2025年7月、あるニュースがインターネットを賑わせていた。
世界的な大手ゲーム販売プラットフォームであるSteamから成人向けゲームが数千タイトル以上削除され、さらに個人クリエイター向けのゲーム配布サイトであるitch.ioにおいても2万作以上の成人向け作品が検索結果から除外されるという出来事があったのだ。
この事件においてSteamとitch.ioはともに「決済代行業者の影響」を明かしており、日本でも以前から話題になっていた「クレジットカード会社による表現規制ではないか」という声がゲーマーたちの間で囁かれることになる。さらには発端になったとされる権利団体まで現れ、複数の主張が入り混じっているという状況だ。
なぜ、ゲームは削除されたのか?
「表現規制」はなぜ起こるのか?
本誌でも今回の件についてはニュースとして記事化していたが、情報が錯綜気味で全体像を掴み切れていない方も多いと思う。そこで「結局のところ何が起きているのか?」という疑問をとある有識者にぶつけてみることにした。
その人物とは、元都議会議員の栗下善行氏だ。栗下氏はこれまで「表現の自由を守る」という立場から、性表現やゲームの規制に反対するという主張を行ってきた。
本誌においては、2020年にもJiniが栗下氏に香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例」に関する見解を聞いている。その縁もあって、ぜひ今回の件についてもお話を聞きたいと取材を申し込んだ次第だ。

今回の取材で明らかとなったのは、単なる表現規制に留まらない、クレジットカード会社をはじめとする巨大な民間企業をめぐる根本的な問題だ。
「理由も明かさず一方的に対応を迫られた結果、疑わしいものはすべて削除せざるを得なくなる。その結果、今回のような大量削除が起こる」のだと栗下氏は語る。さらに、それが「見えない」プロセスであるために、際限なく広がっていく危険性をはらんでいるのだという。
今回の件はゲーム、そして創作物を愛する我々ゲーマーにとって「知っておきたい話」であると思う。
読者の方々には、ぜひ本記事を参考に、自分自身で「何が正しいのか」「どうすればよいのか」を考えるきっかけにしていただければ幸いである。
「クレジットカード会社による表現規制」の問題点とは
──本日はお忙しい中お時間を頂き、ありがとうございます。前回のインタビュー(2020年)から5年経ちましたが、栗下さんはXにて、昨今のSteamやitch.ioで取り沙汰された表現規制について指摘されていますよね。この種の問題には以前から関心があったのですか?
Steamへの規制の根拠とされた条文『MastercardRules5.12.7』ですが、全文は写真のような内容となっています。「明らかに不快で、重大な芸術的価値を欠く画像」など主観的な文言に「但しこれらされない」まで加わり、何でも適用可能でペナルティの内容まで書いてあるのに、先日「合法な購入は全て許可し… pic.twitter.com/5VdeuNyodN
— くりした善行 (Zenko)🇯🇵無所属/Anti-Censorship/コミティア153え40a (@zkurishi) August 4, 2025
栗下氏:
「クレジットカードの関係で決済が停止される」というような話はこれまでもずっと追ってきていました。2022年くらいからですね。
これまでの例だとDLsiteなどをはじめ成人向けのマンガやアニメが対象となることが多かったのですが、2025年に入りSteamにおける規制が始まったことには、わたしも驚きました。こんなに大規模でゲームの領域に入ってきたというのはおそらく初めてのことでしょう。
──「クレジットカード会社による表現規制」という問題について、栗下さんは率直にどうお考えですか?
