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『沙耶の唄』生みの親・虚淵玄×『沙耶の唄』に人生を救われた声優・小岩井ことり対談──「キラキラした青春ストーリーだよ」と聞かされて触れた“肉塊だらけの世界”。それはいかに作られ、いかに彼女に希望を与えたのか

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令和にまさかの『忘却前夜』とのコラボ。作詞のオファーに「お受けします」と即答

──2003年に発売された『沙耶の唄』ですが、今回なんとコズミックホラー系カードRPG『忘却前夜』とのコラボが発表されました。しかも、小岩井さんがそのコラボ楽曲の作詞を担当されるという……! ご自身にとって「一番好きな作品」からのオファーが来たときのお気持ちはいかがでしたか?

小岩井さん:
最初はスタッフさんから「『沙耶の唄』の作詞の依頼がきている」と連絡があったんです。

実際に内容を見て「本当だ!」とテンションが上がってしまって……。すぐに「お受けします」というお返事をお願いしました

──『沙耶の唄』はもともとPCゲームとして世に出た作品ですが、そういったジャンルにお仕事として関わることへの抵抗感はなかったのですか?

小岩井さん:
私はPCゲームが好きだったので、憧れのある分野でした! これまでお仕事では関わる機会がなかったので、今回こういう形で関われてすごくうれしかったですね。

──念願叶ってのお仕事だったのですね。事務所の方には何も言われなかったのでしょうか?

小岩井さん:
事務所にはギリギリばれてないと思います(笑)。とはいえ、きちんと確認はしてもらっていますのでご心配なく。

──なんと(笑)。深いPCゲーム愛は胸に秘めつつ……ですね。今回、作詞を担当されるにあたってコラボのシナリオなども読まれたかと思いますが、いちファンとして今回のコラボにはどのような感想を抱かれましたか?

小岩井さん:
ものすごく愛のあるコラボだな、というのが第一印象ですね。

今回のコラボシナリオは、プレイヤーそれぞれが持っている『沙耶の唄』の解釈のどれを当てはめても、ちゃんと辻褄があうすばらしいストーリーになっているんです。

『忘却前夜』の開発スタッフの方も、きっと過去に『沙耶の唄』に救われてきたんだろうなと伝わってくるほど、根底に深い愛を感じました。

『沙耶の唄』生みの親・虚淵玄×『沙耶の唄』に人生を救われた声優・小岩井ことり対談_020

──お互いに大ファンだからこそ通じ合うものがあったのですね。

小岩井さん:
だからこそ、私が担当した作詞についても、あえて断定的な表現は避けて抽象的に描いています。

みなさんがそれぞれ感じてきた『沙耶の唄』と『忘却前夜』があるなかで、具体的な言葉で表現してしまうと、「私個人の解釈の押し付け」になってしまいますから。

ぜひ実際にプレイしていただいて、この深い作品愛を感じ取ってもらえたらうれしいです。

──実際に言葉を紡ぐうえで、とくにこだわった軸やコンセプトについて教えてください。

小岩井さん:
「『沙耶の唄』の香りを残しつつ、あえて具体的には描かない」というのが一番のコンセプトでした。

今回はコラボのテーマ曲ということで、「足してもダメだし、引いてもダメだな」と思いました。『沙耶の唄』はエンディングも分岐するので、具体的に何かを書いてしまうと「どのルートの話なのかな?」となってしまいますよね。

だからこそ、どれでもない形にして、抽象的に『沙耶の唄』のフレーバーを楽しめるようにしたいなと。どのタイミングで聴かれても問題がないように、「ネタバレはないけれど、プレイ後に思い返せる」ような形にこだわって作りました。

──ということは、実際にゲーム内のシナリオを体験したあとに聴き直すことで、さらに歌詞の味わいが深まるわけですね。

小岩井さん:
はい。シナリオを読み終わった後に聴くと、情景が蘇るような歌詞になっています。

コラボ実装前に公開されたタンポポのビジュアルがありますよね。あのビジュアルを踏まえて、今回の歌詞を聴いていただくと、『沙耶の唄』本編のタンポポのモチーフをイメージしやすい部分だと思います。

全体として、お話をプレイした後だとより深く楽しめる曲になっているので、ぜひシナリオクリア後にもう一度聴いてみてください。

『沙耶の唄』生みの親・虚淵玄×『沙耶の唄』に人生を救われた声優・小岩井ことり対談_021

──いまお話しいただいたようなこだわりが込められた歌詞ですが、実際の楽曲制作はどのように進んでいったのでしょうか?

