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【特別対談】『Fate』奈須きのこ×『崩壊:スターレイル』シナリオライター焼鳥 ― 継承される「人間讃歌」と、創作者の世代交代

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『DDD』の続編ってどうなってるんですか?

焼鳥氏:
最後のご質問になるのですが……
純粋に、読者として『DDD』【※】の続編が気になって仕方ないです!

奈須氏:
あ……ああああ~~~~~っ!!
キャ──!!

もう、猫ミームになっちゃう。

一同:
(笑)。

【特別対談】『Fate』奈須きのこ×『崩壊:スターレイル』シナリオライター焼鳥インタビュー:継承される人間讃歌と創作者の世代交代_022
※『DDD(Decoration Disorder Disconnection)』
奈須きのこ氏が執筆した、小説作品。「悪魔憑き」を描いた作品で、TYPE-MOON作品の中でも特殊な立ち位置となっている。当初は全3巻の予定となっていたが、既刊2巻。
ⒸKINOKO NASU 2022

奈須氏:
えーっと……あの……違う並行世界なら、出る可能性があるんじゃないかな?

──希望はないんですか!?

奈須氏:
もう、いまは宿題が多すぎて……。

ただ、『DDD』でやろうとしていたギミックのいくつかは、もう『FGO』で使ってしまってはいます。これは先払いではなくて、『DDD』の本筋を考えていたからこそ使えるネタでした。

たとえば、『FGO』に登場する4番目の人類悪「ビーストⅣ」は、「比較」の人類悪なんですが、これは『DDD』の石杖火鉈の能力ですね。比較する以上は、必ずそれを上回ろうとする。「比較」はすばらしいけど、やっぱり性悪説で考えると悪しきこと。でも、事実上これが無敵の能力。

……ということを、『DDD』を書くなかで一番最初に決めていたのですが、「うーん、『DDD』を書く時間がないなあ……よし、『FGO』で使うか!」と。なんてね! ハイ、なんでもないです!

焼鳥氏:
やっぱりそうだったんですね!

私が最初に『DDD』を読んだのは、学生の頃でした。当時、この作品の続編をぜひ読みたいと思っていましたし、好きな物語ともう二度と出会えないのではないかという、どこか切ない気持ちさえありました。

奈須氏:
ウ、ウグッ……。

焼鳥氏:
でも、私自身がライターの仕事に就き、『FGO』などの作品に触れるうち、「もしかしたら奈須先生が『DDD』で書きたかったことは、どこかほかの作品で形を変えて書かれているんじゃないかな?」と思うようになりました。

ですから、私としてはもう心残りはありません!

この場を借りて、ファンとして質問させていただきました。
お答えいただき、本当にありがとうございます!

奈須氏:
いえ。あたたかいお言葉、まことに謝謝です。……そう言ってくれる読者がいるかぎり、諦めるワケにはいきませんね……

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──『DDD』を含め、焼鳥さんのTYPE-MOON作品にかける思いが「ガチ」なのはひしひしと伝わってきているのですが、実際に奈須さんの作品から受けた影響や、シナリオ作りに活きていることなどはございますでしょうか。

焼鳥氏:
そうですね、これは長くなってしまうのですが……。

まず『Fate』シリーズは歴史も長く、すごく生命力の強いIPなので、ひとつの世代の人々の成長にもずっと関わっていると思います。

たとえば、中学生の頃に『Fate/stay night』のアニメを初めて見て、高校生の頃には『Fate/EXTRA』などの派生作品がどんどん生まれて……中高生の私にとっては、それがすごく楽しい体験でした。

当時、私はまだ若く、『Fate』シリーズが扱う多くのテーマを完全には理解できていませんでした。しかし、ひとつの物語が幕を閉じたときの、あの漠然とした喪失感はいまも心に残っています。その喪失感を吟味するうちに、「物語には命が宿っている」という考えに至りました。

そして、大学の2~3年生くらいに『FGO』がリリースされ、『FGO』とともに大学時代を過ごしていました。さらに、社会人として次のライフステージに行くときに、ひとつTYPE-MOONさんから受けた影響があります。

