“例のプール”は日本の文化コンテンツを象徴するアイコン
──素晴らしいハングリー精神ですね。日本とアメリカ両国の象徴的な要素が融合した奇抜なビジュアルにも多くの反応が集まりました。これまでのお話から察せられる部分もありますが、あらためてこうした表現の意図について教えていただけたらと思います。
Luo氏:
もちろん、本作で提示したビジュアルなどはすべて狙いのうえです。先ほどお伝えしたように『鈴木爆発』や『蚊』など、売れ筋の本流から外れたユニークな作品の数々が生まれた時代を私たちは心から楽しんできました。
『バイオハザード』や『ファイナルファンタジー』といった大作シリーズにも夢中になりましたが、「こんなゲームでもアリなんじゃない?」という大らかな考えがより広く共有されてほしいと願っています。
ゲーム開発の立場からすれば、アイデアだけで勝負が可能な状況はとうに過ぎ去っているとも言えます。日中米の各国ではリスクへの挑戦を恐れ、既存の成功パターンを踏襲するメーカーが増えているように感じられます。しかしながら小規模なチームへの風当たりは強く、売れる売れないに関わらず面白い作品を生み出すこと自体が困難となっているのも事実です。
盤石な体制を有する企業は軒並み、『原神』などに代表されるスマホ向けのAAAタイトルを志向してきました。業界的には美しいビジュアルと高いクオリティの内容、圧倒的なボリュームを兼ね備えた作品がメジャーどころの“優れたゲーム”として浸透しています。際限なく奥行きあるプレイが楽しめる一方、遊び疲れたユーザーがやがて離れていってしまうようなタイトルがここ10年間で増えているのではないでしょうか。
こうした状況下では途方もない予算を投じた末に、期待された収益が達成できないことも珍しくありません。
しかし、ゲームの面白さは見た目だけに依るわけではないはずです。グラフィック単体で評価するならば、初代『ダークソウル』は決して優れた部類とは言えないでしょう。ですがそんな『ダークソウル』がたいへん面白いゲームであることはみなさんもよくご存知だと思います。
ゲームというものは「プレイそのものがいかに楽しめるかが重要だ」という本質に今一度立ち返り、ユーザーに負担をかけすぎず独特な楽しさを発見できる作品を私たちは実現したいと思っています。
F氏:
ゲームの中身がボリュームを増している点については、遊ぶ側だけでなく作る側にも疲弊をもたらします。それを否定するつもりはありませんが、私たちが目指すのは関わる全員が気楽に楽しめる方向性ですね。
世界中に浸透しているトヨタ自動車の「ジャストインタイム」【※5】という生産理念に例えると、「必要以上に作ったゲームは無駄になっていることもあるんじゃないか?」と思うんです。あまりにボリュームが多すぎて、途中でクリアを諦めたり、「ゲーム疲れ」になる現象も増えてきていると思います。ゲームのスタイルに正しいものも間違うものもなく、ただそれぞれあります。
つまり、いまはボリュームよりも、ゲーム自体の楽しさがより求められるようになってきているはずです。ですから、映画2〜3本程度のリーズナブルで、気軽に楽しめるゲームがまた増えるでしょう。
※5 ジャストインタイム
各工程において「必要なものを、必要なときに、必要な量だけ供給する」ことを目的としたトヨタ自動車による生産方式。同社の創業者である豊田喜一郎氏によって導入され、不要なプロセスを削減し効率性の高い大量生産を可能にするとして、製造業界のみならず多様な分野で取り入れられている。
ですので繰り返しにはなりますが、出発点としては意図や狙いというよりも自分たちが体験し触れてきた感覚をゲーム表現として実践したいという想いが先にあります。笑えるユーモアも交えつつ文化や言語の壁を超えていけるよう、ボイス音声はあえて日本語しか収録していません。『昭和米国物語』はあくまで日本を主軸とする作品ですからね。
英中の字幕表示にこそ対応しているものの、「キャラクターの会話や行動の内容を詳しく知りたければ、ぜひ日本語を学んでみてください」というのが私たちの姿勢です。しかし無理に勉強をしなくても充分に楽しめるタイトルではありますし、倦怠感を抱える世界中のゲーマーのみなさんに、これまでとは異なる角度から日米の文化を照らす一筋の光として本作を捧げたいという気持ちです。
