MANGA 議連(マンガ・アニメ・ゲームに関する議員連盟)は1月30日、衆議院第1議員会館にて総会を開催した。このMANGA 議連は、2014年に発足し、前回の選挙前の時点では50人ほどが参加していた。しかし新たに当選した議員を含めて、現在は110人へと人数が倍増している。
今回の総会では、特別ゲストとして漫画家のちばてつや氏とアニメ監督の庵野秀明氏というふたりのレジェンドが参加しているということもあり、会場内には多くの人が集まっていた。
本会場内には、森川ジョージ氏と赤松健氏の生原画が展示されていたほか、目の前に映っている画面を見ながらVTuberになりきることができる体験コーナーなども用意された。
総会のなかでは、海外で拡大する海賊版マンガとその対策に関する報告や、少年誌における表現規制などが話し合われた。また、ちば氏と庵野氏がともに一刻も早い資料保全の重要性を説くなど、昨今のマンガやアニメを取り巻く諸問題について様々な言及がおこなわれた。
ベトナムを中心とした、海賊版マンガの再拡大。アクセス数は「少なくとも月間15億以上」、被害額はふたたび「一兆円」に?
総会では、一般社団法人ABJ代表理事の森田浩章氏(講談社)と広報部会長の伊藤敦氏(集英社)より、「MANGA世界進出の最大の障壁 海賊サイトの最新状況と対策」というテーマで、発表が行われた。ABJは2020年4月に創設され、民間で海賊版対策を行っている団体だ。
同団体ではさまざまな海賊版対策を行っているが、それでも国内外で増加の一途にあると森田氏はいう。こうした状況を放置すると、漫画家を始めとするさまざまなクリエイターたちに収益が入ってこないという状況になってしまう。これは日本のコンテンツ産業の先細りにも繋がり、憂慮する状況だ。
海賊版の巨大サイトが大暴れしていた2021年は、マンガがタダ読みされた金額が1兆円にもなっていた。しかしMANGA議連などの協力もあり、2023年は約3818億円まで押さえ込むことができた。
だが2024年はそこから反転し、ふたたび1兆円に近づくのではないかと言われている。
海外では勝手に英訳した作品を公開して、アダルトゲームへ誘導するような広告を貼ったサイトが登場している。また、オンラインカジノなど非合法に近い広告を載せて、収益化をおこなっている例もある。
こうした事例は他にもあり、勝手にスペイン語に訳したものがサイトで公開されていたり、ベトナム語に翻訳されたサイトなども登場してきたりしている。
英語やスペイン語といったワールドワイドな言語だけではなく、インドネシアやロシア、フランス、イタリアなど、各国語にマンガが勝手に翻訳されてネット上で閲覧されているのである。これにより、少なくとも月間15億以上のアクセスを集めているというのが現状だ。
それでは、こうした海賊版サイトにはどんな対策ができるのだろうか? ABJや出版社などが連動してさまざまな対策を打っているが、サイト運営者のほとんどが海外にいるため、海外で戦うしかない。
以前「漫画村」という海賊版サイトがあったが、そちらは刑事で摘発されて、先日民事訴訟で17億円という多額の損害賠償が命じられた。
この例では運営者が日本国内にいたため、逮捕して日本の裁判所が判決を出すことができた。だが、海外では現地の警察を頼るしかない。現在、海外の海賊版の中心になっているのがベトナムだ。
ベトナムからは、数多くの実習生が日本に訪れているため、「こうした人たちが日本のマンガやアニメの魅力に気づき、本国に戻ってから海賊版サイトを運営しているのでは」という推測がなされている。
だが、ABJでも手をこまねいているわけではなく、海賊版サイトの運営者を突き止めた事例もある。その情報を現地の捜査機関に提供したところ、現地の捜査機関が運営者本人のところまで行き「お前やめとけよ!」と伝えたとのことで、サイト自体は閉鎖になった。しかし、情報提供から3年が経過しても運営者の逮捕には至っていない。
