『Kena: Bridge of Spirits』(以下、Kena)をはじめてみたとき感じ入ったのは、紛れもなくそのグラフィックだった。ピクサーを彷彿とさせる超高クオリティの3Dアニメーション。ゲームのムービーではなく、劇場でアニメ作品を観ているような錯覚を覚えるほどだった。
そして同時に、そのあたたかみのある絵作りとかわいらしいキャラクター、自然豊かな明るいマップの様子は筆者の油断を誘った。
「3Dアクションゲームらしいけれど、それほど苦戦しそうにはないな」と。
特段ゲームが上手いと自負しているわけでは無いが、3Dのアクションゲームなら一般的に見て高難易度の部類に入るゲームも遊んできた。見た目もそれらと比べればはるかにかわいらしいし、軽く下調べしたところストーリーもそれほど長いわけではないらしい。1日か2日でクリアまでは何とかなるだろう、と高をくくっていた。
事実、チュートリアルから序盤にかけてはそれほど苦戦しなかった。システム面ではほかのアクションゲームと似通う部分も多く、複雑なコンボが必要なわけでもない。唯一、回復リソースが乏しいのは嫌な予感がしないでもなかったが、ほぼ負けることもなく順調に進んでいくように思われた。
話が変わってきたのは、1つ目の大きなボス戦あたりからだ。本作はチュートリアルを除き、大きくわけて3つのパートで構成されている。それぞれのラストを飾るのが、非常に強力で、こだわりのかっこいいカットシーンも用意された大ボス戦。はじまる前から、これまでよりは厳しい戦いだろうな、とは予想できた。
結果、筆者は最初の大ボス戦で10回近く敗北した。ちなみに、難易度は初期で選べる3段階のうちの真ん中である。
ゲームの難易度に関して、客観的に評価するのは難しい。腕前、経験、反射神経、細かく言えばその日のコンディションでさえアクションゲームの手触りは変わってくる。単に筆者が下手すぎる可能性もある。が、それらを踏まえてもこれから遊ぶ人にひとつだけは伝えておきたい。
『Kena』を侮ってはいけない。
かわいらしい少女の主人公。ぬいぐるみになりそうなマスコットキャラクター「ROT」。美しい3Dアニメーションで描かれる自然豊かな世界。それらのヴェールの内側には、非常に歯ごたえのあるアクションゲームが用意されている。
また、本作オリジナルの世界設定や各所に用意された趣深いオブジェクトたち。そして丁寧に作り込まれたマップデザインは、『Kena』の象徴ともいえるグラフィックと相まってプレイヤーの求める「ゲームらしい」体験をしっかりと作り出し、作品の世界へ引き込む力を持っていた。
文/久田晴
神秘的で思わず見とれるような『Kena』の世界
本作の主人公は「ケーナ」、何らかの理由で現世に留まってしまっている魂をあの世へ導くことが役目の「スピリットガイド」の少女だ。
舞台となるのは「腐敗」に包まれ滅びてしまった村。ゲーム中では腐敗を浄化しながら、かつての住民たちの魂をあるべき場所へと送り届けることとなる。
腐敗は禍々しい赤色で描かれ、自然の中で強く異物感を放つデザインが施されている。また、ケーナの力を象徴する爽やかな水色とも対照的であり、このあたりの色彩感覚はゲーム的にも、ストーリー的にも効果的に作り込まれていると感じた。腐敗を浄化し、周囲が自然の姿へと戻っていく様子は、プレイヤーに爽快感と達成感を与えてくれる。
また、本作の雰囲気を語る上で外せないのが「ROT」。冒頭ではマスコットキャラクターと書いてしまったが、実際には自然の精霊のような存在で、集まることで強い力を発揮できる。
彼らはストーリー上で非常に重要な存在であり、かつ戦闘や道中の謎解きといったゲーム的な面でも大きな役割を果たす。腐敗の浄化も彼らの助けなしには行えず、ケーナの力の中核と言っても差し支えない。
同時にマスコットキャラクターというのもあながち間違いではなく、非戦闘時にたわむれたり、トコトコ走り回ってオブジェクトを動かしたりと、そのかわいらしさも存分に発揮していた。
開発元のEmber Labはもともとアニメーションの制作会社であり、『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』の非公式ファンムービーやコカ・コーラのCMなどの映像作品を手がけてきた。本作でも3Dアニメーションのノウハウを活用しているのか、ゲームプレイ、カットシーンを含む全編にわたってとても印象に残る絵作りがなされている。
腐敗の描き方に用いられている色覚効果が分かりやすい例だが、重要なアイテムとなる「仮面」のデザインにも注目したい。本作の設定では亡くなった人を送り出すときに使うものとされており、ゲーム中では仮面を用いることで救うべき魂への道筋をたどる、ナビアイテムのような役割を果たす。