実はこれが最も大きな影響で、少し恥ずかしいお話ではあるのですが……昔どこかの雑誌で見たエピソードで、まだTYPE-MOONが商業デビューをしてなかったころに、武内さんが奈須さんを夕暮れ時のベランダに連れ出して、「(奈須は)好きにやっていい」といったことを話されたそうなんです。

奈須氏:
ええ。色々なものにがんじがらめで、自分の夢を半ば諦めていた頃ですね。「おまえは凄いやつなんだから、いいかげん好きにやれ。半年分の生活費はもってやる」といった。

焼鳥氏:
そのエピソードを聞いたときに、私の心にも「先の道がどうであれ、自分のやりたいことを思い切ってやればいい」という思いが湧きました。結果が正しいかどうかは別として、世の中に必ず成功へと続く道など存在しません。しかし、自分の心に嘘をつき続ければ、何十年も経った後に残るのはきっと後悔だけでしょう。

あのときを振り返ってみると、子どもの頃のあの漠然とした切なさは、「ヒーロー」への憧れだったのかもしれません。そして大人になり、人生の重みを感じるようになると、その憧れは心の支えとなっていくのです。

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焼鳥氏:
面白いことに、学生時代、私は無意識のうちに「もしも聖杯戦争に巻き込まれたらどうしよう?」と想像していました。そのため、多くの生活スキルを身につけるようになったのです。

奈須氏:
ええっ、勇気ある!

焼鳥氏:
『Fate/stay night』から多くの派生作品が生まれていったのを見たときに、「ひとつの作品が終わっても、IPとしては続いていく」というIPのあり方をすごく意識しました。

たとえば、『崩壊』シリーズは十年以上、あるいは何十年にもわたって続いていくかもしれませんが、完結するその日まで、数多くのクリエイターたちが次々と参加し、絶え間なく命を吹き込み続けるでしょう。私は、こうした集団的な物語の継承のあり方を非常にクールだと感じています。

このようなIPの持続性は、TYPE-MOON作品における世界観の構築手法の影響も大きいと思います。

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焼鳥氏:
また、ストーリーで影響を受けた部分は、「キャラクターの能力や個性を活かすこと」ですね。

これは中国のネットで話題になったネタなのですが……『Fate/Zero』のバーサーカーが持っている宝具「騎士は徒手にて死せず」は、彼が触れたものを自身の宝具にしてしまう能力があり、「では、彼が逆立ちして地面に触れれば、地球そのものを自分の宝具にできるのではないか?」と言われているんです。

一同:
(笑)。

焼鳥氏:
私はこうした発想の広がりが特に好きで……だからこそ、ストーリーを創作するときには「キャラクターがどのように自分の特異性を発揮するか」に特に注目しています。

たとえば、ピノコニー編の中で、「サンデーが調和の力を使ってアベンチュリンに嘘をつかせないよう制限する」「黄泉が虚無の力で自身の存在感を消し去る」といった場面は、彼らが自らの運命や力を少しずつ応用している例です。

こうした「小さなテクニック」があることで、キャラクターがよりリアルに感じられ、日常の中でも彼らが同じような知恵を使って生活しているように思えるのです。

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──もう、焼鳥さんの熱い思いがこれでもかと伝わってきました。

奈須氏:
たいへん光栄です。
新しい芽が生まれる要因になったのなら、頑張ってきてよかった。

焼鳥さんが言ってくれた、『(Fateは)生命力がある作品』というのは、すばらしい表現だと思います。結果的に生命力があるんだけど、こっちはもう足掻いてるだけだったんですよね(笑)。

「死にたくねえー!」と足掻いていたし、無茶振りをされても「うおー、なんとか生き延びてやる!」と頑張っていた。気がつくとシリーズが広がっていって、頑強な生命になった。筋肉と一緒ですね。

その表現は、本当に励まされました。とても嬉しいです。
うん、まさしく生命力に満ちた20年だったと思います。

──ちなみに、焼鳥さんは『Fate』のどういった部分に「生命力の強さ」を感じられているのでしょうか?