「漫画村」の運営者が逮捕されたことが一大ニュースとなったように、刑事摘発は最大の抑止効果となる。ベトナムでの事例が刑事告発されるように、各所に協力してもらっているものの、いかんせんベトナム自体が動かないのが現状だ。それをMANGA議連でなんとかしてほしいと、伊藤氏は訴えた。
ちなみに、このベトナムが解決できたとしても、次はインドネシアやインドが海賊版の発信源になりそうな状況だという。先日ABJの役員がインドに訪れたときも、駅の大きなキオスクで海賊版のジャンプが売られていたということがあった。このように、紙の海賊版がまだ売られている国も存在する。
海外では、海賊版を読むことが当たり前の状況だと思っている人も少なくない。そのため、単年度ではなく5年、10年といった長期的な啓発活動が重要だ。
昔のマンガが劣化し始めているのを守ってほしい! 失われつつある原稿の保存をちばてつや氏がアピール
今回特別ゲストとして参加した、公益社団法人 日本漫画家協会 会長を務める漫画家のちばてつや氏は、「多くの議員がアニメやゲームのことをすごく大事にしてくれていることを知って、ちょっとびっくりしています」と挨拶。それもそのはず、ちば氏が子どもの頃は「マンガなんか読んじゃダメ」と言われて育っていたため、自宅に一冊もマンガの本がない状態で育ってきたのだ。
ちば氏は小さい頃中国に住んでいたのだが、その後日本に帰ってきたときにさまざまなマンガがあることを知りカルチャーショックを受けた。元々絵を描くことも好きだったため、それがきっかけでマンガを描くことになったとのこと。だが、最初の頃は母親に怒られていたため、押し入れの中に隠れてマンガを描いていたというエピソードを披露した。
マンガの神様ともいわれる手塚治虫の素晴らしい作品でも、大阪の小学校でさまざまな本と一緒に積み上げられて焚書をされたことがある。ちば氏はそういう時代も経験してきた世代だ。
だが、『鳥獣人物戯画』の鳥羽僧正や葛飾北斎といった先輩達が繋げてきた先に今のマンガやアニメがあるため、大事にしなければならないと語っていた。
ちなみに、鳥羽僧正や葛飾北斎といった時代の人たちの作品は、和紙に描かれていたため現代でも残っている。だが、ちば氏をはじめとする漫画家たちが描いてきた原稿用紙はケント紙や画用紙であり、これらはどうしても劣化してしまう。
そうした状況について、ちば氏もハラハラしていたのだが、ちば氏の元に文化庁から役人が訪れ、これまで描きためてきた原稿のチェックが行われることになった。そこで、原稿は何年持つのか? どうすれば保護できるのか? といったことが研究されるようになったのだ。
ちば氏は、そうした自身のことについては嬉しいものの、自分よりも先輩達の素晴らしい作品たちが劣化し始めているので、そちらも守っていただきたいとアツい思いを語っていた。
アニメ業界の現場は、本当に人が足りない。庵野氏「アニメ業界って結構いいね、という雰囲気を世間に出してほしい」
会場内に、最新作『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』の予告編映像が流された後、認定特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構 代表理事でもある庵野秀明氏へのヒアリングが行われた。
庵野氏からの要望は、ちば氏からもあったようにアーカイブの早期実現だ。これは時間との戦いでもあり、日々貴重な資料が着実に失われている。
昔の原稿は文字の部分に写植が貼ってあるのだが、それがバラバラになってしまい、それを元に戻す技術も失われつつある。昔の編集者は写植を綺麗に貼るという技術を持っていたが、今はデジタル化されているため、それができる人も居なくなってきているのだ。
庵野氏は、2024年で50周年を迎えるということで自身がお祭り的に関わっている『宇宙戦艦ヤマト』について、そちらの資料は制作会社が残してはいるものの、その会社がどうかなってしまった場合、そのまま散逸してしまう危険性を孕んでいると警鐘を鳴らした。
