この……バカ馬がぁっ!
……といった難しいことを考えさせながらも、「強大な相手を倒す」ことへの純粋な快楽からは逃れられない!
私、このゲームの「音楽」が大好きなんです。
巨像に飛び乗って、弱点を目前にして、あとは突き刺すだけ! そんな、いかにも「勝ち確!!」という場面になると、ワンダの勝利を後押しするかのような音楽が流れ始める!
この「勝ち確」感、めちゃくちゃ気持ちいい。
苦戦した巨像であればあるほど、あの勝ち確BGMが流れると、「ヨッシャ来たァ!!」と勝利を確信できる。ここも「蓄積したストレスからの解放」の一部というか……バトル開始時は巨像の強大さを物語っているような重厚な曲が流れているから、逆転を告げる音楽が流れ始めた時の解放感が気持ちいい。
特に、亀のような9体目の巨像の背中を登っている時に、この勝ち確BGMが流れ始めたのは激アツだった。ワンダの勝利を讃えるかのような勇猛な音楽とともに、デカすぎる亀みたいなヤツの甲羅をどんどん歩いていく。あの瞬間の脳汁と来たら、尋常ではなかった!
ちなみに、あとから『ワンダと巨像』の作曲者が、平成ガメラシリーズに参加している大谷幸だと知った時の納得感がすごかった。このゲームの音楽、だいぶ怪獣映画のテンションですよね。
そんな「音楽の力」で、こちらが追い詰められていったボスもいる。
それが、10番目の巨像。
蛇のような見た目をしており、砂を泳ぎながらこちらに向かって突進してくる。このボス、『ワンダと巨像』で一番苦戦しました。正直ラスボスよりコイツの方が強かった。3体目の巨像以上の大苦戦を強いられ、本当にコイツのせいでクリアできずに終わるんじゃないかと思ったくらいだった。
とにかく、弱点に辿り着くまでの「目を弓で攻撃する」というアクションが難しい。最高速を出したアグロで逃げながら、チラッとしか見えない巨像の目を射貫く。アグロのスピードが落ちても、方向を間違えても、エイムに失敗しても、そのまま巨像に轢かれてゲームオーバーになる。
実のところ、これまで『ワンダと巨像』で、「ゲームオーバー」というものを味わったことがなかった。そもそもワンダのHPが多いから、あまり死ぬことがない。でも10体目の巨像では何度も死んだ。コイツ、とにかく轢かれた時のダメージが大きすぎる。
「目を射貫くことに失敗=ほぼ死」みたいなテンションで突っ込んでくる。
というか、射貫けても勢いあまって轢かれたりする。
もう、このゲームオーバー画面を何度も何度も見せられた。
巨像の目がこちらを煽っているようにも見えてくる。
こっち見んな!!
で、この巨像が砂を泳ぎながら接近してくる時の音楽が……妙に焦りと緊張を煽るようなトーンなんです。海中でサメに追い回されているような音楽が流れ続けるから、なんかこっちのテンションがかき乱される。絶対、音楽のせいでちょっと精神的ダメージが入ってると思う。
しかも、アグロの操作もなんか上手くいかない。
私のアクションゲーム苦手っぷりが、ここで露呈してしまったというか……「巨像から逃げる+アグロの最高速度を維持し続ける+振り向いて目を狙う」のトリプルタスクが重なったせいで、もう全ッ然上手くいかない! 必ずどこかでミスってアグロと一緒に大クラッシュ!!

あまりにも死にすぎて、段々アグロにも腹が立ってきた。
なあ、言うこと聞いてくれよ? そもそもオマエが最高速度をずっと維持し続けてくれればこんなに苦戦しないんじゃないのか? もっと小回りよく動いてくれたらこんなに死なないんじゃないのか? 全部オレの操作が悪いのか?
何度も脳裏をよぎる、「アグロが馬じゃなくて原付だったら余裕なのに」という、ないものねだりの思考。でも、アグロは何度やっても馬なのだ。脚がタイヤになるはずがない。ずっと馬を操作して、死に続ける。このっ……バカ馬がぁ! 貴様さえしっかりしていればなぁ! ワシは……ワシは……!!
……と、アグロへの怨嗟を募らせながら戦っていたのだけど、段々アグロとも息が合ってくる。
不思議なものだ。あんなに一緒に死んだからか、リアルに「人馬一体」とでも言えるような機動を描くようになった。下手すぎて全然エイムが定まらないことを除けば、私とアグロは最強のコンビになっていた。武豊とスーパークリークのようなコンビネーションで、10体目の巨像をなんとか撃破できた。
アグロ、結婚しないか?
13体目の巨像でも、アグロと共闘することになる。
空中を飛び回る巨大な……これはなんなんだ? とにかく、魚みたいな巨像が、空を飛んでいる。大きすぎて、普通に戦っても攻撃が届かない。そこでアグロに乗り、巨像の袋を射貫き、降りてきたヒレに飛び乗る。
もう、完璧なコンビネーションだと思う。
あの激闘を終えて、私とアグロは戦友になっていたのだ。
私の操作に、アグロが完璧に応えてくれる。
アグロ……この戦いが終わったら結婚しないか?
