美しさすら感じる荒廃した世界 “ウェイスト・ランド”
さて、オズワルドの歴史が色濃く反映された『エピックミッキー』では、ディズニーゲームでは珍しく、常にダークで陰鬱な雰囲気が画面を支配しているのですが、それにはステージのデザインが大きく関係しています。
本作の舞台であるウェイスト・ランドは、“イレイサーの災い” と呼ばれる大災害によって多くの場所が荒廃してしまっている状態。
元々、ウェイスト・ランドは外の世界にあるディズニーランドに似せて作られているため、「もしもディズニーランドが廃墟になったら」といった雰囲気のエリアが目立ち、異彩を放っています。
どこもかしこもインパクトの強いウェイスト・ランドですが、そんな中でもとくに異質なエリアが、ミッキージャンク・マウンテン。
なんとここは、捨てられたミッキーマウスのグッズが集められてできた、ゴミ捨て場のような山。グッズとはいえ、大量のミッキーたちが捨てられて朽ちかけている様子はかなりショッキングです。
さらに驚くべきは、捨てられたミッキーグッズたちのサイズ感。うつろな目をした巨大なミッキーたちが本物のミッキーを見下ろす姿は恐怖でしかありません。
もしもこのゲームを小学生の頃にプレイしていたとしたら、トラウマになっていたことは間違いないでしょう。
ただ、いくら朽ち果てているとは言っても、ミッキーグッズはミッキーグッズ。ファンとしては、色々なところに目を奪われてしまいます。
「あの置物、どこかで見たことがあるような気が……」「あれはもしかして、戦時中に子供用に作られたっていうガスマスクか……?」といった感じで、ミッキージャンク・マウンテンツアーを楽しんでいると、スーパーファミコンソフト『ミッキーのマジカルアドベンチャー』の姿も発見。これにはテンションが上がりました。なんとなーく知っている程度のグッズたちの中からハッキリと馴染みのあるものが出てくると一気に引き込まれてしまいますね。
ただ、どうせ捨てるなら、鬼畜難易度のスーファミゲー『ミッキーマニア』にしてくれたら嬉しかったですね。そちらが捨てられていたら、先日プレイして心を折られた私の気持ちもすみやかに晴れ渡ったに違いないのですが。
それはそれとして、暗さが際立つ『エピックミッキー』のステージたちは、ダークさの中に美しさもあるのが魅力的。
ピクサー映画『ウォーリー』の前半パートのような、廃墟や終末世界に強く惹かれるものを感じる私には、このテイストが思いっきりぶっ刺さりました。
その刺さりっぷりはすさまじく、冒険の足を止めて立ち止まり、カメラモードで周囲を眺めながらただただ写真撮影をする時間をたびたび設けてしまったほどです。
また、本作の基本アクションはミッキーの持つ魔法の筆の持つ、オブジェクトを消す“イレイサー”と、オブジェクトを描く“ペイント”の2種類の能力。
これらを使いこなして隠された通路やアイテムを発見し、冒険の旅を進めていくのですが、このシステムが面白いのは、ゲームには直接関係ないオブジェクトも描いたり消したりできること。
色鮮やかに構築された街並みと、荒れ果てた街並みは表裏一体。その二面性を楽しみつつ、ウェイスト・ランドを堪能することができるのです。
そして、本作のゲームデザインコンセプトはステージだけでなく、ボス敵からも感じることができ、ディズニーランドにあるアトラクション『イッツ・ア・スモールワールド』の時計をモチーフとしたボスも登場。
普段の優しい微笑みから不気味で不格好な笑顔にすっかり変貌を遂げてしまった彼は、機械仕掛けの巨大な拳を振り下ろしてミッキーに襲い掛かります。
ちなみに、このボスを正気に戻すか完全に破壊してしまうかは、プレイヤーの選択次第。
これもまたディズニーゲームでは珍しい要素なのですが、このボスに限らず、『エピックミッキー』では人道的行為と非人道的行為の二択を迫られる場面が多く、今となってはすっかり鳴りを潜めてしまったミッキーの悪童っぷりを思う存分発揮しながら遊べるのが面白いところ。
『エピックミッキー』のオリジナル版が発売されたころだったら、口笛を元気に吹き鳴らし悪童プレイを楽しんでいましたが、今はとてもそんなことはできません。オズワルドの悲しむようなことはしたくないですからね。今の私は常にオズワルドの味方です。
ディズニーファンがニヤリとする小ネタも満載
