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「ホビーパソコン」とは何だったのか? その歴史をその言葉の始まりから調べてみた

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「ホビーとの訣別」の10年後

ところで、各社の主力機種でモデルチェンジのたびにコストパフォーマンスの向上が行われる中、次第に16ビット機も高級ホビー分野に取り込まれようとしていた。
実際1980年代後半に入ると、日本のパソコンゲーム市場では16ビット機向けが急速に成長し始めている。

業界団体の調べでは、1985年のパソコンゲーム出荷額における16ビット機向けの割合は4%にも満たなかったのが、翌年には12%を超えるまでに増加した。
一方で高級8ビット機の家庭での実用用途の典型だった、ワープロソフトによる文書作成は、小型化・低価格化が進むワープロ専用機に次第に取って代わられつつあった。
このような状況の中、NEC、富士通、シャープの3社にとっては、高級ホビー分野をどうやって16ビット以上に移行するかが課題になってゆく。

当時広く利用されていた16ビットCPUは、3社が各々8ビット機に採用していたCPUとの直接的な互換性がなく、それらのソフト資産の継承は容易ではない。
映像やサウンドの機能も含め、あえて従来の8ビット機との互換をとるのかどうかの問題があった。
この課題に対して、富士通はひとまず8ビット機の展開を継続し、対照的にNECとシャープは、従来の8ビット機の後継と新しい16ビット機を並行して展開する道を選んだ。

NECが1987年春に投入したのが、CPUに8ビット相当での動作と16ビットでの動作の2つのモードを搭載し、PC-8801との互換を保ちつつ16ビット化を図った「PC-88VA」(298,000円)だ。
処理速度こそPC-9801の主力機には及ばなかったものの、それらを下回るカタログ価格ながら、グラフィック能力では大きく上をゆくレベルに強化されていた。

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(画像はマイコンBASICマガジン. 1987-10, 日本電気グループ広告より)

また1987年春にはシャープも、「X68000」を369,000円(テレビ機能付きディスプレイは129,800円)のカタログ価格で発売した。

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(画像はマイコンBASICマガジン. 1987-09, シャープ広告より)

NECとは異なり、この機種にはX1との互換性はなく、むしろ過去の機種との互換性にこだわらずに機能をいちから組み上げたのが特色だったと言える。
中でも、512×512画素で65,000色表示、半透明描画なども可能なグラフィックを含む映像機能は、当時同じクラスのパソコンに類例のない非常に凝ったものだった。

それを誇示するように、1985年夏にゲームセンターに登場したコナミの『グラディウス』を、見た目にほとんど遜色なく再現した移植版が付属し、羨望の的になった。

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(画像は高田政明. X68000グラディウス徹底解剖. マイコン. 1987-04, P215より)

これらについて、『アスキー』1988年1月号掲載の編集部によるコラムは、以下のように述べている。

16ビットのホビーパソコンが登場したのも’87年の収穫だったろう。シャープのX68000と日電のPC-88VAは、8ビットマシンの思想を受け継いだ16ビットマシンとして注目された。

創刊時に「ホビーとの訣別」を掲げたアスキーで、10年後に高級ホビー志向の16ビットパソコンの登場が“収穫”と評されたという事実は、業界の激変ぶりを如実に物語る。

パソコン市場はすっかりビジネス向けを中心に回るものになり、ホビー向けは、少なくとも市場規模ではもはや傍流にすぎなくなったわけだ。
とはいえ、「ホビーとの訣別」でうたわれたパソコンのメディアへの発展はまだ道半ばで、これが広く実現していくのは1990年代以降のことになるのだが……。

「ホビーパソコン」のそれから

その後のホビーパソコンについて、手短に触れておこう。
NECのPC-88VAは、PC-8801のソフト資産という後ろ盾があったにも関わらず成功していない。
主にゲームソフトなど、ハードウェアに対して特殊な操作を行っているものの一部で、PC-8801との互換性が不十分であることが判明したのが原因のひとつだ。

しかもPC-88VAの登場とほとんど同時に、エプソンがPC-9801互換機「PC-286」を発表して業界内外の話題を呼んでいる。

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(画像はマイコン. 1987-04, エプソン販売広告より)

PC-9801の主力機種より低価格でほぼ同性能、あるいはそれ以上というコストパフォーマンスを売りとし、NECも実売価格を下げる施策に踏み切ってこれに対抗した。
このため1987年末にはPC-286の実売価格が20万円前後の店も出たほか、PC-9801旧機種の中古市場が大きく値下がりするなど、PC-88VAの価格競争力が削がれる結果になった。

