「また異世界転移/転生……もういいかげん、飽きましたわ」(お嬢様言葉、または関西弁で読んでください)
現代からファンタジー世界へ移り住んだり、行き来する。あるいは別の人物、スライム、骸骨なんかに生まれ変わる「異世界転移/転生」は、一大ジャンルとして興隆を誇っています。
しかし人気ジャンルだからこそ、同じものを食べ続けてマンネリ感を感じる人もいるんじゃないでしょうか。
そうした異世界モノに食傷気味なアナタにこそ、読んでほしいコミック/見てほしいアニメが『異世界おじさん』!
・トラックにはねられて異世界へ飛ばされる
・現代人がチート能力を手に入れて、異世界で無双する俺ツエー系
・複数の美少女たちに好意を寄せられてモテモテ
といった異世界転移・転生のお約束を重ねながらも、全く違う展開、まったく違う読み味になっていて、きっと驚きを隠せないでしょう。
えっ? それでもゲームメディアの電ファミニコゲーマーで紹介する意味はあるのかって?……大丈夫! SEGAがいっぱい出てきます!
文/かーずSP
3層構造になっている、一風変わった作品設計
『異世界おじさん』の基本フォーマットは、おじさんが映像魔法で投影する異世界の記憶を、たかふみと藤宮さん(たかふみの幼なじみ)がツッコミを入れながら見守る形で進んでいきます。
つまり異世界の冒険をただ描くのではなく、まるでスポーツ中継の副音声や、アニメのブルーレイ特典についてくるオーディオコメンタリーのような形式になっているんです。
おじさんが異世界で冒険する映像があって、
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それを観ながら解説するおじさんと、ワイワイ盛り上がっているたかふみと藤宮さんがいて、
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3人の様子を、我々読者が楽しむ
3層のレイヤーが重なっている構造が新鮮で、まずこの時点で、他にはないユニークな体験が味わえます。
異世界ではひたすら不遇な扱いを受けるおじさん
【あらすじ】
17年間の昏睡状態から目覚めた叔父が、甥の高丘敬文(以下、たかふみ)の目の前で発したのは、意味不明な言語だった。
異世界「グランバハマル」から帰ってきたと話す叔父は、実際に魔法を眼の前で使うことで証明してみせる。叔父が旅してきた異世界の冒険譚にワクワクするたかふみ。だが叔父の口から語られた17年の異世界生活は、孤独で過酷な日々であった……。
異世界ライトノベルが大好きなたかふみは、当然、おじさんの胸躍る熱き冒険に期待しています。ところが異世界転移して最初に出会った人間たちから、オークと間違われて狩られるハメに……美男美女が当たり前の異世界では、おじさんの容姿は、あまりにも醜かったのです!
その後もおじさんの旅路は常に、新しい村に着いたらまず人間に襲いかかられて、相手を瞬殺するか、オークとして吊るされるかの二択が基本となります。
子どもたちを魔物から救っても、反対に崖に突き落とされたりすることも日常茶飯事……「おじさん狩られすぎだろ!!」とたかふみのツッコミも虚しく響くほど。
どこに行っても容姿で差別されて吊るされるおじさんですが、とあるチート能力を授かったことで、強大な魔法を手に入れることに。魔炎竜を討伐したり、ゴブリンの大群を撃退したりと俺ツエー系の大活躍を見せるおじさん。
ところが英雄として感謝されるのかと思いきや、
・「邪悪なオークを『善化』せよ!」(3巻21ページ)
・「みにくいオーク!!」「子供には見せられない顔!!」「存在を許すな!!」(7巻 96ページ)
と繰り返し何度も磔にされてしまうのです……Re:処刑から始まる異世界生活。
ちなみにおじさんがコンビニの店員には敬語を使うのに、異世界では丁寧な口調を使わない理由は、
「礼節は、人であると認められてからだ…」(5巻93ページ)
……お、重い……おじさんの苛烈な旅路が伝わるエピソードには事欠きません。そんな残酷な異世界生活ですが、そのかたわらには、おじさんをストーカーする美しい女性エルフの姿が……誤字ではありません。おじさん「に」好意を寄せる女性が存在するのです!
実は恋愛色が強い『異世界おじさん』、叔父と甥ともども鈍感主人公
ブサイクゆえに迫害を受けるおじさんにとっては、奇跡とも呼べる、好いてくれる美少女のエルフさんが登場します。しかし残念なお知らせがあります……おじさんには「ツンデレ」が理解できなかったのです!
おじさんが異世界に転移する前(2000年)には、まだ「ツンデレ」という属性を示す単語が普及していませんでした(※素直になれないヒロインは昔からいました)。
ゆえにツンデレを理解できないおじさんは、
「あんたのために助けたんじゃないわ、勘違いしないで」 (1巻33、34ページ)
というツンデレ台詞を、
「俺が何やっても人格否定とか…罵倒してくるんだよ」
という感じで、すべて真に受けてしまうんです。記憶の映像を見ているたかふみ達には、エルフさんに好かれていることがまるわかり。なのに、おじさん本人は嫌われていると思いこんでいる、そんなすれ違いコメディが笑いを誘います。
しかし! たかふみも、隣りにいる幼なじみの藤宮さんに惚れられていることにまるで気づきません。
藤宮さんはたかふみに水着の写真を送ったり、積極的なアプローチをしていて、それこそはたから見ればバレバレなのに、頑なに女性として見ようとしないたかふみ。おじさんもたかふみも鈍感ラノベ主人公なのは、やっぱり同じ血縁だからなんでしょうか?
