数々のアニメーション作品や、その音楽を手がけているアニプレックスが、ノベルゲームの新ブランド「ANIPLEX.EXE」(アニプレックスエグゼ)を発足した。
アニプレックスといえばアニメだけでなく、スマホアプリゲームでも大ヒット作『Fate/Grand Order』(『FGO』)をはじめ、『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』『東方キャノンボール』など、すでにいくつもの作品をリリースしている。
だが今回の「ANIPLEX.EXE」で対象となるプラットフォームはPC、しかもSteamやDMM GAMESでの配信になるという。
さらに、2020年リリース予定の第1弾タイトルとして発表された2作品は、フロントウイング・枕の共同制作による『ATRI -My Dear Moments-』、そしてライアーソフト制作の『徒花異譚』と、いずれも美少女ゲームで実績のあるクリエイター陣が手がけている。
美少女ゲーム業界のクリエイターと、アニプレックスとの関係は意外に深い。前述の『FGO』を手がけるTYPE-MOONはもともと同人サークルから美少女ゲームメーカーとなった存在だし、『魔法少女まどか☆マギカ』の脚本を執筆した虚淵玄氏も、ニトロプラス制作の美少女ゲームによってその名を知られるようになった人物だ。
その意味で今回の新ブランド発足は、第1弾の2タイトルはいずれも全年齢対象ではあるが、アニプレックスの美少女ゲームへの“逆参入”と言うこともできるだろう。
そして今回の「ANIPLEX.EXE」発足でキーマンとなっているのが、同ブランドのプロデューサーを務める島田紘希氏だ。
今回、島田氏にブランド発足の経緯について伺ったところ、どうやらこの新ブランドは島田氏個人のパーソナリティによるもの……というか、島田氏自身がかなりの“エロゲーオタク”だったからこそ生まれたものだというのが明らかになってきた。
「ノベルゲームの面白さを、世界に伝えたい」と語る島田氏の、美少女ゲームやノベルゲームに対する熱い想いと情熱を、以下のインタビューでぜひ感じ取ってもらいたい。
取材/TAITAI
文/伊藤誠之介
編集/クリモトコウダイ
撮影/佐々木秀ニ
自分がプレイしたなかで、面白い作品を作ったクリエイターさんに話を持ちかけた
──新ブランドを発表してからの反響は、いかがですか?
島田氏:
思っていたよりは……というと語弊があるかもしれませんが、好意的に受け止めてくださる方々が多くて。
僕としては「アニプレックスが」というところが、悪いほうに作用しなければいいなと思っていたんですが、「ノベルゲームを盛り上げていってほしいです」という声をいただけたのが嬉しかったです。
あとは『ATRI -My Dear Moments-』にせよ『徒花異譚』にせよ、それぞれ素晴らしいクリエイターの方々が作品を手がけることに対して、コアなファンの方々がしっかりと反応してくださっているのは、Twitterなどを見ていても感じ取れましたね。
──そもそも今回の新ブランド発足は、どのような経緯で立ち上がったのでしょうか。
島田氏:
ノベルゲーム、美少女ゲーム……どちらの言い方でも大丈夫なんですけど、まずは僕自身が学生時代からずっと、このジャンルのファンであるというところから始まっていて。それこそ入社面接の時も、その話だけを押して就職したみたいな経緯も、実はあったりするんです。
今回、ブランドの立ち上げのコピーに「ノベルゲームだから、おもしろい」と掲げましたけど、まさにそのとおりで。
僕がノベルゲームの面白さを常々感じているなかで、ノベルゲームだからこその魅力を、それを今まで作ってきたブランドさんやクリエイターさんと一緒に作品制作をすることを通して、伝えていきたいという想いがありました。
その想いを会社の経営陣に説明して、「面白いから、じゃあやってみよう」と承認してもらったというのが、今回の成り立ちですね。
──もともとアニプレックスの社内で、新規事業を公募する動きがあったのですか?
