バトルでも常勝不敗のザオちゃん
しかもザオちゃん、これで実際の性能も結構強い。
サブアタッカー的な存在でありつつ、HP回復やら攻撃バフまでかけてくれる。「最高の同僚」なんてスキル名がついてるけど、本当にどのキャラと組ませても、最高の同僚になってくれる。さらに無料配布。
えっ、いまならザオちゃんが無料で!?
こんなにかわいくて強いザオちゃんがタダに!?
これって「価値」にかけたブラックジョークなのかな?
私は、『ゼンゼロ』のバトル部分を相当ぼんやり触っている自覚があるんですが……さすがにザオちゃんと葉瞬光を組ませたときの、「雑な強さ」はよく理解しました。強い、強すぎる。ここにダイアリンを入れたら、もう無敵じゃないか。また時代が変わってるぞ!!
リリース初期から『ゼンゼロ』を遊び続けているけど、もう……私の理解が追いつかなくなってきてるんですよ。それこそ、瞬光・ザオちゃん・ダイアリンの編成を使ってるときなんか……
うおおお青溟剣青溟剣!
ザオちゃんのエーテルベール!!
ダイアリンでグーチョキパー!!!
うおおお青溟剣青溟剣青溟剣!!!!
くらいしか理解できてないんです。
私にとって、『ゼンゼロ』のバトルはこう見えてるんです。
とりあえず青溟剣を振り回してればどうにかなる。
しかしまぁ、「虚狩り」なだけあって、やっぱり瞬光が信じられない強さだとは思うんですけど……この子でデイリー周回してると、なんか心が痛くなってきます。痛くなってきません?
あんなにメインストーリーで「青溟剣には五感を失う代償がある」と聞かされたのに、デイリー周回するたびに青溟剣ブンブン振り回してるんですよ。私のせいで、瞬光は育成用アイテムを稼ぐたびに記憶を失っているんじゃないか? ただの周回で青溟剣は抜かなくてもいいんじゃないか!?
どうする?
デイリー周回をするたびに記憶を失い、毎晩瞬光が金木犀のケーキを作りにやってきたら……ホラーじゃないか?
プロキシは責任を取れるのか? 本当にこのまま「瞬光鬼つええ!このまま逆らう讃頌会全員ブッ殺していこうぜ!」と使い続けていいのだろうか? 瞬光、本当に大丈夫なのか!?
正直、葉釈淵のほうが理解できる
その意味で言うと……正直、私は葉釈淵のほうが感情移入できるんです。
代償があると知りながら、それでも青溟剣を使う? ふざけるな! そんなことより瞬光は家族なんだ! たったひとりの妹なんだ! 青溟剣なんか使わせたくないぜ!! なんて常識的なお兄ちゃんなんだ。
もちろん、瞬光の「代償があったとしても、みんなのために青溟剣を振るう」という英雄スピリッツもかっこいいとは思うんだけど……もうちょっと自分を大切にしていいと思う。あんなに「瞬光、青溟剣は抜くなよ!」と念押ししたのに、あの子すぐ「了解、トランザム!」するじゃないか。
だから、兄として「なんとしてでも妹が青溟剣を使うのを止めたい」と思っていた釈淵のほうが、気持ち的には理解できる。私は、釈淵の倫理観のほうが真っ当な気がしてならない。代償付きの武器なんて使うもんじゃないっすよ! なんでこんなモンに頼らなきゃいけないんだ!?
そのへん含めて、釈淵めちゃくちゃ好きなんですよね。
実装されてないけど。
『崩壊:スターレイル』のサンデーといい、こういう「真面目さや妹への思いが極まって、道を踏み外す」タイプのお兄ちゃんが好きというか……必死に頑張ってる兄キャラが好きというか……釈淵よくないですか? メインストーリーの活躍だけで言えば一番好きなキャラなんですけど?
でも、実装されてない。
「じゃ、じゃあサンデーよろしく次のバージョンで実装かな!?」と思っていたら、その座には妄想エンジェルの連中が居座っていた。当然、釈淵が妄想エンジェルとしてデビューするはずがない。なぜ? こんなにいい男がいるのに、なぜなんだ? まさか釈淵が妄想エンジェルの4人目としてスカウトされる展開があるとでも言うのか?
とりあえず、ここでHoYoverseにかけられるだけ圧をかけておこう。
葉釈淵、実装されないんですか?