──弊誌の紹介ツイートが大きく伸びた要因として、“例のプール”【※6】とネット上で呼ばれる有名なロケーションの画像を投稿に用いた点が挙げられます。この場所をトレイラー内で使用したのは、どのような背景からなのでしょうか。
※6 例のプール
東京都新宿区の撮影スタジオ「Hanazono Room」内にある温泉プールの別称。ドラマやプロモーション映像の収録のほか成人向けビデオ作品のロケ地としても使用される機会が多く、特徴的な開閉式の窓を持つことからインターネット上では「あのプール(That Pool)」、「例のプール(The Pool)」のミーム名で親しまれている。
Luo氏:
一般的に語られる機会は少ないですが、日本のポルノ作品はアニメと同じくらいの規模で影響力を持つ文化的コンテンツなんですよ。欧米圏でのリアクションは少なかったものの、“例のプール”の登場にはアジア全体が「あの場所だ!」と鋭く反応しました。
とはいえ、決して脈絡なく用意したわけではありません。実際に作中でプールが必要な場面が出てくるんですね。そこでどんな形のものにしようかという議題になった際、再び天啓が訪れたのです。この件についてはちょっとしたイタズラ心も発揮してしまいました。
うちの女性アートディレクターにモデル素材を渡したところ、まるであの「例のプール」を知らないという様子だったのでしばらく黙っていたんです。本人は至って真面目に淡々と作業を進めていきました。
するとトレイラーの公開と同時に「“例のプール”じゃん!」とあらゆる言語でコメントが殺到し事情が明らかとなってしまいます。「一体どういうことですか! こんな不謹慎なものを作らせて…」と怒られたのは言うまでもありません(笑)。
F氏:
“例のプールは”、日本の文化コンテンツの象徴とも呼べる存在です。アニメ作品におけるツインテールのようなアイコンだといっても過言ではないでしょう。開発チームの中で遊び心が暴走して、こうした笑いを誘う結果を招いたエピソードは他にも数多くあります。
ほどよく笑えて楽しめるバランスを目指しつつ、過激すぎて「見せられない」描写も
──そのあたりのお話も気になりますね(笑)。本作はメインストーリーのほか、戦闘や探索に加えてミニゲームといった各種要素が伝えられています。ゲーム全体としての開発規模はどの程度を想定されていますか。まだ発表されていない見どころについても可能な範囲でお聞かせいただけたらと思います。
Luo氏:
まずメインストーリーでは、いくつかのフィールドを備えたオープンワールドに近い形式となっています。といっても“ハーフオープンワールド”ぐらいのものだと捉えてください。これを完全に目指そうとすれば、少なく見積もってもあと2年はかかってしまいますので(笑)。
サブクエストやコレクションといった要素も本編では楽しむことができます。まったくスルーしてもクリアは可能ですし、寄り道を満喫するのも自由です。
トレイラーの映像からは、『お姉チャンバラ』シリーズやゾンビ版『ニーア オートマタ』のような印象を受けるかもしれません。ですが実際の特徴としては、武器とスキルをさまざまに組み合わせて試せるようバトル面での工夫をしています。
武器の種類は非常に多くのバリエーションを用意しており、その中には表現の過激さからモザイクをかけざるを得ないようなものも含まれています。ゲーム史上いまだ類を見ないような武器の登場に、どうかご期待ください(笑)。トレイラーの第2弾も公開を控えているので、その際にいくつかお披露目できればと考えております。
また、エリア間の移動は基本的にキャンピングカーで行いますが、車にはいろいろな機能も搭載されています。武器やスキルのレベルアップをはじめ、ランニングマシンでステータスを上昇させるなどキャラクターの成長にも深く関わってきます。
そのほか、コレクション要素についても特筆すべき箇所と言えるでしょう。本作では昭和時代を体現する遺物の数々がマップ上に点在しており、持ち帰って車の中に飾ることが可能です。