栗下氏:
問題の争点はVisaやMastercardのような世界的なクレジットカード企業、あるいはGAFAと呼ばれるようなプラットフォーム企業が、国家さえコントロールが追い付かない絶大な権力を持ちながら、同時に民主主義的なプロセスを経ることなくその権力を濫用してしまうことですね。
ネット時代以前には、特に問題視された「表現規制」は国や自治体によるものが多かったんです。実際、そうした規制に対して疑問や懸念があれば、国会や議会で「これはおかしいぞ」と民意によってダイレクトに指摘することもできます。
しかし、民間企業が相手となると、そうはいかないんです。ネットが発達した結果「決済」がインフラに近いサービスとなり、その決済サービスを提供する民間企業(プラットフォーマー)の一存によって、コンテンツの表現が左右されてしまう。つまり国家ではなく民間企業によって「検閲」に近しいことが行われてしまっていると言えます。
この問題が、今年に入って世界的に利用者の多いSteamやitch.ioが規制の対象になったこともあり、海外でも「おかしいんじゃないか」という声が多く上がっていた印象ですね。
──海外でも話題ですよね。今までに海外でこのような事例はあったのでしょうか?
栗下氏:
一番よく知られるきっかけになったのは、2020年のアダルトサイト「Pornhub」における一斉削除です。元々Pornhubではリベンジポルノなど同意のない性行為を撮影した動画が存在し、2020年前後には世界的にこの現実が明るみとなり、大きな問題となりました。
その際、そうした動画のアップロードを看過していたPornhubだけではなく、Pornhubにで決済サービスを提供していたVisaやMastercardも責任を追求され、同社はPornhubとの取引を停止しました。それ以前も、クレジットカード会社等による決済停止は一部で行われてきましたが、これをきっかけに性的なコンテンツに対する方針が目に見えて厳しくなってきているとされています。
──わたしもその経緯については知っており、率直に、当時(今も)インターネット上で多くの女性もしくは男性が性被害に遭っていることを鑑みるに、当然の対処であると思います。
栗下氏:
はい。当然、私も実在の被害者のいる性的加害については決して許すべきではなく、政府や企業が毅然と対処するべきであると考えています。
ただ、実在する性被害の問題は、おおよそ世界中の法律によって規定されています。
一方、フィクションの場合、年齢は視覚的な表現に対する判断などは、主観的にならざるをえません。つまり明確に線引きができないし、そもそも創作上の架空の人物、いわゆる「非実在青少年」を規制の対象に含めるのが社会に有益なのか、は明らかになっていません。
そしてここが問題なんですが、実際のところクレジットカード会社の「真意」は誰にも分からないんですね。彼らは主義主張に関しては明言していないからです。
ただ、Visaの規約にもMastercardの規約にも「ブランドを守る」とか、「ブランドを貶めるようなものはダメだ」というようなことは書いてあります。彼らの表現規制に共通しているロジックはここです。つまり「自分たちのブランド価値を守るためにやっている」。「我々はフィクションも児童ポルノだと考えるから規制しているんだ」とさえ言わないわけですよ。
──何らかの主義主張を通すのではなく、あくまで民間企業として振舞っているということですよね。
栗下氏:
おっしゃるとおりです。
ただし繰り返すように、VisaとMastercardは普通の民間企業とは違って世界で非常に大きなシェアを持っています。そのためプラットフォーマーにとっても、彼らの決済手段が使えなくなってしまうと、売上も利用率も下がってしまうのは明白なわけです。
ですから、コンテンツのプラットフォーム側からすれば「他のカード会社を使う」という選択肢は実質的に取ることができません。「圧倒的なシェアを背景に、理不尽な要求が行われている」というのは、海外の方々とも共通した認識だと思います。
「理由なくいきなり告げられる」規制のプロセス
──クレジットカード会社による販売店への要求は、具体的にどのような状況で行われるのでしょうか?
