『崩壊:スターレイル』と『Fate/stay night』、まさしく夢のコラボレーション。
「自分の好きな作品同士が組んだら最強なのに」というオタクの欲望がそのまま空想具現化してしまったような、このコラボ……昨年電ファミに掲載した『崩壊:スターレイル』プロデューサーのDavid氏と、『Fate』の原作者でお馴染み奈須きのこ氏の対談を実施したころから、なにかあるんじゃないかと期待していた。
そして、2025年。
なんとコラボの開催に合わせ、今度は『崩壊:スターレイル』のシナリオライターである焼鳥氏と、奈須きのこ氏の対談を実施することになった! しかも、場所は上海! 2025年のゴールデンウィーク、まさか奈須さんと上海で会うことになるとは思ってもいなかった───
そもそも、なぜ私たちは上海に来ているのか?
まず、そこから説明しよう。
実のところ、最初の対談は日本国内……つまりTYPE-MOONのオフィスに、『崩壊:スターレイル』チームのみなさんがやってくる形での実施だった。
そして、奈須さんに今回のご提案をしたところ、「前回はこちらのホームで対談させていただいたので、今回はHoYoverseさんのホームに行くのが筋だと思います」とのお返事をいただいた。
そんな奈須さんの粋な計らい(?)により、我々も日本を飛び出し、上海にて対談を行うことになった。なんだかもう、ここまでのエピソードだけでTYPE-MOONらしさ全開です。ちなみに奈須さん、なんと上海到着後に空港から車をぶっ飛ばして、すぐ対談に参戦していました。すごいバイタリティ。
ただ、今回『崩壊:スターレイル』側から登場する焼鳥さんも、負けず劣らずのアツい方です。『崩壊』シリーズファンの方にはお馴染みかもしれないけど、やっぱり焼鳥さんもTYPE-MOON作品の大ファン。そんな両タイトルの物語を担うおふたりに、今回のコラボからシナリオ作りまで、たっぷりと語っていただきました。
コラボが実現するまでの、開発秘話。同じシナリオライターとして、焼鳥さんが奈須さんに聞いてみたかった「ガチ」の質問。継承されていった「人間讃歌」と、ソーシャルゲームの世代交代……夢の対談であると同時に、ひとつの「時代の転換点」を切り取った記事になりました。
ぜひ、最後まで読んでください。
聞き手/ジスマロック・TAITAI
文/ジスマロック
編集/実存
※この記事はスペースファンタジーRPG『崩壊:スターレイル』の魅力をもっと知ってもらうためのHoYoverseさんと電ファミ編集部のタイアップ企画です。
『崩壊:スターレイル』と『Fate』のコラボ、そもそもどうして実現したの?
──まず、今回のコラボがどういった経緯で実現したものなのか、お聞かせください。『崩壊:スターレイル』自体、外部作品とのコラボが初めてだと思うのですが、なぜ『Fate/stay night』とのコラボなのでしょう?
焼鳥氏:
まず、「奈須先生と対面でお会いできる機会を設けていただき、非常に光栄です」とお伝えさせてください!
実は、2023年の年末に実施した『崩壊:スターレイル』のプロデューサーのDavidと奈須先生との対談に、私も同席しました。あの対談が、ある種「奇跡的な出会い」だった……また、その前からTYPE-MOON様とは少しずつ繋がりがありまして、コラボの計画もスタートしました。
焼鳥氏:
そして、『崩壊:スターレイル』において初のゲーム内コラボだったこともあり、当初は選定についても、かなり迷っていました。ただ、そんなときにプロデューサーのDavidの言葉を思い出したんです。
それは、「困った時に考えてみて、ユーザーがなにに喜ぶのか、次にチームメンバーがなにに喜ぶのか、そして自分自身がなにを望んでいるか」ということです。
まず、『Fate/stay night』は、美術(ビジュアル)的に『崩壊:スターレイル』とすごく相性がいいと考えていました。このコラボなら、『崩壊:スターレイル』としての表現・演出において、ユーザーが満足できる内容を作れるのではないか。また、『崩壊:スターレイル』なら、ゲーム内で『Fate/stay night』の世界観をある程度再現できるのではないかと。
次に、やはりチームメンバーにも『Fate』シリーズとTYPE-MOON作品のファンが多いんです。それこそ社内でコラボの提案が上がったとき、もう今までにないモチベーションを感じました(笑)。
ちなみに、最後の「自分が好きかどうか」は、もう言うまでもないです!