また、昔のアニメーションの資料は個人がもらったり引き取ったりして大切に保管されていたとしても、その人に何かあったときは家族に処分されてしまう可能性もある。
そうしたことが日々起きており、ここ数年激しくなってきたと庵野氏はいう。そのため、年単位ではなくできれば月単位でアーカイブを進めるとともに、現在そうした活動を行っている組織に対しても、経済的や法的な援助もしてほしいと語った。
このように貴重な資料が失われていくだけではなく、アニメ業界にとっては人材育成も喫緊の課題だ。「現場にいると、本当に人が足りません」と嘆く庵野氏。人が足りないと、制作がどんどん遅延していく。現在さまざまなアニメが延期になっているが、そちらの主な原因になっているのが人材不足だ。
アニメ業界は、昔はたしかにブラックなイメージもあった。しかし、今はかなり改善されてきている。どうしても悪い面ばかり取り上げられてしまいがちだが、アニメ業界の経済的にいいところもメディアに取り上げてもらい「アニメ業界って結構いいね」という雰囲気を世間に出してほしいとアピールしていた。
また、庵野氏はタックスクレジット(直接的な税額控除)の実現についても言及。コンテンツを制作するときに補助金がもらえるのもありがたいことだが、作った後に各スタジオに体力を持たせるためにタックスクレジットは必要になると語った。
庵野氏によると、こうしたことはすでに他の国では実現しており、日本でもタックスクレジットを導入して、制作会社の体力を維持できるようにしてほしいと要望を語った。
少年誌では、時に“血”を描くことすらできなくなる。森川ジョージ氏が直面した、表現規制の難しさ
近年、AI技術の目覚ましい発展によって、声優の声をそのまま真似たような声を生成することすら出来る時代になった。それに対して公益社団法人 日本漫画家協会の理事長を務める漫画家の里中満智子氏は、声についても肖像権のようなものを用意できないかと提案した。
また、里中氏は表現の自由についても触れ、自由に発想があってこそ新しい世界が開けるものではあるが、表現の自由の名を借りて非常識なものまでいくのは問題だといい、これまでもそうであったように良識で判断していくものだと言及した。
また、この表現の自由で悲しかった出来事が、一定以上肌が見えるとすぐ「エロだ」と言われることだと里中氏はいう。その理屈でいうと、ちば氏の描いた『のたり松太郎』は相撲のマンガなので「かなり肌が出てしまう」と例をあげ、会場内からは大きな笑いが沸き起こっていた。
また、隣にいた漫画家の森川ジョージ氏は、マンガにおける表現方法の制限について自身の体験を披露していた。森川氏は少年マガジンでちば氏の後輩になり、『あしたのジョー』と『はじめの一歩』という同じボクシング漫画を描いてきたという共通点もある。
そのため、自分が描きづらいときでも、『あしたのジョー』のほうが強く殴っていると言えば通るので良かったと語っていた。
だが、それでもすごく気になったのはエロシーンよりも「血」だと森川氏はいう。たとえば医者漫画の手術シーンになると、少年誌では血が描けない。本当の患者がいるため、その人達に配慮しなければならないのだ。そのため、本当の痛みが伝わらないとかこういう病気だということがわからない形で表現しなければならないのである。
これは30年以上前からずっと言われていることで、青年誌では描けるものの少年誌ではなかなかそれができないと、表現に関する難しさをアピールしていた。
総会はわずか1時間ではあったが、特別ゲストや議員からさまざまな意見が飛び交う、熱気にあふれた会合となった。最後に会長を務める衆議院議員の古屋啓司氏は「里中氏の意見など法律改正が必要になりそうなものも含まれているものの、議連の中で揉んでみる」と語り、今回の総会を締めくくった。