100年続くディズニー・スタジオの歴史の中で、最も悲しい歴史を持つと言っていいキャラクター、それが、 “しあわせウサギのオズワルド” です。
そのハッピーな名前と、可愛らしい見た目からは想像もできないほどの悲しい過去を持つオズワルド。彼をひと言で表すならば、“権利問題に踊らされたキャラクター” 。
熱心なディズニーファンの間ではその存在を知られていたオズワルドですが、およそ80年もの間、ディズニーは彼の権利を所有しておらず、その姿を公で見る機会はほぼありませんでした。
そんな幻のディズニーキャラクター、しあわせウサギのオズワルドにスポットライトを当てたゲームが、2024年9月24日にリマスター版が発売されたばかりの『ディズニー エピックミッキー:Rebrushed』(以下、『 エピックミッキー』)です。
本作は、ゲームに登場していること自体が奇跡と言っても過言ではない、しあわせウサギのオズワルドを、これでもかというほど取り上げたゲーム。
流石に主人公の座こそミッキーマウスであるものの、オズワルドの立ち位置は準主役級。ひと昔前では想像すらできなかったこの光景に、発売がアナウンスされた時、ひとりのディズニー短編アニメファンとして、ひとりのしあわせウサギのオズワルドファンとして、胸の高鳴りが抑えきれなかったことを今でもハッキリと覚えています。
そして、そんな『エピックミッキー』最大の特徴は、おどろおどろしさも感じるほどの陰鬱な世界観が作り上げられているということ。
比較的ファミリー向け、子供向けな作りになることが多いディズニーゲームにおいて、こういったデザインの作品は珍しいのですが、これは、オズワルドの悲劇的かつ激動の歴史をゲームに大いに取り入れた結果なのでしょう。
今回は、しあわせウサギのオズワルドの歴史とともに、『エピックミッキー』の唯一無二の世界観とその魅力についてお話していきたいと思います。
しあわせウサギのオズワルドとは
それでは、『エピックミッキー』の話……に入るその前に、まずは本作でフィーチャーされている、しあわせウサギのオズワルドというキャラクターについて簡単にお話させていただきたいと思います。
遠回りにはなってしまいますが、『エピックミッキー』は、彼の歴史を知っているか知らないかでその見え方が大きく変わる作品。しばしディズニーアニメ談義にお付き合いください。
時は遡り1927年。この年、実写とアニメを融合させた短編映画シリーズ『アリス・コメディー』の終了を決定したウォルト・ディズニー・スタジオの創業者、ウォルト・ディズニーの脳内にあったのは、スタジオ初のオリジナルキャラクターを主人公とする短編アニメシリーズ『しあわせウサギのオズワルド』の構想でした。
当時のスタジオは、まだまだ駆け出し。ウォルトは『アリス・コメディー』シリーズから引き続く形で、ユニバーサル・ピクチャーズの仲介役だったチャールズ・ミンツと1年間の契約を結び、『しあわせウサギのオズワルド』の制作と公開を進めていくことになりました。
当初は「太ったオジサンのようだ」と非難され、キャラクターデザインや作品の方向性において改良が重ねられたオズワルドでしたが、短編『トロリー・トラブルズ』で晴れてスクリーンデビューを飾ります。
スクリーンデビュー作が公開されるやいなや、瞬く間に高評価を集めたオズワルドの特徴は、何と言っても非現実的な挙動。手を取り外して背中を掻いたり耳を取り外してハサミにしたりといった彼のこれぞアニメーションという動きが、観客を魅了したのです。
こうしてアニメの評判と共に大人気になったオズワルド。彼はウォルト・ディズニー・スタジオで初めてグッズ展開されたキャラクターでもあり、キャンディー・バー、バッジ、ステンシルセットなどが売り出された他、マシュマロ入りのチョコレートの包み紙にも使用されています。
この人気を足がかりに一気にスターの座へと駆け上がっていくオズワルドの役者人生は順風満帆!……のはずでした【※】。
※『ディズニーアニメーション大全集 新装改訂版』(127ページ)、『ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯』(106~108ページ)より
人気絶頂のオズワルドに大きな悲劇が訪れたのは、彼のデビューからおよそ1年が経った頃。ディズニーとミンツの間で交わされた契約更新の場でのこと。
実際にこの場で何が起きていたのかについては、書籍によって記述に差があるため、詳細な経緯は省かせていただきますが、結論から言うと、この時には既にオズワルドの権利が全てミンツの手の中にあったのです。
オズワルドの権利が自身の手の中にないことにウォルトが一切気が付いていなかった理由は単純明快で、その内容をよく確認せずに契約書にサインをしていたから。この部分については、どの書籍を見てもほぼほぼ共通しています。