PC-8801をすでに所有するユーザーにしてみれば、PC-88VAに乗り換えるよりも、PC-9801などほかの16ビット機を買い増す選択が有力になってしまったわけだ。
1989年には、CPUを2種類搭載し「98モード」と「88モード」を備えた「PC-98DO」(298,000円)が発売され、NECのパソコンにおける高級ホビー分野の受け皿は名実ともにPC-9801になる。
約100万台【※】を出荷したPC-8801ではあったが、1989年秋の新モデルを最後に展開を終了した。

※『ザ・コンピュータ』1989年7月号「ガリバーの行方」によれば、1989年5月時点で95万台。うちPC-88VAについては、日経産業新聞1988年3月9日付の報道で2万台とあり、後継機種を含めて3~4万台と考えられる。

これに対し、シャープのX68000は当初ソフトの少なさが懸念されたものの、マニアからの強い支持を得た。

発売2年目の1988年には、アーケードでの稼働から1年半ほどとまだ新しさの残る『源平討魔伝』『ドラゴンスピリット』をほぼそのまま再現した移植が、相次いで登場している。
ゲームソフトだけでなく、レイトレーシングによるCG生成ソフト『C-TRACE』など、標準装備の高度な表現機能を活用するクリエイティブ系ツールも人気を呼んだ。

またこれらのツールやOSの使い勝手を改善し、あるいはそれらにない機能を実現するフリーソフトがユーザーの間で盛んに開発され、勃興期のパソコン通信などを介して広まっていった。
『セガハード戦記』にもあるように高価だったのは確かだが【※】、このころ日本でもっともホットなホビーパソコンだったと言える。

※X68000は1988年春にモデルチェンジし、テレビ機能のないディスプレイと組み合わせた場合のカタログ価格が40万円強となった。

X68000はその後、1993年まで定期的に新モデルが投入された。
ただマニアックな熱気の高まりに対し、ユーザー層の裾野の広がりの点では課題があった。
メガドライブやNECの「PCエンジン」、任天堂の「スーパーファミコン」など、当時急速に進んでいた家庭用ゲーム機の高性能化の影響も少なくなかったと考えられる。
累計の台数では、35万台以上を出荷したX1と比べても半分程度にとどまったようだ【※】

※X1の出荷台数は『ザ・コンピュータ』1988年8月号「X68000とMac、その共通点と差異」より。X68000の出荷台数は『Oh! X』1991年10月号「X68000ゲームソフトのゆくえ」に「出荷台数も13万台を超えている」とある。

一方MSXは、1987年にはFDDを1台搭載して5万円台のMSX2が登場するなど、8ビットパソコンの中でも最低価格帯の位置を占め続けた。

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※カタログ価格54,800円だった松下の「FS-A1F」
(画像はマイコンBASICマガジン. 1988-10, 松下電器産業広告より)


もっとも、かつて言われていたようなホームコンピューター市場への発展の兆しが見えない中、国内展開を取りやめる電機メーカーも徐々に増えていく。

1988年発表の「MSX2+」に対応した機種を発売したのは、松下、三洋、ソニーの3社で、16ビットCPUを採用した1990年発表の「MSXturboR」は松下のみの発売となった。
国内の累計出荷は約200万台だった【※】

※『アスキー』1990年4月号「ASCII EXPRESS」内の「MSX出荷数が400万台を突破」で、「出荷内訳は、国内200万台、国外202万台」と報じられている。

そして、高級ホビー分野のパソコンの世代交代に最も思い切った手を打ったのが富士通だろう。
1989年、CD-ROMドライブを標準搭載した32ビットパソコン「FMタウンズ」(338,000円から、キーボードは別売で2万円)を発売。
同社のビジネスパソコン「FMR」と部分的な互換性を持たせつつ、映像・サウンド機能を大幅に強化し、「ハイパーメディアパソコン」をうたっている。

そのターゲットは、ゲームやビジネスはもちろんのこと、ショールームなどでの映像展示といった業務用途から教育分野にまで広がっていた。

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(画像はFM TOWNS(1989年) : 富士通より)


しかし1990年代に入ると、アップルのMacintosh(Mac)のカラー対応機が大きく値下がりし、1991年末には動画再生を含むマルチメディア環境「QuickTime」がリリースされる。