焼鳥氏:
そうですね……ここ数年『崩壊』シリーズに携わり、ユーザーのみなさまと一緒に歩むなかで、「生命力」という言葉をすごく意識するようになりました。

奈須先生がおっしゃった「生命力に満ちた20年」……その20年はきっと、奈須先生が作品を通して、またご自身の世界に対する見方や考え方を通して、ユーザーのみなさまと会話されていたのだと思います。それは受け取る側にとっても原動力や生命力の源になりますし、それこそが「感動」という感情の正体なのだと考えています。

その作品から受けた影響や感動を持ち続けることで、いつかそれは自分にとって重要な決断を下すタイミングで、助けになってくれます。私がおふたりのエピソードを聞いて、「好きにやろう」と決めたときのように。『崩壊』シリーズでは、それに類似した「生命力」を届けていきたいです。

そんな思いが絶えず火種となり、新たなクリエイターが生まれ続ける……そんな「創作者の生き方」まで含めて、「生命力の強さ」なのだと思っています。

奈須氏:
たしかに、お話を作るときは、「自分のすべてを、いまできるベストを叩き込む」ことを意識していました。自分に才能の限界はあっても、手は抜かない。楽な道には行かない。それをずっと守ってきた。

なんでそこまでやるのかというと、作品が10年20年と生き続けてほしいから。パッケージそのものに不死性を求めていたんです。そうやって書けば、10年20年経っても、この物語は死なないぞと。それこそが「生命力」ですよね。

そんなつもりで書いていたことが、『Fate』が生き続けた理由なのかな……と、いま思っています。でも、こうやって作るとしんどいんだけどね(笑)。

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奈須きのこが考える、「ソーシャルゲームの世代交代」とは

──ちょっと話が変わってしまうのですが、奈須さんが「(今回の対談は)ソーシャルゲームの世代交代として話すべきだ」と考えられていると、事前にお聞きしたんです。それはどういったことなのでしょうか?

奈須氏:
ちょっと長くなるので、この話は段階を踏んでいきますね。

奈須きのこが『FGO』を作り始める前……2010年くらいのころ、ソーシャルゲームというものは、コンシューマーに対する「暇つぶし」でしかなかった。ほとんど、ゲームとは呼べないものだった。それが少しずつ端末の進化とともに、ちゃんとしたゲームになっていった。

ただ、それでもまだコンシューマーが1時間半の映画だとしたら、ソーシャルゲームは4コママンガくらいのものだったんです。面白いけど、読み飛ばしておしまい。

そこからさらに進化して、『チェインクロニクル』『グランブルーファンタジー』、『FGO』などは週刊マンガ的な立ち位置になった。

コンシューマーゲームはリッチでゴージャスだけど、ソーシャルゲームは日々のやりがいやゲーム以外の人との繋がりを築くことで価値を上げていった。これが、『FGO』を含めた自分の代の話。

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(画像はFate/Grand Orderの世界 | Fate/Grand Order 公式サイトより)

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奈須氏:
ただ、『原神』【※】が現れた。

いままでコンシューマーに比べて、ソーシャルゲームがゲームとして足りなかったもの……言ってしまえば「格下」だった部分が、幸か不幸か『原神』以降はコンシューマーと同レベルになった。これが世代交代のひとつめです。

※「原神」
HoYoverseが開発した、オープンワールドRPG。2020年より配信が開始。「テイワット」と呼ばれる世界を冒険するファンタジー作品であり、いまもなお人気を集めている。

──『原神』は、ある種ソーシャルゲームの限界を乗り越えていったタイトルですよね。

奈須氏:
そうやって、ランクが変わった。

きっと、焼鳥さんを含めた『崩壊:スターレイル』チームのみなさんも、多くのスタッフがいいものを作るために頑張っていると思うんだけど、これって当たり前のことで……たとえば、ライターがいいシーンを書いたら、それをいい動画にするためには、すごく人員が必要になります。

『FGO』のようなクラシックな形式のADVは、ライターがいいシーンを書けば、あとはライターと同じくらいの労力をかければ、いいシーンを再現できる。

でも、コンシューマーと同レベルになってしまったソーシャルゲームは、ライターがいいシーンを書いたら、その何十倍もの労力で『いいシーン』を形にしなくちゃいけない。ここにかかる労力はすさまじくて、ぶっちゃけコンシューマーでは、それをやると破綻するんですよ。30時間ずっといいシーンや気合の入ったムービーを体験できるものは、めったにない。でも、それを『原神』はやってしまった。

