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日本語版もないのにどうしても遊びたくて、違法まがいのデバイスを使ってまで無理やり北米版の『〇〇』を遊んだ男の物語。そこには本物の自由と、本物の音楽があった。さて、このゲームは何でしょう?

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「このゲームは何でしょう?」

本作はとあるゲームの話が、
タイトル名を伏せながら語られていく
新感覚の“ゲーム推測型の短編小説”です。

ぜひ本文を読み、テーマとなっているゲームのタイトルを考えてみてください。

文/藤田祥平
編集/うきゅう実存


『スワップ・マジック』

第一章 ライアット

パッケージ版を持っていた。駅前にあったゲーム屋で買った。
わたしはたぶん、中学生に上がりたてのころだった。インターネットの回線も、当時はそこまで太くなかった。

レーティング機構は、存在していたはずだ。直輸入される洋モノまで、手が回らなかったのだろう。本国でさえ成年向けとされていたあのゲームを、わたしはけっきょく買えたのだ。

ただし、店員との問答は、あった。
きみの欲しいものは本当にこれか、ほかのものと勘違いしていないか、といったことを言いながら、彼はパッケージを指さした。

わたしはそこに、WINDOWSという文字を見た。
うちのパソコンの画面にも、WINDOWSという文字が出る、まちがいない、と思った。
それで、まちがいないと言って、ブツを買ったのだ。

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(画像は日経クロステックより)

あのゲームが欲しかったのは、前作をプレイしたからだ、と思う。
いや。違うかもしれない。前作をプレイしたことは確かだが、さきに新しいのをやった気もする。

だとしたら、どこで知ったのか。
決まっている。インターネットだ。それ以外のルートで、あのような文化が、あの当時の日本の、くだらない地方都市に入ってくるはずがない。
 
とにかく、中学生のわたしは、ゲームディスクをコンピュータのDVDドライブに挿入し、数時間を待った。
あんなに遅いシーケンスバーは、後にも先にも見たことがない。

ようやく起動した。すべてが英語だった。
3Dだった。すごくきれいに見えた。
オープニングのカットシーンで、それが、日本のビデオゲームと異なる伝統を継いでいることも、感じた。

つまり、戯画化や記号化がされておらず、あくまでも写実主義を貫こうとする、清廉な態度を感じた。
もちろん、子供のころのわたしが、こんな言葉を知っていたわけではない。
ただ、これは自分がいままでにプレイしてきた、どんなゲームともちがうな、と感じたのだ。

主人公が自分の身長の何倍の高さにジャンプするわけでもないし、しゃべる動物たちの一員となってかっこいい宇宙船をあやつり、バレル・ロールしたりもしない。
オープニングは、空港からやってきたおじさんが、ホテルの部屋で電話をしているだけだった。

操作できる画面になっても、そのへんを車がぶんぶん走るだけで、走り方も、レースゲームみたいに派手ではない。

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ただ、ホテルの前に、原チャリが停めてあった。
それに近づくと、なんらかのキイを押せ、と書いてあった。
そのとおりにした。

すると、マリオでもない、リンクでもない、フォックスでもサムスでもカービィでもない、ちょっとコワモテだが、まあ、どこにでもいそうな、ふつうのおじさんが、ひょこっと、原チャリに乗った。
そして、音楽が流れだした。

それは、音楽なんてもんじゃなかった。
ほんものの音楽だった。

わたしは、あるキイを押せば原チャリが前に進む、ということを学びながら、音楽に耳を傾けた。
それは、ファミコンの時代にあった、ただ鳴らせるから鳴らしておく、といったようなものとは、わけが違った。

それは、人々が、音楽のために音楽を聞いていた時代の音楽だった。
それでわたしは、このゲームがいっぺんに好きになった。

にもかかわらず、わたしはそのゲームを中断した。
というのも、画面がみょうにカクカクするし、カメラを動かすと、絵の具をこぼしたみたいにぜんぶが滲むのだ。
遊びたくてたまらなかったが、画面を見ていると、頭が痛くなった。

やっぱり、こういうゲームをプレイするのは、よくないことなのだ、とわたしは思った。
外国製の、買うときにこれでいいのかと確認されるような、あやしげなゲームだから、こんなふうに、画面がへんで、頭が痛くなるのだ。
 
と、いうのはもちろん、その当時のわたしが思ったことで、いまのわたしには、その画面がそんなふうにグリッチしていた原因がわかる。

当時わたしが使っていたパソコンは──たしか富士通かどこかのOEMだったと思うが──そもそも、グラフィックボードが搭載されていなかった。

また、液晶も16:9ではなく4:3の、四角いしろもので、CRT、つまりブラウン管からの規格の移行が済んだばかり。3Dのビデオゲームのような、動きのある映像を鮮明に映すだけのスペックを、備えていなかったのだ。