もちろん単なる鑑賞用のアイテムではありません。キャラクターを強化したりスキルを解放する役割も与えられていて、「まさかこんな能力が?」と誰もが驚くような仕掛けやオマージュに満ちています。ところどころに散りばめられたイースターエッグもぜひ探し出してみてください。
戦闘の難易度は『ダークソウル』シリーズほど高くはないものの、ボタンを押すだけで無双できるという易しいものでもありません。それぞれの場面に適切な攻略法が用意されており、武器とスキルの組み合わせを上手く使わないと勝てない仕様となっています。プレイヤーにはそれなりの手応えを感じつつ、試行錯誤しながら独自の作戦を練り上げる楽しさを味わってもらえたらと思っています。
──リリースの時期はいつごろを予定されていますか。
F氏:
2022年の末からその次の年あたりを考えてはおりますが、完成度やいかに笑えるポイントを盛り込んでいくかといったバランスが肝心なため、納得できるクオリティを目指して焦らず進めていきたいというのが本音のところです。
──ありがとうございます。それでは最後の質問です。中国では新作タイトルのライセンス承認が厳格化されるなど、ゲーム産業への締め付けが強化されていると聞きます。こうした規制が開発に与えた影響や、制作にあたって苦労された点などがございましたらお知らせください。
Luo氏:
ご指摘の件については、国内のゲーム業界全体に大きな影響を与えています。ですが、そこには“諸刃の剣”のような一面が存在することも見逃せません。中国におけるゲーム産業の始まりは、2005~2006年と比較的最近です。それまでは世界の市場で主要な位置を占める他国のタイトルが一般的に親しまれていました。
ですが国内では2000年に「青少年に対する悪影響への懸念」を理由として、ゲーム機とゲームソフトの製造と販売を規制する「ゲーム機禁止令」【※7】が敷かれます。それによって芽が出始めていた国産のコンシューマー向けタイトルはほとんど全滅してしまったんです。記念すべき中国版PS2もその年に発売されましたが、まもなく規制のため幻の存在になりました。
※7 ゲーム機禁止令
社会や文化の健全な発展に悪影響を与えるとして、2000年に中国政府が発表したゲーム機とゲームソフトの生産と販売に関する禁止令。あらゆる据置型ゲーム機が対象となり、約14年間にわたって規制が続いた。ただし、PCゲームだけは対象外となっている。
また、韓国では時を同じくして『ディアブロ』ライクのPCゲームやオンラインゲームが台頭します。これらが中国へも流れ込み、当時の中国ゲーム産業の礎を作ったのです。コンシューマーは規制でやめざるを得ない一方、規制の対象外となるPC用のタイトルが圧倒的に増えました。
その中には利益だけを目的としたメーカーも多数存在し、ガワだけを取り替えたり数週間で適当に作られた“ゲームもどき”がはびこる時代が10年ほど続きましたが、当時のタイトルは1年足らずで飽きられてしまうものばかりでした。
そうしたオンラインゲーム界隈の動きに対して、コンシューマー側のユーザーは「こんなのはゲームとは呼べない」とマウントを取るわけですね。確かに開発者の立場からすると共感できる部分も少なくありません。
たとえば今年1月に出た報道では、このたびのオンラインゲームにおける審査の厳格化で約1万4000社ものメーカーが倒産したとされていますが、じつは今回の新たな規制で一掃されたのは大半がゲーム作りに真面目に向き合ってこなかった会社なのです。
──それが“諸刃の剣”と仰っていた理由なのですね。
F氏:
はい。ここからはやや深い話になってしまうのですが、現在の中国のコンシューマー市場はいわば“ねじれた状態”にあります。
ゲーム業界白書などマクロ統計データによれば、中国ゲーム業界の総売上2300億元余りのうち、1%前後がコンシューマーのシェアだと言われています。実際、中国版のNintendo Switchは発売1年ぐらいで早くも100万台を突破しました。
一方で、中国国内で開発されたSwitch向けゲームソフトはたった30本余りにすぎません。これは矛盾しているように思えませんか?