それだけの規模で大きな物語や感動、充足感を与えるには、かなりの規模の人員と予算が必要です。現在では、一部のコンシューマーでさえ、それを達成するのは非常に難しい。

となると、とことんまでリッチなエンタメを見たかったらそれはAAAのソーシャルゲームでしか味わえなくなるのではないかと……まあ、もうみんな心のなかでは思ってるはずなんですけどね。それはハッキリ言うしかない。その世代交代がもう来ているんだと。

我々はひとつ前のところでなんとかソーシャルゲームの価値を上げたけど、さらにその価値を上げたのがHoYoverseさんのような次世代のパワーだと思います。

さらに、いまの中国のゲーム業界はまさに戦国時代。生き残るためにはより強く、面白いタイトルを作らないといけない。生存競争の場においてここまで過酷で、スリリングな場所はないと思います。

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奈須氏:
まあ、HoYoverseさんが短いスパンでいいものを提供すればするほど、ユーザーの舌も肥えていって、どんどんピラニアになって襲いかかってきてると思うんだけど……そこは頑張ってくれ!

──まさに、焼鳥さんは「当事者」としてその開発体制に携わられているわけですよね。

焼鳥氏:
だから地獄だって言ったじゃないですか(笑)。

一同:
(笑)。

奈須氏:
まあ、地獄ですよね!

クラシックな作りの『FGO』ですら火の車なのに……あの規模で、しかも全世界同時配信でしょ? もう人間の所業じゃないからね!

焼鳥氏:
あれこれ考えすぎても解決にならないこともあるので、むしろこのような大きな規模の物語を作れる機会があるのは、これ以上にない幸運なことでもあると思います。なので眼の前の仕事に専念することが一番大事かと……現実の中でも火を追う旅は、失う旅ではありますからね!!

奈須氏:
そうか、一度始めたことだもんなあ……。

──『FGO』は、もともと奈須さんが週刊少年ジャンプやテレビアニメのような、みんなで「次はどうなるんだろう」とリアルタイムで盛り上がるコンテンツを意識して作られていましたよね。『崩壊:スターレイル』は、アニメPVやライブイベントなどのゲーム外コンテンツも含め、その延長線上に存在していると思うんです。

奈須氏:
そうですね。

ゲームだけじゃなく、実生活における充実も完備する。もう、「おはようからおやすみまで、ゆりかごから墓場まで、スベテハHoYoverseガ管理スル!」という感じなんですけど(笑)。

日本のメーカーもユーザーがゲームを好きになってくれるのと同時に、さらにその好きな気持ちを受け止める土壌作りまでを理解したうえで、広げてはいたんだけど……HoYoverseさんはそれを、より大きな舞台で、より多くの労力をかけて実現しようとしている。明日のスターレイルライブがどれほどの『夢』を見せてくれるのか、今から楽しみです。【※】

※本対談は、上海で「スターレイルLIVE2025」が開催されていた時期の実施だった。

焼鳥氏:
HoYoverseも、そういった週刊連載のマンガやアニメに触れて育った人間が多いので、「リアルタイムで一緒に時間を過ごしていくことで、強い感情を持ってもらう」ことの大切さは理解しています。

だから、実はゲームのストーリーも毎週更新がいいなとは思うのですが、さすがに難しいですね(笑)。

奈須氏:
あのクオリティでやったらスタッフが死んじゃうよー!!

【特別対談】『Fate』奈須きのこ×『崩壊:スターレイル』シナリオライター焼鳥インタビュー:継承される人間讃歌と創作者の世代交代_031
(画像は「スターレイルLIVE2025」公式録画完全版 – YouTubeより)

──ちょっと踏み込んだことをお聞きしてしまうのですが、「オタク文化」的なものが、中国で発展して、そして花開いている……奈須さんのなかで、そこに対する嬉しい気持ちや、ある種の「寂しさ」などはあったりされるのでしょうか?