さらにウォルトにとって悲劇的だったのは、オズワルドの人気に目を付けたミンツが自身のスタジオでオズワルドシリーズを作ることを画策していたこと。なんと彼は、秘密裏にウォルト・ディズニー・スタジオからスタッフたちを引き抜いていました。
「オズワルドの全権をミンツが有する」という旨の記述と自身のサインがしっかりと書かれた契約書を前に、泣く泣くオズワルドを手放したウォルト。愛するキャラクターだけでなくスタッフも同時に失い、窮地に立たされた彼が出した解決策は、オズワルドに代わる新たなスターを生み出し、彼を主人公とするアニメシリーズを作ることでした【※】。
※『ミッキーマウスクロニクル90年史』(9ページ)、『ディズニーアニメーション大全集 新装改訂版』(127ページ)、『ディズニーアニメコミック エピックミッキー:ミッキーマウスと魔法の筆』(69~70ページ)、『ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯』(109~111ページ)、『ディズニー伝説 天才と賢兄の企業創造物語』(81~84ページ)より
こうして誕生したキャラクターこそが、かの有名なミッキーマウス。『プレーン・クレイジー』『ギャロッピン・ガウチョ』といった作品を経て、晴れて『蒸気船ウィリー』でスクリーンデビューを果たした彼の活躍について、多くを語る必要はないでしょう【※】。
※『ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯』(112~119ページ)、 『ディズニー伝説 天才と賢兄の企業創造物語』(83~89ページ)より
オズワルドを失った直後に彼の魂を継ぐキャラクターとしてデビューしたミッキーマウス。彼らのデザインがよく似ていることからもその片鱗が見えますが、オズワルドはミッキーの前身、もしくはカケラと形容すべき存在であると言えます。
また、オズワルドの歴史と短編映画の詳細をまとめた書籍のイントロダクションには、次のようにも書かれています。
Oswald the Lucky Rabbit was the “missing link” in animation history.
『Oswald the Lucky Rabbit: The Search for the Lost Disney Cartoons』(12ページ)より
一部のファンからは「ミッキーの精神的兄弟」とも呼ばれ、アニメ史における “ミッシング・リンク”だったオズワルドは、ディズニーの歴史だけでなく、アニメ史を語る上でも絶対に忘れてはならないキャラクターなのです。
ちなみに、かなーり細かい話になりますが、『エピックミッキー』に登場するミッキーのデザインは、いくつかあるミッキーのデザインの中でとくにオズワルドに似ているものが使われています。
現在、東京ディズニーランドや『キングダムーハーツ』シリーズなどで見られるミッキーの姿は、1939年の『ミッキーの猟は楽し』で初披露となったデザインで、『エピックミッキー』のデザインはそれ以前のもの【※】。要するに、『エピックミッキー』のミッキーはレトロなデザインというわけで、これはオズワルドのレトロ感に合わせようとした結果なのではないかと思います。
※『ミッキーマウスクロニクル90年史』(10ページ)、DVD『ミッキーマウス / カラーエピソード Vol.2』付属冊子より
さて、話を戻します。『蒸気船ウィリー』でミッキーが華々しいスクリーンデビューを飾り、大きな人気を獲得した一方で、オズワルドシリーズは人気が低迷。
どうにか人気を獲得すべく何度もテコ入れが行われるようになり、最終的にはオズワルド本人にも “大幅なキャラデザ変更” という魔の手が忍び寄ります。
その結果、黒色のウサギだったはずの彼は、茶色になったり白色になったりと、もはや別キャラとしか思えない変貌を遂げることとなりました。
その後、シリーズタイトルも『しあわせウサギのオズワルド(Oswald the Lucky Rabbit)』から『ウサギのオズワルド(Oswald Rabbit)』へと変わり、いつの間にかしあわせを失ってしまっていたオズワルドは、ヒッソリと表舞台から姿を消します。こうして、彼は “忘れられたキャラクター” となったのです【※】。
※『ディズニーアニメコミック エピックミッキー:ミッキーマウスと魔法の筆』(70ページ)より
その後、オズワルドに動きがあったのは、彼が表舞台から姿を消してからかなりの時が流れた2006年。なんと、彼の権利がディズニースタジオに戻ってきたのです!