小岩井さん:
今回は、チェック用に提出した「仮歌」をそのまま採用していただくことになりました。

普段は作詞後に自分で仮歌を録ってお送りし、チェックを経てから譜面などを含めた歌唱用の正式版を作るんです。今回も「まずは仮の形でお送りしますね」とお渡ししたのですが、「このままですごくいい感じです!」と言っていただけて。かなり助けていただきながらの制作になりました。

──苦戦せずに順調に完成までいったのでしょうか?

小岩井さん:
いえ、思い入れのある作品なのもあって「作っては消し」のトライ&エラーをくり返しながらの制作でした。ただ、トータルの作業スピードは早かったと思います。

というのも、私は声優なので、歌詞を思いついたらすぐに自分で歌ったりセリフを入れたりして、耳馴染みや音楽との相性を自分ひとりでテストできるんです。

たくさん考えて、たくさん録って……というサイクルをくり返した結果、早く完成したという感じですね。

──熱量を込めて集中して制作されたわけですね。今回のコラボが実装された際のファンの方々の反応も楽しみですね。

小岩井さん:
「令和の時代に『沙耶の唄』のコラボ!?」とざわついている方も多いと思いますし、私自身、資料をいただくまでは「どんなコラボになるんだろう」とドキドキしていました。

でも、実際に資料を拝見して、その愛の深さに感動しました。ぜひ実際にプレイして、このコラボに込められたたくさんの思いを受け取ってほしいなと思います。

沙耶はタンポポへの恐怖から生まれた。可憐な花の裏に潜むモンスター性こそが沙耶の原点

──本日は虚淵さんもいらっしゃいますので、今回のコラボ楽曲の作詞担当をされたからこそ、この機会に聞いておきたいことなどがあればぜひ。

小岩井さん:
今回、『忘却前夜』コラボで歌詞を制作するにあたり、とても印象的だったからこそ絶対に取り入れたいと思ったのが、あの「タンポポ」のイメージでした。

『忘却前夜』の制作陣も、きっと『沙耶の唄』を深く愛している方が思いを込めて作ってくださったのだと感じていて、コラボのビジュアルにもタンポポがモチーフとして出てくるんです。

当時、あの美しい沙耶の心を書かれた際、どのようなお気持ちだったのでしょうか?

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虚淵氏:
あれは「タンポポが怖い」という気持ちから書いたんです。

幼少期の記憶なのですが、植物図鑑かなにかでタンポポの根っこを見たんです。地上の部分はあんなに可憐で愛らしいのに、見えない地中では巨大な根がどかーんと張っている。

幼稚園の「タンポポ組」の子どもたちが胸につけるような親しみやすい花なのに、土の下ではこんな恐ろしいことになっているのかと、子ども心には完全にモンスターに見えました。

小岩井さん:
そういう視点だったのですね……!

虚淵氏:
見えている部分はすごく可憐なのに、「生き残る」「繁殖する」ということに関しては人知の及ばないような力を発揮する。僕の中では、タンポポという生物は完全に「宇宙的恐怖」の産物なんです。

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──可憐でありながらどこか得体が知れないという感覚は、作中の沙耶の描きかたにも通じるところがありますね。

虚淵氏:
男の立場から見ると、とりわけ思春期の女の子って「怪物」だった気がするんです。

理解が及ばないというか、想像の枠に収まらないというか。大人になれば同じ視野に立ち、価値観を共有して対話ができます。

しかし、まだ情緒が定まっていない時期の女の子は、僕から見れば怪物性が高い。もちろん、それが魅力でもあるのですが。さじ加減ひとつで天使にも怪物にもなり得る生き物なんだと思います。