え? これって女の子を救うゲームなんじゃないのかって? 知ったことか! 私にとってのメインヒロインはアグロだ! ずっと寝てる女の子より、ずっと助けてくれた愛馬だろう!!
オレ、この戦いが終わったらアグロと厩舎で暮らすんだ───。
最終決戦の直前、アグロは橋から落下して───死んだ。
アグロ────!!!!!!
「お前どんだけアグロ好きやねん」と思われているかもしれませんが、要するにこれも「プレイヤーとワンダの一体化」だと思うんです。巨像との戦いを通して、どんどんアグロと息があってくる。アグロのことが頼れる仲間に見えてくる。アグロが落ちた時、私もワンダも「アグロー!!」と叫んでいた。
これが「没入」でなくて、なんと言うのですか?
Rボタンで掴まり続けることも、巨像を倒した瞬間に切ない気持ちになるのも、アグロに感情移入するのも、すべて「プレイヤーとワンダが溶け合う」ことに作用している。私はそう思えて仕方がない。きっと、ワンダもアグロと結婚したいと思っていたんじゃないか。それは過言じゃないか。
ワンダと、どこまでも溶け合う
16体目の巨像ばっかりは、もう「生物」を超越した存在なんじゃないのか……もうここまで来たらSASUKEと化していないだろうか……そんなことを思いはするけれど、私は笛を吹いてもアグロが駆けつけてこない寂しさに心が支配されている。アグロのいない最後の戦いが、最も悲壮感に溢れている。
『ワンダと巨像』は、「感情移入の角度」が独特だと思う。
ここまでプレイヤーが主人公と溶け合うようになっているのも面白いけど、いつも「ネガティブな時」に溶け合っている印象がある。死にたくなくて、しがみついている時。自分で倒したくせに、巨像の死に様に切なくなっている時。大切な相棒が消えて、寂しい時。
いつも、いい気持ちではない時、強烈に感情移入している。
最後の戦いだって、どこか虚しかった。こんなに巨大な相手を攻略したのに、いざ頭上に登り詰めて、突き刺したら、あっけなかった。なにも残っていなかった。私にとっては、空虚な戦いだった。
だから、やたらと印象に残っている。
そんな感情を、ずっと刺激される。
巨像を倒せば倒すほど、ワンダの姿が変わっていく。
最後には、化け物になって、人間を踏みつぶしていく。
ワンダは封印されて、少女は目を覚ます。
自分の願いを叶えるため、命を奪い続けてきた。
その見返りと、その報酬。生への罰、死への報い。
この絶妙な温度感のエンディングも、すごく好きです。
誰かのために、なにかを奪う……それは悪いことかもしれない。でも、間違っているとも思えない。自分のためにならなくても、馬鹿げていても、「誰かのためになりたい」と、そう思うのは間違っていないはずだ。やることに、きっと価値はある。
人は、必ず誰かの居場所を奪っている。息をするだけで、生きたいと思うだけで、なにかを害し続けている。傷ついて、傷つけられて、そうして世界は成り立っている。間違っているかもしれない。だけど、間違ったまま、世界は今日も回り続けている。
その果てに、いつか報われる時が来るかもしれない。
間違った明日だとしても、未来だとしても、歩いていく。
そうやって、無責任に頑張っていくしかない。
頑張ったから──アグロもシレっと生還してるし。
アグロ生きとったんかワレ!!
私にとっては、アグロが生きていたことが最大の報酬でした。
ワンダの願いも、私の願いも叶った。やっぱり、最後の最後までプレイヤーとワンダが一体化するようにできている。そうに違いない。ですよね、上田さん?
そんなこんなで、私は2日くらいで『ワンダと巨像』をクリアしてしまった。
しかも、有休を使って、「4体目から16体目の巨像」はほぼ1日で倒してしまった。それがあまりに濃密な時間だったのだ。朝起きて、日付が変わるまで、ずっと巨像と戦い続けていた。正直、疲れた。
結果、「1日で動かしていい感情の総量」をオーバーしたのか、夜寝ようとしても、まぶたの裏に巨像と戦っているシーンが浮かんできて全然眠れなくなってしまった。
しかも、クリアした当日は夢にまで出てきた。夢の中でも巨像と戦っていた。軽い恐怖を覚えました。こんなにも心を動かすゲームを遊ぶと……ここまでワンダと一体化してしまうと、現実とゲームの境目が崩壊しかけるのだと。
こんなこと、あんまり味わったことがなかった。
違う角度で感情移入したからこそ、嫌な記憶を含めて感情が動きすぎて、全く知らない未知の領域を体験しました。1日で摂っていい「切なさ」の総量を超えて、身体は眠っているのに脳が『ワンダと巨像』から逃げられなくなったのです。いまでも、たまーに……あの激闘が夢に出てきます。
あらゆる意味で、「忘れられないゲーム」になりました。
あのトンボをいまでも思い出すように、人生のどこかで……きっと『ワンダと巨像』のことを思い出すんだろうなと、そう思います。