──やっぱり焼鳥さんご自身も大ファンなんですね。
焼鳥氏:
そうですね。だからこそ、今回のコラボでは版権元のTYPE-MOON様と、そのユーザーのみなさまにも満足していただけるような内容を作りたいと考えていました。
また『崩壊:スターレイル』は「RPG」というジャンルにおいて、『Fate/Grand Order』(以下、『FGO』)とある程度共通しているところもあり、世界中のユーザーが両タイトルに「重なる部分」を感じていただけるのではないかと……!
不安になりながらも、今回の企画を提出したところ、TYPE-MOON様よりうれしいお返事をいただきました。そこから両社で話し合うなかで、80%くらい「このコラボを完成させられるんじゃないか」という自信がつき、今回のコラボを始動する形になりましたね。
──奈須さんは、『崩壊:スターレイル』とのコラボをお話を聞かれたとき、いかがでしたか?
奈須氏:
HoYoverseさんのゲームは『原神』を皮切りにプレイさせていただいているのですが……オープンワールドRPGの『原神』に対して、コマンドRPGの『崩壊:スターレイル』が発表されたとき、正直とても怖かった。
既に周知の事実ではありますが、HoYoverseさんの開発力は業界でもトップランクです。この短い間でトップに上り詰めた熱量、才能は計り知れない。そんな彼らが「ターン制RPG」を製作するのなら、それは凄まじいものになるだろうと。
そう思いながらプレイしたのですが、冒頭のオープニングからしてソーシャルゲームという枠組に囚われる事のない高いクオリティで想像していたものの何倍も気合が入っていた。そのとき、恐れは憧れに変わりました。正直な気持ちとして「ああ、これを自分たちのキャラでできたらな」と。
とはいえ『FGO』はいまもっとも忙しい時期で、いまの日本の開発環境において、このレベルで自分たちのキャラクターを動かすのは現実的ではない事も理解していました。
そうは思いながらも『崩壊:スターレイル』を続けていたのですが……一度対談をさせていただいたときに、それぞれの生まれ育った環境やスタート地点も違うなかで、開発チームの人とは、オタクとして好きなものがほぼ一緒だった。それが、とてもうれしかったんですよね。
そのあとにコラボのお話を聞いて、「え、ウチなんかとやってくれるの!?」という驚きが6割、「ぜひやってくれ!やったー!」という喜びが4割でしたね(笑)。
一同:
(笑)。
──今回のコラボは、実装キャラクターとして「セイバー」と「アーチャー」、ストーリー中に登場するNPCとして「ランサー」の計3騎のサーヴァントが登場するとお聞きしました。このキャラクターたちは、どのように選定されたのでしょうか?
焼鳥氏:
コラボキャラクターの選定は、きっとみなさんが思われている以上に、順調に決まりました。
『Fate/stay night』には多くの人気キャラクターが登場するため、開発チームは取捨選択を迫られました。コラボの機会は非常に貴重であることを考慮し、まずはセイバーとアーチャーを操作可能な★5キャラクターとして選定しました。
しかし、『崩壊:スターレイル』の世界観の中で聖杯戦争を描くにあたって、「三騎士」【※】というコンセプトの表現も非常に重要です。そのため、ランサーの不在はたしかに惜しまれるところでした。幸いなことに、開発の進行状況により、NPCの制作に余力があり、チームとしてもこのキャラクターの追加を望んでいたんです。
最終的に、ランサーはNPCとしてこの夢のような聖杯戦争に参加することになりました。
※「三騎士」
『Fate』シリーズに登場する、「セイバー」「アーチャー」「ランサー」の3クラスの総称。『Fate/stay night』における第五次聖杯戦争では、「アルトリア・ペンドラゴン」「エミヤ」「クー・フーリン」の3騎が該当する。

──今回のコラボはピノコニーで聖杯戦争が開かれるシチュエーションになりますが、こちらのコラボシナリオは、どのように作り上げられたのでしょうか?