島田氏:
社内募集といった形で何かしら明確な契機があったわけではなく、何もないところから始まったという感じですね。
──では今回一緒に作品作りを行うクリエイターさんや、美少女ゲームブランドというのは、どのようにして選定されたのでしょうか? というのも、いったいどのあたりに勝ち筋を見出したのかなと。
島田氏:
個人的嗜好が9割5分ですね。もちろん、紺野アスタさんだったら『ころげて』(『この大空に、翼をひろげて』)が、あくまで推定値ですけど、Steamで良い感じの売り上げを記録していたり、フロントウィングさんだったら『グリザイア』シリーズが素晴らしい成果を残されていたりと、バックボーンとなるものはもちろんあったりするんですけど。
でもそれよりは本当に単純に、個人的なゲーム体験の中で「この人たちとこういうものを作ったら、日本でも海外でも受け入れられるんじゃないか」というのを、すごく直感的にご相談していったので。
だから勝ち筋がどうのというよりは、そもそも僕の中では、美少女ゲーム、ノベルゲームというものに対して全幅の信頼があって。
そこで面白いものを作れる人たちと一緒に作品を作ったら、それがある種、自然と勝ち筋になっていくんじゃないか、ぐらいの感じですね。
──ということは、まず枠組みが先にあって、それに沿ってクリエイターさんを探していったのではなく、そもそもこの人とこういうことをやりたい、この会社とこういうことをやりたいという形だったと。
島田氏:
そうですね。まずノベルゲーム、美少女ゲームをやりたいというのがあって。
その中で僕自身が今までやってきたゲームの中で、この人の作品は面白かった、このブランドの作品は面白かったというのを踏まえた上で、そのクリエイターさんやブランドさんに話を持っていったのが、全体的な経緯ですね。
──ビジネス的な枠組みから攻めていったのではなくて、フロントウイングさんとかに対して、狙い撃ちで声をかけていったわけですか。
島田氏:
『ATRI』の成り立ちを言うと、まずはシナリオの紺野アスタさんに話をしに行ったんです。
紺野さんは『向日葵の教会と長い夏休み』という枕さんの作品で参加されていて、僕自身、枕さんの作品が大好きだったので、その流れがあるならじゃあ、枕さんとも話をしましょうと。
ところが紺野さんがフロントウイングさんに所属することが決まったので、じつはこのお話が一回、白紙になりかけたんです。ただ、ケロQ/枕【※】のSCA-自さんのご厚意もあって、フロントウイングさんをご紹介していただいて。
そこで改めて、フロントウイングさんや枕さん、その周辺にいるクリエイターのみなさんと紺野さんでやっていこうということになったのが、『ATRI』の成り立ちなんです。
※ケロQ/枕
ケロQと枕は姉妹ブランドであり、作品に参加するクリエイターなども共通していることが多い。
──そういった意味ではブランドですらなくて、紺野アスタさんというクリエイター個人からスタートしているわけですね。
島田氏:
そうですね。だからビジネス的な部分は本当に、そこから固めていったという感じではあります。
──では『徒花異譚』の成り立ちは?
島田氏:
『徒花』は、ご縁のあったシルキーズプラスさんからご紹介いただいて、ライアーソフトさんのところに話に行ったのが、いちばん最初ですね。
美少女ゲーム業界においてずっと、唯一無二の独特な作品を作り上げてきたライアーさんの作品制作の姿勢が、僕はもともとすごく好きだったので。
加えて言うと、僕は大石竜子さんのイラストがめちゃくちゃ好きで。大石さんはライアーソフトさんで、直近でいうと『フェアリーテイル・レクイエム』という作品の原画をやられているんですけど、そのシナリオを手がけられていた海原望さんも、非常に素晴らしいシナリオを書く方だなと、作品を遊んでいて思っていたので。
そこでライアーさんに話に行った時に「大石さんと海原さんで何かやっていきましょう」と。そういう経緯でできあがっていったのが『徒花異譚』という作品です。だからこちらはクリエイターさん先行でありつつ、ライアーソフトさんとも会社として話していった形ですね。
日本のノベルゲームの魅力を、Steamを通じて世界に発信していく
──各クリエイターさんやブランドさんとの間では、具体的にはどのようなことを話し合われたのですか?