一方で氷の一族の末裔であるメイベル、回復魔道士のアリシアなど、可愛い女の子たちが、おじさんと交友を深めていきます。
そこで黙っていないのが嫉妬深いツンデレエルフさん。毎回苦しい言い訳をしたり、邪魔をしたりするのですが、その妨害の仕方が、ライフルで狙撃したりとやや暴走気味。ますます、エルフがおじさんにとって恐怖の存在になってしまう負のスパイラルを生んでしまうのです……不器用にも程がある。
異世界と現代日本の両方で巻き起こる、フクザツな恋愛関係にも目が離せません。
『異世界おじさん』はSEGAハードを追悼するレクイエム作品である
おじさんが昏睡していたのは西暦2000年から2017年。17年間の浦島太郎状態になっていたことで、おじさんの日本の社会情勢や価値観、知識には大きなズレがあります。
そんな平成の変化をあるあるネタとして、随所に散りばめられているのも笑わせてくれます。
・「はやも…?何?」「巻き戻し」ってもう言わないの!?
・人間の脳は10%しか使われていないという昔の常識「脳の10%神話」
・ティラノサウルスの体毛がフサフサしすぎ
・「水金地火木土天~~~海!! 『冥』を入れたい!」
など2000年から2017年の間に、世の中ってそんなに変わったのか! と新常識や新事実に驚くおじさんのリアクションもまた楽しい。読者としても「昔はそうだったなー」という共感を強く呼び起こします。
なお空白の17年間で、おじさんにとって、もっとも耐え難いショックがSEGAのハード撤退。知った瞬間に、自分の記憶を消してしまうほどでした。
そう、おじさんは大のSEGAマニア!
異世界の生活でも、事あるごとにSEGAゲームから得た知識を活かします。『ぷよ○よ』の攻略本で人生訓を説き、『エ○リアンソルジャー』の「ウルフ ガンブラッド」や「クロキ テンマ」を偽名に使い、『ゴー○デンアックス』の大ジャンプからの下突きでゴブリンを撃退……は失敗してましたけど、おじさんの信仰と行動原理のすべてはSEGAから来ています。
作中で「信者」と呼ばれて誤解したまま弁明するシーンもありますが、おじさんは狂信的なまでにSEGAを愛するSEGA人(せがびと)【※】なんです!
※SEGA人(せがびと)……『セガサターンマガジン』および前身の『Beep』『Beep! メガドライブ』やパソコン通信で使われていた、熱狂的なSEGAファンを指すスラング。もはやググってもあまり出てきません。SEGAハード撤退とともに消えてしまったワードです。
おじさん(そして作者)の個人的なSEGA体験をふんだんに盛り込み、なおかつ異世界ファンタジーと両立させるバランス感覚が見事な『異世界おじさん』。そんなSEGA愛が届いて、コミックス4巻には「メガドライブミニ」とコラボした紹介マンガが掲載されています。
その回でも「ヘタなPTAよりエロに厳しい」と指摘されているように、おじさんは意外と硬派です。
「セ○サターンマガジン」の最終号をチェックしたおじさんは、読者投稿によるランキング1位が美少女ゲームの移植作だと知って、天候を変えるほど怒りの落雷を落として荒ぶるのです……でもおじさんに言いたい、『EVE burst err○r』は名作ですよ?
随所に出てくるディープかつ大量なSEGAネタには反応せざるを得ません。かつて私も、当時はプレイステーションではなくセガサターンを選びました。『バーチャロン』や『サクラ大戦』に明け暮れた楽しかった遠い日々が懐かしい。でもプレステ派が多数の友人たちとソフトの貸し借りができなかった苦い思い出もあって、もうなんか、いろいろと蘇ってきますね!……そんな自分の青春がフラッシュバックしてきます。
『異世界おじさん』はSEGAハードを愛したユーザーたちへ送る、レクイエム作品だと勝手に思ってます。
結論
俺ツエー系、ラブコメ、SEGAネタをちゃんぽんで煮詰めて、オンリーワンの不思議な読後感を呼び起こす『異世界おじさん』。
絵柄も個性的で、エルフや藤宮さんの可愛らしい画風とは対象的に、おじさんの造形は、だいぶリアルに寄せています。その描き分けのアクセントも独特で、なんとも惹きつける魅力があります。
そして、やはり際立つおじさんのキャラクター性。女性がお風呂に入る時には外出するくらい気が利くジェントルマンなのに、スナック感覚で相手の記憶を消そうとするエキセントリックさが同居している……次の瞬間に何をしでかすか予想がつかない部分は、『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』のマサルさんに通じるマインドを、少しだけ感じます。
SEGAを軸に据えたおじさん独特の言動に、異世界と現代人たち全員が全力で振り回される愉快な作品『異世界おじさん』。2022年夏アニメの注目作ですし、ぜひ原作コミックも合わせて読んで、おじさんの悲しくもカッコいい、異世界の冒険を見届けようじゃありませんか!