焼鳥氏:
『Fate/stay night』とのコラボをやる以上、やはり「聖杯戦争」がないとすごく残念なので、最初から「どうやって『崩壊:スターレイル』の世界観で、聖杯戦争を表現するか」ということを前提として考えつつ、企画構成を行っていたんです。
当初は「模擬宇宙」【※】が設定的にも便利だと考えていたのですが、議論を重ねるなかで「せっかくのコラボなのに、虚構の世界だけで終わってしまっては楽しくない」と思ったんです。同時に、「模擬宇宙」では、『Fate/EXTRA CCC』【※】のような緻密に設計されたデジタルな聖杯戦争はできないだろうと。
そこから、別の世界での実施を検討するなかで、「ピノコニー」がベストだと考えました。やはり「ピノコニー」は夢の地であり、その夢の中ではなんでも叶えられますから。「聖杯戦争」の場所としては、ピッタリですよね。
また、「夢を追う地」というのもピノコニーのテーマのひとつで……人々はこの華やかな大都会にやってきて、眠らない夜を過ごすなかで、自分の「ほしいもの」を手に入れようとする。そこが、聖杯戦争の根底にある「自分の願いを叶えるための戦い」というテーマに重なるのではないかと考えました。
私としても、「ピノコニーで聖杯戦争を開く」というシチュエーションが目に浮かんできましたし、加えて「『崩壊:スターレイル』のキャラがマスターになる」「召喚されたサーヴァントはピノコニーの歴史上の人物になる」といった、ほかのアイデアも続々と浮かんできました。
※「模擬宇宙」
『崩壊:スターレイル』において、ヘルタおよびその他の「天才クラブ」のメンバーによって開発された、星神を研究するためのシミュレーションシステム。コードによってランダムに敵やマップを生成する仕組みで、ゲーム内の重要なコンテンツのひとつ。
※「Fate/EXTRA CCC」
『Fate/stay night』の設定を受け継いだ『Fate/EXTRA』の続編。「月の聖杯戦争」というSF的な世界観を前作から引き継ぎつつ、全く新たなストーリーが展開された。メインシナリオを奈須きのこ氏が執筆しており、いまもなおファンの人気が根強い。
焼鳥氏:
「本当にこのアイデアを受け入れてもらえるだろうか」と思いながらも、このコラボ案をTYPE-MOON様に提出させていただきました。ですが、光栄にも奈須きのこ先生や武内崇先生からも、認めていただくことができたんです。
そこから、奈須先生や武内先生に「ここはこうした方がいいかも」といったアドバイスもいただいて……やはり、みなさんのクリエイターとしての、純粋な創作に対する情熱を感じましたし、「ユーザーを喜ばせよう」という精神は共通しているんだと感じました。
いま振り返ってみると、この1年間の共同作業のなかで、TYPE-MOONのみなさまにアドバイスや励ましのお言葉をいただいたときが、制作チームにとって何よりもうれしかったですね。
奈須氏:
それはこちらの台詞です。本当に、とても大切に、真剣に、『Fate』の世界を扱ってくれた事がとても嬉しかった。『オタクに国境はない』『オタクは世界を救う』とは、まさにこの事かと。
──ちなみに、今回のコラボにおいて、奈須さんはどういった形で関わられているのでしょうか?
奈須氏:
自分は、最初の打ち合わせのあとにプロットをいただいて、それにGOサインを出すかどうかを判断していました。あとは、設定的に「ここは少し違うかな」といった部分を数点お伝えしたくらいですね。その意味では、大変スムーズな……言ってしまうと、超らくちんだったんですけど(笑)。
まぁ、いまだから話せることですが、自分も最初は「模擬宇宙」などを使って、小エピソード的ないい話をするんだろうなと思っていたんです。
ですが、プロットの段階で、ピノコニーを舞台にして、ロビンなどのキャラクターを登場させることも決めていた。『崩壊:スターレイル』のキャラの設定を活かしたまま、『Fate/stay night』の設定も上手くリンクさせる。
これを見たとき、正直「ああ、HoYoverseが成功するわけだ」と痛感しましたよ。
コラボとして、イージーな方向に逃げていなかった。
より困難な、より面白い方向に舵を切っていた。
話題性や売り上げではなく、スタッフたちが面白いと感じている事を全力で作り上げている。それもあって、「もうこちらはセリフの細かいところを直すだけでいいんだろうな」と予感しました。そして実際にそれだけのものが作品として上がってきて、大変うれしいです。

──今回は『Fate/stay night』とのコラボということもあって、シナリオへの期待値などもすごく高いと思うんです。焼鳥さんのなかで、コラボを制作するにあたって「ここは特に気合を入れなきゃ」と考えていた部分などはございますか。
焼鳥氏:
タイトル初のコラボとして、『崩壊:スターレイル』のユーザーを満足させる内容にしつつ、企画当初から「今回のコラボから興味を持ってくれたユーザーを失望させない」ということを意識していました。
たとえば、「ピノコニーならではの聖杯戦争を描く」という部分には力を入れましたね。サーヴァントたちがピノコニーに来たら、どんなストーリーを経て、最終的にどうなっていくのか。ピノコニーのキャラは何を手にするのか。
そして、聖杯戦争はどう展開していくのか……このシナリオを通して、「ピノコニー」と「聖杯戦争」の両方のテーマを表すことをポイントとしていました。
ほかには、『Fate/stay night』の名場面の再現をネタとして入れてみたり……と、これ以上はネタバレになってしまいますね(笑)。
とにかく、今回のコラボは関わっている3人のライターがみんなTYPE-MOONさんの大ファンで、日々の業務スケジュール的にもちょうど彼らが連携してコラボに集中できるような環境になっていました。奈須先生からもアドバイスや監修をいただいたりして……すごく大変な仕事だったのですが、満足できる内容になったと思います。
──さきほどから何度か話題に出ていますが、コラボの制作中に奈須さんがしたアドバイスというのは、具体的にどういった内容なのでしょうか?