この詳細を分かりやすく解説した書籍もありますので、その記述をちょっと覗いてみましょう。
In the end, Igar and EPSN were able to strike a deal with NBC/Universal that released Michaels from his contract and repatriated the original twenty-six Walt Disney directed Oswald the Lucky Rabbit shorts back to The Walt Disney Company.
『Oswald the Lucky Rabbit: The Search for the Lost Disney Cartoons』(27ページ)
……まぁ、パッと見では分かりにくいですが、要するに、オズワルドの権利を持つユニバーサルとのトレードによって、オズワルドと彼のアニメーションの権利がディズニースタジオに帰ってきたというわけです。
ちなみに、この時にオズワルドとトレードされたのが、アル・マイケルズというアメフト実況で人気のアナウンサー。キャラクターとアナウンサーのトレードが実現した理由とその経緯も非常に面白いのですが、本当に長い話になってしまうので、今回は割愛します。
このオズワルドの帰還劇は、ひとりのファンとしても青天の霹靂でした。先ほどからの引用文献の豊富さからもお分かりいただけるように、オズワルドの権利関係に関する一連の流れそのものは、ウォルトの伝記やディズニー本を読んでいればほぼ必ず出てくる鉄板エピソード。
オズワルドという幻のキャラの存在を知ると同時に彼の歴史も知ったがゆえに、「もうオズワルドがディズニーに戻ってくることはないんだろうな」と、勝手に諦めていたのです。
そんな状況下で突然舞い込んだこの報せ。驚かずにはいられませんでした。
こうしてディズニーに戻ってきたオズワルドはその後、2013年の短編アニメ『ミッキーのミニー救出大作戦』や『ミッキーマウス!』シリーズなどで、カメオ出演という形でミッキーと共演を果たしています。
そして、2022年にはファン待望の新作短編アニメが発表。およそ90年ぶりとなる新作は1分程度という非常に短いものでしたが、先述したオズワルドの良さがたっぷりと詰め込まれた、とても楽しい作品になっています(Youtubeには公式から本編動画が投稿されています)。全人類見ましょう。見るのです。
さて、少々個人的な感情も入り混じりましたが、こういった歴史の中で、2010年にWiiで発売されたゲームこそが、今回ご紹介する『エピックミッキー:Rebrushed』のオリジナル版、『エピックミッキー 〜ミッキーマウスと魔法の筆〜』。
このゲームでオズワルドの存在を初めて知ったという方も多いのではないでしょうか。私自身、しっかりと動くオズワルドを見たのはこのゲームが初でした。
そのかわいい動きとやさぐれ感もあるぶっきらぼうな性格は、私にとってドストライク。一気に彼の虜となり、気が付けば、オズワルドが背中に大きくあしらわれたレディースのデニムジャケットを、メンズであるにも関わらず一か八かの賭けで買うまでになっていました。
結局、そのレディースのデニムジャケットの袖には妹が腕を通すことになりましたが、無謀なチャレンジを厭わないファンに成長させてくれたキッカケは、間違いなく『エピックミッキー』。本作は、オズワルドの魅力にこれでもかと言うほど迫った名作なのです。
オズワルドとミッキーの対比が際立つストーリー
前置きが長くなりましたが、ここからがようやく本題です。悲劇のキャラクターオズワルドをフィーチャーした『エピックミッキー』の大きな特徴のひとつは、彼の歴史や存在自体が、ゲーム全体の世界観のベースとなっていること。
その一例として挙げられるのが、デビュー以来スター街道を走り続けてきたみんなの人気者ミッキーマウスと、誰にも知られることなくヒッソリと生きてきたオズワルドの対比が強く描かれたストーリー。
本作の冒険の舞台となる “ウェイスト・ランド” は、映画の脇役や忘れ去られてしまったキャラクターたちが住む世界であり、オズワルドはここのリーダー的存在として登場します。