奈須氏:
それはもう、「アーキタイプ・インセプション」【※】をやってくれとしか言いようがないんですけど……やっぱり自分も、過去の先人たちの素晴らしい作品を見て、「自分もこういうものを作りたいな」と思ったものです。

ただ、その過去の作品の素晴らしさを知っているのは、その時代を生きた人間がほとんど。世の若い子が知らないことは思い知っているし、いずれ自分もそうなる。

でも、自分が頑張った理由は……同じ時代の人間と盛り上がれたこと。彼らと一緒に生きられたこと。それがのちに、より優れたものに変わっていくはずだという確信がある。

だから、オタク文化さえ生きていれば、自分はどこで流行ろうが全然構わないです。

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※「奏章Ⅲ 新霊長後継戦 アーキタイプ・インセプション」
『FGO』の「奏章Ⅲ」として登場したストーリー。シナリオを奈須きのこ氏が担当し、いわゆる「夏の水着イベント」からメインストーリーに派生する異例の章となっていた。「AI」や「霊長の継承」といった独自のテーマが扱われ、プレイヤーの間でも大きな反響を呼んだ。

「人間讃歌」が、人の心を掴む理由

──まさに「アーキタイプ・インセプション」は、奈須さんがずっと書かれてきたテーマの集大成だったと感じていました。もう、正直いちファンとしては「もしかして、奈須さんはこれで引退してしまうのか?」と思うほどの内容だったのですが……

奈須氏:
引退してぇ~………。

一同:
(笑)。

奈須氏:
まあ、「アーキタイプ・インセプション」は、まさにここ10年のテーマの結論ではありました。ずっとアレを言いたくて10年やっていたようなもので……たまたまそれがタイミングとしても合っていたし、『FGO』がどういう終わりを迎えるのかも見えているからこそ、ここでちゃんと書くべきだろうと。

人間、無限には生きられない。若いうちはまだ自分本位でいいと思うんだけど、いずれこういうときが来る。そのときのために、きちんと心構えをしておこうね……というだけの話ですね。

あと、「人間讃歌」も含めて、これは過去の偉大な先人たちが何度も味わってきて、同時に扱いきったテーマでもあるんですよね。そう思うと切ないし、同時にちょっと嬉しいなと。

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奈須氏:
でも、メタ的には「今年の夏はこのキャラを出すから、使ってね!」と押し付けられたから、ああなってる部分もあるんですけど(笑)。そういういろんな偶然が重なって、結果的に「アーキタイプ・インセプション」は完成度が高くなったなと思います。

だから、別にアレを書いたからといってやめることはないよ!

──そのお言葉を聞けてよかったです。それで言うと、奈須さんも焼鳥さんも、シナリオのなかで「人間讃歌」を書かれることが多いと思うのですが、なにかおふたりが「人間讃歌」というテーマを意識されたタイミングなどはあるのでしょうか?

奈須氏:
「ひとりの人間の人生を書こう」と思ったら、それはどうしても人間讃歌になっちゃうものだと思いますよ。その対象が王様であれ乞食であれ、英雄であれ兵士であれ……「生涯を書ききる」とはそういうことだろうと。

これは、多くの名作を見て思い知ったことです。
やっぱり、「必ず胸に残る話」というのは、人間を書ききっている。その作品における、登場人物の始まりと終わりと、その結論を書いている。それが読者にとって教訓や感動になったりしているので、必然的に物語というものは、人間讃歌になってしまうんだろうなと。

ただ、それは奈須きのこがふわふわした人間性だから、こう思っているというか……。

焼鳥氏:
奈須先生と比べると、自分はまだまだ成長途中ではあるし、その考え方も変わっている最中なのですが……『崩壊3rd』のシナリオを書いていた20代後半のころは、巨大な世界に直面したり迷いを感じているときに、自分自身の判断を問うようにしていました。

それで、多くの人間が共通して直面している課題に対して、自分なりの「世界との接し方」を見つけ出そうとしていました。どれだけ世界に美しくないことがあろうと、そのなかには必ず美しいものが宿っている。

そして、どれほどの困難に直面しても、その人の「覚醒」する瞬間がやってくる。
それが衝動や感情的なものだったり、後先を考えていない場合もあるかもしれないけど、「世界の運命を良い方向にしよう」という姿勢は、必ず人々の魂の根底にあるものだと信じている……それが、『崩壊3rd』を書いていた時期の、「人間讃歌」に対する考え方でした。

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(画像は崩壊3rd公式アニメ「永遠なる薪炎」 – YouTubeより)

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焼鳥氏:
そして、『崩壊:スターレイル』に携わっている現在は、次のステップに来ています。