奈須氏:
いや、本当に小さいことですよ。
「ちょっとここの口調を変えてほしい」とか。
ただ、セイバー(アルトリア)に関しては、ある一点だけアドバイスをしました。
アルトリアは、どうしても「『stay night』後か、『FGO』後か」で扱いが変わるんです。今回のコラボでは、初めは『FGO』後の扱いとして書かれていたので、「『stay night』後の扱いだったら、アルトリアはこうなりますよ」というのだけは強くお伝えしました。それくらいです。
焼鳥氏:
奈須先生には、この場を借りて、改めて感謝を申し上げたいです。
『Fate』シリーズが長年かけて育ってきたIPであるにも関わらず、こちらを信頼していただいたのは、とてもありがたかったです。私たちも、『崩壊』シリーズというひとつのIPを作り続けているなかで、「別のIPでどこまで自由な展開を許せるか」という判断を下すのは、すごく難しいことだと考えています。
そこに対して、あまり制限をせずに、アドバイスなどの励ましをいただきながら作り上げられたことこそが、今回のコラボを完成させられた最大の要因だと思っています。改めて、ありがとうございました!
奈須氏:
いえいえ。
むしろ、開発チームのみなさんも勘所がすごくよかったので、本当にこちらも文句のつけようがないというか……「この設定だったらこうなるよね」と、すんなり自分も受け入れられたので、ほぼ直すところがなかったです。
やっぱりピノコニーを舞台に選んだことと、今回の黒幕を彼に選んだ配役まで含めて、「なるほど、これならキレイに馴染む!」という無理のなさが、ちょっと感動でしたね。
──ちなみに、奈須さんの監修を通して焼鳥さんがなにか学んだことや、「なるほど、そう考えるのか」と参考になった部分などはございますでしょうか?
焼鳥氏:
そうですね、むしろあらゆる面で勉強させていただいたと言えます(笑)。
私たちは後輩としてすべてを説明するのは難しいですが、ただ諸先輩方とご一緒する中で、「物事の捉え方」について交流することが一番貴重だと感じました。
1年間の共同作業の中、同じ業界の人間としてもやはり抱えている問題が共通していると感じる瞬間が多かったです。それはひとりひとり個人の問題だけではなく、過去から未来まで多くの人々が考える、模索する課題でもあります。
そういうこともあって、制作チームを代表して、改めて今回のコラボにおけるシナリオ監修や原画デザインに多大なるご協力をいただいた奈須きのこ先生、武内崇先生、そして多くのTYPE-MOONの皆さまに、心より感謝申し上げます。
奈須氏:
ありがとうございます。
焼鳥さんが、奈須さんに聞いてみたい「ガチ」の質問
──実は今回、焼鳥さんがシナリオライターとして奈須さんに質問してみたいことがいくつかあるとお聞きしました。焼鳥さん、いかがでしょうか?
焼鳥氏:
ありがとうございます。
おそれ多くも、何点か奈須先生にご質問できればと思います。
まず、TYPE-MOON作品は『Fate』『月姫』『魔法使いの夜』【※】などを含め、非常に広大な世界観を持っていますよね。ただ、その後も『FGO』や『Fate/strange Fake』といったIP展開に伴い、新たに追加される設定がますます複雑化している印象があって……。
大量の設定を整理し、整合性を保ちつつ、後の伏線として昇華させる際に、なにかノウハウや心がけていることはありますか?