ウェイスト・ランドの住人たちから慕われている彼ですが、自分が座っているはずだったスターの座を奪ったミッキーに対しては、複雑な思いを抱いています。
その悲しい過去からミッキーに対して心を閉ざすオズワルドですが、そこは僕らのリーダーミッキーマウス。彼の行動を見て、次第にオズワルドも心を開いてくれたり……ミッキーの悪童っぷりに心を閉ざしたり。
『エピックミッキー』は、ディズニーの光と影を象徴する存在であり、兄弟のようなつながりもあるミッキーとオズワルドのバディもののストーリーを体感できるという意味でも、非常に魅力的なゲームなのです。
ただ、悲しいのは……何より悲しいのは、オズワルドのミッキーに対する感情は完全なる一方通行であり、ミッキーはオズワルドと会うまで彼の存在すら知らなかったということ。
オズワルドの権利が別のスタジオに移動してからミッキーが誕生した歴史を考えると、ミッキーがオズワルドのことを知らないのは当然なのですが、この扱いはあまりにもかわいそう。
こんな感じで、『エピックミッキー』で遊んでいると、ゲームの至る所でオズワルドの不遇さや悲しさが垣間見えてきます。
中でもとくにファンの心を抉ってくるのが、ウェイスト・ランドに建っているこの銅像。画面が暗くて申し訳ありませんが、ウォルト・ディズニーとオズワルドが手をつないでいる銅像です。
この銅像の元ネタは、“パートナーズ”という名で知られる、ウォルトとミッキーが手をつないでいる銅像。その姿は東京ディズニーランドでも拝むことができます。
明るい光に照らされ燦然と輝くウォルトとミッキーのパートナーズと、暗がりの町の中心にたたずむウォルトとオズワルドのパートナーズ。
「忘れ去られさえしなければ、自分がこうなっているはずだった」と訴えかけてくるかのようなこの像を見ていると、生前オズワルドのことを気にかけていたというウォルトの逸話も相まって、何とも言い難い寂寥感に襲われます。
そしてさらに切なくなるのが、このパートナーズを見た時のミッキーのリアクション。最初にウォルトの姿を認識したときのミッキーは、はち切れんばかりの笑顔だったのですが、その手が自分ではなくオズワルドにつながれていることを知ると、彼はとても悲しそうな表情を浮かべるのです。
ミッキーの気持ちも痛いほど分かるのですが、長年不遇の時代を過ごしてきたオズワルドの気持ちも死ぬほどわかる。どちらにも感情移入しているからこそ、簡単に言葉にすることのできない感情を抱いてしまうこのシーンは、『エピックミッキー』における名シーンのひとつです。
また、ウェイスト・ランドを歩いていると、パートナーズ以外にも、オズワルドのミッキーへの嫉妬と憧れが見え隠れ。中でもインパクト絶大だったのが、「ミッキーの友人のような友達が僕も欲しい」というオズワルドの思いから作られたロボット・グーフィーです。
その誕生理由からして中々のインパクトを持つ彼ですが、最初に出会った時の彼はパーツがバラバラにされて頭だけがケースの中にある状態。このとんでもない設定には、頭を殴られたかのような強い衝撃を受けました。スタッフどうかしてますって(小声)。
……ただ、このロボット・グーフィー、デザインが凄く良いんですよね。
壊れかけのオンボロという時点でかなり心をくすぐられるんですが、とくに目の光が素晴らしい。キャラクターたちのデザインがハイクオリティなのも、『エピックミッキー』の魅力のひとつです。
そして、オズワルドの友人として作られたのはグーフィーだけでなく、道中、ミッキーの悪友ドナルドダックと、その永遠のガールフレンドであるデイジーダックのロボットに会うこともできます。
友人欲しさにロボットを作ってもらう。このオズワルドの狂気的とも言える行動に、最初は「ここまでやるか……」と若干引いてしまったのですが、ロボット・グーフィーの姿を見ている内に、その思いもいつしか「ここまでしなきゃいけないほど寂しかったのか……」というオズワルドへの同情へと変わっていました。
このように、『エピックミッキー』には、思わずオズワルドの心中に思いを馳せてしまうような仕掛けが盛りだくさん。こうして、ディズニーアニメファンの心は常に揺さぶられつづけるのです。