『ゼンレスゾーンゼロ』における「喪失」
『ゼンレスゾーンゼロ』というゲームは、とにかく「喪失」的なテーマを扱い続けている作品だと思う。
そもそもの設定として、「一度災害によって滅びかけた“エリー都”が、“新エリー都”として復興した」という災害後の世界を描いていることもあり、登場人物たちも「災害などによって、なにかを失っている」というキャラクターが多い。それこそ大切な姉を失っている儀玄などが、わかりやすい例。
そして、ver2.0をスタート地点として描かれ続けてきた「衛非地区」のストーリーも、ずっとこの「なにかを失った人」というテーマが扱われているように思う。もう、ホントにずっと喪失の話をしている。
結果として、やたら「悲しい過去」が出てくる。
もう毎回と言っていいほどに、キャラクターの悲しき過去が明かされ、その人が味わった「喪失」を丹念に描いてくる。正直プレイヤーとしては「また悲しき過去来たよ!!」と思わなくもないものの、ここまで来ると「思想」を感じて、嫌いになれない。
そして、葉瞬光のお話は、特にその「喪失」が色濃く書かれている。
青溟剣を使用するたびに、代償として五感や記憶が失われていく。常に喪失と隣り合わせで、なにかを手に入れるほど、失うものも多くなっていく。要するに、瞬光のストーリーは「最初から喪失が待ち受けていると知ってても、人間は動けるのか」といった感じのお話だったと思う。
ストーリー中にちょいちょい出ていた、「奈落に向かって進んでいるとしても、歩き続けなければならないのか」というたとえ話も、その一部。で、結果として瞬光は、待ち受ける喪失に向かって、歩き出せる人間だった。
だから、「虚狩り」にもなれた。
もちろんプロキシの手助けはあったし、本人にも迷いや苦悩があったものの、瞬光は目の前の奈落に向かって突き進める。必ずなにかを失うと知っていても、戦える。いや……うん……思想が強い!!
これ、結構「葉瞬光には、あまり共感できない」という人も多いのではないだろうか? 実際、私も釈淵の気持ちのほうがよくわかるし!
でも、『ゼンゼロ』の根底にあるテーマを考えたら、葉瞬光こそが、最も大きな「喪失」を背負って戦っている。だから、この物語は、釈淵視点でもなく、ザオちゃん視点でもなく、瞬光を軸として描かれている。
ただ、そんな瞬光にも人間らしい部分がある……彼女の「裏側に隠している気持ち」として登場する、「白瞬光」でバランスを取っているのだと思います。だから、「白瞬光のほうが気持ちがわかる」という人のほうが多いのかもしれない。というか、私は白瞬光のほうが理解できる。
死にたくなんかない。
英雄になんてなりたくない。
ただ普通に、ひとりの人間として生きていたい。
そんな当たり前の願いを持った白瞬光のほうが、自分みたいな一般人からすると魅力的に見えてしまうのかもしれない。「誰かに忘れられる」なんて、そんなの耐えられない。それでも青溟剣を振るう瞬光の本心として、彼女が「忘れないでね」と念押ししてくるのが、なんだか物悲しい。
しかも、白いほうはリンへのアプローチも激しい。
これが瞬光の本心だとしたら、もう相当なんじゃないだろうか。結構本気で喰おうとしてくるじゃないか。気持ち溜めこみすぎでは?
話をまとめると、白瞬光の側面から「普通の人は、喪失に耐えられない」という人間の弱い部分を描き、表の瞬光の側面からは「喪失が待ち受けているとわかっていても、それでも人は前に進める」という人間の強い部分を描いている。
結果として、『ゼンゼロ』が描きがちな「どんな喪失があったとしても、人はそれを乗り越えていける」というテーマを、葉瞬光ひとりで体現しているのだと思います。だから、彼女は「虚狩り」にふさわしい。
「衛非地区」の話全体も、そういうテーマをもとに描かれていたとは思うんですけど……にしても『ゼンゼロ』の思想が色濃く出たストーリーだったなと思います。わかる、わかるよ。みんながうっすら思ってること、自分もわかるよ。
とはいえ、私は「思想があるものとないものを比較するなら、あるほうがいい」という謎の哲学があるので……こういう『ゼンゼロ』の思想が滲み出てる部分は、そこそこ好きです。その結果の良し悪しはともかく、思想はあったほうがいい。そのはず。
だから、今後出てくるであろうver3.0の内容も含めて、この「喪失」というテーマを積み重ねていった果てに、『ゼンゼロ』がどういう結論を出してくるのかが、ちょっと楽しみではあります。
……うん、話がカタすぎるかもしれない。
そうなんだよ、この「ゼンゼロにおける喪失」のことを書こうとすると、真面目な話にならざるを得ないんだよ。こんな暗いムードのまま記事終わらせるしかなくなるんだよ。「喪失」とか「代償」とか重すぎます、もう少し楽しい話をしませんか。
次のバージョンの妄想エンジェルも楽しみにしてはいるけど……あのビジュアルから重い話が出てきたらどうしよう。バーチャルアイドルに変身するたびに記憶を失ってたら耐えられないかもしれない。
とにかく、いろんな意味で期待しつつ、2026年の『ゼンレスゾーンゼロ』も楽しんでいこうと思います。とりあえず葉釈淵、今年中にお願いします。













