。ですので、あまり特殊なケースというわけでもないです。無論、彼の幸福はチーム皆で喜びました。
また、ノルウェーにはクォーター制と言って、両親合わせた育児休暇46~56週間のうち、最低でも4分の1にあたる12週間は父親が取ることが義務化されています。彼の育休はノルウェーでもとりわけ長かったとは思いますが、職場に戻ってきてもとくに問題なく業務は進みました。
──正直、ちょっと自分の国では考えられない制度です。
Catharina:
そうですね、国によっても法律や制度は違いますからね。ただ中でもノルウェーは福祉に力を入れた国ではあります。
ゲーム業界で最近問題とされるCrunch(過剰な労働)には、私も会社のCEOとして気を付けています。同じノルウェーでも、首都オスロの大企業ともなれば、リリース直前には12時間も働かせる企業があるんです。
ですので、私はチームの労働時間を、どんなに忙しい時期でも必ず1日6時間と決めています。どうしても足りなければ自分が働くまでです。絶対に彼らのプライベートは守りたいと考えているので。
──もう掃除でも何でもするので一緒に連れて行ってください!(了)
ノルウェーにおける現代史の暗部を、ビデオゲームというプラットフォームで見事に再現した『My Child Lebensborn』。
そんな作品を開発したCatharinaさんが、この作品が内包するテーマがどれほど重いかを理解し、ビデオゲームという媒体上で再現するために、どのような工夫を施したかが今回のインタビューを通して伺えました。彼女が作品を語る口ぶりからは、歴史を伝えるメディアとして開発された本作には、これまでのゲーム開発にない課題が求められていたことが伝わってきます。
そんなクリエイターとしての一面を持ちながら、自分の会社のスタッフを仲間として思いやり、彼らになるべくプライベートな時間を確保しようと配慮する彼女は、まさしく理想の上司。そのチームを重んじる姿勢と作品への情熱が、「ナチスの子を育てる」という極めて難しいテーマの作品を完成させたように思えました。
SERAPTA STUDIOSは次回作『Thalassa』を開発予定。PCと据え置き機向けの、深海を探索するダイバーになれるサイコスリラーになるそうで、個人的にこちらの続報も期待しています。
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