タイトルとして、ユーザーやターゲットの規模がさらに大きくなったからこそ、より多くの人間が抱えている「現代的な社会問題」を見つめようと考えているんです。

たとえば、いまは「現代的な虚無主義(ニヒリズム)」【※】というものが存在していると思います。未来に対する迷いや息苦しさ、現実に押しつぶされそうな重圧感……そんな状況では、ただ「人間の力を信じる」と書いたとしても、無力なものになってしまう。

そこで考えているのが、やはり命は「愛」と「憎しみ」で成り立っているということです。

※「虚無主義(ニヒリズム)」
いま生きている世界に目的や意味はなく、人間のなすことにも一切の価値がない……といったことを主張する考え方のこと。

──「愛」と「憎しみ」ですか。

焼鳥氏:
まず、「憎しみ」とは非常に激しい感情です。認めなければならないのは、巨大な虚無や苦しみを前にしたとき、人が自己を保つためには何らかの原動力が必要であり、「憎しみ」は一種の抵抗なのだということです。

それは時に暴力的で、時に皮肉めいていて、無力感を打ち破るだけの力を持っています。困難な時代であればあるほど、社会や集団の中にある「憎悪の感覚」もまた強くなるのです。

それでも私は、「愛」と「憎しみ」は本質的には等しいものだと信じたい。
憎しみは最終的に満たされることがなく、魂を癒すこともできません。さまざまな負の感情が薄れていった後に残るのは、やはり「愛されたい」「愛したい」という渇望です。だからこそ、人は「記憶は美化される」と言うのかもしれません。心の奥底で求めているのは、やはり何かに育まれ、守られる感覚なのです。

『崩壊:スターレイル』のような長期運営型のゲームにおいては、長年の歩みの果てに、ストーリーの終わりで「愛」という感情をユーザーに残すことが必要だと思います。運営とともに月日が流れていく中で、「かつて心が動かされたあの瞬間」が、誰かの心の支えになってくれたらと願っています。

むしろ、現実の生活があまりにもつらいからこそ、「やさしさ」や「善良さ」こそが、もっと描かれるべきなのだと思います。そうすることで、人は「自分はひとりじゃない」と感じることができるのです。

奈須氏:
うん、いいと思います。

さっき「人間の一生を書ききれば、自然に人間讃歌になる」とは言ったけど、やっぱりその人間が本来諦めてしまっていたことを実現する……いや、実現させたい。実現してほしい。人間、最後には「報い」があってほしい。そんな思いは、ずっと共通していますね。

「報い」というのは、自己実現であったり、愛の獲得だったり、自分への答えだったり、もしくは諦めだったりするのですが……それを見る人間は、自分と重ね合わせることができる。反対されたり、励まされたりする。それが、「人間讃歌」が人の心を掴む理由だと思いますよ。

焼鳥さんも近しいことを言ってくれましたが、そうは言っても人類がここまで続いているのは、必ず「善意」があるから。人間が悪意だけの生き物だったらこんなに続いていないはずだから、必ず善は存在する。

そして、善意は常に多すぎるがゆえに、目に見えないもの。
悪意は少ないがゆえに、目立つもの。
普段は意識されないけど、その善意で我々は生かされている。

だから、その善意を信じているというよりかは、「そうあってほしい」、「それを守り続けてほしい」と思っていますね。

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ライター
転生したらスポンジだった件
Twitter:@yomooog
編集長
電ファミニコゲーマー編集長、「第四境界」プロデューサー。 ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長を経て、KADOKAWA&ドワンゴにて「電ファミニコゲーマー」を立ち上げ、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、サイトの設計など運営全般に携わる。2019年に株式会社マレを創業し独立。 独立以降は、編集業務のかたわら、ゲームの企画&プロデュースなどにも従事しており、SNSミステリー企画『Project;COLD』ではプロデューサーを務める。また近年では、ARG(代替現実ゲーム)専門の制作スタジオ「第四境界」を立ちあげ、「人の財布」「かがみの特殊少年更生施設」の企画/宣伝などにも関わっている。
Twitter:@TAITAI999
デスク
電ファミニコゲーマーのデスク。主に企画記事を担当。 ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
Twitter:@ex1stent1a

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