小岩井さん:
そうした純粋な恐怖や魅力を、沙耶という形に落とし込んで表現されたのですね。

間違いなくフィクションの物語でありながら、根底にそうした本音や生々しいリアリティを感じるからこそ、何度この作品に触れても深くえぐられ、同時に救われる感覚になるのだと思います。

──小岩井さんは、作中の沙耶に対してはどのような印象を持っていたのでしょうか。

小岩井さん:
沙耶ちゃんって、すごく純粋で勉強熱心なんですよね。純粋で勉強熱心で、人間のことを理解しようとする。「どうしたらいいんだろう?」と、問題解決に向けてずっと一生懸命がんばっているんです。

私はその姿にこっそり心を打たれて、「こんな風(沙耶ちゃんのように)になりたいな」と感じたんです。じつは、この作品との出会いをきっかけに、私は少し「光のオタク」になれたんですよ。

──「光のオタク」ですか。それはどのような変化だったのでしょうか。

小岩井さん:
まずはモノマネからでいいから、人間らしい振る舞いの真似をしていこう、と。受け答えや人との話しかた、どうすれば違和感なく周囲に受け入れてもらえるのかを真剣に勉強しようと思えました。

「沙耶だってあんなにがんばっているんだから、一応人間である私もがんばらなきゃ」と、背中を押してもらったんです。

壊すものも壊されるものも等価に描く。虚淵玄が『沙耶の唄』で貫いたコンセプト

──発売から長い時間が経っても、本作がここまで愛され続けている。ご自身の過去の作品が、今こうして深く愛されていることについてどう感じられますか?

虚淵氏:
そうですね。改めて「いいスコップを作れたんだな」と実感しています。

それがその人にどう届くかは人それぞれですし、時代によって使い道もまちまちだろうけれど、ちゃんと固く鋭く作っておけば、誰かが役に立ててくれる。芯の通ったものを作っておいてよかったという満足感はたしかにあります。

ぶらさないこと、単純であること、シンプルに研ぎ澄ますこと。そして、重心をしっかりとさせておくこと。そういうところなんだと思います。

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──作品の「芯」や「重心」をしっかりとさせるために、執筆時に気をつけていることはありますか?

虚淵氏:
やはり「壊すものも壊されるものも、ちゃんと等価に描く」というところですね。当然、侵略される側には悲劇がありますが、侵略する側も悲劇の結果として侵略に走っているわけです。

どちらかを極端な被害者にしないよう、なるべくバランスをとって描こうとしました。被害者も当然加害者になり得るというバランス感覚は、かなり意識して作りました。

小岩井さん:
たしかに、明確な悪者がいるわけではないですよね。みんなただ生きようとしていて……。

──隣の家のおじさん(鈴見さん)も、主人公としては口うるさく注意してくる隣人であり、沙耶のことを襲っていた悪者ではあるんですが、プレイヤー目線で見ると被害者ですもんね。

虚淵氏:
そうなんです。ただ悠々自適に暮らしているだけで。

小岩井さん:
隣から異臭がしたら「なんとかしたほうがいい」と注意するのは当然ですよね。

──作品づくりにおいて大切になるのは、やはり先ほどおっしゃっていた「固くて鋭いスコップ」のような、しっかりとしたコンセプトを軸に持つことなのでしょうか。

虚淵氏:
「作りながら嘘をつかない」ということだと思います。ちゃんと骨を作っておけば、化石として残ってくれることは多い。そうすれば、ヒットするかどうかは別として、作品として残りはすると思うんです。

小岩井さん:
うわわわああああ……。締め切りに追われて諦めたものがいっぱいあって……。本当はこうしたくないけれど無理だなあ……となったことがいろいろあります。

虚淵氏:
それはもう、しょうがないですね。やっぱり納期は絶対ですから、そこは諦めます。

──時には「ちゃぶ台をひっくり返す」ような大幅な修正を行うことはないのでしょうか?