島田氏:
いちばん最初に各ブランドさんにお見せした資料に書いてあることをそのまま読むと、ノベルゲームを今まで作ってきた人たちによる新たなノベルゲームを世に送り出し、作品を通じて、クリエイターさんやブランドさんの魅力を世界へ発信する。
Steamでやっていくことで、国内だけでなく海外にも広く周知していく試みであるというのを、まず最初にお伝えした形ですね。
──Steamで世界に打って出ていくというのを、強く意識されていたんですね。
島田氏:
あとは、各ブランドさんがディベロッパーで、パブリッシャーがアニプレックスという区分けをしているんだけれども、具体的な制作・宣伝・販売の方向性は、常に一緒に話し合った上で進めていきしょうと。
そういったスキームのご説明をしつつ、アニプレックスの実績として、アニメ化があって舞台化があってTVCMがあって、ライセンスタイアップであるところのコラボカフェだったり、イベントだったりといろいろやってきているので、1つの作品を作っていくことで、最大でこれぐらい広げていけるといいよね、ということもお話ししていますね。
それで最後は、「メーカーさんとの物作りを通してヒットを生み出し、クリエイター様のお名前を広げていくと共に、ノベルゲームに関心のなかったユーザーがクリエイターとして夢を持ち、ノベルゲームを作り始める契機となればと考えております」……って、僕もこれを久しぶりに読んだなって感じなんですけど(笑)。
でもたしかに、そういう想いもあるんです。ジャンルとしての盛り上がりだったり、魅力だったりというのが若い世代の人たちにしっかり伝われば、新たな志を持つ人もいるんじゃないかと。
とはいえ何よりまずは、あくまで今まで良いものを作ってきた人たちやブランドの名前を広げることをやっていきたいです、という話をしました。
──ちなみに島田さんとしては、各ブランドさんやクリエイターさんとの接し方は、どういった距離感でやられているのですか?
島田氏:
そこはまちまちというか。シナリオの海原さんと紺野さんに関しては、それぞれ密にご連絡を取り合ったりして、作品の方向性だとかを話しています。
それに対して、たとえば『ATRI』はアートディレクターにSCA-自さんが入られているので、SCA-自さんを介してグラフィック周りの確認をしたりしています。
ふたつの作品で、けっこういろいろ関わり方が違っていたりはします。
──では島田さんもプロデューサーとして、企画の中身に関与されているのですね。
島田氏:
そうですね。とはいえ、僕が関わることで僕が好きだった作品やクリエイターの魅力が失われると、それは違うなというのがあるので。
そこは適切な距離感というか、基本的にはクリエイターのやりたいことや考え方を優先した上で、それを軸にしていろいろ広げていくことを考えています。
──ソフトの流通に関して、Steamで展開されるということは、どうしても表現的な問題が出てくるのでは、とも思うのですが。
島田氏:
そもそも今回は、美少女ゲームユーザーの方々に楽しんでいただいた上で、さらに美少女ゲームをよく知らない人たちにもクリエイターさんやブランドさんの素晴らしさを発信していくという前提があるので、全年齢の形にしています。
エロ含めた成人向けの描写があると審査で引っかかる部分もあると思うんですけど、今回の2作品については、今のところ表現の部分で「ここはちょっと考えないと」みたいなところはあんまりないですね。
ただもちろん、これからの審査の中で、何か指摘されることはあり得るでしょうけど。
──特にSteamの場合は、日本国内ではあまり意識していない部分が、インターナショナルな視点で問題になったりするという話も聞きます。
島田氏:
そうですね。世界を舞台に展開するプラットフォームなので、表現の部分でいろいろ起こり得ると思ってはいます。
ただ、あくまで作品として面白いものを、いちばん良い形で出していくのが大前提なので、表現についてそんなに縮こまらずにやっていきたいと思っています。
新入社員を紹介する社内報の時点から“エロゲー大好き”をアピールしていた
──島田さんはプロデューサーの役職に就かれていますが、もともとは営業職だったとのことなので、特にプロデュースの経験やノウハウがあるわけではないですよね?
島田氏:
ないです(笑)。新卒でアニプレックスに入社してから7年ぐらいずっと、営業をやってきた人間なので。企画制作という意味ではほぼ経験ゼロです。
──今回の企画を最初に会社へ提出した時に、アニプレックスの社長である岩上敦宏氏の反応は、どんな感じだったのでしょうか?
島田氏:
僕のほうから「こういうことをやっていこうと思います」というのを見せて、そこで岩上から言われたのは、「クリエイターに還元できるようにしてほしい」ということですね。
美少女ゲーム、ノベルゲームのクリエイターさんと一緒に仕事をして、その人たちに還元していくなかで、今作っている作品だけでなくいろんな形で、それこそアニメでもなんでもいいんだけど、そういったクリエイターさんたちの力を借りられるといいね、という話はありました。
僕が出した資料に対して、基本的に「やめろ」とかそういうのはなくて、いちばん最初のお題目として、そういったところだけ意識してくれれば、というところでしたね。
──この企画は社内でスッと通ったんですか? 何か壁にぶつかったとか、突き返しみたいなものがあったりしたのですか?