マイクロソフトもWindowsにマルチメディア機能を追加したことから、“マルチメディアソフト”が業界内外の注目を集め、CD-ROMドライブを搭載するパソコンも次第に増えていった。
富士通もFMタウンズにWindowsを提供し、Windows用とタウンズ専用タイトルの両方が使えるソフトの多彩さを押し出したものの、この「マルチメディアブーム」の中で次第に埋没。
1995年、前年より展開されていた一般消費者向けのWindowsパソコン「FMV-デスクパワー」をベースにした「FMV-タウンズ」に吸収されている。
FMV-タウンズ発表時点でのFMタウンズの累計出荷は、FM-7・FM-77とほぼ同じ約50万台だった【※】

※FMタウンズの累計出荷は、『日経パソコン』1996年1月29日号「FMV-TOWNSの登場」に「TOWNSの累計約50万台のうち、3割に当たる約15万台が教育向けに販売されたもの」との記載がある。FM-77の累計出荷は日経産業新聞1988年8月18日付「世界パソコンウォーズ」に「50万台弱」とあり、実際にはFM-7の数字も含んでいると考えられる。

なおこのほかに、1991年にはセガが日本IBMと共同開発した、メガドライブの機能を一体化したパソコン「テラドライブ」(148,000円から)が発売されている。
事実上の“世界標準”となっていたIBM PC系のパソコンの日本語対応を容易にするOS、「DOS/V」をいち早く採用して【※】家庭向けパソコン市場に持ち込む狙いがあった。

※ DOS/Vを標準採用したパソコンとしては、日本IBMの「PS/55ノート」がテラドライブより少し早く発売されている。

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(画像は関連・周辺機器 | メガドライブ |セガ SEGAより)

しかし、海外のIBM PC用ゲームに注目するマニアには性能が物足りず、一方でメガドライブ用に発表されたCD-ROMドライブ「メガCD」への対応可否が不透明という問題もあった。
結局テラドライブはメガCDに対応せず、メガドライブとIBM PCを一体化したメリットを活かすソフトもほとんど発売されないまま、5万台で販売を終える【※】ことになる。

※ 日経産業新聞1995年4月7日付「新リーディング産業」より。

「ホビーパソコン」は消えたのか?

さて、1990年代末には販売店で売られるパソコンがWindowsとMacのふたつの勢力にほぼまとまり、どの機種でも「ホビーから実用まで」のひととおりがこなせるようになった。
企業向けや特殊な用途向けのパソコンはもちろんあるにしても、“一般消費者向けのパソコン”は、ビジネス向けも家庭向けも同じベースの上のバリエーションにすぎなくなったわけだ。

こうして「ホビーパソコン」という分野の製品は、過去の機種を残して消滅したと言える。
昨今では、過去のホビーパソコンを何らかの形で復刻した製品や、「Raspberry Pi」などのごく低価格なシングルボードコンピューターが登場するといった状況の変化もある。
とはいえ、かつて「ホビーパソコン」の指す範囲がかなり広い場合もあった以上、それらの限られた製品だけをいまのホビーパソコンだとするのも、筆者には違和感がある。

そもそも一部の例外を除けば、ものを個人所有する最大のメリットは、個人の都合がいい時に、好きな目的で使えることだ。
とりわけ筆記用具やハサミは仕事にも使えるし、趣味に使うこともできる。
そして仕事に使うものに遊び心を込めることもあるし、プロ向けのものを趣味に使う人もいるだろう。
パソコンも、そんな“ありふれた道具”に向かって進歩してきた以上、本当のところはホビーと完全に切り離すことは不可能だったのだ。
したがって、いまのホビーパソコンは、ゲームコントローラーと一体だとか、カラフルに光るといった見た目では決まらないし、価格で決まるわけでもない。ただどう使ったかだけの話というのが筆者の解釈だ。

「パソコン」という略称が広まるよりもずっと前から、ユーザーの自由で貪欲な発想はホビーを含むパソコンの可能性を広げてきた。
それが続く限り、これからもパソコンの中にある“ホビーパソコンの因子”が消えることはないはずだ。


 

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ライター
コンピューター文化史研究家。2013年より約2年間、ブログにて 「やる夫と学ぶホビーパソコンの歴史」を連載。その際、1999年末まで約20年分の日経産業新聞縮刷版にヘトヘトになりながら目を通した。
Twitter:@Kenzoo6601

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