夏を通じて大人びていくカンナと、子供らしさを開放していくすもも。ふたりはやがて……。
そんなすももですが、先ほど紹介した出来事がきっかけとなって、作中では少しずつ大人的な女性像から、奔放な少女的性格へと変容していくことになります。この変化が本書の面白い部分のひとつであり、その変貌ぶりは読者にある種のカタルシスをさえ感じさせてくれます。
すももはやがて学校においても先生としての皮を脱ぎ捨て、口うるさい先輩教師へと盾突き、カンナのひと夏の挑戦の「協力者」になっていきます。
このすももの変化は主人公であるカンナの変化と並行して進んでいくのですが、すももの変化はカンナのそれと比べると、私には成長というよりもむしろ「退行」のように見えます。
実際、作中では話が進むにつれてカンナの方がより大人っぽい落ち着いた性格になっていくのに対し、すももの方はむしろカンナに諭されたり、男らしいカンナの前でしゅんとしたりと、少女っぽいちぐはぐな面が際立っていくように感じられました。
ひとつ付け加えておくと、私はここで「退行」という言葉を悪い意味では捉えていません。
思うに、これは作者である緒乃ワサビ氏のメッセージ—―大人と個性についての—―ではないかと思います。
作中で登場する、既にアイデンティティを獲得した大人たちは、どれも社会性を捨てた変人ばかりであり、少しも大人っぽくはありません。
修理工であり自称スクラップハンターの「梓姫」というお姉さんキャラは根無し草の流離人だし、中盤以降に登場する凄腕カメラマンの「スペンサー嵐山」なる人物も、日本語のなかに過剰なほどのカタカナ語を交えた独特の言葉を操るヤバい人です。
「おとなになるってかなしいことなの……。」というわけではないですが、それでもこの「個性を確立するには、時に大人の世界へ背を向けねばならない」という世界観は、作品全体にぼんやりと響いている気がします。
もっとも、それ自体は作品の前面に出ることなく、ただその後ろで、静かに私たちの中に語りかけてくるような優しい音色を持ったものです。
そんな心のメロディを背景に奏でつつ、アイデンティティを獲得することによって少しずつ大人になるカンナと、アイデンティティを獲得することによって少しずつ少女へと戻っていくすもも。
対照的な変化によってもたらされる精神的な接近によって、ふたりは教師と学生という関係から、次第にひとりの少年とひとりの少女になり、やがて恋仲へと発展していきます。
ここが言うなれば本作の最も特徴的な、最も爽やかな、そして最もロマンティックな部分であり、王道の成長ストーリーとは若干テイストを異にする部分です。みんな(主語デカ)が大好きな「夏の青春」を、もっとも浴びられる部分でしょう。
さて、本作の主人公であるカンナは高校生です。そして、ヒロインであるすももは教育実習中の大学生。見方によってはいわゆる「おねショタ」に分類されうる構図ですが、私から見れば、これがおねショタであるかどうかはかなり疑問の余地があります。
というのも、私にすればヒロインのすももはどう考えても「おね」ではないからです。確かに年齢的には主人公より上だし、性経験も豊富です。しかし作中の展開を見る限り、カンナとすももがこのような親密な関係になったのはもっぱらふたりの精神的な接近がきっかけであり、そしてそのきっかけは先ほども述べた通り、カンナがより青年に、すももがより少女的に変化したことの帰結なのだから、このふたりの関係はおねショタというよりはむしろ、(精神的には)青年と少女のピュアな純愛として見たいところです(早口)。
いずれにせよ、物語中盤からはこの男女の甘いラブストーリー、もといイチャイチャが随時挟まれるので、読んでいるこちらがドキドキしてきます。ライトノベルの形式で挿絵もあるので、すももの可愛さもより際立ちます。
ネタバレできないのがツラい「あの展開」について
と、ここまである程度、本書の青春やひと夏の恋愛描写について語ってきましたが、最後に本書の一番「おいしい部分」、冒頭で紹介した驚きの仕掛けについても言及しておこうと思います。
というのも。本作で描かれるカンナとすももの甘い青春話はあくまで全体の中の一編、壮大な物語の序章に過ぎないからです。私としてはむしろここからが最高に面白くなってくる部分です。
しかし、口惜しいかな、この部分を具体的に語ろうとすると、致命的なネタバラシになってしまいます。本当は今すぐ全部ベラべラ喋りたい所存なのですが、この記事は未読の読者も対象にしているので、そのすべてを明かすわけにはいきません。ツラい。
なので、興味深い部分を一部だけ取り出して紹介しましょう。それは作中、物語の幕間と称して挿入される、奇妙で短いエピソードです。
そこで描かれるのは、謎の施設で目覚めた記憶喪失の青年「海斗」と、病気がちで虚ろな目をした儚げな少女「世凪」のストーリー。記事の最後にいきなり知らないキャラの名前を出して申し訳ないですが、これもすべてはネタバレ防止のためなのです……。
このふたりのストーリーは本書で描かれるカンナとすももの世界とは全く別の時代の日本を舞台としており、本書の舞台よりもさらに先の時代、地球の地表から人間がほとんど消え去ったSF的なポストアポカリプス的世界で展開されます。
記憶の無い海斗と、海斗の記憶を取り戻すカギを握るであろう世凪。そして表情のないアンドロイドの「出雲」など、ギャップで目が飛び出そうになる程の異質なキャラクターたちが、本編のキャラクターとはこれまた異質な舞台で、少しずつ動き始めていきます。
一体なぜ、甘く爽やかな青春の物語の幕間に、このよく分からないポストアポカリプス的なSF世界観が挟まれるのか? 本作を読み始めた当初は、読者である私自身も分かりませんでした。
しかし、物語の結末で、このふたつは劇的にリンクすることになります。この展開を読んでいて、思わず背筋がぞくりとしましたほどです。「なるほど、出版社が本書のジャンルを『SFミステリー』としたのもうなずける」と得心してしまうぐらい、それはユニークなギミックでした。
その結末の正体とは……こちらも本書を読んで、確かめてみてください。
以上、小説『白昼夢の青写真』について、軽く作品の魅力部分を紹介させていただきました。いかがだったでしょうか。
大事な部分についてはなかなか言及が難しいため、読んでいてヤキモキさせてしまったかもしれませんが、それもこれも、すべては本作を読んであっと驚くという楽しみを奪わないための致し方のない措置なのです。
ぜひあなたも、この青春(SF)小説を読んで、その爽やかなラブストーリーに脳を灼かれつつ、最後にはSFミステリーで腰を抜かす、衝撃の読書体験を楽しんでみてください。