島田氏:
それはあんまりなかったですね。もちろん個別に「これ、どうやって売っていくんですか?」といった質問はいただいたんですけど、企画の大枠に関しては、「これじゃダメだ」みたいな意見は特になかったです。
というか厳密に言うとまず、社長の岩上と面談する機会があったんです。岩上のほうから面談の際に「最近ゲームやってんの?」みたいな話があって。「もちろんやってますよ」と。
「こういうゲームが面白いですよ」とか「最近はSteamでも売れているノベルゲームがあって」といった話をしていて、そのなかで「自分でも作っていいですか?」と。それで企画を持っていって、みたいな感じだったので。だから本当に、ご理解いただいたって感じですよね。
──そこでパッと「やらせてみよう」と動いていくのは、すごくいい話ですよね。
島田氏:
社内でも今回の新ブランド発足が決まってから、「好きなことをやれるんだね! 良かったね!」みたいな声をいただくことがあって(笑)。
好きなことをやろうとする人間を応援してくれる会社だというのは、本当に有り難いです。
──お話を伺っていると、島田さんはそれこそ入社時から、アニプレックスの社内でご自身の美少女ゲーム好きをアピールされていたのですか?
島田氏:
そうですね。ウチでは新入社員が入社する時に、社内報みたいなものが配布されるんです。
新入社員がそれぞれ入社前に写真を撮って、自己紹介の文章を書いて、それが4月1日に全社員に配られるんですけど。
このあいだ先輩社員に「最初にお前の写真を見た時、“うわっ、こいつはないな”と思った」と言われて(笑)。僕の写真は美少女ゲームの箱を自分の横とか後ろに積んでいたので(笑)。
──その写真はぜひほしいですね、記事として(笑)。
島田氏:
そう思って持ってきたんですよ、絶対に何かの機会で話すだろうと思って(笑)。
──それにしても、新入社員の自己紹介でこれをやるのは、かなりの強者というか。
島田氏:
学生時代からずっとそうなんですけど、こういうことをやっていると、知らない人が興味を持ってくれるんですよ。「そもそも美少女ゲームって何なの?」みたいなところから始まって。
僕がそういう時に紹介するのはたいていelfさんの『ボクの彼女はガテン系』ってゲームなんです(笑)。とりあえず名前だったり、そういうところから興味を持ってほしいなと。
それはともかく、自分でこの写真を振り返ってみて思ったのは、昔からずっとこうだったんだなと。変わらず美少女ゲーム好きで、ずっと好きだと言ってきたところが、自分のバックボーンとしてあるんだなと思いました。
──軸の強さというか、ブレなさみたいなものがあるわけですね。
これまでいろいろな会社さんを見てきた感じだと、社員に新規事業を担当させるパターンにはいくつかあって。もちろん優秀な人にやらせるパターンもあるんだけど、ピーキーなヤツにやらせてみるというのも、往々にしてあるんですよ。で、意外とそのほうがヒットすることが多いんです。ピーキーであるがゆえに軸が固いというのがあったりして。
島田氏:
僕自身の自己認識で言うと、自分はたぶんピーキーではないですよね。死ぬほど保守派というか。いつもスーツ着てますし。
──たしかに、ここでお話を聞いていると違和感を覚えませんでしたけど、音楽系の会社であるSMEさんのビルだと、いつもスーツを着ているのはたしかに珍しいですよね。
島田氏:
入社して最初の仕事が営業職だったので、営業内の慣習として「この期間はスーツを着てね」というのがあるんです。逆に言うとそれ以降は個人の自由なんですけど。
でも僕は先輩に「一人前になるまではスーツを脱ぐな」と冗談交じりに言われて、いったいいつが一人前なんだろうと思いつつ、ずっと脱がずにいるんですけど(笑)。
ただスーツというのは、外の世界においてはある種、没個性の象徴みたいな感じになっていますよね。それが社内に入った瞬間に、転じて個性みたいになるっていうのは、面白いなと思っています。
──それは、ピーキーな人の物の考え方のような気がしますよ(笑)。