仮面自体にはもちろん表情はなく、どちらかと言えば呪術的なイメージを抱くような不気味な造形をしている。そして、ストーリーの大きな節目であるボス戦では腐敗にのまれた魂を呼び出し、怨念の塊のようなボスキャラクターへと変貌する。
ボス戦のはじまり、そして終了後の演出はとても心に残るものだった。ネタバレを避けるためにも細かくは言及しないが、厳しい難易度の戦闘を乗り越える価値は充分にあると感じた。
ビジュアル面での演出が非常に優れている反面、テキストによる情報量はそれほど多くない。特に主人公のケーナに関する掘り下げには少し物足りない面も感じた。回想や他のキャラクターとの対話の中で彼女のバックボーンについて触れられはするが、核心的な部分はうっすらとぼかされていたような印象だ。
ゲームを通して装備品や消費アイテムといった存在も登場せず、増えていくのはケーナのスキルとROTの装飾品、ストーリーアイテム程度なので、フレーバーテキストの類も存在しない。大量の文章から世界設定を読み解いていくことを好むプレイヤーからすると、物足りない部分を感じるかもしれない。
『Kena』の本編で語られない細かな設定がどの程度まで作り込まれたものなのか、筆者が単身で測るのは危ういものがあるので明言はできない。が、表現の仕方という面では文章よりも、ビジュアルや音楽のような感覚的なものに大きく傾いていると言っていいだろう。
ゲームが進むにつれて苛烈になっていく戦闘
『Kena』の戦闘システムは、一般的な三人称視点のアクションゲームを踏襲した、近接戦闘がメインのものとなっている。スタミナの概念はなく、攻撃や回避、ジャンプは無制限に行える。
攻撃の面では杖による直接の打撃が初期から使える基礎攻撃としてあり、ゲームの進行によって杖を弓として扱う射撃と、投擲する爆弾を使えるようになる。
打撃は弱攻撃と強攻撃を基本とし、スキルを習得することでダッシュ攻撃や広範囲攻撃、ジャンプからの飛び降り攻撃などのアクションが行えるようになる。ボタン連打で絶え間ない連続攻撃ができ、弱強を適当に混ぜ合わせるだけでもディレイコンボをやっているような錯覚を覚えるので、見映えが良い。
弱点を狙って殴る、ようなテクニカルさは求められず、基本的に攻撃が通らない相手は爆弾で装甲を破壊するなどのアクションが必要になる。アビリティの効果を活かすパズル的な戦闘も随所で見られた。
射撃はおもに空中や遠距離の敵を狙うことと、大型の敵の弱点を狙撃するのに用いる。弾数は初期で4発となっており、戦闘中も時間経過で自動回復するので矢弾に気を遣う必要性は薄い。
特徴として、空中で構えることで時間の進み方がスローとなり、落ち着いて狙うことができる。また、スキルによって地上でもスロー効果を得ることができるようになる。弾の当たり判定は比較的大きく、弾着の落下もほぼ気にならないレベルのため狙撃は非常にやりやすい。
回避行動は全方向へのローリングがメイン、スティックをニュートラル位置のまま回避ボタンを押すことで後方宙返りのようなアクションも可能だ。ジャンプ、ダッシュも含めてスタミナ等の制約はないので、自由に戦闘を組み立てていける。
防御方法として全方位をカバーできる「シールド」も使用可能。HPバーの下にシールドの耐久値が表示されており、使い切るとブレイクしてしまう。相手の攻撃にあわせてジャストタイミングで防御を行うことで、大きな隙を作り出すカウンター攻撃も行える。
また、本作特有のシステムとしてROTの「勇気」ゲージが挙げられる。敵に攻撃をあてたりすることでROTの勇気がたまっていき、消費することで回復アイテムの回収や、敵の足止めが可能だ。ゲージはマップ中のROTを探し集めることで複数抱えることができるようになる。
足止め中は攻撃チャンスだが、一部のボスキャラクターなどは振り払う動作でケーナにも攻撃してくるので、調子に乗って殴り続けていると反撃を食らうことには注意しよう。
そして、戦闘時の回復はこのROTによる回収以外はなく、それもひとつの戦闘につき2回ほどしか用意されていない。これが『Kena』の難易度を大きく跳ね上げている理由だ。
回復の行動自体はそれほど難しいものではない。1度の回復で8割ほどのHPを取り返せること、ケーナがモーションをほぼ取らないので、回復の隙が無いことは快適なポイントと言えるだろう。ROTが溜まってさえいれば、安定して態勢を立て直すことができる。
しかし、回復を行える回数が少なく、一度のミスが重くのしかかるので戦闘時のプレッシャーがとても強い。被弾を恐れるあまり、ジャストガードのようなハイリスク、ハイリターンなアクションが狙いにくくなるのだが、後半ではそれが必須の敵キャラクターまで登場する。