奈須氏:
うわあ、いきなりキッツい質問がきたぞぅ。
一同:
(笑)。
奈須氏:
結果論にはなってしまうのですが……自分の場合、ちょうど10年単位で、「その年のテーマ」を決めています。「自分はこの10年でこれを書こう」という、水面下の課題ですね。
たとえば、『魔法使いの夜』の頃は「消費文明」について書こうと決めていました。それが2000年から、2010年にかけての10年間のテーマですね。そして、2011年から現在の『FGO』に至るまでの間は、「消費したあとの責任をどう取るのか」というテーマを決めていました。
そうしてテーマを決めた後は「伝奇感」をひたすらバージョンアップしていく。
たまに根本を変えるときもあるけど、基本的には昔のままで、その時代の道徳や正義感、美学に沿ったものにバージョンアップしていきます。周りのライバルたちもどんどん面白いことを考えるので、そこに負けないよう、こちらもより強くユーザーに刺さるものにアップデートしていこう、と。

2012年にTYPE-MOONより発売された、伝奇ビジュアルノベル。奈須氏が過去に執筆した、未発表の小説を原作にしたと言われている。
奈須氏:
焼鳥さんが挙げられてましたが、そうなると設定や世界観もどんどんメガストラクチャー(巨大な人工建造物)になっていく。その巨大化していく設定をまとめるのも大変なのですが、幸い『FGO』を始めてから、ほかのライターさんやラセングルさんを含め、「自分以外の情報管理者」が増えてきました。
その人たちに「あれ?奈須さん、3年前といま言ったことが違いますよ」とツッコまれて、「ハハハ、まあそういうこともあるだろう☆」とか言いながらも、本当に致命的な設定ミスがあったら直していく。そんな形で、なんとかギリギリやっています。
だから、多少情報や設定の枝葉がブレたとしても、一番初めに「この10年間、このテーマを書くんだ」と決めたものがしっかりあれば、そこに川は流れるなと思っています。
──奈須さんのなかで決められる「10年書くテーマ」というのは、どういう工程で変わっていくものなのでしょうか?
奈須氏:
そのときにやろうと思ったことを10年以上引っ張っても、10年後には完全にみんなの価値観が変わっていますから。10年経ったら新しいものにすげ替えないと、いつまでも同じことを繰り返す怪物(モンスター)になっちゃうので。だから、そこは10年単位でいいだろうと。
あと、10年もやったら飽きるから!
──さきほど、「その時代の美学に合わせてアップデートしていく」というお話もありましたが、奈須さんの視点から見て、「ここ10年ごとの美学の変化」はどう捉えられているのでしょうか?
奈須氏:
そうですね……「何を美しいと思うか」は、人によってそれぞれ違うし、それは多くの人間のなかでも、漠然としていることなはず。自分も若いころは、外見的な美しさや、構造的な美しさを求めていた。
でも、2015年以降は、位置エネルギー的に「本来ありえない境界を超えて、生きること」というか……そういう無理矢理なことを頑張っている人を、美しいと感じるようになりました。たとえば、魚が空を飛ぶような。これは「美学」とはちょっと違うと思うんですが。
──なるほど。
奈須氏:
まあ、オタク業界の美学そのものが、どんどんハイクオリティ化していて、その一般化が起きているとは思います。「自分たちだけで技術を極めていればいいんだ」という職人的なこだわりから、「より多くの人間の力で、よりよいものを作ろう」というチームワークに収束しているなと。
これはアニメ業界を見ていて感じるのですが、昔の神アニメーターや神動画師は、やっぱりオンリーワンで、ほかと交流しなかったと思うんですよ。でも、いまの才能ある若い監督や原画マンは、みんな仲良しなんですよね。俺もすごいけど、あいつもすごい。だから俺たちが組めば、もっとすごいことができる。
そういう意識を、『劇場版 Fate/Grand Order 神聖円卓領域キャメロット 後編 Paladin; Agateram』【※】で見せつけられましたね。
それぞれ違う絵コンテマンだけど、綺羅星の才能が集まって、いままでにないものになった。あれを見たときに、「チームワークの時代になったな」「天才同士が手を組む時代になったんだ」と実感しました。

『FGO』の第1部 第6章「神聖円卓領域 キャメロット」を劇場アニメ化した作品。前後編となっており、作画・演出などを中心としたアニメーションの完成度の高さがファンの評価を集めた。
©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT
焼鳥氏:
ふたつ目の質問となるのですが、『FGO』のように複数のライターが協力する作品の場合、シナリオチームはどのような方法で共同制作を進めているのでしょうか? なにか具体的な執筆方法や方針などがあれば、教えていただきたいです……!