栗下氏:
複数のプラットフォームの関係者の方から直接にお話をうかがいましたが、「もう来週からあなたのところでは使えません」という前提のお話が多かったそうです。それもVisaやMastercardから直接ではなく、仲介するアクワイアラや決済代行業者【※】から間接的に伝えられると。
そして、彼らの主張に共通しているのは「詳細な理由を言わない」ということです。「ダメだ」というだけで、何がどうしてダメなのかという説明をしないんです。
そのため、プラットフォーマーとしても、どのコンテンツが原因か分からないままに、1週間や2週間という非常に短いスパンで対応を迫られることになる。その結果、「疑わしきは罰する」ということで、プラットフォーマーはコンテンツを大量削除せざるを得なくなる。
※アクワイアラ、決済代行業者
アクワイアラはカード会社からライセンスを受けて加盟店の管理などを行う企業。決済代行業者はアクワイアラと加盟店の間で契約や入金などを代行する業者を指す。
──理由を明かさずに突然対応を迫られると。確かに理不尽と言えますね。
栗下氏:
そうですよね。そして、具体的な理由が分からないから、大きな萎縮効果が生まれるんです。
──今挙げていただいたように、この問題が起こった当初は日本の企業やコンテンツへの影響が大きかったと思います。日本への影響が目立つのは何故だと思いますか?
栗下氏:
前提として、先ほど海外のアダルトサイトの事件を挙げたように、この問題は決して日本だけの話ではありません。ですがその中でなぜこんなに日本のケースが目立つのかというと、日本はイラストやマンガなどの2次元表現が盛んだからだと思います。
特にイラストに関しての感覚は人それぞれなところがあり、線引きが非常に曖昧です。とくに日本的なイラストは、西洋人の感性から見ると「これは成人じゃないだろう」というような判断がされがちです。こうした主観的な判断が表現規制につながっている部分もあると思います。
Steam騒動の背後にいた権利団体
──ここまでお話していただいたのは、クレジットカード会社と加盟店の2社間の話ですよね。栗下さんは「カード会社に圧力をかけている人たちがいる」ということも指摘されています。
栗下氏:
今回のSteamの件で多くの人々が戦慄したのは、「Collective Shout」というオーストラリアの団体がクレジットカード会社に働きかけたことが大きな影響を及ぼしたとされる点です。
Collective Shoutのホームページには、今回のSteamやitch.ioでの騒動に至った時系列がまとめてあり、かなり詳しく経緯が書かれてあります。
まず、今年の3月に『No Mercy』というアダルトゲームが発売されて、これが非常に良くないという意見が団体に届きました。彼らによれば女性に暴行を加える表現が含まれているとされる作品です。
Collective Shoutによる反対署名や他方面からも批判があって、その結果、このゲームは一部で販売が停止されました。これ以降、Steamにはよくないゲームがたくさんあるという認識を持ったようです。
──『No Mercy』は過激な性暴力の描写によって非難されていた作品ですね。
栗下氏:
彼らが問題視したのは性暴力や近親相姦を含むとするゲームで、これらの要素を含む作品を取り下げるようにというのが、Steamへの要求でした。Collective Shoutの支援者がSteamに3463通のメールを送ったそうですが、これは無視されたと書いてあります。
その後も彼らはSteamやValve社長のGabe Newell氏あてに問題のある作品の取り下げを求めるメールを送り続けましたが、Steam側は無視を続けていたそうです。
そこで彼らは決済業者に矛先を変えました。5月の下旬に、VisaやMastercard、JCBなどの会社あてに1067通のメールを送ったそうです。
その直後、1ヶ月ほどでSteamやitch.ioからゲームが大量に削除されました。
しかも、当初に名指しされていたゲームは500本ほどだったのですが、結果的にitch.ioでは2万個近くのゲームが削除されることになりました。
この件でのポイントは、Collective Shoutのような表現規制派の団体が「プラットフォーマーに直接クレームするよりも、そこでの決裁手段を握るVisaやMastercardなどに訴えた方が早い」という、いわば「急所」を認識したということです。
──その団体のメールがきっかけである可能性が高いんですね。
栗下氏:
騒動の始まりからではなく、メールを送った後に大量削除が起きているわけですから、時系列には直接の因果関係が疑われますよね。
それに今回の件ですごく特徴的なのは、この団体が普通なら隠すような詳細な経緯まで発表しているということです。
──「普通は隠すような部分まで発表している」という理由はどこにあるとお考えですか?