一方でSteamに目を向けてみれば、中国で作られたアカウントの数は6000万にも上り、Steamのユーザー地域別では世界一となっています。つまり、統計データだけでは中国市場にコンシューマーゲームは絶望的に興味が感じられていないように見えますが、実際は世界でも有数の大市場なんです。
つまり、中国のゲーマーはコンシューマーゲームを遊びたいのに国内向けにほとんどゲームが出ないので、海外のコンシューマーゲームを遊んでいる……というねじれた状況にあるわけです。この点は海外メーカーが中国向けのセールスを展開する際にも意識する必要があるでしょう。
そうした動向は中国国内でコンシューマー向けタイトルを開発する場合にも当てはまります。あらかじめグローバルでの販売を念頭に置き、リリースへとつなげるのが望ましいのは間違いありません。
また、CEROのレーティングをはじめ各地域でのコンプライアンスに配慮した調整も求められてきます。中国では暴力描写に関しての規制が厳しく、戦う相手には人間の代わりにゾンビを採用する傾向が強いのですが、出血表現をオフにするなどの工夫により対策が可能なのです。
──大変勉強になるお話でした。最後に日本の読者へ向けたメッセージをお伝えください。
Luo氏:
まずは私たちの作品に興味を持ってくださりありがとうございます。これから実際に楽しんでいただけるようクオリティの維持と並行して開発を進め、みなさまの期待を裏切らないリリースを目指していきたい所存です。
NEKCOMのスタッフは全員が漏れなくサブカルチャーに夢中な“オタクたち”です。だからこそストーリーの本筋はしっかり演出したうえで作品の中に各自の趣味やオマージュを入れ込み、思わず笑ってしまうようなユーモアも交えつつ創意と工夫の積み重ねを届けていきたいと考えています。
そのような私たちの想いを受け取られた方は、ぜひともTwitterやメールなどを通じて意見やご感想を送っていただけると嬉しいです。「こんなアイデアはどうでしょうか?」といったネタの提案も大歓迎ですので、どうぞお聞かせください(笑)。
F氏:
私自身はNEKCOMの社員ではないものの、半ばプロデューサーのような形で当初から本作の企画に携わってきました。声優やローカライズ回りの手配に加えライセンスの交渉も含めて深い部分で関わってはいますが、開発チームとは古くからの友人でもありサークル的な感じで楽しみながらやっています。
これからは日本のクリエイターや開発スタジオのみなさんとも何か面白いことを一緒にしたいです。このインタビューを読んで興味が湧いた方は、ぜひご連絡ください! 北海道から沖縄まで、日本中に私たちのことを伝えてください!
──ありがとうございました。(了)
インタビューを終え視線を手の平に落とすと、じわりと汗がにじんでいた。モニター越しの取材にも関わらず、ふたりの熱にすっかり当てられてしまったようだ。両名とも理路整然とした語り口ながら、その目にはイタズラな子どものような輝きが宿っており、心から楽しんで開発に向き合っている姿が想像できる。
振り返ってみれば、筆者も小学生のころは当時流行っていたマンガやアニメのネタを詰め込んだ自作のカードゲームを自由帳にしたため、休み時間に周囲へ披露して笑わせようとしていた時期があった。限られた時間でのやり取りではあったが、思いついたアイデアを形にしたい、そしてその先に他者への共感を呼び起こしたいという衝動は、創作活動における根源的な欲求として世代を問わず通じ合うものがあるのかもしれない。
『昭和米国物語』にも、そうした精神が息づいているのは言うまでもないだろう。童心を抱えた大人たちが正しさの檻に囚われることなく、国や歴史の境界線を超えて「私たちにしかできないことだから」と信じる道を突き進む様は見ていて痛快だ。
コロナ禍での開発の停滞や5名という少人数のチームでの作業を踏まえると、決して楽しい瞬間ばかりではないのも容易に思い浮かぶ。そんな中でLuo氏を勇気づけたのが日本発の楽曲であるという事実には胸を打たれるとともに、国内の文化へと関心を向け伝え残していく重要性もあらためて思い知らされた。
そして何より驚くべきは、昨今のゲーム業界に対する彼らの鋭いまなざしだ。「社運を賭けた作品」と称しつつ、同時にコミュニティの未来を照らす光としての願いも込めたという開発陣の少しおせっかいで温かな想いは、「ほら、これ見て!」と集めた宝物を友人に差し出す活発な同級生のイメージにも重なる。中国で生まれた“私たちの昭和”の物語が私たちの令和の一部となる日を、海を隔てたこの国で待ちたい。