奈須氏:
自分も複数のライターで制作するのは『FGO』が初めてだったので、まず自分が大本のネタと、「このゲームはこうやって展開していくんだ」というのを説明する、「設計図の設計図」を作りました。
『FGO』の第1部は、第1章から第7章までが各人類史の重要な事件を解決していく。これは自分ひとりだったら、まず書ききれない。おそらく北米かイギリスまでやって、力尽きるので……。そこは、ほかのライターさんに入ってもらいました。
ただ、「ゲストライターじゃなく、本気で1本の話を書くつもりで、各年代の事件を扱ってくれ」とは伝えていました。
「この章でこれをやる」という伏線消化ポイントは設計図として作ってあるので、あとはそのライターさんが伏線消化ポイントを守ってくれさえすれば、あとは好き放題に書いてもいいよと。たとえブレたとしても、頭とケツは自分が直せばいい。
そうして、第1部は各ライターさんが担当してくれた章の導入と終わりを自分が大きく手を入れるかたちで1年間続けて、ゲームの統一感を図った。
それ以降は、ライターさんも「あ、奈須さんはここまで直すんだ」とわかってくれたので、あとはどんどん監修する必要がなくなっていく。ただ、これはチームのライターさんが『Fate』世界を知ってくれていたからできたことで、全く『Fate』を知らないライターさんとだったら、実現できなかったと思います。
その意味で、焼鳥さんの質問には上手く答えられないかな……申し訳ないです。
──逆に焼鳥さんにもお聞きしてみたいのですが、『崩壊:スターレイル』も焼鳥さん以外に複数のシナリオライターが参加したうえで、制作を進められていますよね。そのチーム編成やシナリオ制作は、どのように行われているのでしょうか?
奈須氏:
たしかに、それは気になりますね。
焼鳥氏:
やはり『崩壊:スターレイル』は、大前提として「42日間で一度アップデートが入る」というシステムが存在しているので、まずそれを頭に置きながらシナリオを作り始めます。特に、メインストーリーのような大型のシナリオを作るときは、かなり早い段階でチーム制作を始めることになりますね。
たとえば、『崩壊3rd』【※】を作っていた時期は、半年から1年くらいかけて展開するストーリーであれば、5~6人のライターで作り上げていました。『崩壊:スターレイル』の場合は、内容がさらに膨大になって、同時進行が必要な作業も多いので、メインストーリーのシナリオチームは8〜9人になります。
チーム編成としては、ストーリーのロードマップや重要なイベントを管理する「総監督」となるライターをひとり立てて、その下に「各チャプターのコアを担当するライター」が配置されます。「チャプターリーダー」のようなものですね。
チャプターリーダーは、単純なライティングを行うだけでなく、キャラクターや背景の設計、クエストの進行構成、アニメーション演出の制作といったさまざまな制作工程においても、重要な支援を担っています。
※「崩壊3rd」
『崩壊』シリーズの3作目となるタイトル。焼鳥氏もシナリオライターとして参加していた。2023年に第1部が完結し、現在は第2部が展開されている。『崩壊:スターレイル』は『崩壊3rd』の直接の続編ではないものの、『崩壊3rd』のプレイヤーであれば、両作の繋がりやちょっとした小ネタを見つけられる……かも?