さて、ここまではウェイスト・ランドの素晴らしさについてお話してきましたが、『エピックミッキー』では、ウェイスト・ランドの各エリアの間を移動する際に通過することになる横スクロールステージも非常に魅力的。
これらのステージはミッキーとオズワルドの名作短編たちをモチーフにしているのですが、その再現度の高さとモチーフの取り入れ方の巧さには脱帽するしかありません。
そのステージ作りのセンスは、ゲーム開始直後にミッキーが訪れる『ミッキーと豆の木』ステージからフルスロットル。
このステージでは、原作のアニメ『ミッキーと豆の木』で描かれた、ミッキーたちの家が不思議な豆の木によって一晩で空高く持ち上げられていく様子と、豆の木上から遠くに巨大なお城が見えるというシチュエーションがそのまま再現されています。
中でも個人的に感動したのが、ミッキーの家の崩れ方。豆の木が家の中に入っていく感じや、豆の木によって家が壊されていく様がかなり丁寧に再現されています。
かなりの熱量で制作されていることがうかがえるこのステージですが、厳密には『ミッキーと豆の木』は、オムニバス映画『ファン・アンド・ファンシー・フリー』に収められている中編。なので、「短編モチーフのステージの一群に紛れさせてしまっていいものなのか?」という疑問は残ります。……厄介ファンの戯言です。読み流してください。
さて、もうひとつ私の心に深く突き刺さったステージが、『プルートのユートピア』。これは、先ほどの『蒸気船ウィリー』や『ミッキーと豆の木』よりもさらに知名度が低いと思われる、かなり渋い短編がモチーフのステージ。
そもそも、『ミッキーと豆の木』の時点で一般的知名度はいかがなものかという疑問もあるので、このステージの元ネタの短編を知っている方は非常に少ないのではないでしょうか。
しかし、そんなドマイナー短編であったとしても、そこから全力でステージを作り上げているのが『エピックミッキー』の面白さ。このステージでは、原作短編で描かれるミッキーの愛犬プルートの夢の中の世界がしっかりと表現されていて、そのサイケデリックな雰囲気がステージ内のギミックにも上手く活用されています。随所に古きよきアニメへの愛とリスペクトが感じられるのが素晴らしいですね。
また、『エピックミッキー』では、横スクロールステージ以外の場面にも短編アニメの小ネタが見られ、プロローグの時点で大量の小ネタが仕込まれています。
まず、プロローグ冒頭でミッキーが寝ているベッドの上に置かれている本は『鏡の国のアリス』。これは、ミッキーの代表作のひとつであり、『エピックミッキー』のステージとしても登場する短編『ミッキーの夢物語』の冒頭と全く同じ。原作再現が徹底しています。
その後、ミッキーは鏡に飛び込み鏡の中の世界へ行くのですが、これもまた『ミッキーの夢物語』と同じ展開。
そして、ミッキーが鏡の世界に入った後に広がる光景も『ミッキーの夢物語』と同じ……ではなく、こちらは長編『ファンタジア』の中のミッキー主演短編『魔法使いの弟子』が元ネタ。
その舞台である、ミッキーの師匠の魔法使いイェンシッドの家が再現されています。この画角、奥に見える階段の再現度の高さが異常です。
『エピックミッキー』は、掘れば掘るほど新たな発見のあるゲーム。恐らく、まだ気がつけていない小ネタもたくさんある気がします。
そして、ディズニーアニメの小ネタ……と言ってしまっていいのかは難しいところですが、『エピックミッキー』は、登場キャラクターもかなり渋め。
このゲーム自体が忘れられたキャラクターたちが住む世界での冒険譚なので、ある程度マイナーキャラが集まるのは当然ですが、本作ではかなりのマイナーキャラが出揃っています。
たとえば、ミッキーの友人として最初期の短編を支えてきたホーレス・ホースカラーとクララベル・カウ。彼らは、個性の爆弾であるドナルドやグーフィーがデビューし、彼らがミッキーの友人としての短編映画出演が多くなっていく中で、次第に出演機会を失っていったキャラクター【※】。
※『ミッキーマウスクロニクル90年史』(18ページ)より
そんな彼らに輪をかけてマイナーなのが、このマッド・ドクター。 “怖すぎるミッキーアニメ” としてもファンの間で知られるトラウマ短編『ミッキーのお化け屋敷』にのみ登場する敵キャラクターです。いかにも悪役といった感じの面構えですが、ディズニー作品への登場回数は非常に少ないんですよね。
