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良い記事は、非合理である──AI時代のメディアのあり方を、電ファミの10年をふり返りながら考える

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「取材」ではなく「立ち会う」──編集者としての仕事

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「ゲームの企画書」アトラス・橋野桂さん回。電ファミ編集部でも定期的に参照される。

10年の中で、自分が「このためにやってきた」と感じた瞬間があるとすれば、ある作品がどう生まれたかを当事者から直接聞き、普通なら表に出ないはずの証言が「電ファミなら話してもいい」と語られる場面だろう。

私はこれを「取材した」とは少し違う感覚で、「立ち会った」と表現している。

取材とは、すでに起きたことや存在するものを言語化するプロセスだ。
しかし「立ち会う」とは、その場に自分がいることで、何かが記録として残ることを意味する。

クリエイターが「ここなら話してもいい」と判断して初めて、その証言は世に出る。信頼の積み重ねが、歴史の記録を可能にする。

日々の単位で見たとき、ゲームメディアは情報を届けるものだ。
しかし長いスパンで俯瞰したとき、積み上がるのは文化の記録になる。10年後、20年後に誰かが「あのゲームがどう生まれたか」を知りたいと思ったとき、電ファミの記事が一次資料として残っている。そういう存在でありたいという意識が、私の中に確かにある。

ただし、記録することだけが編集者の仕事だとは思っていない。
新しいものの誕生を応援すること、現在進行形のクリエイターに光を当てること。

過去を残す役割と、現在を後押しする役割。この二つは矛盾せず、むしろ同時に担えることが、メディアという仕事の豊かさだと思っている。

コンテンツが生まれる場に「立ち会う」

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株式会社マレが運営するARGブランド「第四境界」
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株式会社マレ内製のスタジオ「Dagdoria Studio」が制作する生成AIゲーム「サーガ&シーカー」

この10年で、私自身も変わった。

電ファミの取材を通して、いろいろな人の影響を受けた結果、自分なりに新しい挑戦をし、自分なりの編集者像を追い求めるようになっていった。

その結果が、いまの第四境界などに繋がっているのは間違いない。

電ファミ(メディアそのもの、メディアのノウハウ)をテコにしながら、別の領域に挑戦する。いま私は「守っている」のではなく、違う戦場で戦っている感覚が強い。
第四境界や、生成AIゲームへの取り組み。これらは事業の多角化というより、自分にとっては編集の延長線上にあるものだ。

文脈を読み、構造を作り、体験として実装する。
外側から批評するだけでなく、当事者として引き受ける。

ただし、作る側に回った瞬間、責任は増える。
メディアは批評できる。だが当事者になった瞬間、批評は自分にも返ってくる。

「語る」ことはいくらでもできるが、「やる」ことはいつも難しいのだ。

AI時代のメディアの価値と原典責任

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Geminiの高速モードで電ファミの概要を聞いてみた結果。もちろん、私が週刊ファミ通の副編集長を務めていたという事実はないし、坂口さんと堀井さんの対談記事も存在しない。AIは容易に誤る。

いま、世界はAIの時代に入ろうとしている。

AIは言語の壁を低くする。翻訳は瞬時になり、記事は自動で要約され、日本語で書かれた内容も世界中から参照可能になるだろう。一見すると、これはメディアにとって追い風に見える。

だが私は、単純に楽観はしていない。

AIは「存在する情報」を横断・再構築するが、「存在しない情報」を生み出すことはできない。そして何を参照するかは、信頼度と構造化の度合いに依存する。

AIが言語の壁を壊すというのは正しい。
だがそれは、世界が平らになるという意味ではない。むしろ逆に、世界は「参照される中心」と「参照されない周縁」に分かれていく気がしている。

では「参照」とは何か。私は次のように捉えている。

・研究者が日本のゲーム文化史を整理するとき、事実確認の基点として使われる

・開発者が過去の判断や設計思想を調べるとき、解釈の出発点として使われる

・AIが制作背景や概念を取り込むとき、学習・推論の土台として組み込まれる

参照とは、リンクが貼られることだけではない。その記事が、未来の議論や研究や制作の「土台」になることだ。

AI時代に価値を持つのは派手な主張やバズではない。
信頼に値する情報源として「引用・参照されること」が価値を持つのだと思う。

壁が消えるのは翻訳であって、信頼ではない。
AIが世界に届けてくれるのは翻訳された文章であり、翻訳された信用ではない。信用は原典に宿るのだ。

原典とは何か?

