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「久夛良木が面白かったからやってただけ」 プレイステーションの立役者に訊くその誕生秘話【丸山茂雄×川上量生】

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PSは任天堂のために作られていた?

川上氏:
 例えば、PSは、実は任天堂のために作られていたという話がありますよね。

――複数の本で書かれていますし、わりと定説のようになっていますよね。

丸山氏:
 いやあ、それはちょっと違うな。まず、そもそも経緯を言うと、PSの前にスーファミの音源チップを久夛良木がやっていた。でも、それは単なる部品メーカーとして、久夛良木がソニーとして作って京都に納めてただけだよ。

 ただ、アイツは当時から熱心にカセットよりも、CD-ROMで動かす方がいいと売り込んでいたんだよ。そこで彼が考えたのが、スーファミの心臓部をそのまま借りて、スーファミの上にマスクROM【※】じゃなくて、CD-ROMで動く装置をくっつけるというネタなんだよね。

※マスクROM
コンピュータシステムで使用される記憶装置の一種で、記録されている内容を書き換えることができない不揮発性メモリのこと。 大量生産時にチップ単価を安く抑えられる点から、数万台以上の出荷が見込めるゲーム機のソフトや組み込み機器で多く使われている。

任天堂のスーパーファミコンはソニーの音源を採用していた。
任天堂のスーパーファミコンはソニーの音源を採用していた。(Wikipediaより)

川上氏:
 え、それってただの、スーファミ用の外付けCD-ROMドライブじゃないですか。

丸山氏:
 うん、それだけの話だよ。大して面白い話なんかじゃない。実際、俺は当時、久夛良木に熱心にその話に誘われてたんだけど、「ふーん、そうなんだ」という感じだったよね。

 でもさ、任天堂は、ゲームはマスクROMがいいと思ってたんだよ。だって、CD-ROMだと読み込みに10秒とか15秒とかかかるじゃない。そんなのユーザーが待てるわけないと思ったんだな。だけど、久夛良木はしつこく言い募ったので、任天堂が、「わかった。どうにもならないと思うけど、お前がCD-ROMをやっていいよ」というところまで持ち込んだんだね。

丸山氏:
 で、向こうと「マスクROMは触らせないけど、CD-ROMは開放してやる」という約束をして、久夛良木はCD-ROMドライブをカセットの差し込み口に挿れて、CD-ROMを動かせる製品を作ってきた。でも、ソフトは必要なんだよな。そこでCD-ROM用に何か面白いもの作らなきゃ、ということで、アイツは俺に相談してきたの。

川上氏:
 つまり、話をまとめると、久夛良木さんは、単に「スーパーファミコンの外付けCD-ROMドライブをやっていい」と言われて、丸山さんは「それ用のソフトを作るから来てくれ」と言われた、ということですか?

――あの、今のところ、PSに繋がるようなハードの話なんて、これっぽっちもないような。

丸山氏: 
 その時点であるわけないよ、そんなの(笑)。でもさ、任天堂のシアトルに居た、当時の代表取締役社長の荒川さん【※】が、これはヤバいんじゃないかと思ったらしいんだな。軒先を貸したつもりで、母屋を久夛良木に乗っ取られるかもしれないという警報が、どうもシアトルの方からガンガン流れてきたようなんだよね。

※荒川實(あらかわ・みのる)
1946年生まれ。1980年の設立から2002年まで、任天堂の米国法人であるNintendo of America(NOA)の元代表取締役社長を務めた。任天堂元社長の山内溥の娘婿でもある。

――なるほど。では、少し踏み込んだ質問をさせてください。よくこの辺の流れについて、ゲーム主軸で行こうとしていた任天堂に、ソニー側はそれ以外の巨大なジャンルを総取りしようと仕掛けたのではないか……という憶測がありますよね。つまり、CD-ROMによって、ゲーム以外の「音楽や映像を再生するプラットフォーム」を奪おうとしていたのに気づかれたのではないか、と。実際、この領域はゲーム以上のポテンシャルを秘めた場所だったわけですから……。

丸山氏:
 何言ってんだい。そんなの噂でも何でもなくて、ゲーム以外をやるからと思いっきりこっちはそう説明していて、向こうも「それでいい」って言ってたの(笑)!

川上氏&編集部:
 ええー!