そんなマッド・ドクターの数少ない出演機会のひとつが、“難しすぎるディズニーゲーム” として好事家に愛されているトラウマゲーム『ミッキーマニア』のパッケージ。
この『エピックミッキー』自体が作品の雰囲気からトラウマ作品のひとつとして数えられることがあることを考えると、彼は本作でもトラウマ製造機としての役目を遺憾なく発揮していると言っていいでしょう。彼は常にディズニーファンのトラウマのそばにいるのです。
そして、マイナーなマッド・ドクターよりも更に更にマイナーなキャラクターが、グレムリン・ガス。正直なところ、私自身、彼の姿を最初に見た時には「お、ここでオリキャラの登場ね」と思っていたんですが、彼の出身は、なんとお蔵入りになった短編アニメプロジェクト。
プロジェクトがお蔵入りした後、グレムリン・ガスはコミックシリーズで活躍したとのことですが、ミッキーのコミックスですらほぼ発売されていない日本では、その存在を知る人は限りなく少ないと言っていいでしょう【※】。
ディズニーアニメやキャラクターのことをある程度知った気になっていましたが、深淵はまだまだ深く深く続いていました。更にディズニー道を深めて精進し、知識を増やしていかねばなりません。
閑話休題。一般的に彼のようなマイナーキャラクターがゲームに登場する場合、モブキャラとして町の中にいたり、ステージの見つけにくいところにヒッソリとたたずんでいたりするもの。しかし、『エピックミッキー』では、ガスがメインキャラクターのひとりとしてミッキーとオズワルドと行動を共にするので驚きます。オズワルドを含めたレアキャラたちの活躍を見られると言う意味でも、『エピックミッキー』は非常に楽しいゲームであると言えます。
※『ディズニーアニメコミック エピックミッキー:ミッキーマウスと魔法の筆』(72~74ページ)より
さて、マイナーキャラの話ばかりしていてもなんですから、最後にメジャーキャラクターの話もしておきましょう。ミッキーの宿敵、ドナルドの宿敵、グーフィーの友人である我らがピートです。
……ピートも一般的にはマイナーな部類かもしれません。しかし、ピートはアニメだけでなくゲームでもミッキーの敵として頻繁に登場するので、ディズニーキャラをそこまで知らない方でも彼の存在は知っているという方も多いのではないでしょうか。
実は彼、ミッキーよりもオズワルドよりも前に『アリス・コメディー』で1925年にデビューしているディズニーキャラクター最古参。『しあわせウサギのオズワルド』シリーズでオズワルドと共演している数少ないうちのひとりです【※】。
※『ミッキーマウスクロニクル90年史』(19ページ)より
そして『エピックミッキー』でのピートは、ビッグバッドピート、スモールピート、ピートトロニックなど姿と名前を変えながら何度もミッキーの前に登場。格好よかったり可愛かったり、どのピートも最高です。あのキャラの風貌で颯爽とミッキーの前に姿を現したのには、本当に驚きましたね。
このピートたちに関して興味深いのは、彼らが全員別個体だということ。つまり、ひとりのピートがコスプレをしているのではなく、全員が別のキャラクター。パラレルワールド、マルチバース、違う世界線のピートたちというわけなのです。
「そんな無茶な」と思われるかもしれませんが、出演している映画が違うと別固体として扱われるのがウェイスト・ランドの公式設定。繰り返しになりますが、こういった細かい設定がしっかりしているのが、『エピックミッキー』の素晴らしいところ。Applause!
さて、ここまで『エピックミッキー』とオズワルドの魅力についてお話しさせていただきました。色々なことを言ってきましたが、本作の要になっているのは、しあわせウサギのオズワルドの描写とウェイスト・ランドのデザイン。
“きっとラッキー、ずっとハッピー” なオズワルドとミッキーの冒険、ぜひ遊んでみてはいかがでしょうか。
『ディズニー エピックミッキー:Rebrushed』は9月24日より、Nintendo SwitchのほかPS5/PS4、Xbox Series X|S/Xbox One、PC(Steam)向けに発売中。価格は6578円となっています。