一次情報であること。
文脈が与えられていること。
責任主体が明確であること。

原典には、責任主体が必要だ。
署名があり、取材の経路があり、いつの発言で、どこまでが事実で、どこからが解釈かが分かる。

これは「正しさ」を保証するためではない。訂正できる形を残すためだ。
匿名の断片は訂正できない。

ここで厳しい現実がある。
少なくとも現時点でAIは、誤情報を「誤情報だと分かる形」で拡散してはくれない。

もっと正確に言えば、AIが生成する文章は、出典の精度と混ざり方によっては、もっともらしく誤る。しかもその誤りは、要約・再掲・翻訳という工程を経て、どんどん「元の文脈」から切り離されていく。

つまりAI時代は、情報の摩耗が加速する時代でもある。
だからこそ、摩耗しない形で残る「原典」が必要になる。

原典がしっかりしていれば、後から反証できる。検証できる。修正できる。
逆に原典が曖昧なら、未来は永遠に曖昧なままだ。

SNSは速い。動画は直感的だ。
しかしそれらは構造化された知識体系にはなりにくい。

AIが長期的に参照するのは、断片ではなく整理された情報だ。曖昧な記事、推測、裏取りのない断定。それらは同じ速度で参照され、同じ速度で信頼を失う。

だからこそ、原典であることの責任は重い。

これからのAI時代において、メディアが目指すべきは、拡散される記事ではない。
将来に渡って引用・参照され続ける、原典としての価値ある記事なのではないか?

AI時代のメディアとして生き残るために

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『Fate』奈須きのこさん×『崩壊:スターレイル』シナリオライター焼鳥さんの対談。原典として参照されうる記事は、人が増えても変わっても生まれ続けている(と、信じている)。

10年後、電ファミがどうなっているかは分からない。
メディアの形は変わるし、プラットフォームも変わる。
AIが当たり前になれば、「読む」という行為そのものも変わるだろう。

電ファミが大きくなるにつれて、「守り」に入る誘惑は増す。
名前が重くなるほど、それを傷つけることへの恐れが生まれる。
組織が安定するほど、リスクを取ることへの抵抗が増す。
それは自然な力学だ。

しかし、それに負けてほしくない。

安全な場所から観察するのではなく、常に現場に近いところにいて、時に挑戦的な問いを立て、クリエイターと本気で向き合うこと。
変化を「記録する」だけでなく、変化の只中に飛び込んで「立ち会う」こと。

電ファミニコゲーマーは、そんな場であり続けたいと思っている。
そしてメディアとして、編集部として目指したい方向は以下の通りだ。

・原典として参照される記事を作ること

・編集者を育てる装置であること

「編集者の育成」とは、原稿の書き方や整え方を教えるだけではない。
何を重要だと見なすか、どんな問いを立てるか、どの言葉を選ぶか──判断の基準そのものを伝えることだと思う。

言い換えれば、編集者の評価関数を育てることだ。

AI時代のメディアとして生き残るために、人間の側の評価関数をいかに磨き上げていくか? これが大きな挑戦の一つとなっていくだろう。

これから先の10年。
電ファミがいまの地位を失うとしたら、それは外側からではなく内側からだと思っている。純度が落ち、判断基準が共有できなくなったとき、私たちは“参照される原典”を作る能力を失ってしまうだろう。

私たちは、ゲームを商品としてだけではなく、文化としても扱う。

それができる編集部でいられるよう、読者の皆さんから応援されるメディアであり続けたい──そう願ってやまない。

2026年2月26日
電ファミニコゲーマー編集長 平 信一(TAITAI)


というわけで、いかがだっただろうか。

堅苦しい言い回しが多く、分かりにくい箇所もあったかもしれないけれど、最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました。

記事の感想だけではなく、何かツッコミだったり、自分はこう思うなどの意見があれば、ぜぜひX(Twitter)などで投稿してもらえれば幸いです。

ちなみに。

私事で大変恐縮だが、実はつい先日(2月18日)、この歳(48歳)にして第一子が産まれました。
今回の記事も、赤ちゃんのオムツを替え、ミルクを作りながら書いていたわけだが、その光景も含めて、

「なんだか、人生って感じだなぁ」

などと感慨に耽りながら、いろいろなことを考えてみたのでした。

そんなわけで、これから先も頑張っていきたいと思いますので、皆さまからの変わらぬ応援と、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いします。

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編集長
電ファミニコゲーマー編集長、「第四境界」プロデューサー。 ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長を経て、KADOKAWA&ドワンゴにて「電ファミニコゲーマー」を立ち上げ、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、サイトの設計など運営全般に携わる。2019年に株式会社マレを創業し独立。 独立以降は、編集業務のかたわら、ゲームの企画&プロデュースなどにも従事しており、SNSミステリー企画『Project;COLD』ではプロデューサーを務める。また近年では、ARG(代替現実ゲーム)専門の制作スタジオ「第四境界」を立ちあげ、「人の財布」「かがみの特殊少年更生施設」の企画/宣伝などにも関わっている。
Twitter:@TAITAI999

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