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丸山氏:
 実際のところ、俺だって、この話に食いついたのは、家庭でカラオケをやりたかったからなんだよ。だって、テレビに常時スーファミをつなぎっぱなしなんだから、そこにガシャンと入れたら、すぐに家庭用カラオケが出来ちゃうわけだよ。当時は、まだ通信カラオケ【※】もない時代だったしね。

※通信カラオケ
カラオケボックスなどに使われている、専用回線・電話回線を利用して専用のサーバから楽曲などを配信し演奏するカラオケシステム。

 ただ、その辺はもうよく分からない。別に当時の代表取締役社長だった山内さん【※】にだって、「CD-ROMにはポテンシャルがある」という判断はあり得ただろうし、久夛良木のあの強引な感じを見たら、そりゃ任天堂も不安にだってなると思うもん。

※山内溥
1927年生まれ。個人商店の山内房治郎商店の3代目であり、同社を電子ゲームで世界的な企業におしあげた。任天堂株式会社代表取締役社長、同社取締役相談役を歴任。

川上氏:
 まあ、確かに(笑)。

丸山氏:
 ただ結局、それで発表直前になって、任天堂にキャンセルくらったわけよ。久夛良木とソニー側と広報の担当取締役、そして社長になる前の出井さんが京都まで行って、記者会見の事前打ち合わせをしていたら、「いや、この記者会見は中止になったから」という話が急に来た。

川上氏:
 でも、発表する前に契約書を結んだわけですよね。

丸山氏:
 もちろん。

――うううむ。

丸山氏:
 まあ……でもさ、この話のニュアンスは気になるよな。ソニーがもう100%被害者で、任天堂が100%加害者という感じだろ。

川上氏:
 そうですね。

丸山氏:
 実際、当時の俺たちは会社からそういう風に聞かされてるの。でも、そこでソニーが訴訟を起こすような話にはなっていないのが、どうにも不思議なんだよ。

――確かに。

丸山氏:
 このやり取りの間に、どうも何かある気がするんだな。ソニーに強くは出れない理由が、やはりちょっとはあった気はしちゃうんだ。ただ、当時の俺としては、単にソフトを作っていただけで、よくわからない。それどころか、相当な金をかけてぶち込んでたわけで、「この金を音楽で新人に使ってれば……バカヤロー!」という気分だよね。

川上氏:
 まあ、丸山さん的にも、「あれは悪いのは任天堂だ」と社内で言いますよね。

丸山氏:
 ああ、もう言ってたよねえ。

一同:
 (笑)

そして“久夛良木の野望”は走り始めた

丸山氏:
 ただ、話はここからなんだよ。なぜか久夛良木が、この話を大きくし始めたんだよ。

――どういうことでしょうか?

丸山氏:
 任天堂のトップの山内さんと、ソニーのトップの大賀さんの両方がハンコを捺したんだよ。それが土壇場で、こうなっちゃった。

 そのことを久夛良木が、もう凄い勢いで社内で煽りはじめたんだよ。大賀さんにも「ソニーの大賀がハンコを捺したものが、何の理由もなくキャンセルされた。このまま引っ込んで、あなたはメンツが立つんですか!」なんて迫り出すんだよ。すると、大賀さんも「なるほど。これはメンツを潰されているなあ……」となってくるじゃない。

一同:
 (笑)

川上氏:
 つまり、経緯についてはともかく、久夛良木さんはこの状況を利用したわけですね。

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丸山氏:
 そうなんだよ。

――とはいえ、会社として怒って当然の話という気もしますが……。

丸山氏:
 まあ、あなたの言うことも一理ある。でもさ、さっきの話に戻るけど、冷静に考えると外付けのCD-ROMでしかないんだよ。こんなの、ビジネスとして、そんなに大きいわけないじゃん(苦笑)。

川上氏:
 そうですね。

――ソフトビジネスまで含めても、ソニー社内では全く大きい話ではなかった……?

丸山氏:
 そりゃ俺らSMEにとっては大きい額だったけど、ソニー全体で見たら、とてもとても。だって、久夛良木の話なんて、自分が京都に納めている音源チップのロイヤリティを、「俺が稼いだんだから自由裁量で使わせろ」って息巻いてるだけだもん。たぶん、せいぜい20億円とか30億円程度の額だったと思うよ【※】

※当時の事業規模
1991年3月期のソニーの売上高は3兆6170億円。

――ううむ。確かに、ソニーレベルの企業としては、大した額じゃないですよね。

丸山氏:
 しかも、この話は、そもそもスーファミの上にちょこんと乗せるだけの外付けCD-ROMなんだよ。喩えるなら、「歌舞伎座ビルを一つ建てる投資計画」じゃなくて、「歌舞伎座ビルのテナントの一部屋として入居する計画」でしかないし、この話も「テナントに入るのを土壇場で断られた」ってだけなんだよ。そりゃ腹は立つけど、普通はそれでおしまいじゃない。

 ところが久夛良木はいつの間にか、「悔しいから歌舞伎座ビルの隣に、歌舞伎座ビルより巨大なビルを建てるべきだ」という話に社内でしていったんだな。でも、そんなの冷静に考えると、全然違う話じゃない。

川上氏:
 それは、だいぶムチャクチャですね(笑)。久夛良木さんはその状況を、とにかく話を大きくしてしまうことで、自らの野望のために利用したかったわけですね。

丸山氏:
 俺から見た真相はそうなるね。本当にムチャクチャな男だよな(笑)。まあ、任天堂とのところだけは、やっぱりわかんないけども。

川上氏:
 でも、久夛良木さんは本当のことを知っているわけですね。

丸山氏:
 そう。久夛良木は、真実を知っているはずだね。

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――なるほど。ともあれ、そこからまさに久夛良木さんの快進撃が始まるわけですが……そもそも、プレイステーションの最初の投資額って、どのくらいの規模感だったんでしょうか。