栗下氏:
Collective Shoutは自分たちが「規制」「キャンセル」に追い込んだ事例を誇示しています。たとえば、ホームページ上で「去年は34勝しました」というような発表をしているんです。1勝というのは「1キャンセル」のこと。
その論法でいくと、今回のSteamとitch.ioの件では大量のキャンセルを実現したわけですから、彼らの視点で言うと大勝利になるわけです。それを成果としてアピールするために、このような発表をしているのでしょう。
逆に言えば、これまで水面下で行われてきた表現規制の推進手法が、彼ら自身のコメントによって明らかになったとも考えられますね。つまり、これまで分からなかったクレジットカード会社を動かす「きっかけ」が、見えたのかもしれないということです。
──その点で言うとDLsiteの件も、カード会社の判断とは別に、カード会社に働きかける何らかの動きが水面下であったのかもしれませんね。
栗下氏:
その通りです。これまでの決済停止の件でも、Collective Shoutが発表したようなプロセスで行われたものがあってもおかしくはないと思います。
そしてゲーマーの方々を含め、多くの人が脅威に感じているのは、今回の件と同様にVisaやMastercardに働きかけることでキャンセルを狙う動きが、これから出てくるかもしれないという点です。同様の規制は今後増え続けていく可能性は十分にあります。
【クレジットカード会社等による検閲への反対署名】アニメ、マンガ、ゲームを含む創作文化と『表現の自由』を愛する皆様にお願いがあります。クレジットカード会社を始めとする決済関連事業者による表現内容への介入が、コンテンツ産業にとっての世界的な脅威となっています。特に先日では、活動家グル… pic.twitter.com/Y3qsBgstX2
— くりした善行 (Zenko)🇯🇵無所属/Anti-Censorship/コミティア153え40a (@zkurishi) August 1, 2025
「誰も責任を取らない」直接手を下さないという「見えない」図式
──今回の問題に関して栗下さん自身が特に疑念を抱いているポイントをお聞かせできますか?
栗下氏:
特に今回のSteamの問題に関して言うと、「誰も責任を取らない」ということですね。言い換えれば、規制の責任が見えづらいように分散されているんです。
実際、VisaやMastercardは「自分たちは直接やってない」と言うわけですよ。規約というルールを作っているのは彼らだけれど、実際にそれを守らせているのは彼らの下にいるアクワイアラや代行業者という図式です。
今の状況だと「結局のところ誰が悪いのか」という疑問への答えが非常に見えづらいんですよ。この「見えない」ということがクレカ規制の問題全体に通底していると思います。
構造が複雑なために、誰が何の目的で規制しているのかがはっきり分からない。これが一番の恐怖であり、問題の本質的なところだと思います。
──なるほど。今回の問題について「結局のところ何が起きているのか」が曖昧で、その状況を一度整理したい……というのが今回の取材の目的のひとつだったんですが、そもそも最初から「見えにくく」なっていたわけですね。
栗下氏:
そうなんです。 もちろんゲームユーザーだったり、この問題にすごく関心の高い人たちはクレジットカード会社の責任をちゃんと認識して「これはどうなんだ」と声を上げています。
しかし、「見えにくくなっている」からこそ、多くの人たちはこの問題の脅威にそこまで気づけていないと思うんです。そういった人々の無関心につけこんで権力を維持しているというのは、健全ではないですよね。
ですが、そう思っていても我々は彼らのサービスを使わざるを得ないじゃないですか。冒頭でお話しした通り、現代ではクレカ決済はもはやインフラなわけですから。
そのような目線で見ると、「やっぱり競争相手がいる」ということが重要なのかもしれないですね。たとえばVisaやMastercardに「今回のような問題があるとシェアが落ちる」というような危機感があれば、ここまで強気の規制は行われないと思います。
──こうした問題を受けて、たとえば「表現に対する寛容さを売りにするクレジットカード会社」が出てくるのであれば、また状況が変わりそうです。
栗下氏:
その点では、特に日本のコンテンツ産業を守るという観点を持った利便性と信頼性の高い決済手段があればと思います。
──JCBのように、日本発の決済手段にスポットが当たっていますよね。