虚淵氏:
していい環境のときはしますけどね。

小岩井さん:
していいときがあるんですか!?

虚淵氏:
自分が企画を仕切っているときですね。納期のやりくりを自分でコントロールできるときは、なんとかできる範囲でちゃぶ台をひっくり返します

逆に、人の手伝いとして他人のペースで作らなければいけないときは、相手がオーナーですからリズムを崩すわけにはいきません。

小岩井さん:
なるほど……! 全体を統括するリーダーとして参加しているのか、それとも求められたオーダーに応える側なのか。その役割によって、作品への向き合いかたを変えていらっしゃるんですね。

インターネットのお兄様、お姉様方に感謝。過去の自分に伝えたい奇跡

──本日は貴重なお話をありがとうございました。それにしても、「自分の人生を救ってくれた」作品の生みの親である虚淵さんと対談する日がくるなんて、昔の小岩井さんが知ったら驚くでしょうね。

小岩井さん:
まさかこんな素敵な機会をいただけるなんて、過去の自分に言っても絶対に信じないと思います。

前回の杉田(智和)さんとの対談で出たちょっとした話題を、みなさんが盛り上げてくださったおかげで実現したんです。私は本当に、インターネットのお兄様、お姉様方に手を引いて助けてもらっているなと感謝しています

今日は直接お聞きしたかったことをいろいろとお聞きできましたし、なにより虚淵さんとこんなに近くでお話しできて、ずっとドキドキしっぱなしの本当に楽しい時間でした。

私自身、たくさんの希望をいただけたので、これから先、自分に何ができるかはまだわかりませんが、歩みを止めることなく進み続けようと改めて思える1日になりました。本当にありがとうございました。

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──もし、虚淵さんにこれだけは聞いておきたい! ということがあればぜひ……!

小岩井さん:
……あ、最後に、今日お会いできたら絶対に聞いてみたいと思っていたことがひとつあって、いいですか?

作中に出てくる「純粋な酸素」の文章が、めちゃくちゃ好きなんです。あんなにも美しい文章は、一体どうやって生み出されているのですか?

この自分が、毒に冒されたというのなら――真実こそが毒なのだろう。
純粋な酸素が生体にとって有害であるように、剥き出しの真実は、ヒトの精神を破壊する。
酸素は5倍の窒素で包まれてはじめて、大気として許容される。同じことだ。戯れ言で希釈された片鱗だけの真実を呼吸することで、人は健やかなる心を維持できるのだ。

虚淵氏:
あれは子どものころに科学番組やドキュメンタリーを見て感じた、「ショック」のようなものが根底にあるんだと思います。

酸素について「それがないと人間は死んでしまうのに、鉄を錆びさせる原因でもある」と知ったとき、「えっ、それって毒じゃん!」という驚きです。

そういった意味でも、少年時代にサイエンス番組をたくさん見ておいて本当によかったですね。

小岩井さん:
私自身はあんなふうに美しい文章を出力できたことは今までないのですが、根底にそういった原体験があるからこそ、読者を強く惹きつける文章になるんだなと、すごく実感できました。ありがとうございます。

虚淵氏:
声優の方に作品を気に入ってもらえるのが、個人的には一番うれしいんですよね。正直なお話、声優さんは我々が所属している業界における最大の権威だと思っているんです。

お仕事柄、膨大な量の作品に参加して脚本を読まれているので、いわば常に「目利き」をしているようなものじゃないですか。

その膨大な経験を通じて作品に触れてきた方に「好きだ」と言ってもらえるのは、本当に光栄なことなんです。今日はすごく励ましてもらえてありがたいですね。

小岩井さん:
こちらこそ、本当にありがとうございます。神に「励ましてもらえてありがたい」なんて言って頂けるなんて「神様にお参りするのってちゃんと意味があるんだな」と感じられました(笑)。

(了)


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編集者
美少女ゲームとアニメが好きです。「課金額は食費以下」が人生の目標。 本サイトではおもにインタビュー記事や特集記事の編集を担当。
Twitter:@takepresident

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