丸山氏:
 CPUをとりあえず作ってもらうために、140億円をLSIロジック【※】に放り込んだ。でも、そんなのは序の口で、それから先はドーンと積み上がっていったね。

※2016年10月27日 20時 コメント欄にて指摘をいただき、AMD → LSIロジック に修正しました。

――確かに、さっきのCD-ROMの話とは、まったく規模感が違いますね(笑)。

丸山氏:
 本当にムチャクチャだよ、久夛良木は。取締役会で、いきなり百何十億円の契約書にサインしろと言われて、俺はビックリしちゃったよ。あんな大した大きさじゃないチップが大量に入ってる製品が100万台あって、売れなければパー。恐ろしかったよね。

 しかも当時、任天堂の山内社長は「あんなもんが50万台以上売れたら。俺が逆立ちして歩いてやる」くらいのことを言ってたし、業界の内外もこんなものが売れるのかと注視しているわけ。だから、最初の広告では、もうストレートに包み隠さず「目指せ100万台」と言ったの。だって、これが売れなかったら、本当におしまいだから。

川上氏:
 100万台発注しちゃったから、「目指せ100万台」だった(笑)。

――つまり、威勢のいい言葉ではなくて、あれは凄い切実な……。

丸山氏:
 切実なんてもんじゃない! 現場の悲鳴だよ(笑)。なにせ、すでに発注しちゃってるからね。倉庫に積まれちゃうわけで、100万台売らないことには、俺たちはその先に一歩も進めなかったのよ。 

PSの勝因は……楽屋での300台の配布?

――ある種、久夛良木さんがけしかけるようにして、PSを作ろうとしたのは分かるんですが、なぜいきなり100万台を最初に作ったんでしょうか。

丸山氏:
 そりゃ、チップなんて、そういうもんだもん。大量に生産すればするほどコストが下がっていく。逆に言えば、大量に作れないと商売として危険なんだな。

川上氏:
 でも、チップ以外にも膨大なお金がかかってますよね。凄いテレビCMとか、もうジャンジャン打ってたじゃないですか。

丸山氏:
 ああ、それはソニー出身の宣伝部長がやったことだねえ。ソフトの方は確かに面白いCMで人目を引いたところがある。でも、ハードはそんなにやってないよ。

 実は、俺はソニー・ミュージックの部隊を80人くらい、PSのときに呼んできたんだよ。営業や宣伝は、文系の人間でも出来るからね。すると、俺たち音楽の人間は宣伝費なんて使わないんだな。だって、俺たちの世界は、ミュージシャンを音楽番組に出せばいいんだから。

川上氏:
 ああ、なるほど。

――でも、音楽番組ほどの影響力のゲーム番組なんて、当時もないのでは。

丸山氏:
 だから、俺は音楽番組に出ている出演者に、無料でPSを配ったんだよ。俺も当時はまだ、現場で現役のミュージシャンたちと友人だった時代だから、「いま話題のやつだから遊んでみてよ」って言って、300台くらい配りまくったの。そうしたら、みんながハマってくれて、番組で話してくれた。アレは効いたなあ。

川上氏:
 え、とんでもなく安いプロモーションじゃないですか。でも、まさにゲームをプレイする層がプレイステーションで広がった理由は、まさにそこにあったと思うんですよ。テレビに出ているような人たちが、「俺、今ゲームやってるんだ」と言ってくれたんですよね。

丸山氏:
 そのとおり。まさに、彼らテレビに出てる人たちが「PSは面白い」って、番組の中で言ってくれた。それで宣伝は終わり。大して宣伝費も使わずに、大きく転がっていったね。まあ、裏では「面白かったら、テレビで言ってくれ」とも小声で頼んだんだけどさ(笑)。

一同:
 (笑)

川上氏:
 じゃあ、世間ではソニーが大資本の力を使って、広告代理店との強固な関係のプロモーションで任天堂に対して優勢になったみたいに言われてるけど……。

丸山氏:
 全然、違う。そもそもソニーの連中はハードを売るときに、俺たちのようにプロモーションで売る発想は持たないもん。基本的には、宣伝部が電通を使ってテレビスポットや雑誌広告を出すんだな。

 だから、彼らは世の中にはタダでタレントの人や、色んな人を動かしていく手法があることを知らないわけよ。ソニーの宣伝部の連中は俺らのこういうやり方を知って、腰抜かしてびっくりしてたね。

川上氏:
 逆に言うと、ソニーの宣伝ノウハウは使ってないに等しかったわけで、基本的には丸山さんやSMEのノウハウ、もっと言えば「丸山さんが300台のプレイステーションを配った」というのが勝負を決めた、ということですか。

丸山氏:
 うん、そういうこと(笑)。

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