──「チャプターリーダー」というのは、あまり聞いたことがないですね。ストーリーの物量が膨大な『崩壊:スターレイル』ならではの編成という感じがします。
焼鳥氏:
長編的なストーリーとなる場合、「前後編」や「三部作」といった分け方をするのですが、そのチャプターごとのコアを担当するライターですね。つまり、「総監督」「チャプターリーダー」「シナリオライター」の三層構造のようなチーム編成となっています。
もちろん、このやり方はまだまだ成熟したものとは言えません。チームの経験が積み重なり、メンバーのスキルが向上するにつれて、私たちはこれからも試行錯誤を重ね、より良い形を目指していきます。
『崩壊:スターレイル』のストーリーに対して、そのボリュームやクオリティについて多くのユーザーの皆さまから寄せられたご評価、ご意見、そしてご期待に、心より感謝しています。
私たちはこれからも努力を続けて、『崩壊:スターレイル』はもちろん、『崩壊』シリーズ全体においても、引き続きクオリティの高いストーリーを届け、ユーザーのみなさまと一緒に歩んでいけるよう頑張っていきます。
──素朴な疑問となってしまうのですが、それほど複数のライターさんが参加されるチーム編成において、意識の統一やコミュニケーションなどは問題なく行えるのでしょうか?
焼鳥氏:
まさに、いま社内でも「安定したチーム編成」を意識しています。
たとえば、チャプターリーダーは、やはり総監督とのコミュニケーションを頻繁に行います。ただ同時に、チャプターリーダーと、その下のメンバーの交流もすごく大事だと考えています。
ある程度固定されたチームのなかで、価値観や考え方、シナリオの書き方などを脳で共有できるような……チームではあるけど、まるでひとりの人間であるように仕事をしていきたいと思っているんです。そうやってペースを合わせていけば、仕事もスムーズに進められるのではないかと考えています。
──やはりシナリオ制作にはライターそれぞれの個性や「作家性」も大切になってくると思うのですが、そのチーム編成において、どのようにライターさんの個性などを持たせているのでしょうか?
焼鳥氏:
まず、「結果を重視する姿勢」は非常に重要です。
ストーリーやキャラクターが商業的・話題性の面で成功を収めたか? ユーザーに愛されたか? 他部門との連携はスムーズだったか? ──こうした点を基に、すべてのライターは自身の仕事を振り返り、レビューする必要があります。それによって、チームも個人も成長していけるのです。
しかし同時に、人の心を打つ物語が生まれる土壌というのは、やはりクリエイターの内面にあります。それは、彼ら自身の「世界の捉え方」が少しずつ形になっていく過程にほかなりません。
そして、各メンバーの「作家性」を最大限に活かすためには、「共通の目標」が不可欠です。言い換えるなら、スタート地点は違っても、同じチームに属している以上、目指すべきゴールはひとつなのです。
『崩壊:スターレイル』という作品の根底には、「前向きな価値観を伝えること」や「勇気を持って人生と向き合う姿勢」があります。こうしたテーマがしっかりと定まっていれば、たとえ各ライターの思考や表現方法に違いがあったとしても、「物語をどこへ着地させるか」という点で大きなブレは生まれません。
まずは共通認識を持ち、それぞれが自分の役割を全うする。そして最後に、お互いの成果を持ち寄って磨き合う……そうやって、各ライターの個性や強みを最大限に活かしつつ、ぶつかり合いによるロスや摩擦は最小限に抑えていきます。
……とはいえ、うちのチームのメンバーは、基本的にみんな根がいい人ばかりなので(笑)、価値観や人としての良心といった部分で深刻な衝突が起きることは、まずありません。
奈須氏:
基本的に、それぞれのライターには美学や得意分野がありますから。
結局違う人間ではあるけど、人間的に尊重しあえる人たちなら、そこにチームワークは成立する。『FGO』も規模こそ小さいですが、いま焼鳥さんが言われたような流れでシナリオ製作しています。
──ちなみに、『崩壊:スターレイル』のシナリオチームのなかで、考え方や価値観を共有するために、具体的にどういったことをしているのでしょうか?
焼鳥氏:
HoYoverseの仕事は、もちろん雰囲気はすごく楽しいのですが、同時にすごく大変な仕事も多いんです。だから、みんなはもう「地獄を一緒にくぐり抜ける仲間」だという認識です。
一同:
(笑)。
焼鳥氏:
もちろん、半分は冗談ですよ!