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ともかく、当時のわたしは、そのゲームを諦めた。
あきらめて、RPGツクールで作られたフリーゲームや、FLASH製のゲームを、おとなしく遊んでいたはずだ。
ほかの低脳な子供たちみたいに。

けれど、だとしたら、わたしはどうして覚えているのだろう、太陽がさんさんと陽ざしをそそぐ、あのビーチを。
背後にある棕櫚の木の並びと、二車線の道を走っていく色んな自動車を。

歩道を歩いていく、さまざまな格好をした人々、それぞれに工夫を凝らしてはいるけれど、よく見ると、まちがいなくおなじ文化に属しているとわかる、ホテルの並びを。

なぜ、覚えているのか。
たぶん、わたしは、そのゲームをプレイせずに、つけっぱなしにして、聞いたのである。

なにを、聞いたか。
ラジオだ。

原チャリについているスピーカーとおなじくらい安物の、富士通のOEMについていたスピーカーで、わたしは彼の国の、ほんものの音楽を、聞いていたのだ。

第二章 ガーディアン・エンジェル

スワップ・マジックの話だ。

プレイステーション2の本体と円盤には、地域コードというものが設定されている。
本体は、円盤を読み取るとき、まず、その地域コードを参照する。
そして、それが本体と一致しなければ、ブートを拒否する。

要するに、日本で買ったPS2なら、日本で買ったゲームソフトしか起動しない、ってことだ。

スワップ・マジックとは、この地域コードの認証を、迂回するためのソフトウェアである。
たぶん違法だが、いまでもアマゾンで売っている。
 
スワップ・マジックも、円盤である。
青に、白いぎざぎざが描かれている、そっけないデザインの、あやしい代物だ。
どういう仕掛けで認証を迂回するのか、詳しいことはわからない。

ただ、その動作を見るに、PS2は、ソフトが動いているあいだにも、地域コードの認証をつづけているわけでは、ないらしい。

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使い方を話そう。
まず、PS2本体のダストカバーを、ドライバーなどの工具をもちいて、外す。
すると、ディスクリーダーが外側から露わになる。
そのまま、いつも通りに電源を入れ、ボタンを押して、ディスク・トレイをべろんと出す。

スワップ・マジックをトレイに置き、ボタンを押して、トレイをしまう。
PS2本体が、スワップ・マジックを読み込む。
画面には、たしか、なにも映らない。

しかし、それでいい。
その状態で、スワップ・マジックのディスクについてきた、平べったい鉤型のプラスチックを、露わになったディスクトレイの上部に差し込み、探る。

すると、何か、固いものがある。それを、右か、左か、どちらだったかに、そこそこの力をこめて、押す。
わずかな抵抗感とともに、歯車がぐるぐると動く感じがして、プラスチックの小片が、横に滑る。

たぶん、ディスクトレイのモーターの、ギアかなにかを、巻いているのだ。
奥まで巻いたら、プラスチックの小片を抜き取り、開閉ボタンを押して、トレイをあらわにする。

そこに、起動したい、外国のゲーム──あのゲームのディスクを置いて、もういちど開閉ボタンを押せばよい。
すると、あら不思議。

日本のPS2で、アメリカ合衆国のビデオゲームが、動きはじめる。

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いくらか、補足がいる。
まず、わたしが語っているあのゲームは、WINDOWSで出たあとに、PS2に移植され、発売されている。

おそらくわたしは、やりたかったけれどできなかったあのゲームが、PS2でも発売されるとネットで読んで、またしても通販で買い求めたのだろう。
そして、わたしはうきうきしながら、そのゲームのディスクをPS2に読ませた。
が、起動しなかった。

わたしはキレて、先公を殴ったり、窓ガラスを割ったり、原付を燃やしたりしたあとに、もう一度パソコンに向かい、あやしげなテキストサイトを回覧し、PS2の地域コードの概念と、スワップ・マジックたるソフト・ハードウェア(?)の存在を、知ったのだろう。

推論で語っているのは、これを書いているいまのわたしが、当時のことをよく覚えていないからである。

この話のなかで確かなのは、あのゲームが、たしかに存在したことだ。
また、わたしがスワップ・マジックたるブツをどうにかして手に入れ、それをもちいて、あのゲームの起動に成功したことだ。

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ライター
1991年大阪府生まれ、文筆家。 Website : https://github.com/rollstone1/fujitashohei/wiki
Twitter:@rollstone
編集者
小説の虜だった子供がソードワールドの洗礼を受けて以来、TRPGを遊び続けて20年。途中FEZとLoLで対人要素の光と闇を学び、steamの格安タイトルからジャンルの多様性を味わいつつ、ゲームの奥深さを日々勉強中。最近はオープンワールドの面白さに目覚めつつある。
Twitter:@reUQest
デスク
電ファミニコゲーマーのデスク。主に企画記事を担当。 ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
Twitter:@ex1stent1a

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