また、ボス戦を含めて複数の敵を同時に相手する戦闘が多い。本命となる敵ばかりを狙っていると遠距離型や飛行型の敵の攻撃を受けやすいので、可能であれば先行して弓で排除できると楽になる。
体感だが、視界の外にいる敵の攻撃頻度は下がるように調整されているように感じた。いきなり後ろから殴られる、といった事態はあまり多くない。
総じて戦闘システムは洗練されており、比較的ストレスフリーにケーナを操ることができる。パズル的な要素も察しやすく、倒し方が分からなくなることはなかった。
が、回復リソースの少なさと、後半に進むにつれて苛烈になる敵の攻撃は決して容易く突破できるものではない。ビジュアルのかわいらしさに騙されず、真剣に向き合うべきバランスが構築されている。
なお、厳しいアクションを敬遠するならば難易度調整も用意されているので、そちらを試してみるのも良い手段だと思われる。筆者もレビューのために後半を低難易度でもプレイしたが、何よりも被ダメージが大きく減っているので負けにくい。最も辛かった回復の点が救済されている印象だ。
ちなみに、より辛い戦いを望むプレイヤーにはクリア後にさらなる高難易度が解放されることもお伝えしておきたい。こちらは筆者は未プレイである。
どこへいっても「ご褒美」のあるマップ構成
『Kena』の昨今のオープンワールドのマップのような広大なものではないが、探索をするにはとても楽しい場所だ。ゲーム全体が大きく3つのパートに分かれているのは冒頭の方で述べたとおりだが、中心部に位置する拠点を除いて、同じ場所に戻ってくることは少ない。ゲームの進行としてはリニア寄りと言えるだろう。
メイン目標に繋がるルートのほかにいくつかの寄り道やパズルが用意されており、そのほぼすべてに何かしらの報酬が用意されている。RPGなどで、脇道から全部歩いてみないと気が済まないタイプのプレイヤーには嬉しい仕様だ。
もちろん、ただ歩くだけでは到達できない場所も多く、弓や爆弾、そしてROTを用いた謎解きが必要になる。弓で撃つことでグラップリングフックのように使える花や、爆弾を当てることで浮き上がる石など『Kena』の世界らしいオブジェクトが多数登場する。
登場するパズルはいずれもそれほど難易度の高いものではないので、クリアを妨げることは少ないだろう。ただし、行き詰ってもテキストなどで明確にヒントを示してくれることはないので、周囲をよく観察することが重要となる。一部には時間制限も設けられているが、こちらはかなり猶予のある設計になっているのでむやみに焦る必要はない。
ひとつ残念に感じた点は、手に入れられるアイテムの多くがROTを着飾るスキンと、スキンを購入することにしか使えない通貨だったことだ。探索すること自体は楽しい体験なのだが、そこで得られるものが見た目にしか影響しないためモチベーションが今一つ上がりきらない。
隠れたROTを見つけ続けていけば勇気ゲージのストックが増えるし、最大HPを増加させる「瞑想」ポイントもあるので、一概に全部無視してメインルートを突っ走るというのも推奨しきれない。マップの構造、ビジュアルが優れているからこそ、探索を通じたケーナの強化にもう少しスポットを当てて欲しかったと思う。
『Kena』の魅力は美しさだけではない
『Kena』の印象で最も強いのは、そのビジュアル面だろう。それはゲームの始まりから最後まで衰えることなく、プレイヤーに良い刺激を与え続けてくれる。そして、そのビジュアルを大いに生かした独特のアジアンな雰囲気も非常に好印象だった。かすかに日本を感じる部分もありつつ、幻想的な異世界を堪能することができる。
戦闘の難易度は高く、それは後半へと進んでいくほどに顕著になっていく。ケーナも、プレイヤーのスキルも成長しているはずなのだが、それ以上に敵も強化されているがゆえの歯ごたえを感じさせる難易度だ。
スキルの種類もシンプルで、避けて、時にジャストガードして、隙をついて殴る、という基本戦術はゲームを通して一貫している。探索による成長の要素が薄いことも相まって、プレイヤーの取れる戦略の幅はそれほど広くない。
しかしそれは同時に、ボスの動きを見切り、確実にダメージを取れるタイミングを理解していくという、経験と実力が存分に試されるものだ。『Kena』の戦闘はレベルを上げれば何とかなる、というRPGの要素を排した純粋なアクションゲームに仕上げられている。キャラクターではなく、自らが成長するのだ。
難易度の調整機能もあればリトライのスピード感もよく、投げ出さずにプレイできるよう調整されている。自らの手で腐敗を取り除き、美しい台地を取り戻していくゲームプレイと、エンディングまで色あせることのない『Kena』の世界をぜひ堪能してみて欲しい。