ただ、やはり「一緒に戦ってくれる仲間」は同僚……つまりチームメンバーしかいません。仕事や生活上の問題に直面したときにも、一緒に過ごせる仲間がいることで、「いつでも自分の背中を誰かが支えてくれる」という信頼関係が生まれてきます。
それですべての問題が解決するわけではないと思うのですが、みんなで困難を乗り越える勇気は生まれてくるはずです。
たとえば、私がピノコニーとオンパロスのシナリオのために必死に働いていたとき、チームメンバーたちもずっとそばにいてくれて、貴重なアドバイスもくれます。オフィスのなかで、共通のドキュメントを編集するときに、みんなのコメントが増えてきて「あ、みんなまだいたんだ」と(笑)。
そういう瞬間をひとつずつ重ねていくと、チーム全体で仲間意識を築いていけるし、心の支えが生まれていくのではないかなと思います。さきほど奈須先生がおっしゃったように、お互いの専門性を認めて、人格を尊重したうえで、一緒に仕事をしていくことが大切ですね。
いま生きている人間のために必要な、〇〇的マインド
焼鳥氏:
3つ目の質問となるのですが、『Fate』シリーズは「魔術」や「霊魂」などの非現実的なファンタジー要素を基盤としつつ、「アトラス院」の設定や「月の聖杯戦争」、さらには『FGO』の特異点・異聞帯のデザインには、斬新なSF的要素が登場していると思うんです。
奈須先生が「ファンタジー」と「SF」の融合についてどのように考えていらっしゃるのか、お聞きしてみたいです。
奈須氏:
たぶん、ファンタジーにも2種類あって……。
『指輪物語』【※】のように、夢と希望を語っているようで、実は根底にあるのは「寓話」であったり、とことん現実に即した影のようなファンタジー。そして、「こんなことができたらいいな」「こういうことがあったら楽しいな」と、願望を語っているファンタジー。この2種類があると思うんです。
で、自分が作っているのは後者の方。
「こんなことがあったらいいな」というのは、結局技術の発展なんですよね。そこで「不思議なパワーでなんとかなっちゃった」と言ってしまうと、ただ不思議なだけで面白くはない。
それを面白くするためには、いま生きている人間に「なるほど、そういうことができるかもね」と思わせるSF的マインドが絶対に必要だと思います。
だから、「面白いファンタジー」を作ろうと思ったら、必然的にSF要素も入れる必要がある。それを入れないと、さっき言ったようにただの「寓話」になってしまう。もし寓話をやるなら、もっと真剣に寓話をやるから……まあ、エンタメとは離れていくかなと思います。
※「指輪物語」
J・R・R・トールキンによる、長編小説。エルフなどが登場する架空の世界を描いたハイ・ファンタジー作品であり、その後のファンタジー作品の数々に多大な影響を与えた。

©TYPE-MOON
奈須氏:
これも結果論ではあるけど、SFとファンタジーの融合というより、やっぱり「面白いものと面白いものを合体させる」というだけの話ですね。あと、自分はファンタジーよりかは「ミステリー」が好きな人間なので、どうしても理屈に走ってしまう。なのでSF色を強くしちゃうクセがあります。
焼鳥氏:
奈須先生が作品のなかで「推理」や「ミステリー」を重視されているのは、すごくわかります。私も探偵推理小説や、『ダンガンロンパ』のようなミステリー作品が大好きです。
『Fate』シリーズにおいても、「サーヴァントの真名」というのが非常にいい設定だと思います。それは各キャラクターの背景や後の展開、物語の可能性を巧みに隠しながら、強いサスペンスを保ち続け、クライマックスで一気に明かすことができます。これにより、物語の緊張感やメリハリが大いに強化されます。
やはり、人間は「未知」に対して憧れがあるのだと思います。
世界観であれ物語の展開であれ、どちらもこの「未知」を生み出すための手段です。受け手が体験の過程で、常に「未知」に対する好奇心を持ち続けることが非常に重要です。
奈須氏:
そうですよね。
いままでに見たことのないものは、やっぱり面白いですよ。
──昔ながらのオカルトやファンタジーの場合、「魔法」などを表現するときに、手順や儀式を踏む呪術的なアプローチで「すごさ」を説明することもあったと思うんです。ただ、奈須さんの作品は魔術の構造を解析したりすることで、「すごさ」の表現や伝え方がSFチックになっていますよね。
奈須氏:
それはもう単純に、昔のファンタジーは呪術やアニミズム……つまり自然崇拝や自然への恐怖が、本当にリアルなものだったから。たとえありえないとしても、その発展形として「これはリアルだ」と認めてもらえたし、読み物として大変興味深いものだった。でも、今はもうそうではない。
「呪術」と言われても、自然の作用反作用や報復力とか言われても、まあ正直ピンと来ない。それより、いずれ人類が実現するであろうシステムや技術が前払いで使われた方が、たぶん怖いし、面白い。それだけの話ですね。